混乱する刹那を横目に。
アーチャーは静かに思う。
案内の礼に、と夕食へ誘った時。
少女は律儀にも最初、遠慮して断ろうとしていた。
だから。
「新しく始める店の試食に付き合ってほしい」
そう言い換えた。
すると。
しばらく悩んだ末。
渋々といった様子で、何故か頬を紅らめながら頷いてくれた。
……真面目な少女だ。
断る理由を探していたのだろう。
もっとも。
結局押し切ったのはこちらだが。
そして今。
貸し出された厨房で、包丁を握る。
「ふぅん、とっても手際いいネ。自分のお店を開店するまで、ウチで働いてみるのをお勧めヨ。今なら給金にも色をつけるネ」
お団子三つ編みとまるほっぺが特徴的な少女。
そんな少女から声が飛ぶ。
幸い。
学園長に相談した結果、飲食店――超包子の厨房を一時的に借りられることになった。
流石に。
来たばかりの異邦人へ、即座に店舗を与えるほど甘くはないらしい。
当然だ。
むしろ、ここまで便宜を図られている時点で破格と言える。
まぁ刹那と同級生でありながら超包子のオーナー。
先程から勧誘してきている、超鈴音という少女であるという事には閉口したが。
料理。
それは。
失われた日常の象徴だった。
ふと。
脳裏を過る。
あの衛宮士郎が料理を振るっていた。
小さな王。
食欲旺盛な虎。
口では文句を言いながら、箸を伸ばす優等生。
遠慮がちに微笑む後輩。
――二度と会えない人たち。
胸の奥に。
少しだけ痛みが走る。
過去は戻らない。
どれだけ願っても。
どれだけ後悔しても。
あの日々は、もう戻ってこない。
そもそも英霊として冬木の地に召喚されたこと自体が望外であったのだ。
そのうえで、更に猶予が与えられたのだ。
だが――。
(……悪くない)
静かに思う。
この世界は、自分の知る世界とは違う。
魔法使いが人を救い。
表舞台の裏で社会を守る。
随分と理想主義的だ。
青臭い、とも言える。
無論。
綺麗事だけでは済まないだろう。
昨夜の襲撃。
あの化生。
敵意。
力。
悪意。
“悪い魔法使い”も、当然いる。
聖杯戦争のような地獄が。
この世界にもあるのかもしれない。
だが。
それでも。
ここは違う。
少なくとも。
自分が知る魔術師の世界よりは。
ずっと。
――救いがある。
新しい日々を築くことはできる。
そう思えた。
目の前では。
料理を口にした刹那が、僅かに目を見開いていた。
驚き。
戸惑い。
そして。
少しだけ緩む表情。
その顔を見て。
ほんの少しだけ。
肩の力が抜ける。
戦うだけではなく。
誰かを笑顔にする。
そんな“正義の味方”も。
案外。
悪くないのかもしれない。
アーチャーは皿を置く。
そして。
どこか懐かしい響きを乗せて。
静かに告げた。
「――さぁ、幸福《口福》を」