氏名 英二郎
指定区分 代表候補
五輪出場資格 不認定
懲戒処分 戒告
処分事由 緊急呼出に対する応答義務違反
代表手当 90,000
扶養送金 50,000
五輪金メダル獲得時報奨 50,000,000
扶養世帯
母 同居外扶養/長期療養中
弟 同居外扶養/就学中
父 死亡
住居保障 適用
食糧加給 適用
医療給付 適用※
保障区分 甲
※医療給付は国家指定医療機関における承認済診療に限る。国外診療および未承認治療は給付対象外
教官から次の試合について連絡があり、対戦相手の資料が送られてきた。
相手はすでにオリンピック代表に決まっていた。
勝敗とは別に、試合の結果オリンピックまでの競技停止に該当した場合は特別報奨が出る。
狙うかどうかは俺に任されていた。
画面を閉じようとしたが指が動かなかった。
しばらくそのまま眺めているうちに、こんなことはしたくないと思った。
レオンさんの時も同じだった。
報奨金が出ると知って首を狙ったのは俺だった。
オリンピックに出られなくなった今、母さんの治療に必要な金を手に入れる方法はほかに思いつかない。
やりたくないと思っても、報奨金を諦める余裕はなかった。
一度やると決めてからは相手の資料を最初から確認した。
二か月ほど前の試合では頭部への打撃を受け、途中で試合を止められていた。
競技規定では三か月以内に頭部への打撃で二度試合を止められた場合、九十日間の競技停止になる。
オリンピックまではそれより短い。
もう一度同じ形で試合を止めれば、それだけで大会には出られなくなる。
それだけを頭に入れてリングへ向かった。
試合を終えて控室へ戻る途中、通路の向こうで対戦相手が医療スタッフに囲まれていた。
椅子には座っていたものの自分では姿勢を保てず両脇から支えられており、腫れ上がった顔の口元には血の混じった唾液が残っていた。
目の前で医師が指を動かすと視線だけが一拍遅れて追った。
俺は頭部への打撃を重ね、医師が続行を止めるまで攻め続けた。
控室へ戻ると手袋を外して椅子に座った。
身体の熱が引くまでそのまま何もせずにいた。
しばらくして教官から連絡が入った。
対戦相手には九十日間の競技停止が決まり、特別報奨として五百万が支給されるという。
それでも母さんの治療費にはまだ足りなかった。
その後、端末に次の試合の対戦相手が辞退したという連絡が届いた。
理由には安全上の懸念とだけ書かれており、その下にはレオンさんとの試合と今日の試合の記録が添えられていた。
次の試合はなくなった。
この戦い方を続ければ、また同じことが起きるかもしれない。
それでも今の俺には母さんの治療に必要な金を稼ぐ方法がほかになかった。
続けると決めた以上は中途半端にやるつもりもなかった。
端末を閉じようとしたところでレオンさんから連絡が届き、試合を見たので少し話したいとだけ書かれていた。
そのまま通話をかけるとすぐにつながった。
『今日の試合を見た。ああいう戦い方はやめた方がいい』
「俺もそう思います」
少し間があってから、レオンさんがもう一度口を開いた。
『それでも続けるのか』
「はい」
しばらく通話の向こうから何も聞こえなかった。
『正直に言えば、君のことを見誤っていたと思ってる』
『あの時、君がこういう人間だと知っていたら、次の食事の約束なんてしなかった』
『ただ、約束を取り消すつもりもない』
「え?」
『君がどうしてそこまでして続けるのか、まだ分からないからな』
母さんのことを話そうとはしたが通話越しではどこから説明すればいいのか分からなかった。
黙ったままでいるとレオンさんが先に口を開いた。
『じゃあ次に会った時に聞かせてくれ』
『その時はちゃんと飯を食いながら話そう』
「……はい」
そこで通話は終わった。
端末を膝の上に置いたまま、レオンさんの最後の言葉を何度か思い返した。
あれだけ失望したと言いながら、食事の約束だけは残していった。
どうしてそこまで俺のことを気に掛けるのか考えてみても結局分からなかった。
母さんの声が聞きたくなった。
端末で時刻を確認するとまだ起きているはずだった。
連絡先から母さんの名前を開いて少し迷ったあと通話を押した。
呼び出し音を聞きながら何から話そうか考えた。