氷の銀、闇の蛇   作:トート

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第17話:絶壁の境界線

通信塔での決定的とも言える衝突を経て、一行が差し掛かったのは、底も見えない深い渓谷に架かる、古代文明の遺物である半ば崩落しかけた巨大な鉄製の大吊り橋だった。

乾燥した強風が吹き付けるたび、錆びついたワイヤーが悲鳴のような金属音を響かせ、足元の鉄板が不気味に揺れる。一歩踏み外せば、奈落の底へと真っ逆さまに落ちていく死の罠。渡る者すべてに強烈な心理的圧迫感を与えるその場所は、常に死と隣り合わせの過酷な現実を突きつけていた。

「おい、クルック、足元をよく見てろよ! 俺のすぐ後ろを歩け!」

シュウが『ブルードラゴン』の魔力をいつでも引き出せるよう身構えながら、慎重に足を運ぶ。ジーロもまた、最後尾からシルバへの激しい警戒の視線を隠そうともせず、ミノタウロスの気配を漂わせていた。少年たちは、これ以上クルックをあの怪物に近づけまいと、必死に彼女を守る陣形を敷いていた。

しかし、当のクルックの心は、彼らの少年らしい正義感の届かない場所に囚われていた。

(シルバさん……シルバさん……っ)

風に煽られる前髪の隙間から、クルックの瞳は、前方を進む銀髪の背中を縋るように見つめていた。

一昨日の夜、ゾラとシルバが激しく重なり合っていたあの生々しい熱量。自分を恐怖で支配したあのシルバの頑強な腕が、ゾラを壊れそうなくらい優しく抱きすくめていたこと。その記憶が脳裏を支配するたび、胸の奥からゾラへの激しい「やきもち(嫉妬)」と、自分もあの腕に包まれたいという歪んだ渇望が混ざり合い、彼女の理性をじわじわと焼き尽くしていく。

ガガガガッ!!

突如、激しい突風が吊り橋を真横から襲った。老朽化した鉄板が一枚、凄まじい音を立てて剥がれ落ち、奈落へと消えていく。

「きゃああっ!?」

バランスを崩したクルックが、悲鳴を上げて足を踏み外しかけた。シュウが慌てて手を伸ばすが、風に遮られて届かない。

だが、その瞬間。シュウたちの目を盗むような神速の動きで、前方を歩いていたシルバの巨躯がひるがえった。

シルバは見上げるほど大柄な体躯を滑り込ませると、丸太のように太く頑強な腕を突き出し、クルックの華奢な身体を横抱きにするようにして力任せに引き寄せた。

「あ……」

シュウとジーロの目の前で、クルックの身体は、シルバの分厚い胸板の中へとすっぽりと閉じ込められた。衣服越しに伝わる、シルバの圧倒的な熱量と、鋼のように硬い筋肉の感触。

「クルック! 大丈夫か!?」

シュウが叫び、シルバを強く睨みつける。

「おい、離せよシルバ! クルックは俺たちが――」

「黙っていろ、ガキども。ここで騒げば橋が完全に落ちるぞ」

シルバの地を幾うように低く、硬質な声音が、シュウたちの言葉を冷酷に遮った。エメラルドの瞳には一片の揺らぎもなく、ただ冷徹に周囲のワイヤーの張力を計算している。ゾラもまた、前方を歩いたまま振り返りすらしない。

「シュウ、ジーロ。シルバに任せてさっさと渡りなさい。時間が惜しいわ」

「くそっ……!」

少年たちが歯を食いしばり、不本意ながらも先へと進む中、シルバの腕の中にいるクルックだけは、息が止まるほどの緊迫感の中にいた。

シュウたちの背中が数歩先を進む、そのギリギリの死角。

シルバはクルックを抱きかかえたまま、彼女にだけ聞こえる低い声で、逃げられない呪縛の言葉を注ぎ込んだ。

「随分と無様な醜態を晒してくれるな、クルック。お前のその醜いやきもちのせいで、足元もおろそかになっている。今ここでその細い身体を、この奈落に落としてやろうか?」

シルバの抱きしめる腕に、じわりと万力のような怪力が込められる。肋骨が軋むほどの痛みが走り、クルックの目から恐怖の涙が溢れ出た。これこそが、衆人環視の裏で行われる彼の冷酷な『鞭』だった。自分はただの足手まといのガキなのだと、シュウたちの目の前で、肉体に恐怖を刻み込まれる。

しかし、シルバは彼女の涙に濡れた顔を見つめると、不意に腕の力を完全に抜いた。

正式な愛撫ではない。しかし、歩きながらクルックの身体を支えるその大きな手のひらで、彼女の腰やお腹の辺りを優しく、愛おしむように撫で上げた。無骨な指先が、衣服の上からでも分かるほどの熱を持って、彼女の肌へと甘く滑り落ちる。

恐怖の絶頂の後に、シュウたちのすぐ後ろという極限の状況で与えられる、この上なく甘い安堵と、ゾラだけのものであるはずの優しい手つき(飴)。

シルバの手が触れるたび、クルックの脳内には、言葉にできない強烈な快感と背徳的な痺れが駆け抜けた。シュウたちには絶対に言えない、目の前で繰り広げられている暗く歪んだ秘密の関係。ゾラへの激しいやきもちが、シルバの密やかな指先によって、歪んだ形で満たされていく。

「……ん、ぁ……っ。わたし、もっと、いい子にするから……。だから、ゾラさんみたいに……」

その口から漏れ出たのは、11話のような恐怖による服従を通り越して、シルバに縋り付こうとする狂おしいほどの渇望だった。

橋を渡りきった瞬間、シルバは何事もなかったかのようにクルックを地面に下ろし、再びゾラの背後へと歩み去っていった。残されたクルックは、足元をふらつかせながらも、自分の心がもう元の綺麗な場所には戻れないことを、ゾクゾクするような熱さの中で自覚していた――。

 

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