麻帆良学園都市。
そこは巨大な学園であると同時に、一つの街だった。
商店。
飲食店。
衣料品店。
学生街らしい活気。
その雑踏の一角に、一人の青年がいた。
赤い外套は無い。
聖骸布を織り込んだ概念装具も。
今の彼は、黒いシャツに黒いパンツ。
簡素で、落ち着いた服装。
長身。
褐色の肌。
白髪。
そして鋼色の瞳。
どう見ても目立つ。
だが、少なくとも“通報案件”ではない。
あの赤い格好で街を歩けば、確実に浮く。
下手をすれば職務質問だ。
そういう趣味は無い。
故に、学園長室を出て最初に向かったのは衣料品店だった。
――もっとも。
この世界でも魔法使いであることが露見すると厄介らしい。
何故かオコジョにされる。
意味が分からない。
(……何故オコジョなんだ)
監獄送り。
ならまだ理解できる。
だが人間から獣。
発想が斜め上すぎる。
「……」
考えるのをやめた。
深く考えると負けな気がする。
その時だった。
「――あの」
声。
振り返る。
そこに立っていたのは。
昨夜の少女。
「……刹那、だったか」
【刹那視点】
怪我は、既に癒えていた。
あれほどの重傷だったにも拘らず。
魔法薬と治療術のおかげで傷跡一つない。
けれど。
胸の奥に妙な引っ掛かりがあった。
彼。
エミヤ。
正体不明。
危険人物。
強すぎる力。
学園長は慎重に扱うだろう。
……場合によっては、拘束も。
そう思うと。
何故か、落ち着かなかった。
(何故だ……?)
助けられた恩義。
それはある。
──だが私が最優先にするべきは、お嬢様の筈だ。
もし彼が危険人物なら――。
そこまで考えて。
刹那は苦笑した。
(……そんな事をする人ではない)
何故か。
そう断言できる自分がいた。
その時。
携帯が震えた。
学園長からだった。
内容は単純。
エミヤを学園警備として雇ったこと。
そして。
監視目的も含むこと。
……少しだけ。
嫌悪感を覚えた。
若さ故か。
未熟故か。
──それとも。
別の理由か。
そして。
「学園案内を頼む」
そう言われた。
――結果。
今に至る。
「傷は大丈夫か?」
先に口を開いたのは彼だった。
「学園長から、大事ないとは聞いたが」
心配してくれていた。
その事実に。
少しだけ胸が温かくなる。
「はい。おかげさまで」
そして。
深く頭を下げる。
「助けていただき、ありがとうございました」
「気にしなくていい」
あっさりと返る。
「好きでやったことだ」
――好きで。
そんな風に命を懸けられるものなのか。
ふと、思う。
「……ふむ」
彼が言葉を止めた。
「ああ、済まない」
少し困ったように目を細める。
「ちゃんと君の名前を聞いていなかったな」
「桜咲刹那です」
即答。
すると。
彼は小さく反芻した。
「……刹那」
どこか懐かしむような声音。
そして。
「君らしい、良い名前だ」
「――っ」
頬が熱くなる。
な、何を。
急に。
思わず視線を逸らした。
───だが。
彼は全く意識していない。
天然だ、この人。
「エミヤだ」
手を差し出す。
「警備の後輩になるらしい。よろしく頼む」
握手。
温かかった。
意外なほど。
その後。
改めて刹那は学園案内を申し出る。
店。
施設。
生活圏。
だが。
話が妙な方向へ向かう。
「食材?」
「店を始めるのでね」
「……はい?」
思考が止まった。
「料理店だ」
そこで初めて。
彼が少しだけ笑った。
ニヒルな皮肉屋の笑みではない。
少年のような。
悪戯が成功した時の顔。
刹那は、一瞬だけ目を奪われる。
その笑顔に。
今まで感じた事のない、言明しがたい想いを感じた。