氷の銀、闇の蛇   作:トート

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第24話:神殺しの顎(あぎと)

空中要塞『タルタロス』の最深部、玉座の間。

そこは、世界の命運を決定づける最終決戦の場でありながら、同時に一人の狂った男が世界のシステムそのものに反旗を翻す、叛逆の処刑場と化していた。

「ひははは! 小賢しい光の末裔ども、そして闇に飼われた哀れな操り人形よ! 宿命の鎖は誰にも断ち切れぬ! この世界の歪みを正すため、その女の命、祭壇の糧として捧げるがいい!」

玉座に鎮座する絶対的な支配者ネネが、邪悪な精神エネルギーを津波のように放出させ、高笑いをあげる。彼の背後から顕現した巨大な影が、玉座の間全体の空間を押しつぶさんばかりの圧迫感で咆哮を轟かせた。

同時に、部屋の中央に鎮座する古代文明の遺物「生贄の祭壇」が不気味な紅い光を放ち始める。床一面に描かれた吸着の魔方陣が、ゾラの身体から精神エネルギーを容赦なく、強制的に吸い上げようと激しく蠢いていた。

「シルバ、放しなさい……! 私が消えなければ、この世界の歪みは正されない……! これが、私の一族が背負うはずだった宿命なのよ!」

ゾラがシルバの腕の中で、悲痛な叫び声をあげる。一人で世界の運命を背負い、冷徹に振る舞い続けてきた彼女の最後の覚悟。しかし、彼女を抱きすくめるシルバの丸太のように太い腕には、いささかの揺らぎも、躊躇いもなかった。

「お前が消える世界など、俺が今ここで噛み砕いて肉塊に変えてやる」

シルバの声は、地底の氷を思わせるほど冷酷で、そしてどこまでも低く硬質だった。

見上げるほど大柄な体躯。銀色の髪を、要塞を吹き抜ける激しい魔風に逆立たせ、宝石のように澄んだエメラルドの瞳を、漆黒の怒りで燃え上がらせている。彼が咆哮した瞬間、背後から現れた漆黒の巨蛇『ハイドラ』の無数の首が、世界のシステムそのものを拒絶するように、玉座の間の天井を突き破らんばかりに天を突いた。

「ハイドラ!! 祭壇ごと、そのふざけた宿命をすべて喰らい尽くせ!!」

シルバの冷酷な命令とともに、真の覚醒を遂げたハイドラが猛然と突撃した。ネネが放つ漆黒のエネルギーの濁流を、ハイドラはその巨大な顎(あぎと)で正面から噛み砕く。鋼鉄がひしゃげ、時空が歪む凄まじい衝撃波が玉座の間を駆け抜け、余波だけでシュウやジーロの身体は床へと激しく吹き飛ばされた。

「な……馬鹿な!? 世界の封印の理を、ただの生身の力で捻じ曲げるというのか!?」

ネネが驚愕に顔を引きつらせる。

シルバはゾラを左腕で強く抱き寄せ、自らの分厚い胸板の中にすっぽりと閉じ込めたまま、一歩前へと踏み出した。衣服越しに伝わるシルバの強烈な体温と、鋼のように硬い筋肉の鼓動。彼は空いた右手だけで、ネネの放つ闇の波動を強引に素手で掴み取った。鎧の下の頑強な筋肉が爆発的に盛り上がり、ネネの影の根幹を無理やり引きずり出していく。

女だろうが、子供だろうが、世界の理だろうが関係ない。ゾラという存在以外のすべてを「排除すべき障害」と断じる彼の暴虐の力が、ついに神の領域すら凌駕したのだ。

「消え失せろ、塵が」

シルバの冷酷な声音が響いた直後、ハイドラの無数の顎がネネの巨体を全方位から噛み締め、その精神エネルギーごと一瞬にして虚無へと霧散させた。凄まじい大爆発とともに玉座が完全に崩壊し、タルタロス全体を縛っていた闇の呪縛が、ガラスのように粉々に砕け散っていく。

ネネの完全撃破。そして、ゾラの一族が背負うはずだった過酷な自己犠牲の宿命は、シルバという一人の怪物の圧倒的な暴力によって、歴史の裏側で完全に捻じ曲げられたのだった。

「……あ、あ、シルバさん……っ」

崩壊していく玉座の間の片隅で、床にへたり込んだままその光景を見ていたクルックは、涙を流しながら激しい「やきもち(嫉妬)」と絶望に胸を掻きむしられていた。

ネネという絶対的な悪を前にしても、シルバはただゾラ一人のために戦っていた。世界がどうなろうと知ったことではないと言わんばかりに、ゾラをその胸の中に閉じ込め、命をかけて守り抜いた。あの渓谷や、あの崩落しかけた吊り橋の上で、自分に激しい恐怖のお仕置き(鞭)を与え、その後に衣服の上から甘い愛撫(飴)で完全に支配したあの男のすべては、やはり最初からゾラのためだけのものだったのだ。

格の違いを見せつけられた、決定的な敗北。

しかし、恐怖の限界を超えたクルックの心は、その世界すら捻じ曲げたシルバの圧倒的な冷酷さに、完全に魂まで屈服していた。シュウやジーロの純粋な正義感では、もう自分の心を埋めることはできない。一度シルバの頑強な筋肉の熱を知ってしまった自分の身体は、もう二度と、元の綺麗な幼馴染みには戻れないのだ。

「シルバさん……私、いい子にしてたよ……。指示通り、シュウたちには何も言わなかった。だから、私にも……私にもその腕で、優しくして……っ」

クルックはシュウたちの制止の声も耳に入らない様子で、崩れ落ちる瓦礫の中、狂おしいほどの歪んだ依存の瞳をシルバへと向け、縋るようにその手を伸ばす。

しかし、ネネを滅ぼし、ハイドラを消滅させたシルバは、そんなクルックを一瞥すら呉れなかった。

彼のエメラルドの瞳に映るのは、自分の腕の中で重圧から解放され、ただの女として涙を流しているゾラの姿だけだった。シルバはゾラを横抱きにすると、崩壊する要塞の出口へと向かって、見上げるほど大柄な体躯を翻して歩き出す。

「待てよ、シルバ! ゾラさんをどこへ連れて行くんだ! クルック、お前も早くこっちへ――」

シュウが叫び、ジーロがクルックの手を引こうとするが、クルックはその手を拒絶するように振り払った。彼女の瞳は、自分を完全に道具として使い捨て、目もくれないシルバの冷酷な後ろ姿に、激しいやきもちを抱きながらも、どうしようもなく釘付けにされていた。

空中要塞が音を立てて崩れ去る中、大人二人の閉鎖的な世界と、それに取り残された子供たちの歪んだ運命は、ついに本当の終着点へと向かって、最後の幕を上げようとしていた――。

 

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