氷の銀、闇の蛇 作:トート
荒野の果てに赤々と沈んでいく夕日は、一行の間に横たわる決定的な亀裂を、冷酷なまでに際立たせていた。
「おい、クルック。荷物は俺が持つよ」
シュウが声をかけるが、クルックはびくりと肩を震わせ、その差し伸べられた手を拒むように一歩後ずさった。
「あ……ううん、大丈夫。自分で持てるから……」
クルックの視線は、シュウではなく、常に前方を進むシルバの背中へと向けられていた。
大柄な体躯を誇るシルバが、歩きながら微かに顎を動かす。ただそれだけの無言の合図を捉えた瞬間、クルックはまるで糸で引かれる人形のように、素直に彼が示した歩調へと合わせていく。
シルバのエメラルドの瞳に一瞥されるだけで、彼女の身体は恐怖と、あの岩陰で与えられた甘い愛撫(飴)への期待で不自然に硬直するのだった。
「……クソっ、やっぱり普通じゃねぇ」
ジーロが不快そうに舌打ちをし、腕を固く組んだ。
「シュウ、見たろ。クルックは完全にアイツに怯えてる。いや、怯えてるだけじゃねぇ……まるで、アイツの視線一つで動く操り人形だ。あの渓谷の日から、アイツがクルックに裏で何を仕込んだのか、大体想像がつくぜ」
「シルバ……っ!」
シュウの拳が、怒りで白くなるほど強く握りしめられる。
「俺は絶対に許さない。ゾラさんがあいつをどれだけ庇おうと、仲間の心をあんな風に踏みにじる奴は、旅の仲間なんかじゃない!」
少年たちの間に渦巻く、シルバへの激しい敵意と不信感。パーティーの絆はもはや完全に崩壊し、一つの不協和音の塊と化していた。しかし、その崩壊の危機さえも、先頭を歩く大人二人にとっては、ただの「取るに足らない風景」に過ぎなかった。
夜。深い渓谷の底に作られた野営地は、冷たい夜風が通り抜けるだけの静寂に包まれていた。
シュウとジーロは、シルバへの当て擦りのように、クルックを自分たちのテントの奥へと匿い、外を強く警戒していた。クルックは毛布を頭から被りながらも、胸の奥でじくじくと疼く、ゾラへの激しい「やきもち」と、シルバに早く呼ばれたいという歪んだ渇望に引き裂かれ、声を殺して涙を流していた。
そんな子供たちの様子を完全に無視し、焚き火の光も届かない最も深い暗がりに、ゾラとシルバは並んで佇んでいた。
「……あの子たちの限界が近いわね」
ゾラが、岩肌に背を預けたまま低い声で呟いた。その横顔には、世界の命運を一人で背負う重圧と、子供たちの反発による精神的な疲弊が、隠しきれずに滲み出ている。
シルバは無言のまま、自分の黒い外套をゾラの細い肩へと優しくかけ直した。
そして、見上げるほど大柄なその体躯を一歩進めると、丸太のように太く頑強な腕をゆっくりと回し、ゾラの身体を自らの分厚い胸板の中へとすっぽりと抱きすくめた。
衣服越しに伝わる、シルバの圧倒的な熱量と、鋼のように硬い筋肉の鼓動。
ゾラは抵抗することなく、その広く頑強な胸の中に顔を埋め、深く息を吐き出した。
「お前が綺麗でいる必要はない、ゾラ」
シルバの声は、地を這うように低く、そしてどこまでも深くゾラの鼓動へと響いた。
「子供たちの恨みも、敵の返り血も、すべての泥は俺が引き受ける。お前の行く道を阻むものがガキの感傷だろうと、世界そのものだろうと、俺の『ハイドラ』がすべて噛み砕いて肉塊に変えてやる。お前はただ、前だけを見ていろ」
シルバの大きな、硬い手のひらが、ゾラの髪をこの世の何よりも愛おしそうに撫で上げる。
その言葉は血生臭く、徹底して冷酷な誓いだった。しかし、孤独な戦いの中で限界を迎えていたゾラにとって、自分の存在を全肯定し、その身のすべてを盾として捧げてくれるシルバの存在は、もはや五臓六腑に染み渡るほどの絶対的な救いだった。
「ええ、シルバ……。あなたがいてくれなかったら、私はとっくに壊れていたわ」
ゾラはシルバの銀髪に細い指を絡め、彼の唇に自らの唇を重ねた。
深く、息が詰まるほどの濃厚な口づけ。まだ肉体的な交わりの段階ではない。しかし、暗闇の中で互いの体温と鼓動を貪り合う二人の魂は、完全に一つへと溶け合っていた。
他者を一切寄せ付けない、絶対的な「主従の檻」の完成。
シルバはゾラにとって、なくてはならない唯一の半身となり、ここに【第1章:邂逅と不協和音】が美しくも不穏に完結するのだった――。