氷の銀、闇の蛇 作:トート
古代文明の通信塔を包む錆びついた鉄骨のきしみは、まるで一行の間に張り詰めた緊迫の糸が千切れる前兆のようだった。上層の制御室での調査を終えたゾラとシルバが、音もなく一階の広間へと降りてくる。
その背後から、少し遅れて配線室の奥から出てきたクルックの姿があった。彼女の歩調はどこか覚束なく、その瞳は完全に生気を失ったように泳いでいる。シュウとジーロの前に戻ってきた彼女は、自分の手首をもう片方の手で強く握りしめ、小さく身体を震わせていた。衣服の襟元は微かに乱れ、肌にはあの銀髪の巨漢に強引に壁へと圧し潰された際の、冷たい鉄と無骨な手のひらの熱が生々しく残っている。
「クルック……! お前、本当にどうしちまったんだよ!」
シュウが、耐えかねたように声を荒らげてクルックの前に立ちはだかった。
「配線室を見てくるって言ってから、ずっとそうだ。顔は真っ赤だし、目が……あいつの顔ばっかり見てるじゃないか! なぁ、あの男にお前、奥で何かされたんだろ!?」
シュウの激昂に近い叫び。しかし、クルックはびくりと肩を跳ね上げると、縋るような、そして恐怖に怯えるような複雑な視線を、一瞬だけシルバの広く分厚い胸板へと向けた。
(『シュウたちには何も言うな。お前は俺の言う通りにだけ動いていろ』……)
シルバに耳元で注ぎ込まれた冷酷な呪縛の言葉が、脳内で重くリフレインする。逆らえば、あの悍ましいハイドラに心を噛み砕かれる。けれど、彼の言う通りに「いい子」にしていれば、またあの恐ろしいほどの威圧感の後に、ゾラだけのものであるはずの、あの痺れるような甘い愛撫を与えてもらえるかもしれない。その歪んだ独占欲と依存が、彼女の理性を完全に縛り付けていた。
「な、何もされてないわ……っ。本当に、私が勝手にボーッとしてるだけだから! シュウ、大騒ぎしないで!」
クルックは必死に声を張り上げ、シュウの視線を遮るようにうつむいた。
「嘘を言うな!!」
今度はジーロが、激しい怒りを爆発させてシルバの前に歩み出た。彼の背後から、怒りに応じるように『ミノタウロス』の影が薄っすらと陽炎のように立ち上る。
「昨日までアイツにあんなに怯えて、ゾラにやきもちを焼いて情緒をめちゃくちゃにしてた奴が、アイツの無言の合図一つで、まるで糸で引かれた人形みたいに従うようになるなんて、普通じゃねぇんだよ! シルバ……お前、裏でクルックの心にどんな汚ぇ罠を仕掛けやがった!」
ジーロの鋭い追及、そしてシュウの殺気立つような視線。少年たちの怒りは、もはや限界を超えて爆発寸前だった。大人の冷酷な支配によって、自分たちの純粋な仲間が侵食されていく現実への、壊れゆく正義の悲鳴。
しかし、その激しい怒りの渦中に立ち塞がるシルバは、見上げるほど大柄な体躯を微塵も揺らさなかった。
銀色の髪が、塔の隙間から差し込む白い光を浴びて鈍く輝く。その切れ長の奥にあるエメラルドの瞳は、一片の揺らぎも、動揺も宿してはいなかった。彼はただ、目の前で吠える少年たちを、路傍の石ころか何かのように冷酷に見下ろしているだけだった。
「ガキの遠吠えだな。俺は、ゾラの邪魔をするなと言っただけだ。それ以上の価値など、このガキにはない」
地を幾うように低く、硬質な声音。そこには、女子供だろうが関係なく、牙を剥くならただの「排除すべきゴミ」として処理するという、徹底した生存戦略の冷徹さしかなかった。
「なんだと……お前っ!!」
シュウが激昂し、ブルードラゴンを呼び出そうと身構えた、その瞬間だった。
「そこまでよ、二人とも」
冷たく、そして絶対的なゾラの一言が、広間の空気を一瞬で凍りつかせた。
ゾラは、クルックから向けられている、あのドス黒いやきもち(嫉妬)の視線に気づいていながらも、それを楽しむかのようにフッと口元を歪めた。
「シュウ、ジーロ。旅の統制を乱しているのはクルックの方よ。彼女が自分の未熟さと浅ましい独占欲に囚われて、勝手に情緒を乱しているだけ。シルバは、私の旅を最も確実に成功させるための『盾』。これ以上、彼に牙を剥くような真似は、この私が許さないわ。荷物をまとめなさい、出発よ」
「ゾラさんまで……! なんであいつの味方ばっかりするんだよ!」
シュウの悔し涙が、錆びた鉄の床へと滴り落ちる。
どれほど正義を叫ぼうとも、この大人二人の閉鎖的な檻を壊すことはできない。ゾラにとって、シルバが他の女をどのように支配しようが関係なかった。最後にこの男のすべてが帰る場所は、自分の元だけだと確信しているからだ。シルバは見上げるほど逞しい背中で、まるであらゆる敵意からゾラを遮るようにその隣に並び立つ。
クルックは、ぎゅっと自分の手首を握りしめたまま、溢れそうになる涙を必死に堪えていた。
ゾラへの激しい嫉妬。そして、シルバという絶対的な強者に完全に精神を屈服させられたという、暗く歪んだ快美の余韻。パーティーの絆は完全に崩壊し、修復不可能な不協和音を響かせながら、一行はさらなる泥沼の日常へと歩みを進めていくのだった――。