宿舎へ戻ると、俺の部屋の前に教官が立っていた。
その隣では、見覚えのない灰色の制服を着た男が、黙ってこちらを見ていた。
二人に促されるまま部屋へ入ると、男は手元の書類を開いた。
俺の名前を確認すると、淡々と違反内容を読み上げ始めた。
告げられた規律違反は二つだった。
一つは、国家からの緊急連絡に応じなかったこと。
もう一つは、審査の申立人であるレオン・フォン・アルヴァインへ許可なく接触したこと。
処分は重戒告と、出発までの外出および外国人との私的な連絡の禁止だった。
それから三日後、俺は国営輸送船で別の惑星へ向かっていた。
レオン戦での危険攻撃について、オリンピックに出られるかを決める再審査を受けるためだ。
審査が行われる国際サイボーグ競技安全センターは、レオン・フォン・アルヴァインの生まれた惑星にあった。
初めて自分の惑星を離れ、窓の外の星を眺めながら、レオン選手の国がどんな場所なのか考えた。
けれど、これは旅行ではない。
俺を選手にしてくれた国の決まりに背いたことが、改めて不義理に思えた。
今度こそ言われたことを守り、もう一度、国の期待に応えなければならない。
宇宙港へ降りると、正面の壁を覆うほど大きなポスターが目に入った。
『すべての国民に学びを。基礎教育アクセス率100%達成』
俺は案内表示を探し、その前を通り過ぎた。
安全センターへ着くと、荷物を置く間もなく国が定めた再教育の内容を告げられた。
そこで求められたのは、規律に従うことでも、過ちを反省することでもなかった。
これまで教官に任せていた戦術や訓練を、今後は俺自身で組み立てることになった。
対戦相手を分析し、必要な訓練と身体の調整を選び、その結果にも責任を負う。
これからは競技者として何をすべきかを、自分で判断しなければならないらしい。
説明が終わると、それ以上の予定は何も告げられなかった。
勝手なことをしてまた問題になるくらいなら何もしない方がいい。
そう考えて部屋へ戻り、まだ早い時間だったがそのままベッドに入った。
次に目を覚ました時には、部屋の中まで明るくなっていた。
起床の合図も呼び出しもなかった。
廊下へ出ると、ほかの選手たちはすでにそれぞれの行き先へ向かっていた。
誰も俺を急かさない。
待っていれば指示が来ると思っていたが、昼になっても端末は鳴らなかった。
訓練をしようにも、何をすればいいのか分からない。
端末を開きかけ、自分で決めるよう言われたことを思い出して閉じた。
この部屋にいても何も決まらない。
それなら、まず外へ出てみればいい。
そう決めて外套を手に取った。
宿泊棟を出ると正面に案内板が立っていた。
右へ行けば競技施設、左へ行けば市街地、まっすぐ進めば宇宙港へ戻る。
しばらく案内板を見たあと、俺は市街地へ向かった。
市街地には教育や医療、宇宙港の拡張など国の事業を知らせる看板や映像が並んでいた。
どれも国の成果を伝えるものだったが、その中にレオン選手の姿はなかった。
この惑星が生んだ世界王者ならどこかに大きく掲げられていると思っていたが、街を歩いても見つからなかった。
やがて大きな競技場の前へ出た。
入口の脇に並ぶ広告の一つに、ようやくレオン選手の姿があった。
街で見かけた国の看板よりも小さく、立ち止まらなければ見落としてしまいそうだった。
「おい、あれ。アルヴァイン戦の日本人だろ」
声の方へ顔を向けると二人の男がこちらを見ていた。
片方は端末の画面と俺の顔を見比べたあと、こちらを指さして笑った。
「まだ選手面して歩いてるのかよ」
それを聞いて周囲でも「卑怯者」「帰れ」と声が上がった。
笑い声が重なる中、誰かがレオン選手の広告を指した。
「税金の無駄だろ、こいつら」
つられて周囲が笑う。
一瞬、誰のことを言っているのか分からなかった。
視線の先にある広告を見て、レオン選手まで笑われているのだと気づく。
言い返せばまた問題になる。
俺は何も言わず、広告に書かれていた試合の日付を端末に保存してその場を離れた。
競技場から遠ざかるにつれて笑い声は聞こえなくなっていく。
それなのに呼吸は浅くなり、何度手を開いても気づけばまた拳を握っている。
自分が笑われた時より、レオン選手まで笑われたことの方が腹が立った。
その理由は分からない。
それでもしばらく歩いたところで足が止まった。
このまま帰るのは違う気がする。
競技場の前へ戻ると、さっきの男たちはまだ広告の近くにいた。
俺に気づいた一人が口を開きかける。
その前に、俺は頭を下げた。
「さっきみたいなことを言うのはやめてください」
男たちは顔を見合わせた。
「俺を馬鹿にするのは構いません」
「あの試合では勝っていませんし、卑怯だと思われても仕方ありません」
俺は広告へ目を向けた。
「でも、レオン選手を笑うのはやめてください」
「は?」
顔を上げ、男たちを見た。
「俺の試合は面白いです。次に試合をするときは見に来てください」
「いや、別に興味ねえよ」
男は笑ったが、俺はもう一度頭を下げた。
「必ず、見て損をしない試合にします」
言い終えると、返事を待たずにその場を離れた。
宿舎へ戻る途中も広告の前で聞いた笑い声が頭から離れなかった。
あの人の何が、そんなにおかしかったのだろう。