天才芸術家である兄と、その弟である高校生の話です。

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第1話

これは夢の中だ。

そう自覚しているのに過去の再現をなぞることしかできない。

こういう明晰夢とは違う、己の内に巣食う残響にまどろむことが最近増えた。

そして今日もまた、記憶の沼に引きずり込まれていく。

 

過去の映像が現実感を持って再生される。

俺、いや当時のボクがいたのは、住宅街の隅にポツンと佇む小さな公園。

いつもは人の集まる公園で遊んでいるけれど今日は何だか気分じゃなかった。

 

おもちゃのスコップで砂を掘る。無心で掘る。

時間が早く過ぎるように。

心に空いた空洞と寂しさを意識しないで済むように。

 

「……」

 

ボクにはここ数年間、部屋にこもってお絵描きばかりしている兄がいる。

世間からは期待の神童と持て囃されているようだけど、なぜかボクは彼の絵がそれほど魅力的に感じられなかった。

 

今年の誕生日こそは一緒に遊ぶと約束してくれたのに、彼はまだ絵画教室から帰ってこない。

 

砂を掘っては誰かの足音が聞こえるたびに顔を上げ、いじけることをもう何度繰り返したんだろう。

泣きたいわけじゃないのに、心の中がクレヨンで滅茶苦茶に書きなぐったようにいろんな気持ちであふれてどうにかなってしまいそうだった。

 

空が茜色に染まり、カラスが鳴き始める。

良い子はもう家路につかなくてはならないのに足が張り付いたように地面から離れない。

 

だから、無心で砂を掘り続ける。

 

「――――ゆう(優)!」

遠くから兄の声が聞こえた気がしたけれど、もう期待したくない。

 

「おーい!!優〜!!遅れてごめんよ〜!!」

……今度こそは間違いなく兄の声だ。

でも、ここで兄に駆け寄ってしまったら、今まで苦しさを無かったことのようにされてしまう気がして、顔を上げたくない。

 

「優、ほんっと遅れてごめんな!優に喜んで欲しくて、気づいたらちょっとこだわり過ぎちゃってさ」

駆け足で来たのだろう。

息の切れた音と少し苦しげな声が頭上から降ってくる。

 

「じゃじゃーん!こいつは優へのプレゼントだ!」

 

「……なぁに?これ」

 

目の前で満面の笑みを浮かべていた兄の顔が、トマトのように赤くなっていく。

今にして考えると、世界が当時の兄みたいなトマトであふれかえっていたのなら、きっとボクも好き嫌いのない人生を送っていたに違いない。

 

「え!?これは優の大好きな、メジャモンのぬいぐるみ、のつもりなんだが……」

 

「あ、あのさ。もしかしてこのメジャモン、似てない、か……?」

 

この時のボクはモノに宿る人の想いなんてものをこれっぽっちも理解していなくて。

だから兄が顔を赤らめている理由が何にあるのか全く分からずに、初めて彼に心の丈を口にしてしまったように思う。

 

「お兄ちゃん。遅いよ」

 

「!!」

 

「ボク、ずっと待ってたのに。お兄ちゃんが来るのずっと待ってたのに」

 

「どうして、いつもプレゼントばかりくれるのにそばには居てくれないの?一緒に遊んでくれないの?」

 

「どうしていつもボクじゃなくてお絵描きと一緒にいるの?」

 

いつもは自分の作ったお話や絵の世界をニコニコ語る兄の顔に少し影が差したような気がした。

 

「そ、それは、優が笑ってくれるような世界をいつか作ってあげたくて…俺の力じゃ、お話じゃいつも優は笑ってくれないから…」

 

「って、そうじゃなくて俺は優が大切だからお兄ちゃんとしてお前に喜んでほしくてさ。誕生日だから優の中で思い出に残るようなものをあげたかったんだ」

 

手にいっぱいの絆創膏をつけた兄がメジャモンのぬいぐるみを差し出してくる。

彼は本当に分かっていない。

 

「改めて、優。誕生日おめでとう。寂しい思いばっかりさせちゃってごめんな。俺は、ダメな兄ちゃんだ」

 

違う。そんなことを言ってほしいんじゃない。

本物の家族じゃないボクに、そこまでしてくれるのが本当は嬉しかったんだ。

 

「俺、いままでずっと絵ばかり描いてきたから今回のプレゼントは絵じゃなくて、優の心にちゃんと向き合えるような手作りのものにしたかったんだ」

 

「へへっ。だから、こいつを約束の証として俺の言葉を信じてくれないか?」

 

…どうせそう言ったって、今回もボクに噓をつくつもりだ。今日も遊んでくれなかったくせに。

少しむくれた顔で兄を見つめ返すと兄は困ったような表情で笑い、ゆっくりとボクの頭を撫でてくる。

 

「俺は、もう優の悲しむことはしないって約束するよ。お前を一番にしたいからもし優がそうしてほしいんだったら断筆だってする」

 

「まぁ、母さんや父さんからは何か言われるかもしれないけど、大した問題じゃないだろ」

 

少しづつ強くなる現在の俺の意識を自覚しながら、感情のない瞳を兄へと向ける。

――あぁ、思い出してきた。この日は兄の心から嫌いなところが一つ増えた日だった。

今はこんなにも憎らしくて、妬ましくて仕方のない兄との思い出を。

俺はどうして今日も夢の中で再生してしまうのだろう。

 

「芸術家、白鳥篝はここに宣言する。俺は……」

 

「俺は、白鳥優の世界一のお兄ちゃんになるよ」

 

 

 

 

 

人を人たらしめているものとはなんだろう。

言葉?

思い出?

それとも、環境?

 

では、芸術家を芸術家たらしめている要素は何だと思う?

地位や名声?

感性や天才性?

血のにじむような努力?

 

俺の兄である天才芸術家、(かがり)は当時の引退会見でそのどれでもなく、「自身を欺き、異なる人生を演じることが芸術家、そして人としての必須要件だ」と語った。


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