氷の銀、闇の蛇   作:トート

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第25話:氷の銀、闇の蛇(完結編)

空中要塞『タルタロス』の崩壊は、世界のシステムそのものが瓦解していく前兆のようだった。

ネネが滅び、封印の祭壇がシルバの影『ハイドラ』によって粉砕されたことで、時空の理を縛っていた強大な重力制御が完全に消失する。黒鉄の城壁が悲鳴を上げて引き裂かれ、古代文明の遺物である巨大な歯車や結晶体が、火花を散らしながら奈落の底へと次々と剥がれ落ちていった。爆煙が吹き荒れ、赤茶けた荒野の大地が遥か下方で激しく渦巻いている。

「崩れるぞ……! ここから脱出するんだ!」

シュウが叫び、全精神エネルギーを絞り出して顕現させた『ブルードラゴン』の巨体で、上空から降ってくる巨大な瓦礫を辛うじて殴り飛ばす。ジーロもまた、打撲痕だらけの己の拳を握りしめ、『ミノタウロス』とともにシュウの背後を必死に支えていた。少年たちの衣服は泥と返り血に汚れ、その正義感は世界を救った達成感ではなく、目の前で繰り広げられた大人の暴虐への恐怖と無力感によって、完全にボロボロに引き裂かれていた。

だが、そんな崩壊の地獄のただ中にあっても、シルバとゾラの二人の世界は、完全に隔離された絶対的な檻のままだった。

シルバは見上げるほど大柄な体躯を微塵も揺らさず、左腕だけでゾラの華奢な身体を横抱きにしていた。

銀色の髪を激しい爆風に狂おしくなびかせ、そのエメラルドの瞳は、崩れ落ちる足場を冷酷に見定めながら、確実に、そして一歩ずつ出口へと向かって歩みを進めている。衣服や鎧越しに伝わるシルバの圧倒的な熱量と、鋼のように硬い筋肉の鼓動。それは長年、世界の運命という呪縛に縛られ、一人で暗闇を進み続けてきたゾラにとって、本当の自分を取り戻せる世界で唯一のシェルターだった。

「シルバ……。本当に、これで良かったのね……」

ゾラはシルバの銀髪に細い指を絡め、彼の広く分厚い胸板に深く、深く顔を埋めた。

彼女の瞳から、生まれて初めて、偽りのない涙がポロポロと溢れ落ちる。一族の宿命、自己犠牲の義務、光の戦士を導く冷徹なリーダーとしての仮面――そのすべてが、この男の圧倒的な暴力によって破壊された。重圧から解放され、シルバの腕の中でただの「女」として生きることを許された安堵。

「俺のすべてはお前のものだ、ゾラ。世界がどうなろうと、お前を生かすためなら俺は何度でも理を噛み砕く」

シルバの声は低く、地を這うように硬質だったが、その中に宿る情愛は狂おしいほどに深かった。女子供だろうが、世界の平和だろうが関係ない。ゾラという存在以外のすべては、彼にとってただの『道具』か『障害』に過ぎないのだ。

「ええ、シルバ……。あなただけが、私のすべてよ……っ」

ゾラはシルバの薄い唇へと自らの唇を重ねた。深く、息が詰まるほどの濃厚な口づけ。タルタロスが轟音を立てて崩れ去る世界の終わりの中で、二人の大人の閉鎖的な主従関係は、誰の介入も許さぬまま、美しくも悍ましい形で完全に完成していた。

「あ……、あ……、シルバさん……」

二人のすぐ後ろ、瓦礫に足をとられながら這いつくばっていたクルックは、その濃厚な情事のすべてを、血を流すような激しい「やきもち(嫉妬)」の瞳で見つめていた。

胸の奥が、嫉妬と絶望で完全に狂いそうだった。

あの渓谷の薄暗い岩陰で、自分の細い手首を掴み、圧倒的な体格差で壁へと圧し潰したシルバの無骨な手のひら。あの崩落しかけた吊り橋の上で、シュウたちのすぐ目の前という極限の背徳感の中、衣服の上から肌を侵食するように与えられた、あの痺れるような甘い愛撫(飴)。

(『わたし、もっと、いい子にするから……。だから、ゾラさんみたいに……』)

自ら口にしてしまった、あの壊れた渇望。シルバに認められたくて、ゾラと同じようにあの頑強な胸の中に閉じ込められたくて、恐怖の『鞭』の後に与えられるわずかな『飴』に依存し続けた。指示通り、シュウたちには何も言わずに「いい子」としてすべてを隠し通した。

なのに、シルバは最後まで、自分をただの「都合のいい子供の駒」としてしか見ていなかった。ネネを滅ぼしたあの圧倒的な暴虐の力も、その切れ長の奥にあるエメラルドの瞳の熱も、すべては最初からゾラのためだけに注がれていたのだ。

格の違いを見せつけられた、決定的な、そして無残な敗北。

しかし、恐怖と嫉妬の限界を迎えたクルックの心は、すでにシュウたちの正義感では救えない場所まで堕ちていた。一度シルバの頑強な筋肉の熱を知ってしまったその身体は、もう元の綺麗な幼馴染みには戻れない。シルバに冷酷に切り捨てられ、目もくれない後ろ姿を見せつけられてもなお、彼女の魂は、その底知れない冷徹さに激しく狂わされ、完全に屈服していたのだ。

「クルック! 早くしろ! 橋が落ちるぞ!」

ジーロが叫び、泥だらけの拳を差し伸べてクルックの腕を強引に引っ張り上げる。シュウのブルードラゴンが最後の力を振り絞って崩落する天井を受け止め、5人は爆発するタルタロスの外へと、辛うじて荒野の地上へと逃れ出た。

数日後。激しい戦いの傷跡が残る、静かなる緑のオアシス。

グランド・キングダムの脅威は去り、世界には新たな平和の光が差し込み始めていた。しかし、一行の旅の終わりは、決して美しい大団円などではなかった。

「……本当に行くのね、ゾラさん」

シュウが、未だに痛む胸元を押さえながら、どこか遠い目でゾラを見上げた。

ゾラは旅の衣服を改め、すっきりとした、しかしどこか人を寄せ付けない大人の表情で佇んでいた。その隣には、鎧を外し、銀色の髪を風になびかせたシルバが、見上げるほど大柄な体躯のまま、ただ静かに彼女の「絶対的な盾」として付き従っている。

「ええ。私の旅は、本当の意味でここで終わったのよ。これからは、私自身の人生を歩ませてもらうわ。……行きましょう、シルバ」

「ああ、お前の望む場所へ」

シルバの低い声音が響く。二人はシュウたちに背を向けると、他者を一切拒絶する二人の檻を纏ったまま、地平線の向こうへと歩み出し、旅立っていく。

「ゾラさん……シルバ……」

シュウとジーロは、二人の背中を見つめながら、複雑な表情で拳を握りしめていた。彼らは世界を救った。しかし、あの大人二人の間にあった、狂気にも似た閉鎖的な愛と依存の真実を、少年たちの正義感では最後まで理解することも、切り裂くこともできなかったのだ。

そして――。

「……シルバさん。ゾラさん……」

クルックは、二人が去っていくその背中を、一歩前へ出たまま、狂おしいほどのやきもちと、言葉にできない執着の瞳で見つめ続けていた。

彼女の細い首筋には、いまだシルバの無骨な指先が残した冷酷な呪縛の熱が、皮膚の裏側でジンジンと燻っている。自分を人形のように調教し、最後は目もくれずに使い捨てていった、あの残酷な銀髪の男。

「……ん、ぁ……っ。私は、ずっと……あなたの『いい子』でいるから……。だから、いつかまた……」

その口から漏れ出たのは、シュウたちには決して聞かせられない、服従を通り越して彼を求め続ける、美しくも完全に壊れた最期の呟きだった。

ゾラへの激しいやきもち。シルバへの歪んだ独占欲。その暗く泥沼のような秘密の関係の記憶は、クルックの心の中で一生消えない傷痕となり、彼女の精神をこれからの一生、縛り付け、侵食し続ける。彼女はもう、二度と元の綺麗な場所には戻れない。

新しく始まる平和な世界の中で、大人二人の絶対的な愛の結末と、一人の少女の魂に永遠に刻まれた歪んだ呪縛の残響を残し、氷の銀と闇の蛇の物語は、ここに不穏に、そして美しく大完結を迎えるのだった――。

(『ブルードラゴン 〜氷の銀、闇の蛇〜』 全25話・完結)

 

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