氷の銀、闇の蛇   作:トート

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第1話:荒野の暴虐

赤茶けた岩肌が牙のように連なり、吹き荒れる乾いた砂嵐が容赦なく肌を削り取る死の荒野。

ネネの野望を打ち砕き、世界に平穏を取り戻す――。そんな大いなる使命を胸に、生まれ育ったタルタロスの村を旅立ったシュウ、クルック、ジーロの三人。そして、未熟な彼らを導く謎めいた大人の女性、ゾラ。

一行の旅が始まって数日が経過していたが、彼らを待ち受けていたのは、決して甘い冒険などではなかった。そこにあるのは、常に死と隣り合わせの過酷な現実だけだった。

「はぁ、はぁ……ッ! クソ、グランド・キングダムの機械兵め! 動きが鈍い癖に硬すぎるんだよ!」

シュウが額の血と汗を粗末な袖で拭いながら、自身の影――『ブルードラゴン』を呼び出す。青き竜の拳が、砂塵を裂いて迫り来る重装歩兵を装甲ごと殴り飛ばし、鉄の破片と火花が激しく散った。

しかし、敵の勢いは一向に衰えない。それどころか、地平線の向こうから重低音を響かせ、巨大な魔導アーマーが二機、油と鉄の臭いを撒き散らしながらその砲口を回し始めていた。

「シュウ、突出するなと何度も言っているはずよ! ジーロ、右翼の防陣を崩すな!」

ゾラの鋭い声が荒野に響く。彼女の背後から現れた『キラーバット』が、精密な動きで敵の装甲の隙間を狙い、次々と機能停止に追い込んでいく。だが、ゾラの表情には明らかな焦燥が滲んでいた。

(おかしいわ……。タルタロスの村を出てから、敵の迎撃体制が整いすぎている。こちらの情報が完全に漏れているの?)

まだ戦い慣れていない、村の子供たちを連れての行軍。シュウのブルードラゴンは強力だが、戦術というものを全く知らない。ジーロのミノタウロスも防御には優れているが、数に物を言わせた突撃を前に、じわじわと後退を余儀なくされている。

「うわあっ!?」

突如、魔導アーマーから放たれた熱線砲が、クルックのすぐ足元で炸裂した。爆風に吹き飛ばされ、クルックは悲鳴を上げて泥の地面を転がる。衣服が破れ、白い肌に生々しい擦り傷が刻まれた。

「クルック!」

「よそ見をすな、シュウ! 前の敵に集中しろ!」

ジーロが叫ぶが、すでに前衛の防衛線は崩壊しかかっていた。残虐さを持つ敵の重装歩兵部隊が、じりじりと円陣を狭めていく。完全に包囲されたのだ。

敵の指揮官とおぼしき、あご髭を生やし、紋章の刻まれた装甲に身を包んだ男が、勝ち誇ったように下卑た笑声をあげた。

「ふははは! 往生際のない反逆者どもめ! ネネ様の御名のもとに、ここで全員肉塊に変えてくれる! 一斉射撃の用意!」

何十本もの魔導銃の銃口が、一斉にシュウたちへと向けられる。

ジーロはミノタウロスを盾にしようと身構え、シュウは歯を食いしばってブルードラゴンに魔力を注ぎ込む。クルックは恐怖に身体を震わせ、ギュッと目を瞑った。

ゾラは、自身の細い指先が微かに震えているのを自覚していた。世界を救うための旅。その始まりの地で、私はこの子供たちを守りきれずに全滅するのか――。彼女が覚悟を決め、キラーバットを最大出力で展開しようとした、まさにその瞬間だった。

――ズウゥゥゥンッ!!!!

大気を直接引き裂くような、禍々しい重低音が荒野の地底から響き渡った。

「な、何だ……!? 地震か!?」

敵の指揮官が狼狽して周囲を見回す。射撃の手が一瞬、止まった。

その静寂を切り裂くように、敵陣の真ん中から、ドス黒い闇のエキスが爆発的に噴出した。凄まじい衝撃波が巻き起こり、周囲の重装歩兵数名が、悲鳴を上げる暇もなく吹き飛ばされる。

「ギャァァッ!?」

爆煙の中から現れたのは、シュウたちのブルードラゴンをも遥かに凌駕する巨体を持つ、悍ましい『影』だった。

漆黒の体躯。不気味にうねる、複数の頭部を持った暗黒の巨蛇――『ハイドラ』。

ハイドラは凶暴な咆哮をあげると、巨大な顎(あぎと)を開き、手近にいた魔導アーマーの頭部を文字通り「噛み砕いた」。厚い装甲がひしゃげる不快な音が響き、火花と油が荒野に飛び散る。

「ば、化け物め! 敵の増援か!? 撃て、撃てぇッ!」

動転した指揮官の命令を受け、兵士たちが一斉にハイドラへと銃口を向ける。だが、ハイドラは無数の首を鞭のようにしならせ、凄まじい速度で敵を蹂躙していく。弾丸など、その漆黒の鱗に弾かれて全く通じない。

そして、その破壊の嵐の中心へと、ゆっくりと歩みを進めてくる一人の影があった。

「障害を排除する」

低く、冷徹で、地底の氷を思わせる声。

爆煙が風に流され、その男の姿が露わになった瞬間、シュウたちだけでなく、敵の兵士たちさえもがその圧倒的な存在感に息を呑んだ。

見上げるような巨躯。身長は199センチ。

頑強に鍛え上げられた筋肉質な体躯は、特製の黒い鎧に包まれていてもなお、圧倒的な質量をもって周囲を威圧している。月光と火線に照らされ、静かに輝く銀色の髪。影を操るその切れ長の奥にある瞳は、宝石のように澄んだ、しかし一切の温度を感じさせないエメラルドグリーンだった。

「な、何者だお前は……! 組織の者ではないな!局外者は失せろ!」

生き残ったグランド・キングダムの兵士が、恐怖に狂いながら長剣を振り下ろす。

だが、その銀髪の巨漢は眉一つ動かさない。彼は相手の攻撃を避けることすらせず、その丸太のように太い頑強な腕を突き出し、兵士の首根っこを片手で容易く掴み上げた。

「ガハッ……!?」

「邪魔だ」

男の手首に僅かに筋肉が盛り上がったかと思うと、大木をへし折るような凄まじい怪力で、兵士を地面の岩肌へと叩きつけた。ゴキリ、という生々しい骨折音が響き、兵士はピクリとも動かなくなった。

女だろうが、子供だろうが関係ない。過酷な戦場を生きてきた彼にとって、一度でも自分たちに牙を剥いた者は等しく「敵」であり、排除すべき障害でしかない。それが彼の、徹底した、そして血も涙もない冷酷な生存戦略だった。

「ひ……あ……」

岩陰からその光景を見ていたクルックは、あまりの残虐さに腰を抜かし、ガタガタと身体を震わせた。シュウやジーロも、自分たちを救ってくれたはずの男から放たれる、ネネの軍勢とはベクトルが異なる「底知れない恐怖」に、武器を構えたまま動くことができない。シュウは目の前の男の名前すら知らないまま、その圧倒的な存在感に呑まれていた。

あっという間に、数十人いた精鋭部隊は全滅した。残されたのは、脚をハイドラに潰され、地面を這いつくばりながら涙と鼻水を流して命乞いをする敵の指揮官だけだった。

「た、助けてくれ……! 私は命令に従っただけだ! 郷里に家族がいるんだ、頼む……!」

銀髪の巨漢はゆっくりと、その指揮官の前に歩み寄った。199センチの影が、這いつくばる男を冷酷に見下ろす。

「やめろーーっ! 相手はもう戦う気はないんだぞ!!」

シュウがたまらず叫び、ブルードラゴンを構えて前に出ようとした。

だが、男のエメラルドの瞳には、見知らぬ子供の綺麗事など最初から1ミリも響かない。

「生かせば、こちらの情報をネネに売る。生かす理由がない」

男が小さく手を下すと、ハイドラの巨大な顎が、指揮官の頭上へと容赦なく振り下ろされた。

「ギャァァァーーーッ!?」

短い悲鳴とともに、戦場に完全な沈滅が訪れる。

血の臭いが立ち込める荒野で、男はハイドラを静かに消滅させると、シュウたちには目もくれず、ただ一言も発さずにその場を去ろうと踵を返した。

「待ち切(なさい)……」

その背中に、凛とした、けれどどこか震える声を投げかけたのは、ゾラだった。

泥と爆煙に汚れながらも、ゾラは真っ直ぐに立ち上がり、男の広い背中を見つめていた。周囲の子供たちが恐怖を抱く中、一人で世界を救う重圧に潰れかけていたゾラだけは、彼の「目的のために一切の私情を挟まない冷酷さ」と「圧倒的な破壊力」に、言葉にできない強烈な魅力を感じていた。

(……この男なら。私の、この過酷な旅の『盾』になってくれるかもしれない)

男が足を止め、199センチの巨躯でゆっくりとゾラを振り返る。銀の髪が夜風に揺れ、二人の視線が真っ直ぐに交錯した。エメラルドの瞳には、生きる喜びも目的も宿っていない。ただ、圧倒的な力を持ち余しているだけの「虚無」があった。

「助けてくれたことには感謝するわ。……あなた、名前は?」

「……シルバ」

男は短く、鉄の擦れ合うような声でそう名乗った。その名を聞いたシュウたちは、この冷酷な怪物の名を脳裏に深く刻み込んだ。

「私はゾラ。世界を滅ぼそうとするネネを倒すために、この子供たちと旅をしているの。シルバ、その強大な力、私のために使わない?」

シルバは感情のない目で、ゾラの引き締まった、けれどどこか危うい表情を見つめた。

「俺には目的などない。世界がどうなろうと知ったことか」

「なら、私があなたに『生きる目的』をあげるわ」

ゾラは一歩も引かず、シルバの頑強な胸の前に歩み寄り、彼のエメラルドの瞳を真っ直ぐに見据えた。見上げるほどの体格差。だが、ゾラの瞳にある「覚悟」の光は、シルバの凍りついた心を激しく揺さぶるに十分だった。

「私の盾になりなさい。私の目的のために、その力を使いなさい。その代わり……私はあなたを、絶対に一人にはしない。あなたの命の価値を、私が証明してあげる」

一人で暗闇を進ようとしていたゾラの、強固な意志。

シルバはしばらく無言で彼女を見つめていたが、やがてその大きな、硬い手のひらでゾラの華奢な肩を掴んだ。その瞬間、二人の間に流れる空気は、他の誰も介入できない、絶対的なものへと変わった。

「……いいだろう。お前が俺の主だ。お前の目的を阻むものは、この世界そのものだろうが、すべて俺が噛み砕いてやる」

こうして、原作の旅の途中で、二人は運命的な出会いを果たした。

シルバはゾラの「絶対的な盾」となり、ここから二人の歪で深い、なくてはならない依存関係が始まっていく。そして、その影でシルバの圧倒的な恐怖に縛られていくクルックの運命もまた、静かに動き出そうとしていた――。

 

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