氷の銀、闇の蛇 作:トート
乾いた突風が吹き抜ける岩石地帯。その道中、沈黙を守り続ける一行の前に、突如として不気味な地鳴りが荒野の底から響き渡った。
「身構えるのよ! 上から来るわ!」
ゾラの鋭い警告が響き渡ると同時に、岩山の斜面から砂塵を巻き上げてグランド・キングダムの残党部隊が姿を現した。ネネの息がかかった重装の装甲歩兵たち、そしてその後方からは、かつてタルタロスの村を襲ったものと同型の、重厚な魔導戦車が砲口をぎらつかせながら滑り出してくる。
「また来やがったか! よし、今度こそ俺たちの力を見せてやる!」
シュウが『ブルードラゴン』を、ジーロが『ミノタウロス』を叫び声とともに召喚する。少年たちは、シルバに「足手まといのガキ」と罵られた屈辱を晴らすため、そして自分たちの正義を証明するために、激しい勢いで前衛へと飛び出していった。
だが、彼ら以上に強い焦燥感に駆られている少女がいた。クルックだった。
(シルバさんに、認められなきゃ……。私が役に立つって、ゾラさんの邪魔にならない『いい子』だって、あの人に分からせなきゃ……っ!)
胸の奥を焦がすのは、シルバへの恐ろしいほどの依存と、ゾラへのドス黒いやきもちだった。
前線では、シルバが見上げるほど大柄な体躯を微塵も揺らさず、一切の躊躇なく影『ハイドラ』を顕現させていた。漆黒の巨蛇が無数の首をうねらせ、装甲歩兵たちを装甲ごと噛み砕き、ただの「障害」として冷酷に処理していく。その圧倒的な破壊の嵐、その冷徹な横顔に、クルックの視線は吸い付けられていた。
「私も、戦える……!」
クルックは自身の影を呼び出すと、シュウたちの制止も聞かず、無謀にも魔導戦車の正面へと躍り出た。シルバのエメラルドの瞳に、自分の存在を映したかった。ただそれだけのために。
「危ない、クルック! 前に出すぎるな!」
ジーロの制止の声が響くが、もう遅かった。魔導戦車の砲口が、光の魔力を収束させながら真っ直ぐにクルックの華奢な身体を捉える。古代文明の魔導エネルギーが青白い閃光を放ち、一斉に発射された。
「あ……っ」
凄まじい熱線が迫る。己の未熟さと無謀さが招いた絶対的な死の予感に、クルックは恐怖で身体を硬直させ、その場にすくみ上がるしかなかった。
――ドォォォォンッ!!!!
激しい爆音と砂塵が荒野を包み込む。
「クルックーーーッ!!」
シュウの悲鳴のような叫び。しかし、爆煙が風にさらわれた瞬間、一同は目を見開いた。
クルックの目の前に立ちはだかっていたのは、あの銀髪の巨漢だった。
シルバはハイドラを盾として展開し、魔導戦車の砲撃を事もなげに無傷で受け止めていたのだ。鎧の下の分厚い胸板、そして頑強な筋肉が、放たれた熱線の余熱でかすかに陽炎を揺らめかせている。
「シルバ、さん……」
助かった安堵に、クルックの瞳から涙がこぼれ落ちる。だが、振り返ったシルバのエメラルドの瞳に宿っていたのは、救い手の優しさなどでは断じてなかった。それは、底知れない激怒と、冷徹な蔑みだった。
「身の程を知れと言ったはずだ、ガキが」
シルバの低い声音が、爆音の残響を切り裂く。
「お前の無価値な証明のために、全体の戦列を乱した。ゾラの旅に不確定要素を持ち込むな」
シルバはそのまま、ハイドラの首を一閃させた。漆黒の巨蛇が魔導戦車を文字通り一撃で両断し、大爆発を起こさせる。敵の残党が完全に沈黙する中、シルバはシュウたちの怒りの視線を無視し、怯えるクルックの胸ぐらを掴まんとばかりに冷たく見下ろした。
「足を引っ張る人形なら、今ここでその糸を切ってやる」
「やめろ、シルバ!」
シュウが怒り狂って掴みかかろうとするが、ゾラがそれを冷たく遮る。
「そこまでよ。クルック、自分の無謀さがどれほどの罪か、後でじっくり教え込んであげるわ。シルバ、行きましょう」
「ああ」
その夜。野営地の喧騒が静まり返った深夜、クルックは再び、シルバによって誰もいない暗い岩陰へと呼び出されていた。
「ひっ……あ……っ」
岩壁に押し付けられ、行く手を巨大な肉体の檻で塞がれる。シルバの見上げるような大柄な体躯が、昼間以上の圧倒的な威圧感をもって、クルックを完全に組み伏せていた。
「昼間は随分と面白い不始末をしでかしてくれたな、クルック」
シルバの手が、クルックの細い首筋を容赦なく掴み、上を向かせる。万力のような怪力が加わり、昼間の恐怖が再び全身の肌に刻み込まれる。これこそが、彼の冷酷な『鞭』だった。
「お前が死ぬのは勝手だが、それでお前の光の力が失われれば、ゾラの目的が滞る。俺の言う通りに『いい子』にしていろと言ったはずだ。お前の生殺与奪は、すべて俺が握っていることを忘れたか?」
「ごめんなさい、ごめんなさい……シルバさん……っ」
涙を流し、身体を震わせるクルック。しかし、シルバはその怯えきった顔を見つめると、ふっと首筋の力を抜き、その無骨な手のひらで、今度は彼女の濡れた頬を優しく包み込んだ。
「……だが、お前がこれに懲りて、二度とゾラの邪魔をしないと誓うなら……お前を誰よりも確実に守ってやる」
恐怖の後に与えられる、この上なく甘い、絶頂の安堵と愛撫(飴)。
シルバの手が髪を優しく梳き上げるたび、クルックの脳内には、言葉にできない強烈な快感が駆け抜けた。ゾラだけのものであるはずのその優しさが、今だけは自分に向けられているという歪んだ優越感とやきもちの充足。
「は、はい……私、もう何もしない……シルバさんの、言う通りにします……っ」
クルックはシルバの頑強な胸板に自ら額を押し付け、彼の冷酷な呪縛の中に、より深く、狂おしく依存していくのだった――。