79番目の遠回り   作:スペイン語が話せない

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Part2 絶対王者

「エイジ……ロウ?」

 

「なるほど。なかなか忘れ難い名だ」

 

僕は今、気分が悪い。

あの国に来るくらいなら、天井の染みを数えていたかった。

 

「英二郎選手のデータですが、再確認しますか?」

 

「いや、結構だ」

 

インプラントの性能は並程度。

だが、僕の関心を引いたのは、あの重量だった。

 

《weight:153.56kg》

 

大きく、重く、強く殴るための身体だ。

 

「結論が“重く殴る”とは今どき珍しい…」

 

支度を終えた僕を、マネージャーがいつになく硬い顔で呼び止めた。

 

「最後に確認します。相手は、あなたの選手生命を絶つ攻撃に出る可能性があります」

 

「非常に危険です。くれぐれも油断しないでください」

 

支度も装備も申し分ない。あとは、あの重装備をどう崩すかだけだ。

 

「では、行ってくる」

 

マネージャーを残し、会場へ出た。

 

「Booooooooo!!」

 

「死ねええええええ!!」

 

あの率直すぎる悪口には笑わされた。

語彙まで配給制とは、実に徹底した国だ。

 

「バンザーイ!!!」

 

「バンザーイ!!!」

 

万歳の声の向こうから、英二郎が歩いてきた。

 

正直、その姿を見て久々に退屈が薄れた。

 

でかい。

だが、ただ大きいだけではない。

 

その身体は鍛錬の成果というより、公共事業の成果物だった。

 

厚い防護板。首の後ろを支える黒いフレーム。

右肩の奥では、油圧アクチュエータが低く唸っている。

 

拳に至っては握られているだけで既に暴力の完成品だった。

 

「レオンさん。よろしくお願いします」

 

だが、想定以上にその顔は若かった。

硬く、真面目で、こちらを疑うことをまだ覚えていないような顔。

 

化け物の顔をしていれば、まだ分かりやすかった。

いい顔を持っているじゃないか。

 

「あぁ、よろしく」

 

思わず身震いした。退屈だけは、しなくて済みそうだ。

 

『独立記念スペシャルマッチ!!』

 

リングアナウンサーの声が、罵声を切り裂いた。

 

『青コーナーァ!!ISBC認定、絶対王者!レオン・フォン・アルヴァイン!』

 

『そしてぇ、赤コーナーァ!!!我が国が誇る最高傑作!』

 

『国民的英雄、英二郎選手!!!!』

 

「バンザーイ!!!」

 

完全なアウェイだ。

悪くない。歓待より、ずっと仕事に集中できる。

 

『両選手、中央へ』

 

低い駆動音を響かせながら、英二郎が中央まで歩いてきた。

 

「よろしくお願いします」

 

二度目の挨拶も、丁寧すぎるほどだった。

僕は今度は返事をせず、そのままコーナーへ戻った。

 

罵声も、照明の熱も、順に遠のいていく。

視界に残るのは、英二郎ただ一人だ。

 

*ゴォン────────*

 

*パワウゥゥン――シャァン!!!!*

 

『コアが解放!一つでも破壊されれば即終了だ!』

 

試合開始。

 

英二郎は足をわずかに引き、右を打つ構えを取った。

だが、踏み込みが浅い。本気で打ち込む前に、僕の反応を見るつもりだ。

 

少しでも反応すれば狙いを読まれる。

僕が動かないと見るや、英二郎の左肩が動いた。

 

*スパッ*

 

奴は僕が動くたび、その動きに合わせてジャブを連発する。

僕は拳の下へ潜り込み、そのまま頭と背中だけを見せた。

 

次の動きはまだ見せない。

 

「っ────────」

 

英二郎の肘が畳まれた。

僕の動きは見えていない。ただ、予測した先を塞いでいる。

 

その瞬間、低く沈んだ僕から英二郎の顎まで一本の線が通った。

 

そうか。

 

お前には見えたんだな。

見えていないはずの、次の僕が。

 

その予測よりも早く、身体の奥で力が跳ねた。

駆動音も予備動作もない。

 

サイレント。

 

ただ、床だけが知っていた。

 

*ガッツアアッツ────────ッ!!!*

 

ホワイトコアは狙わない。

英二郎の顎を、鈍く、生々しく叩いた。

 

『アッパーカットが決まったアッ!!』

 

英二郎の顔が跳ね、首の支持フレームが一拍遅れて軋んだ。

 

『だが、英二郎選手、倒れない!』

 

それでも奴は一歩も下がらず、僕を睨んでいた。

 

いい。

今のは、少しだけ予想を超えた。

 

英二郎の反応が一拍遅れた隙に、正面から外れる。

 

*キィ……ィィン、ヂリッ*

 

すると英二郎は、露骨に右を打つ構えを見せた。

 

だが、肩の向きがおかしい。

拳は僕自身ではなく、逃げようとした先へ伸びている。

 

*ゴァ───ッッ!!*

 

『右ストレートッ!!』

 

『レオン選手、直撃は避けたッ!』

 

『直撃狙いではない!レオン選手の逃げ道を塞いだァ!』

 

残された斜め後ろへ避けた瞬間、コアが露出した。

 

一瞬の露出でも、あの拳には十分だ。

気づいたときには、身体がわずかに固まっていた。

 

だが、英二郎はコアを撃たなかった。

 

代わりに、奴の左前腕が無造作に振り上げられる。

その軌道はコアへ向かっていない。

 

*ソアアッ...*

 

顔を狙っているように見えたその腕が、顔の横を通り過ぎ、首の後ろへ伸びてくる。

 

血の気が引いた。

こいつ、脊柱インプラントを狙っている。

 

しかも、さっきの右とは比べ物にならない出力で。

構えもろくに取っていないくせに。

 

*ガリッ…*

 

硬い縁が、僕の肩をかすめた。

直撃していれば、僕は首から下を動かせなくなっていた。

 

コアを撃てば終わる場面で、奴は僕の脊柱インプラントを狙った。

 

思い違いかとも思った。

だが、あのマネージャーの警告が脳裏をよぎる。

 

こいつは、最初からそのつもりだったのか。

 

「……君は、競技者ですらないんだな」

 

試合中だというのに、その言葉は口をついて出た。

その時、奴がどんな顔をしたかなど、見る気にもならなかった。

 

僕が好きなのは相手を読み、騙し、越えていく、その瞬間だ。

だからこそ、その勝負を奪った奴を許せなかった。

 

「……日本昭和再生国!!!」

 

「万歳!!!」

 

その声は、震えていなかった。

 

軽蔑する。

 

それでも、見事だと思ってしまった。

そこまで自分を捨てられるなら、君は確かにあの国の選手だ。

 

僕は静かに拳を沈めた。

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