79番目の遠回り   作:スペイン語が話せない

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Part4「Eins, zwei, drei」

晩餐会で最初に口にしたのは、ローストビーフだった。

 

「うまい」

 

噛むたび、温かい脂が舌に広がる。

肉が口の中でほどけていった。

 

「一曲、いかがですか」

 

もう一枚取ろうと伸ばした手が止まった。

 

そうだ。ここは晩餐会だけではなかった。

 

淡い青のドレスを着た女性が、俺に手を差し出していた。

指も手首もあまりに細く、俺の指一本で折れてしまいそうだった。

 

「……言っときますが、踊れませんよ」

 

「構いません」

 

その手を握って立ち上がると、椅子が重みに軋んだ。

 

「右手は、もう少し上で」

 

「こうですか」

 

広いはずの会場も人で混み合い、自由に動ける場所はほとんど残っていなかった。

 

「一、二、三」

 

彼女の声に合わせて足を動かすと、身体は意外なほど素直についてきた。

 

「お上手です」

 

「……ありがとうございます」

 

そう答えると、少しだけ肩の力が抜けた。

次の一歩はさっきよりも自然に出た。

 

「あっ、すみません」

 

横から来た男の肩が彼女にぶつかりそうになり、反射的にこちらへ引き寄せた。

ほんの少しのつもりが、彼女はあまりにも軽く、俺の方へ大きくよろめいた。

 

「……っ」

 

一歩下がって姿勢を直す。

 

「……大丈夫です」

 

そう言って微笑んだが、俺の手を握る力はさっきより少し強かった。

慌てて力を抜いた時には、背中のアクチュエータがすでに出力を上げていた。

 

*パァンッ*

 

*シュウウウ……*

 

しまった。

排圧弁が開き、行き場を失った出力が白い蒸気となって、礼服の背中から漏れ出した。

 

「……あ」

 

その音に周囲の視線が一斉に集まり、場を乱してしまったのだと分かった。

 

彼女の指が、俺の手の中で小さく震えていた。

離されると思った。

 

だが、その手はまだ離れなかった。

 

「えっと……」

 

謝るべきか、下がるべきか。

一瞬、分からなかった。

 

それでも、ここで終わりにしたくはなかった。

 

「続けますか?」

 

そう言うと、彼女は少しだけ目を丸くした。

 

「……はい」

 

彼女は小さく笑った。

 

「サイボーグの方って、本当にすごいんですね」

 

「あれはただの湯気ですよ」

 

彼女の手から少しだけ力が抜け、俺たちは再び足を動かした。

 

次の組が近づくと、今度は彼女を引かず、俺が先に横へ避けた。

彼女もその動きについてきて、今度はぶつからずにすれ違えた。

 

「一、二、三」

 

その声に合わせて足を運ぶと、さっきより床が広く感じられた。

 

曲がゆるやかに切り替わり、周囲の組が次々と相手を替えていく。

それにならって手を離すと、彼女の指だけがわずかに遅れてほどけた。

 

「……ありがとうございました」

 

彼女が礼をし、俺もそれにならって頭を下げた。

 

「よろしいですか」

 

顔を上げると、今度は白い手袋の女性が手を差し出していた。

 

「……はい」

 

一、二、三。

 

もう掛け声がなくても、身体は三拍子に合わせて動いた。

 

一歩目を前へ、二歩目を横へ、三歩目で足を寄せる。

白い手袋の女性が音楽に合わせて回り、ドレスの裾が床にふわりと広がった。

 

歩幅を少し小さくすると、彼女も同じように合わせてくれた。

 

ああ……

舞踏会に来てよかった。

 

そう思った途端、俺の一歩が半拍遅れ、彼女の足まで狂わせてしまった。

だが、慌てず次の拍に足を置き直す。ずれた二人の靴音が、また音楽に重なった。

 

その後も、相手を替えながら踊り続けた。

 

何曲目かも分からなくなった頃、踊りの輪の向こうから、試合中には聞いたことのない笑い声が響いた。

 

レオン選手の声だった。

俺は相手に礼をして輪を抜け、声の方へ向かった。

 

「ん?誰だ君は」

 

「酔いすぎじゃないですか?」

 

顔はもう真っ赤で、ろれつも少し怪しい。

それでも、グラスを持つ指先だけは妙に上品だった。

 

「ああ、すまない。英二郎か」

 

「いい夜だっただろう?」

 

「はい」

 

俺は迷わずそう答えた。

 

「それはよかった」

 

それだけ言って、彼は赤い酒の入ったグラスを掲げた。

 

「僕もいい夜だ」

 

少しだけ迷ってから口を開いた。

 

「また、こういう場所に連れてってください」

 

「僕に勝てたら考えようかな」

 

「次は負けません」

 

「この前のような手でか?」

 

「え?」

 

レオン選手はグラスを口元から離した。

さっきまで浮かんでいた笑みが、わずかに薄れた。

 

「首の後ろを狙ったあれだ」

 

「不愉快だ」

 

グラスがテーブルに置かれた。

 

音楽が流れ、誰かが笑い、皿の上にはまだ肉が残っている。

それなのに、俺の耳にはレオン選手の声だけが残った。

 

試合前に、教官から受けた命令を思い出した。

勝てなくても、レオン選手の力を奪え。

 

俺はそれに迷わず従った。

 

「君がそれを選ぶなら、好きにすればいい」

 

「だが、それで僕に勝ったことにはならない」

 

何か言い返そうとして、口が動かなかった。

 

そばの皿から肉を一切れ取り、口へ運んだ。

さっきまであれほど欲しかった味がもう分からなかった。

 

「……違います」

 

何が違うのか、自分でもまだ言葉にできなかった。

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