氷の銀、闇の蛇 作:トート
オプシディアの街を後にしてから、一行の旅はネネの息がかかった軍勢との果てしない消耗戦へと突入していた。
シュウやジーロは、シルバへの激しい敵意と不信感を抱えたままだったが、次々と襲いかかるグランド・キングダムの脅威を前に、実力行使に出る余裕すら奪われていた。彼らは自分たちの未熟さに血の涙を流しながらも、ゾラの知識と、シルバという圧倒的な「前衛の怪物」の力に頼らざるを得ない屈辱の檻の中にいた。
そして今、一行はネネの最高幹部の一人であるデスロイが直率する、強大な魔導要塞の最前線に立たされていた。
「ひゃははは! 光の戦士の末裔どもめ、ここで全員ネネ様のスクラップにしてやるぞ!」
要塞の強固な城壁の上から、小柄な狂気、デスロイの甲高い笑い声が響き渡る。彼の合図とともに、古代文明の遺物である巨大な自律型魔導兵器――四足歩行の鋼鉄の獣たちが、轟音を立てて荒野へと滑り出してきた。その数は数十機。これまでの残党部隊とは比較にならない、圧倒的な軍隊の暴力だった。
「くそっ、なんて数だ……! ブルードラゴン!」
シュウが激しい精神エネルギーを放出し、青き竜の影を呼び出す。ジーロもまた、己の拳を固く握りしめ、怪力を誇る影『ミノタウロス』を顕現させた。少年たちは焦燥感に駆られながら、迫り来る鋼鉄の獣たちへと突撃していく。
だが、魔導兵器の強固な装甲と、容赦なく放たれる光の熱線の前に、シュウたちの攻撃は容易く弾かれ、逆にじわじわと後退を余儀なくされていく。
「シュウ、ジーロ、下がっていなさい。あなたたちの浅い戦術では、あの装甲は抜けないわ」
ゾラの冷徹な声が戦場に響く。彼女の背後から現れた『キラーバット』が、超高速の乱舞で魔導兵器の関節部の隙間を正確に突き刺し、動きを狂わせていく。
「シルバ、右翼の三機を潰しなさい。私が死角を埋めるわ」
「ああ、お前の言う通りに」
シルバが地を這うような低い声で応じた瞬間、戦場に凄まじい圧迫感が満ちた。
見上げるほど大柄な体躯。銀色の髪を激しい爆風にたなびかせながら、シルバの背後から現れた漆黒の巨蛇『ハイドラ』が、無数の首をうねらせて咆哮をあげる。
シルバはハイドラを操り、ゾラのキラーバットが動きを止めた魔導兵器の頭部を、文字通り一撃で噛み砕いて肉塊ならぬ鉄屑へと変えていった。ゾラが敵の陣形を崩し、シルバがその圧倒的な怪力と破壊力で完全に殲滅する――。他者を一切寄せ付けない、大人二人の完璧な、そして恐ろしいほどの連携戦闘。
その圧倒的な大人の世界を見つめるクルックの胸の内は、激しい「やきもち(嫉妬)」と焦燥感で完全に狂いかけていた。
(シルバさんは、やっぱりゾラさんの言うことしか聞かない……。私にはあんなに冷酷にお仕置き(鞭)をするのに、戦場ではゾラさんとあんなに息を合わせて……!)
自分はただの足手まといのガキ。あの渓谷や吊り橋で、シルバの頑強な腕に抱きすくめられ、衣服の上から甘い愛撫(飴)を与えられたあの背徳的な記憶が、クルックの頭の中で激しく暴れていた。
彼に認められたい。ゾラさんみたいに、あの人の隣に立つ「特別な存在」になりたい。その歪んだ独占欲が、彼女の光の戦士としての理性を完全に暴走させた。
「私も……私だって、シルバさんの役に立てる!」
クルックはシュウたちの制止を振り切り、自らの影を最大出力で展開すると、デスロイが操る本陣の巨大な魔導兵器へと真っ直ぐに躍り出た。シルバのエメラルドの瞳に、自分の価値を証明したかった。ただそれだけのために、無謀な一撃を放つ。
「ひゃはは! バカなガキが自ら飛び込んできたぞ! 踏み潰せ!」
デスロイの冷酷な命令とともに、巨大な鋼鉄の脚が、クルックの華奢な身体を目がけて容赦なく振り下ろされた。
「あ……っ」
己の未熟さが招いた絶対的な死の予感に、クルックは恐怖でその場にすくみ上がる。
――ドォォォォンッ!!!!
凄まじい衝撃波が荒野を駆け抜ける。
クルックが目を開けると、そこには、自分の目の前に立ちはだかり、魔導兵器の巨大な脚を、その丸太のように太い両腕だけで完璧に受け止めているシルバの背中があった。鎧の下の頑強な筋肉が、凄まじい負荷でみしり、と不穏な音を立てている。
「シルバ、さん……」
助かった安堵に涙を流すクルック。しかし、振り返ったシルバのエメラルドの瞳に宿っていたのは、救い手の優しさなどでは断じてなかった。それは、底知れない激怒と、冷徹な蔑みだった。
「二度目だぞ、クルック。お前のその浅浅しい証明(やきもち)のために、ゾラの戦列を乱した」
シルバの低い声音が響いた瞬間、ハイドラの巨大な首が一閃し、巨大な魔導兵器を文字通り根元からへし折って大爆発を起こさせた。デスロイが悲鳴を上げて退却していく中、シルバは怯えるクルックを冷酷に見下ろした。
「自分の立場を忘れた人形など、俺には必要ない」
その言葉は、昨夜までの甘い呪縛をすべて引き裂くような、冷徹な宣告だった。日常のマンネリを吹き飛ばす戦火の中で、クルックの歪んだ依存とやきもちは、ついに引き返せない破滅の段階へと突入していくのだった――。