試合には負けた。
相手は絶対王者、レオン・フォン・アルヴァイン。
彼の動きを捉えきれず、コアを一つも壊せなかった。
それでも国からは、よく戦った、次に勝てばいいと言われた。
今は配給所で夕食を食べている。
白いトレイには、粥と固められたタンパク質、それに薄いスープが並んでいた。
*ズズ*
まずい。
いや、違う。
国が出してくれた食事だ。
残すわけにはいかない。
*ズズズ*
やっぱりまずい。
俺は粥を見下ろした。
スープは冷めかけていて、表面に膜が張っている。
固められたタンパク質は、箸で押してもほとんど崩れなかった。
うまいものが食べたい。
だが、白いトレイの上には、どれもほとんど手つかずのまま残っている。
俺は箸を握り直し、トレイに残ったものを一気に腹へ流し込んだ。
空になったトレイを前に腹だけは膨れていた。
それでも、満たされた感じはしなかった。
やっぱり、うまいものが食べたい。
食器を返して宿舎を出ると、外はもう暗かった。
遠くでは競技場の照明だけが白く光り、大通りには独立記念試合の旗がまだ吊られていた。
赤い垂れ幕に、俺の名前が印刷されている。
『祖国の若き鉄拳、英二郎に栄光あれ』
誰も俺に声をかけなかった。
俺も何も言わず、通りの角にある小さな店へ入った。
看板の明かりは半分ほど消え、窓辺には保存パンと缶詰が並んでいた。
店内の冷蔵棚はほとんど空で、端に透明なケースが一つだけ残っている。
中に入っていたのは、養殖サーモンの切れ端だった。
腹は満たされているはずなのに、気づけばケースへ手を伸ばしていた。
「それはやめた方がいい」
振り向くと、レオン・フォン・アルヴァインが立っていた。
背中が反射的に強張った。
試合用の装甲はなく、薄い外套を羽織り、片手には紙袋を提げていた。
「……なぜですか」
「色が悪い。食べるなら、奥の塩漬けにしろ」
「はぁ……」
俺はサーモンのケースとレオン選手の顔を交互に見た。
なぜこの人が、俺の夕食を気にしているのか分からなかった。
「だが、本当にうまいものが食いたいなら、ここじゃないな」
そう言って、レオン選手は外套の内側から一通の封筒を取り出した。
「一枚余っている」
受け取った封筒は厚手で、銀の縁取りと見慣れない紋章があった。
「……なんですか」
「晩餐会だ。あと、舞踏会もある」
「え?」
少し遅れて、その言葉の意味を探した。
舞踏会。
旧時代の貴族と資本家が、人民から奪った富で身を飾る場所。
無駄で、退廃的で、労働の敵が好む儀式。
学校ではそう習った。
「出席予定だった同伴者が来られなくなった」
「料理もこの店よりはましだろう」
「なぜ俺を……」
彼はすぐには答えなかった。
「あの攻撃を許したわけではない」
「だが、それと君自身に興味があることは別だ」
「選手の戦い方だけを見ても、分からないことがある」
「何を食べ、誰と話すのか。そういうところにも、選手の本質は出る」
「……それが、ボクシングと関係あるんですか」
「ある」
レオン選手は当然のように答えた。
「君の戦い方には失望した。だが、君があれを選んだ理由は、僕にはまだ分からない」
「それを知りたい」
返事をする前に、手の中の封筒へ目を落とした。
銀色の縁が、店の弱い明かりを拾っている。
俺はまだ、サーモンの味も、舞踏会も知らない。
どちらも国から与えられたことはなかった。
封筒を握り直し、レオン選手を見た。
「招待状、ありがとうございます」
「ぜひ、参加させていただきます」
俺は姿勢を正した。
「……」
「僕は命令したんじゃない。君は本当に行きたいのか?」
そう言われて、喉の奥が詰まった。
何かを間違えた気はした。
だが、どう答えればよかったのかは分からない。
俺は……
「肉が食べたいです」
言ってから、自分の声が思ったより小さかったことに気づいた。
「それでいい。晩餐会なら、ローストビーフくらいは出る」
ローストビーフ。
その言葉だけで、口の中にまた唾が湧いた。
一度も食べたことはない。
「肉食いてぇ」
俺は思わずそう口走ってしまった。
レオン選手は、ほんの少しだけ頷いていた。
「舞踏会に来る理由としては、かなり正直だ」
銀の縁取りをもう一度眺め、封筒を胸元へしまった。
そこだけが少し温かく、悪くなかった。