金メダルのためのサイボーグ   作:スペイン語が話せない

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Part3 英二郎

「エイジ……ロウ?」

 

「なるほど。なかなか忘れ難い名だ」

 

僕は今、気分が悪い。

 

あの国に来るくらいなら、天井の染みを数えていたかった。

染みは退屈だが、思想は語らない。

 

「英二郎選手のデータですが、再確認しますか?」

 

「いや、結構だ」

 

インプラントは並み程度だったと思う。

だが、僕の関心を引いたのは、あの重量だった。

 

《weight:153.56kg》

 

大きく、重く、強く殴るための身体だ。

 

「結論が“重く殴る”とは今どき珍しい…」

 

「最後の確認です」

 

その時、マネージャーが言った。

 

「相手は、追い詰められれば危険な攻撃をしてくる可能性があります」

 

「勝敗ではなく、選手生命を狙う攻撃です」

 

マネージャーは、いつになく硬い顔をしていた。

 

「そうか」

 

支度は整った。装備も申し分ない。

残る仕事は、あの重装備をどう崩すかだけだ。

 

「どうか、お気をつけて」

 

会場へ出た。

 

「Booooooooo!!」

 

「死ねええええええ!!」

 

あの率直すぎる悪口には笑わされた。

語彙まで配給制とは、実に徹底した国だ。

 

「バンザーイ!!!」

 

「バンザーイ!!!」

 

万歳の声の向こうから、英二郎が歩いてきた。

 

正直、その姿を見て久々に退屈が薄れた。

 

でかい。

ただ大きいだけではない。

 

その身体は、鍛錬の成果というより、公共事業の成果物だった。

 

厚い防護板。首の後ろの黒い支持フレーム。

右肩の奥で、油圧アクチュエータが低く唸っている。

 

そして拳に至っては、握られているだけで既に暴力の完成品だった。

 

「レオンさん。よろしくお願いします」

 

だが、想定以上にその顔は若かった。

硬く、真面目で、こちらを疑うことをまだ覚えていないような顔。

 

化け物の顔をしていれば、まだ分かりやすかった。

いい顔を持っているじゃないか。

 

「あぁ、よろしく」

 

思わず身震いした。退屈だけは、しなくて済みそうだ。

 

『建国記念スペシャルマッチ!!』

 

リングアナウンサーの声が、罵声を切り裂いた。

 

『青コーナーァ!!ISBC認定、絶対王者!レオン・フォン・アルヴァイン!』

 

『そしてぇ、赤コーナーァ!!!我が国が誇る最高傑作!』

 

『国民的英雄、英二郎選手!!!!』

 

「バンザーイ!!!」

 

完全なアウェイだ。

悪くない。歓待より、ずっと仕事に集中できる。

 

『両選手、中央へ』

 

英二郎が歩いてくる。

あぁ、奴の低い駆動音がこちらにも響く。

 

「よろしくお願いします」

 

二度目の挨拶。

丁寧すぎるほどだった。

 

だが、今度は返事をしなかった。

 

僕たちはコーナーへ戻った。

 

意識が絞られていく。

罵声も、万歳も、照明の熱も、順に遠くなる。

 

視界に残るのは、英二郎ただ一人だ。

 

*ゴォン────────*

 

*パワウゥゥン――シャァン!!!!*

 

『コアが解放!一つでも破壊されれば即終了だ!』

 

試合開始。

 

英二郎は右足をわずかに引いていた。

右で撃つ形をしている。

 

だが、骨盤はまだ沈みきっていない。

本気で撃つ前に、僕の反応を見ている。

 

少しでも反応すれば、狙いを読まれる。

 

だから、足だけを動かす。

英二郎の右外へ、半歩。

 

僕が反応しないと分かると、英二郎の左肩が動いた。

 

*スパッ*

 

ジャブだ。

 

僕は外へ流した。

大きくは避けない。頬の横を通すだけだ。

 

*スパッ…*

 

二発目は、僕が避けた先を狙っていた。

 

もう同じ方向には逃げられない。

後ろへ下がっても、英二郎に距離を詰められる。

 

なら、下だ。

 

英二郎の前腕が押し込まれる直前、僕は身を沈めた。

英二郎の左前腕が、僕の肩の上を滑った。

 

最低限。

 

奴に見えているのは、沈んだ僕の頭と背中。

それから、狙いを外れたコアだけだ。

 

右腕も、足も、次に動く方向も見せない。

奴のAIは、見えない部分を予測で埋めるしかない。

 

「っ────────」

 

英二郎の左肘が畳まれた。

殴るためではない。僕の動きを止めるためだ。

 

その瞬間、低い位置にいる僕からは、英二郎の顎まで一直線だった。

 

そうか。

 

お前には見えたんだな。

見えていないはずの、次の僕が。

 

身体の奥で、力が跳ねた。

 

駆動音はない。警告もない。

予備動作も、奴の視界にはない。

 

サイレント。

 

ただ、床だけが知っていた。

 

*ガッツアアッツ────────ッ!!!*

 

ホワイトコアは狙わない。

英二郎の顎を、鈍く、生々しく叩いた。

 

『アッパーカットが決まったアッ!!』

 

英二郎の顔が跳ねた。

 

首の支持フレームが、一拍遅れて軋む。

巨体の上で、若い顔だけが上を向いた。

 

『だが、英二郎選手、倒れない!』

 

奴が僕を睨んでいた。一歩も下がらない。

 

いい。

今のは、少しだけ予想を超えた。

 

英二郎の反応が、一拍遅れている。

右拳を戻しながら、英二郎の真正面から横へ逃げた。

顎を打った余韻に付き合う暇はない。

 

*キィ……ィィン、ヂリッ*

 

すると、英二郎の右肩がわずかに沈んだ。

露骨に右で撃つ形を見せつけた。

 

だが、肩の向きが違う。

 

拳の線は、僕が逃げようとした先へ伸びている。

 

僕を狙っていない。

 

*ゴァ───ッッ!!*

 

『右ストレートッ!!』

 

『レオン選手、直撃は避けたッ!』

 

『直撃狙いではない!レオン選手の逃げ道を塞いだァ!』

 

英二郎の右ストレートが、他の逃げ道を潰していた。

僕は斜め後ろへ下がるしかなかった。

 

その瞬間、コアが一瞬だけさらけ出してしまった。

 

ほんの一瞬。だが、プロのセンサーなら拾える。

あの右拳なら、かすっただけで破壊判定を取られる。

 

しまった。

そう思うより先に、僕の身体がわずかに固まった。

 

だが、英二郎は撃たなかった。

 

「────」

 

奴のインプラントから雑音が消えた。

だが、左前腕は”雑”に振り上げられた。

 

何か不自然だ。

コアを狙う動きではない。

 

*ソアアッ...*

 

英二郎の左前腕は、僕の顔を狙っているように見えた。

だが、そのまま顔を通り過ぎ、首の後ろへ伸びてきた。

 

一瞬で、血の気が引いた。

 

こいつ、首の後ろを狙っている。

 

しかも、さっきの右とは比べ物にならない出力で。

構えもろくに取っていないくせに。

 

競技用の出力では、あり得ないはずだ。

 

*ガリッ…*

 

硬い縁が、僕の肩をかすめた。

 

狙いは首の後ろ。

脊柱インプラントの急所だ。

 

そこを潰されれば、首から下がまともに動かなくなる。

選手としては、それで終わりだ。

 

アイツはコアを撃てた。

勝負を終わらせる道は、目の前にあった。

 

それを捨てて、首の後ろへ来た。

間違えたわけではない。確信を持って、そこを狙った。

 

ルール上は、完全な反則とは言い切れない。

だが、まともな競技者なら絶対に狙わない。

 

それを、こいつは迷わず選んだ。

 

「……君は、競技者ではないんだな」

 

「失望した」

 

思わず、試合中にも関わらず、そう口に出てしまった。

その時、奴がどんな顔をしたかなど、見る気にもならなかった。

 

僕は勝負が好きだ。

 

殴り合いが好きなのではない。

相手の選択を読み、騙し、越えていく、その瞬間が好きだ。

 

だからこそ、許せなかった。

 

「……日本昭和再生国!!!」

 

「万歳!!!」

 

その声は、震えていなかった。

 

無礼者が。

国さえあれば、自分が何をしたか考えなくて済むのだろう。

 

英二郎、君にこのレオンを倒す資格はない。

僕は、静かに拳を沈めた。

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