氏名 英二郎
指定区分 代表候補
代表手当 90,000
扶養送金 50,000
五輪金メダル獲得時報奨 50,000,000
扶養世帯
母 同居外扶養/長期療養中
弟 同居外扶養/就学中
父 死亡
住居保障 適用
医療保障 適用
食糧加給 適用
保障区分 甲
試合には負けた。
相手は絶対王者、レオン・フォン・アルヴァイン。
その動きを捉えきれずコアを一つも壊せなかった。
それでも国からは、よく戦った、次に勝てばいいと言われた。
今回の敗北で代表候補から外れることはなく、次に控えているオリンピックで結果を出せばいいという話だった。
配給所の夕食は、粥と固形タンパク質、薄いスープだった。
*ズズ*
まずい。
いや、違う。
国が出してくれた食事だ。
残すわけにはいかない。
*ズズズ*
やっぱりまずい。
俺は粥を見下ろした。
冷めかけたスープには膜が張り、固められたタンパク質は箸で押してもほとんど崩れない。
うまいものが食べたいと思いながら、俺は箸を握り直し、残ったものを一気に腹へ流し込んだ。
やっぱり、うまいものが食べたい。
食器を返して宿舎を出ると、外はもう暗かった。
遠くでは競技場の照明だけが白く光り、大通りには独立記念試合の旗がまだ吊られていた。
赤い垂れ幕に、俺の名前が印刷されている。
『祖国の若き鉄拳、英二郎に栄光あれ』
今回は負けたが次にはオリンピックがある。
そこで金メダルを取れば今回の敗北も取り返せる。
この国では、金メダルの賞金で三代食えると言われていた。
それがあれば、俺が実家へ送金を続ける必要もなくなる。
ぼんやり考え事をしながら垂れ幕の下を歩いたが、誰も俺に声をかけることはなかった。
俺も何も言わず通りの角にある小さな店へ入った。
看板の明かりは半分ほど消え、店内の冷蔵棚もほとんど空だった。
残っていたのは、透明なケースに入った養殖サーモンの切れ端だけだ。
腹は満たされているはずなのに、気づけばそこへ手を伸ばしていた。
「それはやめた方がいい」
振り向くと、レオン・フォン・アルヴァインが立っていた。
背中が反射的に強張った。
試合用の装甲はなく、薄い外套を羽織って片手には紙袋を提げていた。
「……なぜですか」
「色が悪い。食べるなら、奥の塩漬けにしろ」
「はぁ……」
俺はサーモンのケースとレオン選手の顔を交互に見た。
「……君はこういうものが好きなのか」
手元のサーモンを見たあと、何か思いついたように店の外へ目を向ける。
「せっかくだ。ローストビーフを食わせてやる」
思わず顔を上げた。
「俺とですか」
「そうだ」
「試合のことは、もういいんですか」
「いいわけがないだろう」
レオン選手は当然のように答えた。
「だが、それと君と食事をすることに何の関係がある?」
返す言葉が見つからなかった。
彼はそれ以上何も言わず、先に店の外へ出ていった。
俺もサーモンを棚へ戻し、後を追った。
大通りを外れ、しばらく歩いた先に小さなレストランがあった。
扉が開くと焼けた肉の匂いが流れてくる。
窓際の席につくとレオン選手は慣れた様子でローストビーフを注文した。
ほどなく運ばれてきた皿には薄く切られた肉が何枚も重なっている。
これがローストビーフ。
一切れ口に入れると柔らかな肉が噛むほどにほどけ、塩気のあとから脂の味が広がった。
「うまい」
思わず声が出た。
「気に入ったようだな」
俺はもう一切れ取って今度はさっきよりゆっくり噛んだ。
腹はとっくに満たされているはずなのに、皿の肉が減っていくのが惜しく感じられた。
「どうして俺を誘ったんですか」
「リングの外の君を見てみたかった」
「俺をですか」
「何を食べ、誰と話すのか。そういうところにも選手の本質は出る」
「……それが、ボクシングと関係あるんですか」
「ある」
迷いのない答えだった。
「君の戦い方には失望した。だが、君があの攻撃を選んだ理由は、僕にはまだ分からない」
「それを知りたい」
教官からは勝てなくてもレオン選手の力を奪えと言われていた。
俺もそれが正しいと思っていたから、首を狙うことに迷いはなかった。
それを本人に話す気にはなれず、結局何も言わないまま食事を続けた。
食事を終える頃には皿の肉はきれいになくなっていた。
「今日はありがとうございました。今度は俺がご馳走します」
「礼なら必要ない」
「でも、食べさせてもらったので」
一度の食事くらいなら俺にも払える。
代表手当の使い道はほとんど決まっていたが、それとは別にいくらか残してあった。
「仕事の付き合いで食事をするのは好きじゃない」
今日の礼をしたいのは本当だった。
けれど、それだけなら金を返せば済む。
「……じゃあ、プライベートで」
「ん?」
「今度は仕事じゃなくて、俺個人としてご馳走します」
少し間があってから、レオン選手は笑った。
「それなら喜んで」
それからも話は途切れず、気づけば店には俺たちしか残っていなかった。