氷の銀、闇の蛇 作:トート
夜が明け、峠を越えた一行の前に現れたのは、乾燥した突風が吹き荒れる広大な岩石地帯だった。
前を行くゾラとシルバの背中には、昨日までとは明らかに異なる、強固で閉鎖的な空気が漂っていた。シルバは見上げるほど大柄な体躯を微塵も揺らさず、ゾラの歩幅に完璧に合わせて歩みを進めている。彼が放つ圧倒的な威圧感は、今やゾラを守る絶対的な城壁のようだった。二人の間に流れる、他者の介入を拒絶するような主従の絆。
「おい、ジーロ……」
後方を歩くシュウが、声を潜めて隣の仲間に呼びかけた。その目は、前方の銀髪の背中を激しく睨みつけている。
「あいつら、なんかおかしくないか? ゾラさんまで、あいつの味方ばっかりして……。俺たち、本当にあいつらと一緒にネネを倒しに行けるのかよ」
ジーロも不機嫌そうに鼻を鳴らし、腕を組んだ。
「ああ。ゾラがあの男を信用しきっているのは間違いねぇ。だが、俺たちの不信感は募る一方だ。あんな血も涙もない奴が背後にいると思うだけで、戦いに集中できねぇんだよ」
少年たちが疎外感と不信感を募らせる中、彼らの間に挟まれて歩くクルックだけは、全く別の思考に囚われていた。
(シルバさん……昨日の夜も、ゾラさんにあんなに優しくしてた……)
クルックの視線は、シルバの広く分厚い胸板や、鎧の下の頑強な筋肉の動きに吸い付けられていた。
渓谷の岩陰で、その圧倒的な体格差で自分を壁に圧し潰した、あの恐ろしい男。首筋をなぞった無骨な手のひらの熱が、今も皮膚の裏側でジンジンと燻っている。
恐怖の限界の後に与えられた、あのほんのわずかな甘い愛撫。それが頭から離れない。ゾラだけが受けているあの特別な温もりを、自分ももっと欲しい、彼に認められたい――その歪んだ独占欲が、彼女の胸を激しく焦がしていた。
「あ、あの……! シルバさん!」
突如、クルックが声を上げた。シュウとジーロが驚いて彼女を振り返る。
クルックは緊張で顔を真っ赤に染めながら、足早にシルバの側へと歩み寄った。
「これ……もしよかったら、使ってください。旅の途中で、傷に効く薬草を見つけたの。シルバさん、いつも前衛で戦って、汚れ役ばっかり引き受けてるから……」
それは、彼女なりの必死のアピールだった。恐怖を押し殺し、彼に「いい子」だと思われたくて、彼の視線を引きたくて差し出した小さな布包み。
しかし、シルバは歩みを止めず、エメラルドの瞳をわずかに動かして、冷酷にクルックを見下ろした。
「不要だ」
地を這うような低い声音。そこに一片の情も、揺らぎもなかった。
「そんな暇があるなら、自分の足元を見ていろ。お前が怪我をすれば、それだけで旅の足が鈍る。ゾラの邪魔をするな」
「あ……」
拒絶の言葉。差し出されたクルックの手が、空中で小さく震えた。
シュウがすかさず激昂し、シルバの前に回り込もうとする。
「おい! クルックはせっかくお前のことを心配して――」
「シュウ、そこまでよ」
ゾラが冷淡な声で割って入った。
「シルバの言う通りよ。クルック、あなたの役目は光の戦士として力を蓄えること。余計なことに気を回して、自分の体調を崩すような真似は許さないわ」
「……はい、ごめんなさい」
クルックは布包みを握りしめ、深くうつむいた。
シュウやジーロは、ゾラたちの冷たい態度に激しい憤りを募らせていたが、クルックの胸の内は、彼らとは全く違う感情で満たされていた。
(また、突き放されちゃった……。でも……)
冷酷に切り捨てられたはずなのに、彼のエメラルドの瞳に見つめられた瞬間、心臓が痛いほど脈打った。ゾラの邪魔をするなと言われた恐怖。けれど、彼の命令通り「いい子」にしていれば、またあの夜のように二人きりの場所で、優しく触れてもらえるかもしれない。
絶望的なやきもちの裏側で、シルバへの歪んだ執着と甘い依存は、クルックの心の中でより深く、修復不可能なほどに根を広げていくのだった――。