『古明地こいしへ』   作:庚申待ち

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賑やかな人里

 翌日、私は久しぶりに地上に遊びに出た。

 

 地霊殿にも最近はあまり帰っていなかったけど、地上に出るのも怖かった。

 

 これは最近、自分の感情がわかるようになってからわかったことなんだけど、私の能力――”無意識を操る程度の能力”は、私自身のメンタル次第で結構強さが変わるらしい。

 

 心を閉ざしてから暫く、ちょっと魔理沙とか霊夢に会う直前くらいまでは、本当に何も感じてなかったから、全く他の人には認識されてこなかったし、お姉ちゃんだって私に全然気付けなかった。

 そんな中で、お姉ちゃんが私用のペットをくれたりして、ちょっとは閉じた心も緩んで、少しだけ特殊な人間には気付いてもらえるようになったの。そんな時に、ちょうどお空の異変が起きて、霊夢達と会うきっかけになった、ってわけ。

 

 それからは、前に言ったみたいにこころやフランちゃん、それ以外にも一時は人里の人間達で私に気付いてくれた人達とも遊んでたけど、多分そこまで友達の輪が広がったのは、私の心がかなり上向きだったからなんだと思う。

 

 だから、ここ最近は、私がネガティブになってるせいで、人里に行っても全然気付いてもらえない。何年か前に何度か遊んだことがあって、私が一番仲が良かった子にも、私のことは見えていないみたいだった。

 その子は今は私より随分背が大きくて、ひいき目かもしれないけどかっこいい年頃のお兄さんにまで育っている。すぐには私も、その人があの子だとは気付けなかった。後になって思い返して、ほくろとか気配が似てたなって思えたくらいだし。

 

 それにしても、かっこよかったな……ちょっと顔を垣間見ただけでドキリとするくらいには。あの時は友達と話してたと思うけど、笑顔も爽やかで、綺麗だったから。

 実は、私が想像したあの手紙は、その子のことを想像して書いてるものでもあるんだよ。

 

 まあ、私が気付いてすぐに声を掛けてても、あの子も全く私に気付いてなかったから、結果は変わらなかっただろうけどね。眼を開いてても嫌われて、閉じてたらこう。つくづく、覚妖怪に生まれたのが悲しくなるよ。

 

 そんな感じで最近は散々な思い出が溜まってる人里だけど、昨日ちょっとあの手紙に色々と書き付けたらちょっと気が晴れたから、もしかしたら能力が緩んで、私に気付いてくれる人間もいるかもって思って行ってみることにした。

 

 少し上を向いた今の私なら、特殊な人間は気付いてくれるはず。

 


 

 いつものことだけど、特に何を気にするでもなく、物思いに耽るうちに気付けば人里の入り口にやって来ていた。門の前まで来れば、わいわいと活気に満ちた声がたくさん聞こえてくる。

 ”物思い”とは言っても、どちらかって言うと葛藤、ジレンマの類いだけどね。人間と話してみたい、見える人に会いたいっていう気持ちと、誰も気付いてくれなかったらどうしよう、怖がられたくないっていう気持ちと。

 人里に近付くにつれて臆病さの方が強くなってたけど、手紙が背中を押してくれているようにも思えて、どうにかやって来れた。

 

 因みに、今その手紙は私が左手に持ってひらひらと振っている。

 家においてこようかとちょっとだけ迷ったんだけど、お姉ちゃんに万が一見られたら嫌だなぁとも思ったし、そうじゃなくてもお燐辺りが事故で見ちゃうことはありそうだから、一応こうやってここまで持ってきた。ポケットに入れるのは何となくめんどくさくて、どうせ誰にも見えないからとしまわずにいる。

 もしかしたら、目に見える場所に手紙をキープしておいて、元気づけてくれることを無意識に期待していたのかも。

 

「半年ぶりくらいかな? やっぱり、人里はあんまり変わらないなぁ」

 

 そう独り言ちて、人里を貫く大通りに入って、雑踏と共に歩を進めた。やっぱり、私の呟きに答える人は誰もいない。結構大きな声で呟いたから、

 

 ちょっと落ち込みそうにはなるが、これはいつものことだ。

 本当に大勢に私のことを認識してもらえたのは、こころの異変で皆と戦っていた時くらい。

 あれくらい私の気分も良くて、人の関心も抑々集まってなきゃ、そこら辺の人には私のことなんて判らない。

 

 そこからちょっと歩いているうちに、行きつけの甘味処を通りかかった。

 行きつけとは言っても、私のことが見えてない他の人から勝手にお裾分けをもらってるだけだけどね。みたらし団子と桜餅が美味しいお店なんだ。

 

 ここまで来たってことは、人里の半分くらいはもう通り過ぎたってこと。

 まだ、誰も私に気付いてくれてない。

 

 まあ、半分を過ぎたからって諦める理由にはならないけど……そろそろ、不安が勝ってくる。

 きゅっと、左の手の中の手紙をくしゃりと握り締めた。人間がよく困ったときにお守りを握り締めるみたいに。一応命蓮寺のお世話にもなってるから仏様に願ってもいいけど、仏様に願うのは輪廻の解脱とか難しい話らしいから、今回は遠慮しておく。

 

 ……本音を言うなら、正直神様でも仏様でも何でもいいから、お願いだから一人くらいはお話させてほしいなぁ。

 

 強がるのは止めて、神様仏様、色んなものに祈りながら更に進んでいった。

 


 

 もう、随分と大きく出口が見えてきた。

 

 さっきから数分しか経ってないけど、すっかり私の足は重くなっていて、半ば引き摺るようにしてどうにか進んでいく。

 

 通りの終わりが近付くのは酷く憂鬱で残酷に思えたけど、立ち止まったって誰かが話しかけてくれるわけじゃないし、結局とぼとぼと歩を進めるしかない。

 

 迫る門から目を背けるように、視線を足元に落とした。不意に、道に転がっている小石に目が留まる。

 

 少しの間立ち止まって、その石を凝視した。

 

 そしたらなんでだか、無性に腹が立ってきて、気付けば思い切りその小石を蹴り飛ばしていた。

 自分と同じ名前で呼ばれるものへのシンパシーなんかはなくて、寧ろ同族嫌悪のような感情だった。まるで自分が割った窓の破片を晒されて怒られている時みたいに、自分の姿(弱さ)を醜く映し出してくるのが、気に食わなかった。

 

 私の足からぽんと蹴り上げられた小石は道を不規則に跳ねて、真正面に蹴ったのに次のバウンドで左に飛んだ。かなり力強く蹴ったから、一度のバウンドじゃ全然速度は落ちない。

 

 予想外の方向に飛んだ小石は、すぐに人混みの足の間を縫って視界から消える。

 

 そしたら、そっちから短く悲鳴が聞こえた。

 

「いった!? って、石かよ……何で妙に尖ってんだよ……」

 

 その人は歩くのを止めて屈んで、石が当たったらしい右の脛を擦っていた。

 そして、若干俯いていた私と目が合った。

 

 私もまた、その声に足を止めた。その声は、昨日の夜、自分の頭の中で流していた声そのままだったから。その顔も、昨日手紙を書く間夢想していたものだったから。

 

 意外と、自分の同族は仏様以上に御利益があったらしい。それとも、仏様がこうしてくれたのかもしれないな。私の中でのあの不格好なこいしの評価は、ものの数秒で見事に反転していた。

 

 何より嬉しかったのは、”目が合った”こと。

 つまり、今日初めて、人間が私をちゃんと認識してくれたってこと。それも、私と一番仲が良かった――今もきっといい――人間が。

 

 いつの間にか、私の気持ちは、ここ数日で一番と言い切れるくらいまでに回復していた。

 

 こっちを見て固まっている彼を見て、私はできるだけ可愛らしく、親しみやすくと心掛けて微笑んで、ゆっくりと一歩、二歩近付いて、久々の挨拶をした。

 

 話す前から、気付いてもらえた喜びで胸がいっぱいになって、思わず笑顔が綻んでしまう。我ながらせっかちに、何の話をすればいいか、今この子は何が好きなんだろうかと今日一番の速さで脳が回転していた。

 

「ねえ、ようやく見つけてくれたね! 久しぶり、こいしお姉ちゃんだよ!」

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