氷の銀、闇の蛇 作:トート
夜の峠は、骨まで凍りつくような冷たい風が吹き荒れていた。
シュウたち子供組が不満と不信感を抱えたままテントへ引きこもった後、キャンプ地にはパチパチとはぜる焚き火の音だけが寂しく響いていた。
ゾラは一人、火の粉が舞い上がるのを見つめながら、自身の両腕をきつく抱きしめていた。
(シュウたちの反発は想定内……。けれど、このままではネネの元に辿り着く前に、内側から崩壊しかねないわね……)
一人で世界の運命を背負う、光の戦士の末裔を導くという、気が遠くなるような重圧。容赦なく迫るネネの軍勢。張り詰めた彼女の精神の糸は、今にも千切れそうなほどに限界を迎えていた。
その時、ゾラの華奢な肩に、ずっしりとした重みと圧倒的な熱がかけられた。
驚いて振り返ると、そこには見上げるほど大柄な体躯を持つ男――シルバが立っていた。彼は自分の漆黒の外套をゾラの肩にかけ、無言で彼女の隣に腰を下ろした。
銀色の髪が夜風に揺れ、エメラルドの瞳がじっと焚き火を見つめている。彼の分厚い胸板や、鎧の下に隠された頑強な筋肉から放たれる圧倒的な質量が、ゾラを包み込むようにそこにあった。
「……シルバ」
「夜風が冷える。お前が倒れては、旅が終わる」
シルバの声は低く、硬質だった。しかし、その中には昼間クルックやシュウに向けていたような、凍りつくような冷徹さは微塵もなかった。
「ありがとう……」
ゾラはシルバの外套に深く包まりながら、小さく息を吐いた。
「ねぇ、シルバ。あなたはなぜ、あそこまでするの? 子供たちに怪物だと罵られ、裏で恨まれてまで、どうしてあんなに冷酷になれるの?」
昼間のミレイアの件、そしてクルックへの裏での揺さぶり。シルバがどれほどパーティー内で汚れ役を買って出ているか、ゾラは痛いほど分かっていた。彼が恐怖の象徴として君臨するからこそ、シュウたちは「戦場の現実」に直面し、クルックは旅を乱さないよう大人しくなっている。
シルバはエメラルドの瞳をわずかに動かし、ゾラの横顔を見つめた。
「俺は、お前に生きる目的を貰った。お前がこの世界の命運を背負うというなら、俺はそのお前を支える『盾』になる。ただそれだけだ」
シルバの丸太のように太い頑強な腕が、ゆっくりとゾラの肩を引き寄せた。
ゾラは抵抗することなく、彼の広く分厚い胸板の中にすっぽりと収まった。衣服越しに伝わるシルバの強烈な体温と、鋼のように硬い筋肉の鼓動。それが、世界中で孤立しているような錯覚に陥っていたゾラの心を、強固に繋ぎ止める。
「お前が綺麗でいる必要はない、ゾラ。お前が手を汚す必要もない。すべての泥、すべての恨み、すべての返り血は、この俺が引き受ける。お前の行く道を阻む障害があるなら、俺がそのすべてを噛み砕いて肉塊に変える」
シルバの手が、ゾラの背中を優しく、しかし決して離さないという強い独占欲を込めて撫で上げた。
その言葉は、血生臭く、どこまでも冷酷な誓いだった。しかし、一人で孤独に戦い続けてきたゾラにとって、これほどまでに自分を全肯定し、全存在を賭けて守ってくれる男の存在は、もはや五臓六腑に染み渡るほどの救いだった。
「シルバ……、ああ、シルバ……」
ゾラはシルバの銀髪に細い指を絡め、彼の胸に深く顔を埋めた。
彼がいてくれなければ、自分はとっくに世界の重圧に押しつぶされて壊れていただろう。シュウたちの純粋な正義感は眩しいが、今の自分を救ってはくれない。自分を本当に救い、生かしてくれるのは、この目の前にいる冷酷で、圧倒的に強大で、自分だけに牙を伏せる銀髪の怪物だけなのだ。
二人はそれ以上言葉を交わさず、暗闇の中で互いの体温を貪るように抱き合い続けた。肉体的な交わりはなくとも、二人の魂は完全に融合し、誰も入れない絶対的な「信頼の檻」が完成していた。
その様子を、テントの影から、狂おしいほどのやきもち(嫉妬)に胸を掻きむしられながら覗き見している者がいた。
昼間、シルバに「お仕置き」を受け、恐怖と甘い依存に囚われてしまったクルックだった。
(また……またゾラさんだけ優しくされてる。私にはあんなに恐ろしい目を向けるのに、ゾラさんを抱きしめる時は、あんなに愛おしそうな顔をするんだ……)
シルバのあの広く逞しい胸の中に、自分も飛び込みたい。あの頑強な腕で、壊れるほど強く抱きしめられたい。
昼間に首筋を撫でられた時の、痺れるような快感がフラッシュバックし、クルックの身体が小さく熱を帯びる。しかし、シルバの心も肉体も、最初からすべてゾラのためだけに存在しているという冷酷な現実が、彼女の心を絶望で満たしていく。
「ずるい……ずるいよ、ゾラさん……」
クルックは涙を流しながら、自分の唇を血がにじむほど強く噛みしめた。
ゾラへの激しいやきもちと、シルバへの歪んだ執着。シュウやジーロには絶対に言えない暗い秘密の塊が、クルックの心を完全に泥沼の奥底へと引きずり込んでいくのだった――。