その日、TKFは、臨時の単発バイトのために、集合場所である空港みたいなところの一角に出向いた。
同じバイトに応募した人たちが徐々に集まってきた。中にはどこで会った覚えていないが見たことある人もいた。おそらくは同じようにバイトを渡り歩いている人だろう。その人たちとあいさつしたりしながら、「不謹慎だけど、こういう仕事、たくさんあるといいよね」みたいなことを言いあった。
ここらへん、向こうのバイトしたことない人にとっては(ほとんどの読者の方はそうだろうが)、何を言っているかわからないだろうから、少し説明を加えたい。
今の日本は求人難で、質はともかく仕事自体は大量に存在していてバイトしたければいつでもバイトできるだろうが、向こうの世界は逆に求職難で、やりたがる人は多いのに仕事はなかなかなく、たまに得られたとしても、才能(霊能力みたいなもの)が低いと雑用に近いようなコスパの悪い仕事しかもらえない状況である。
そんな求職難な状況なのに、なぜ向こうのバイトをやりたいかというと、本当に簡単に言うと報酬として“幸運の素”みたいなものがもらえるからである。この“幸運の素”のことをとりあえず「徳」と呼ぶことにする。「徳」を貯めると何がいいかというと、まずはこれから生まれる自分の子や孫が、生まれつきいい運勢をもって生まれるようになるし(こういうのを占いの世界では、いい星を持って生まれるという)、既に生まれている自分や子供の運勢もほんの少しだけよくなるのである。
もっとも多少バイトしたからといって劇的に変わるわけではなく、ほんのちょっとだけというか、気休め程度にしか「徳」をもらえないので、コスパ的にはあまりよくない。そんなことするよりも現実の世界で、実際の生活や仕事を通じて親切に生きた方がずっとコスパはいい。
それでも、どうせ寝て無為に過ごしている時間なので、そこでちょっとでも自分や子孫の実生活がよくなるならそれに越したことはないし、TKFのように占い師とかオカルト好きで、向こうの世界がどうなっているかを自分の目で確認したい、という人にとっては一石二鳥なので、やりたがる人が多いのである。
ただし、上述のとおり、才能がないとなかなかいい仕事はもらえず、あまり「徳」を貯められない。そんな中で、こういう臨時の単発バイトは報酬として与えられる「徳」がわりかし多いのである。なぜかというと、臨時で大量の人手が必要な事情が雇う側にあるからである。
例えば今回のバイト内容は、簡単に言うと「お迎え」の仕事である。具体的に言うと、大量の群衆の中から、渡されたリストに名前がある人だけを見つけて、バス(のような乗り物)に案内する。リストにない人がバスに乗ろうとするのは止める、そういったいかにも簡単な仕事であった。
TKFのようにやる気はあるけど才能は少ない人間にとっては、まさに願ったりな肉体労働であり、向こうで求職用の端末を見ていたときに偶然見つけて慌てて応募したのであった。
なお、具体的にどこに行くのか、なんでそんな大量の群衆が存在しているのか、みたいなことは応募要項には何も書いていないし、ここに集まっているような下っ端には何も知らされていない。だが、まあおそらくは大事故か災害現場みたいなところであることは、察しはついていたし噂にもなっていた。だから「不謹慎だけど、たくさんあるといいよね」みたいな会話がなされたのである。
さて、そんな会話をしているうちに、バイトが十人ぐらい集まっていたのだが、そこに手配師と言うか統率の人がやってきて、「すまないが今回のバイトは急に中止になった。帰りのタクシーチケットはちゃんと渡すので、各々帰還してくれ。」と言ってきた。
集まっていた者たちはがっかりしたが、文句を言っても始まらないので、タクシーチケットをもらって(チケットといっても紙ではなくて、魂に直接貼り付けるデータのようなものだった)、無言でタクシー乗り場に向かった。
なんか最近のニュースで(現実世界の方で)同じようなものを聞いたことがあるが、あちらの世界でもこういうのあるんだ・・・まあ交通費はちゃんと出してもらえるだけましか・・・
そうしてタクシー乗り場にやってきたが、けっこう人(?)が多く、その人たちが列を作らずに、めいめいがやってくるタクシーに手を挙げて存在を主張して、タクシーがその前に止まる、みたいな方式であった。
TKFは、ここでの自分の階級みたいなものが低いと認識していたので、あえて主張せず、あの人たちが行ってから前に出ようと思って待つことにしたが、しばらくすると空港ビルの方からまた人がたくさん来たので、このままではいつまでたってもタクシーに乗れないと思った。
見ていると、タクシーはお一人様の客の前には止まらず、数人の集団の前に優先的に止まるようだった。それがわかったTKFは、周りを見渡して、先ほどバイト集合場所にいたように思える面々を探して声かけていった。
「このままでは我々はいつまでもタクシーに乗れない。バイト仲間の縁で(正確には未遂だが)、乗り合いで帰ろうじゃないか。」
そうして5人の集団になって、さあ前に出よう、としたところで、少し離れていたところに立っている一人の女性が気になった。年齢は20代か30歳ぐらいだろうか。こういう場に慣れていないようで、他の人の圧力に気おされて前に出られない感じであった。
(あれでは無理だろう)とTKFは思った。その女性はバイト仲間でもなく知らない人だったが、思い切って「あなたはどこに帰るのですか?」と声かけてみたら、その女性も偶然にも名古屋市に帰りたいという。詳しく聞くとTKFの居住地から1~2km程度の近くのようだったので、だったら一緒に乗って行きましょう、と誘って、6人の集団になった。
そうして前に出たら、すぐにタクシーが止まってくれたので、全員で乗りこんだ。ファミリーカーみたいなタイプで8人乗りだったので、中段の席に3人、後部の席にTKFと女性を含む3人が座った。運転手は50代後半ぐらいの女性であった。この人もバイトなんだろうか、それとも向こうの世界の人なのだろうか・・・
空港を出ると、大きな道を走り、急な上り坂をぐんぐん上った。山を越えたかと思うと、今度は急な下り坂だった。TKFは、ああこれが世界を分ける境界なんだ、と思った。下るときはタクシーはいつのまにか後ろ向きになって、バックで急スピードで走ったので、非常に怖く感じた。
どうしてそこだけバックで走ったのか、あとで考えると思い当たる節があったが、長くなるのでそこには触れないことにする。
山を下ると、タクシーは降りる人に合わせて各所を回った。そのときには交差点から、まったく離れた別のところの交差点にワープして、そこの近くで一人を降ろして、という移動を繰り返した。
そうこうしているうちに、残りの客はTKFと女性だけになった。運転手のおばちゃんに女性から聞いた町の名前を告げる。すると運転手のおばちゃんが何か言ったが、それをTKFはうまく聞き取れなかった。返事をできないでいると、おばちゃんはそのまま発進した。
と思ったら、またもワープして、TKFにとっては見慣れた近所の道を走っていた。そのころには、おばちゃんは何か焦っているのか、運転がすごく荒くなり、あきらかにスピードオーバーで走っていた。そして、ある信号をむりやり突破したと思ったら、その先のカーブで曲がり切れず、歩道に乗り上げて走った。街路樹やガードレールにぶつかる!、あぶない!!、と思ったが、そのまますり抜けていった。歩道も車が走れるほどの幅はなかったのだが、そのまま走っていった。どうも4次元だかなんだかの、次元が異なる世界を走っていたようである。
そうしてある場所にタクシーが止められた。TKFにとっても昔よく通って覚えがあるところであった。
TKFが女性に「ここでいいですか?」と尋ねると、「はい、ここならわかります。歩いて帰れます。本当にありがとうございました。」と言って、降りて歩いていった。
それを見送ってから、TKFは運転手のおばちゃんに、じゃあ最後に私の家の近くまで頼みます、と言ったら、おばちゃんは「それはできない」と言った。
なぜかを聞いてみたら、おばちゃんが言うには、あの女性はチケットを持っていなかったらしい。だからここまで来るのにTKFのチケットを使っていいか?、とさっき聞いたのだが、返事がなかったので、そのままここに来た、ということだった。
それを聞いてTKFはようやく理解した。そうか、この世界のタクシーチケットというのは、好きなところまで好きな経路で行ってもらえるものではなく、降車ポイントごとに1枚必要になるものだったんだ。まるで仮面ライダー電王のチケットみたいである(注1)。
そしてこのチケットは持ち主の記憶を読みとって、その持ち主の思い入れが強い場所を降車ポイントとして表示するのだが、さきほどはTKFの記憶と同時に女性の記憶も読み取らせて、両方に共通して思い入れが強い場所を表示させるような無理を行ったので、運転がおかしくなった、ということらしい。
そういうわけで、TKFは思いがけず自分のチケットを使いきってしまったのだが、幸いにもここはTKFの家から1~2kmほどのところであり、それぐらいの距離なら今までの帰還時と比較してもかなり近い方であった。
なのでTKFは「だったら、ここで大丈夫です。ありがとうございました。」とおばちゃんに礼を言って、タクシーを降りて、さあ家まで歩いて帰ろう、と思った瞬間に、自室の布団の上で目を覚ましていた。
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目を覚ましてから、TKFは今の夢を思い出しながら考えた。
なるほどねえ・・、あの女性はチケットを持っていなかったのか・・・あんな場所にいるものだから、てっきり自分と同じで、他の何かのバイトの帰りでチケットを渡されているとばかり思っていたのだが違ったらしい、たぶん何かのはずみで向こうの世界に入りこんでしまって帰れなくなっていたのだろう・・・それでタクシーに乗りたくても乗れなかったのか・・・ああ、だからあそこで、誰かが声かけてくれるのをずっと待っていたのか、おそらくは相当長い間・・・・乗せてあげれてよかった・・・
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その数日後の土曜日か日曜日、TKFが自宅で机に向かったまま、うとうとしていたら、夢の中に若い女性が現れた。すぐにこの前の女性と気づいた。
「ああ、この前はどうも。あのあとちゃんと家まで無事に帰れましたか?」
「はい、おかげさまで、ちゃんと家に帰ることができました。ありがとうございました。」
「それはよかったです。」
そう話していたら、もう少し年配の女性が現れていった。
「この子は、ずっと長い間、家に帰れないでいたのが、思いがけずあなたさまのご親切に遭って、ようやく家に帰ってくることができました。本当に感謝しています。」
その言葉から察するに、女性の母親らしい。いいながら涙ぐんでいた。
「いえ、そんな。どうせ私も帰宅するついででしたから。」
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というところで目が覚めた。
あの子は無事に帰れたらしい。よかった・・・
ちなみに、後で知ったのだが、こうして泣くほど感謝してもらえる親切というものは、一晩バイトするよりも数十倍の価値があるものらしい。
ということで、まさに、情けは人の為ならず、を経験した一晩であった。
【補足】
注1:仮面ライダー電王のチケット
仮面ライダー電王という作品は、仮面ライダーシリーズでは珍しく、電車型のタイムマシンに乗って、過去の時間に行って怪人と戦う、というストーリーである。
そのタイムマシンは、自由自在に過去の時間を選べるわけではなくて、行先の時間が表示されたチケットが必要となる。そしてそのチケットはどうやって入手するかというと、行先の表示されていない白紙のチケットを人の頭にかざすと、その人にとって強烈な思い入れがある時間(たいていはショッキングな出来事を経験したり、やりなおしたいという未練がある時間だったりする)が表示される。そのチケットをタイムマシンにセットすると、その時間(必然的に過去の時間になる)に行くことができる、というしくみになっている。(行く前の時間に戻ってくることはチケットなしでもできるらしい)
なんでこんなめんどくさい制約をつけているのか、と不思議に思って、TKFは以前にいろいろ考察したのだが、おそらくは仮面ライダー電王をやっている主人公が、自分が住んでいる世界と異なる、いわゆるパラレルワールドにむやみに行かないようにするための制約だろう。(その世界の住民の記憶の範囲でしか動けないのなら、異なるパラレルワールドに行くことはなくなる)
以上はあくまでも、仮面ライダーという架空の世界の設定ではあるが、TKFが見た夢でのタクシーチケット(現世に戻ってくるときに、持ち主が実際に生活していた時空にしか戻れないように、持ち主の記憶を使って行先を限定している)ということが非常に似ていると思った。
おそらくは仮面ライダー電王の世界観を設定した作者は、時空に関する事柄を非常に深く考察した人なのだろう。ひょっとしたら向こうでの同業者なのかもしれない。