『古明地こいしへ』   作:庚申待ち

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プロローグ 姉は妹の心をのみ知らず、妹の心は姉にだに在らず

 私は久々に帰って来た地霊殿の自室で、一人ランプの下にペンを執っていた。

 

「えーと、『例えこいしが妖怪でも、俺は誰よりも愛してるよ』……っと」

 

 お姉ちゃんにねだった紙に、書き慣れない筆で文字を落としていく。いつか万年筆を貰ったことがあったけど、ちょうど一昨日に折れちゃって、今はスタンドに刺さったただの飾りになっている。

 

「『最初はやっぱり怖かったけど、一緒に過ごして、遊んだりするうちに気付いたんだよ。やっぱり優しくて可愛いこいしが好きだってこと』――うーん、男の人ってこういうこと言うのかなぁ?」

 

 歯の浮くようなセリフを、しかも男の人の口調を真似て紙に書き付けている様子を見たら、お姉ちゃんはかなり心配するかもしれない。お姉ちゃんは抑々過保護気味だし、そんな妹が自分に向けた手紙を書いてるなんて知ったらどう騒ぎ出すことやら。

 

 何で私がこんなことをしているのかというと……一言で言うと、多分周りが怖くなったから。

 

「『自分のことを感情がないなんて卑下しなくてもいいんだよ。こいしはちゃんと心があって、悲しむことも笑うこともできるんだから』――あっ、書き間違えた!」

 

 みんな、お姉ちゃんだって時には、私に気付いてくれない。たまに私に気付いてくれる人間もいるけど、みんな妖怪の私を怖がって逃げていく。

 随分と最近までは、そんなことは気にしてなかった。いや、私がそう思ってても、自分で気付けてなかったのかも。

 でも、山の神社に行った時に魔理沙に会って、異変の時にこころと知り合って、お姉ちゃんとレミリアさんがちょっとした付き合いを持ったのをきっかけに紅魔館に招かれて、フランちゃんとも時々遊ぶようになって、霊夢なんかとも話すようになって、私は無意識のうちに少しずつ変わっていった。

 長らく感じていなかった、自分の心に気付けたの。こころと張り合ってみたり、フランちゃんと遊んだり、魔理沙や霊夢の弾幕勝負を観戦してみたり。お姉ちゃんはそんな私を見て安心していたみたい。

 

「『ほら、辻を曲がったところの甘味処で一緒に団子を食べたの、覚えてる? 一緒にふらっと遊んでみたり、そうやって買い歩きしたりするのも楽しかったよね』――最後は『よな』とかの方がそれっぽいかな?」

 

 確かに楽しかったはずなんだけど……私は、自分の心をちょっと思い出したせいで、別の感情にも気付いた。

 私は、結局限られた人達としか関われてない。孤独じゃないけど、友達は少ない。

 こころの異変の時、みんなに注目されて、やっと私のことを見てくれたって思ったのに、終わってみれば元通り、こころ以外は、特に人里の人間達は、私のことなんてすっかり忘れて、無意識の中に誘ってしまった。

 新しく友達を作ろうとしても殆どの人には私は見えないし、私を認識できる人間だって、私を怖がっちゃうから友達になるなんて今のままじゃ絶対無理。

 それがまず、少し――いや、凄く寂しく感じた。

 

「『友達があんまりいないのを悲しがってたけどさ、俺とは友達になってくれたんだし、一緒に楽しく過ごしてくれてるだろ? 落ち込まなくていいって。もっとこいしにも友達は出来るよ、こいしは優しくて面白いんだから』」

 

 それに、他の人の心を覗いてもいいことはないって思って目を閉じたせいで、今度は周りの人が私をどう思ってるのかが怖くなってきた。

 正直、私はお姉ちゃんと私が同じ覚妖怪だなんて信じられない。お姉ちゃんは人のどろどろした嫌悪や忌避感、時によったら自分を頭の中で犯してくるか襲ってくるイメージを見ても全然動じないし、むしろそれに優越感を覚えてる。私は耐えられなくてサードアイも心も閉ざして、何も見えなくなって安心してたら、今度は寂しさと自分が妖怪なせいで嫌われる悲しさ、人間不信に苦しんでるのに。

 

「『妖怪と友達だなんて言ったら周りの奴から避けられるし、親からも勘当されかねないから秘密にはしてるけど、俺はそれでもこいしが好きだよ』」

 

 そう思ってるうちに、周りの人と関わるさえ怖くなってきた。

 私がいることに気付いてくれる人だって一握り。その中でも、覚妖怪の私を嫌わずに友達になってくれる人なんて、それこそこころやフランちゃんくらい。

 最近は、もうその二人ともあんまり遊んでない。私がどう思われてるのか判らないし、もし嫌われてたら、疎まれてたら、やっぱり心を許してくれてなかったら、私への笑顔が上辺だけのものだったら、一緒にいたくないって言われたら、もう会いたくないなんて言われたら、絶交されたら、心が判って、孤独感も寂しさもしっかり感じられる今独りになったら……怖すぎて、二人に会いたいと思えなくなっている。

 

「『これが、俺の思いの丈だよ。こいし、もう俺の前で自分のことを卑下しないでね。俺が大好きな君が悲しい顔をしてたら、俺も悲しいから』――っと」

 

 そうこうしているうちに、思っていたよりも長くなっていた手紙を書き上げた。

 手紙を両手にとってランプの下に照らし、まじまじと眺めてみる。

 使い慣れない筆を使った上に、途中でぐちゃぐちゃっと文字を消したり腕が震えたりしてたせいで、お世辞にも綺麗とは言えない、へたっぴな手紙になっている。墨の量が場所によって随分違って、滲んでいる所も擦れ切っている所もある。辛うじて読めるけれど、切羽詰まっている感じが凄くて、愛の告白というよりは遺書か何かみたいな出来栄えになってしまった。

 

「あーあ、こんな風に私を想ってくれる人がいたらなぁ」

 

 小さく呟き、すぐに淡い期待を振り払おうと頭を振る。希望の数だけ、失望の数が増えるのは世の習い。今の私のメンタルじゃ、それでも明日に……なんて思える訳もない。

 出会いがなければ別れも絶縁もないんだ。フランちゃんともこころとも、別れたくはない。嫌われたくもない。だから、会わない方がきっといいんだ。

 

 でも、少しだけ気は晴れたかな。

 じゃあ、この手紙は適当にしまって、もう寝ようか――

 

「こいし? まだ起きてる?」

 


 

「どうしたの? 起きてるけど、今から寝るとこだよ」

 

 こいしの部屋に入ると、こいしは咄嗟にガサガサと何かを隠してから、いつも通りの元気な笑顔でこちらを振り返った。

 

「そう。さっきあげた紙はどうしたの?」

 

「一枚は紙飛行機にして飛ばした! もう一枚は、暇潰しに絵を描いてたんだけど上手く描けなかったから捨てちゃった」

 

 あっけらかんと笑って、こいしはそう答えた。

 こいしの心を読むことはできないからその言葉の真偽を知る術はないけれど、それが嘘なのは長い付き合いで、実の姉である私には判る。

 こいしは、いつも通りを装っているだけだ。無意識で何も考えていないはずの妹にも、きっと悩み事があるんだろう。

 

「絵を描くのは、思っているよりも難しいものね。まあ、楽しめたのなら良かったわ。取り敢えず、左目に障るから、今日は早く寝なさいよ」

「はーい」

 

 こいしは昨日、遊んでいる最中に誤って木の枝か何かで怪我を折ってしまったようで、左目に眼帯をつけている。妖怪だから一週間もすれば治るだろうが、それでも心配は募った。

 

 素直に私の言葉に頷き、こいしがパチンとランプを切る。

 

「じゃあお姉ちゃん、おやすみ~」

「おやすみなさい」

 

 暗い部屋の中でこいしがベッドに入ったらしいのを聞き届け、暗闇から飛んで来た挨拶に応えて、私はこいしの部屋の扉を閉めた。

 

 こいしの部屋から私の私室、地霊殿の執務室でもあり応接間でもある広間の前を通り過ぎて、寝室へと向かう道中で、私は物思いに耽る。

 

 こいしが何かに悩んでいるのは判るのだが、私にはそれが何かは判らない。普段心を読んで、それ頼みに人と接している私にはアドバイスを与えることはできない。

 

 こいしは、私とは違う。抑々この前提すら私は受け止め切れていないし、そう信じたくもない、と思ってる。血を分けた姉妹なのに、何故私達はかくも違うのかと答えの無い問いを繰り返すばかりだ。

 こいしが心を閉じたあの日、どれほど泣いたことか。自分の妹がそれ程に心を病んでいたことに気付けず、そしてその理由を知ろうにも、無意識の存在と化したこいしには私の能力も言葉も届かない。そして、こいしが苦しんでいる理由が、察せられても理解できない。姉としての自分の不甲斐なさを嘆きに嘆いて、自分とこいしが考え方も感情も全く違う生き物だいうこと――当たり前なはずだけど、私が全く想像も想定もしていなかったこと――を認められず、こいしが地霊殿にいない日は暫くずっと泣き続けていた。

 

 結局、私はこいしの心の支えになってあげたいのに、私ではこいしを救うことはできないのかもしれない。半ば、そう諦めてしまってもいる。

 こいしの心だけは、私には読めない。悩みの相談に乗ってやろうにも、こいしに何を言ってやればいいのか、どう接してやればいいのか全く判らない。

 

 誰か、教えてくれないだろうか。

 私は、あの子の姉。あの子のことを、誰よりも見てきた。誰よりも、あの子のことを判ってるつもりなのに――ほんの少しでもいいから、こいしの心の中を覗きたい。心配事を、悩みを、苦しみを理解して、分かち合って、和らげてやりたい。

 

 だけど、それを話しかける術がない。こいしが機嫌を損ねるか、落ち込むかもしれないから。

 話しかけてやる具体的な言葉も見つからない。何を言っても、それがこいしの助けになってくれる自信がない。

 どんな言葉をかけても、心を閉ざすを止められなかった私の言葉では、あの子に届く気すらしない。

 

 覚妖怪なのに、あの子のことだけ判ってやれない。姉なのに、妹のことを理解してやれない。

 歯痒く、やるせなく、無力感を味わわせてくれる事実だ。

 

 私に、こいしを助けてやるための、こいしに寄り添うための道標があれば。こいしを苦しめるものの正体を知るための地図さえあれば。

 

 こいしが取り繕った笑顔を見せる度に、私はそんなことを考える。悩んでいることには気付けるのに、こいしの心の中は暗中模索。

 

 こいしを想って掛ける言葉の一つ一つが、こいしを傷つけないかと恐れて、声を掛けてやれない。他の全てには自分が言うべきことが理解できるのに。

 

 五里霧中だろうが、手探りだろうが進む勇気もないままに、また今日も私は、いつも通りにこいしにおやすみと告げて、いつも通りに自分の部屋に戻って来てしまった。

 

「……まるで、迷宮ね」

 

 誰にともなく呟いて、私は自分の部屋に入り、がちゃりと扉を閉めた。




 一応元ネタがあるので、何なんだろうかと思いながら読んでみて下さい。この時点で察することが出来た方は、正直凄すぎます。
 なお、不定期投稿です。
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