石油が尽きた2661年、エセ昭和共産日本でサイボーグボクシングをやらされます 作:スペイン語が話せない
党に選ばれて、俺は国営サイボーグボクシングの強化選手になった。
オリンピックで勝つために、身体を改造される。
怖いとは思わなかった。むしろ、誇らしかった。
発表の日、教官は俺の肩を叩いた。
「よく選ばれたな。君は党に必要とされた」
その瞬間、胸の奥で何か熱いものが爆ぜた。
改造されたはずの人工心臓が、まるで本物のように脈打つ。
必要とされた。俺が。党に。
朝食のトレイには、卵と鶏肉、藻類油脂で焼いたパン、果物そっくりの栄養ゼリーが並んでいた。
この国で朝から肉が出るなど、ほとんどありえない贅沢だった。
俺はそれを、党からの信頼の証だと信じた。
「ガード戻せ! 今ので死ぬぞ!」
教官の怒号を背に、俺たちは訓練場の奥深くへ進んだ。
床の奥に、鮮やかな赤い線が引かれている。
一般訓練生は絶対に越えられない境界。強化選手だけが許される聖域。
「訓練開始」
「さあ、前回の記録を超えろ」
黒い鉄芯入りサンドバッグの前に立つ。
「打ってこい」
右足を半歩引き、拳を構える。
首の後ろでインプラントが低く唸り、右肩の油圧アクチュエータが目を覚ます。
ぎ、ぎぎ……と人工筋肉が締まり、背中の装甲が圧を溜めていく。
スパォッッッッ!!!────────
右拳が空気を裂いた。
鉄芯入りのバッグは中央からひしゃげ、鎖ごと後方へ吹き飛んだ。
床が震え、一般訓練生たちの声が一瞬で止まった。
「記録更新だ」
「おめでとう」
その言葉は、拍手なんかよりずっと重かった。
俺は拳を下ろしながら、静かに息を吐いた。
「次は対人戦だ」
「来い!」
赤い線の向こうから、一人の強化選手がリングへ上がった。
俺の身体は、殴るために太く作られていた。
肩は異常に厚く、拳を握るだけで床が軋む。背中の装甲が油圧の逃げ道を求めて低く唸る。
だが、リングに上がってきた相手は違った。
弱そうだった。
細い。軽い。
装甲も薄い。
なぜこいつが、赤い線の向こう側にいるのか分からなかった。
俺は拳を上げ、右足を半歩引いた。肩が沈み、背中の装甲が圧を溜める。
相手も静かに構える。
ピ、ピ、ピー。
ピッ。
開始音が鳴った。
パワウゥゥン――シャァン!!!!
瞬間、両者の身体が同時に目覚めた。
肩から白いコアがせり上がり、脇腹・胸横・肋骨下で青い光が点灯する。
一つでも壊されれば即敗北。迷わず踏み込み、相手の左肩コアを狙った。
白くせり出したそこを、一撃で砕く。
スパッッ!!
外れた。
俺は右を出していた。だが、相手はもうそこにいない。
次の瞬間、右肩コアに衝撃が走った。
ガツンッ
相手の拳が、正確に俺の右肩コアを捉えていた。
「ふぅ────────」
相手は息を吐いただけだった。
油圧が唸る。右をもう一度引いたが、相手は微動だにしない。
俺の動きを、全部読まれている。
そう気づいた時には、もう右を撃っていた。
スパッ…!
また、空を裂いた。
右肩ががら空きになった。とっさに守ろうとした瞬間、脇腹が開く。
分かっていた。相手の拳がそこに来ることも。
それでも、間に合わない。
ガンッ
脇腹のコアが赤く跳ねた。痛みはない。息も切れていない。
なのに、確実に削られている。
「あと一撃!脇をやられたら終わりだ!」
赤い線の向こうで、誰かが叫んだ。黙れ。分かっている。
脇腹をもう一度やられたら終わる。肘を下げ、脇腹を締めた。
その瞬間、相手の視線が上がった。
右肩を狙っている。分析インプラントも同じ警告を繰り返す。
“Alert. Right shoulder core at risk.”
分かっている。
見えている。
だが、脇腹を守るために下げた腕は、すぐには上がらない。
俺の右肩へ、相手の拳が伸びた。
…
キィ……ィィン、ヂリッ
相手の動きが、一瞬だけ止まった。
いや。止まったんじゃない。
相手のインプラントが、俺の右ストレートが危険だと判断した。
だから相手は、ほんの少しだけ身体を外へ逃がした。
右を避けるために。
だが、俺は右を撃たない。
相手の胸横コアが、こちらを向いている。
見えているだけじゃない。
思いっきりぶち込める角度だった。
左を放つ。
スパッッ!!ッッァアン────────
左拳が、相手の胸横コアに入った。青い光が、赤く弾ける。
だが、相手の拳も止まらない。俺の右肩コアにも、衝撃が入った。
右腕の感覚が、一瞬で消えた。
…
俺は立っていた。
相手も立っていた。
どちらのコアが先に砕けたのか、分からない。
「ふむ、明らかだ」
「先に破壊されたのは――」
…
「胸横のコアだ」
相手の方だった。
「勝利はお前だ」
「英二郎」
俺が勝った。
「よっしゃああああ!!!」
勝利した。
だが、右腕は動かない。ガッツポーズは取れなかった。
「右を撃たなかったな」
教官が言った。
俺は動かない右腕を押さえたまま、息を吐いた。
「撃つ時のノイズ」
「あれは、この場にいる全員に聞こえていた」
「あのノイズが右を出す合図となっていた」
キィ……ィィン、ヂリッ。
右腕に力を込める。するとさっきの音が聞こえた。
「貴様、小細工を掛けたな」
「隙を作るために、右で打つと”見せかけた”」
…
「貴様は、それでいいと思ってるのか」
「神聖なリングを穢すのも厭わないのか」
教官の声は低かった。
だが、怒鳴ってはいなかった。答えを待つようにこちらを見ていた。
俺は力を抜いて、教官の党章に向かって敬礼をした。
「えぇ。党と勝利のために」
教官は、ほんのわずかに頷いた。