氏名 英二郎
指定区分 代表候補
五輪出場資格 不認定(不服申立手続中)
代表手当 90,000
扶養送金 50,000
五輪金メダル獲得時報奨 50,000,000
扶養世帯
母 同居外扶養/長期療養中
弟 同居外扶養/就学停止中
父 死亡
住居保障 適用
食糧加給 適用
医療給付 適用※
保障区分 甲
※医療給付は国家指定医療機関における承認済診療に限る。国外診療および未承認治療は給付対象外
異動事項
扶養親族(弟)について、違法薬物使用の事実を確認。
弟が薬物を使っていた。
実家から届いた連絡で疑いが事実だったことを知った。
本人も使用を認めており、今は人民警察で事情を聞かれているらしい。
それだけではなかった。
弟は俺の知らないところで借金まで作っていた。
金額を見た時は何かの間違いだと思ったが、読み返しても数字は変わらなかった。
いつから薬物を使っていたのかも、どうしてそこまで借りたのかも分からない。
連絡を閉じたあとも訓練へ向かう気にはなれなかった。
横になっても落ち着かず、何かしていたかった。
センターには滞在中の選手が自由に使えるクラブがあった。
食事や酒が出て夜になると楽団も入るらしい。
選手たちで賑わう場所らしいが、俺は一度も行ったことがなかった。
端末で場所を確認して部屋を出た。
クラブへ入ると奥から音楽と笑い声が流れてきた。
広いフロアには選手や関係者が集まり、酒を片手に話す人々の向こうでは何組もの男女が踊っていた。
人の間を抜けていくと何人かの選手がこちらを見た。
目が合うと軽く手を上げる者もいれば、隣の仲間に何か言いながらこちらを見る者もいた。
俺も顔を知っている相手には頭を下げた。
適当に料理を取って食べていると隣にいた女性と目が合った。
淡い青のドレスを着た彼女は、一度フロアへ目をやってから俺を見た。
「この曲、踊りませんか?」
「俺とですか」
「はい」
俺が手を差し出すと彼女は少し嬉しそうに笑い、そのまま人の輪へ連れていった。
フロアではそれぞれが思い思いに踊っていた。
向かい合って手を取る者もいれば肩を寄せて音楽に合わせる者もいる。
曲の途中で相手を替える者も珍しくなく、俺たちの横でも二人が笑いながら離れていった。
「とりあえず私に合わせてください」
彼女が繋いだ手を引きながら一歩離れ、俺もそれに合わせて前へ出た。
今度は彼女が近づいてきたので同じだけ下がる。
何度か繰り返しているうちに曲の拍が分かり始め、次にどう動くのかも少しずつ読めるようになった。
「さすがですね!覚えるの早い」
「身体を動かすのは得意なので」
そう答えながらまた足を合わせていると、彼女の後ろへ別の二人が近づいてきた。
ぶつかると思って繋いだ手を引くと、彼女は予想以上の勢いでこちらへ寄ってきた。
慌てて支えると驚いたように目を見開いたあと少しだけ笑った。
「そんなに引っ張らなくても大丈夫ですよ」
「すみません」
曲に合わせてもう一度動き始める。
しばらくして別の二人が近づいてきた時は手を引かず俺の方から少し場所を空けた。
繋いだ手が伸びると彼女も自然にこちらへ動き、そのまま二人の横をすり抜けていった。
少し向きを変えると彼女もその動きについてきた。
相手を動かそうとしなくても自分がどう動くのか伝わればそれでよかった。
それが分かってからは周りを見る余裕も出てきた。
彼女がこちらに合わせるように、俺も彼女の歩幅に合わせて足を運ぶ。
さっきまで狭く感じていたフロアが少しだけ広くなった。
曲が終わると彼女は息を整えながら笑った。
「楽しかったです!」
一緒にフロアを離れたところで、近くにいた選手が薄い琥珀色の酒を差し出してきた。
「飲みます?」
受け取って口をつけると甘さのあとに少し苦味が残った。
あまり好きな味ではなかったが、料理を食べながら飲んでいるうちにいつの間にかグラスは空になっていた。
さっきの女性はもう別の選手と踊っていて、その近くでは何人かが肩を組みながら笑っている。
声をかけてきた選手が何か冗談を言うと周りが一斉に笑った。
少し遅れて意味が分かり、俺もつられて笑いながら次のグラスに手を伸ばした。
二杯目は最初よりずっと飲みやすく、さっきまで聞いているだけだった会話にも気づけば自分から口を挟むようになっていた。
誰かが料理の味をけなし始めると、別の選手が笑いながら言い返した。
そのやり取りがおかしくて笑っているうちに二杯目もほとんど空になっていた。
「もう一杯いけます?」
「いけます。まだ全然いけますよ!」
自分からグラスを差し出すと相手は少し驚いたあと笑って酒を注いでくれた。
曲が変わるたびに誰かがフロアへ向かい、俺もそのうち誘われる前から人の輪へ入るようになった。
知っている選手を見つければこちらから声をかけ、踊り方を間違えても笑いながら続けた。
曲が終われば酒を飲み、次が始まればまたフロアへ戻った。
何杯目かはもう数えていなかった。
酒を飲んで踊っている間は、余計なことを考えずに済んだ。