舞踏会の終わりが告げられると、客たちは次々に会場を出ていった。
俺も外套を受け取り、玄関へ向かった。
「英二郎」
後ろから呼ばれて振り返ると、レオン選手がこちらへ歩いてきた。
「今日は楽しめたか」
「はい。とても楽しかったです」
彼は俺の隣に並び、そのまま玄関を出た。
夜明け前の冷たい空気が頬に触れた。
レオン選手と何を話せばいいのか分からず、俺は門へ向かう足を少し速めた。
それでも、隣の靴音は離れなかった。
「なぜ急ぐ」
「レオンさんこそ、どうしてついてくるんですか」
「客を見送っているだけだ」
それだけとは思えなかったが、俺は歩調を戻し、レオンさんと並んで門へ向かった。
門の外には、俺を宿舎へ送る車が待っていた。
そこで足を止め、隣に立つレオンさんへ向き直って頭を下げた。
「ここまでで大丈夫です。ありがとうございました」
「ああ。僕も楽しかった。また会おう、英二郎」
穏やかに笑う彼へ頷き返し、俺は迎えの車へ向かった。
翌朝、荷物をまとめていると、端末に競技委員会から通知が届いた。
レオン選手との試合で、俺が競技として許されないほど危険な攻撃をした疑いがあり、レオン選手の陣営から正式な審査を求める申し立てが出されたという。
もう一度、通知の最初から読み返した。
審査の結果によっては、オリンピックに出られなくなる。
端末を握ったまま、しばらく動けなかった。
その直後、レオンさんから短い連絡が届いた。
『午前十時、北飛行場から発つ。それまではここにいる』
会いに来いとは書かれていなかったが、出発まであと一時間あることは分かった。
俺は端末を閉じ、途中だった荷造りを再開した。
午前十時になると、遠くから飛行機の音が聞こえてきた。
窓の外に機体の姿は見えず、レオンさんからもそれ以上の連絡は来なかった。
やがて飛行機の音も消え、部屋に静けさが戻った。
今日はもともと休暇で、訓練の予定も入っていない。
宿舎にいてもすることがなかったので、昼前になると行き先を決めないまま街へ出た。
しばらく歩いていると、道の先に小さな公園が見えた。
中にはベンチがいくつか並んでおり、どれも空いていた。
俺は日当たりのいい場所を選んで腰を下ろし、背もたれに身体を預けた。
外套越しに木の硬さが伝わってきた。
目の前では枝が風に揺れ、その向こうを雲がゆっくり流れている。
何をするでもなく眺めているうちに、少しずつまぶたが重くなった。
目を閉じて間もなく、外套の内側で端末が短く鳴った。
業務連絡の通知音だった。出場資格が保留になった今、教官か競技委員会からの連絡かもしれない。
反射的に手を伸ばしかける。
確認すれば、すぐに宿舎へ戻ることになる。
そう思ったところで、指先を止めた。
しばらくしてもう一度鳴ったが、今度は目も開けなかった。
次に目を覚ますと、枝の間から差し込む光の向きが変わっていた。
身体を起こして端末を見ると、思っていたよりずっと時間が過ぎている。
「こんな時間か」
急いで戻る用事はない。
靴下の足首部分についた白い糸くずを一つつまんで取り、俺はベンチから立ち上がった。
しばらく歩いた先に小さな露店があり、干した魚や海藻の間には丸く縮んだ白いものが積まれていた。
見慣れないものだったので、そばに置かれた札を読んだ。
そこには「干し貝柱」と書かれていた。
貝柱を干したものは見たことがなかったので、小さな袋を一つ買った。
袋を開けて一つ取り出すと、思っていたよりずっと硬かった。
奥歯で何度か噛んでも形はほとんど変わらず、最初は塩気しか感じなかった。
それでも噛み続けていると、少しずつ繊維がほどけ、遅れて甘い味が広がってきた。
飲み込んだところで、朝に届いた連絡を思い出した。
俺は端末を取り出し、レオンさんに電話をかけた。
三度目の呼び出し音で、通話がつながった。
しかし、向こうから声は聞こえなかった。
「レオンさん」
『聞こえている』
「……朝は、すみませんでした」
『なぜ謝る。来るようにとは言っていない』
「また晩餐会とか、やるんですか」
通話の向こうで、レオンさんが小さく吹き出した。
『君は、競技委員会からの通知を読んだのだろう』
「レオンさんが申し立てたんですか」
『僕の意思だ。陣営も賛成した』
『君のしたことを、許したわけではないからな』
「……はい」
少し間があった。
『それでも、また招待してほしいのか』
「はい」
『そうか。なら、また今度、君を招待しよう』
「本当ですか」
『ただし、条件がある』
「何でしょう」
『それは自分で考えろ』
「分かりません」
通話の向こうで、レオンさんがまた小さく笑った。
『なら、次に会うまでに考えておけ』
そこで通話は切れた。
言われた通り、歩きながら条件について考えてみた。
だが、干し貝柱をもう三つ食べても、答えは分からなかった。