崩れた瓦礫の山から這い出し、どうにか地下から脱出した。
地上は、砂混じりの風が吹く荒野だった。
右腕からはドクドクと血が流れている。
筋肉はもう滅茶苦茶なのだろう。
だが不思議と痛みは薄く……喪失感ばかりが男の心を満たした。
「僕しか…生き残ってないのか…?」
ジェリコは壊滅した。
レオンも、ディアナも、皆死んだ。
「どうして僕だけが……何のために……」
ここで死ぬのだと思っていた。
筋肉たちの犠牲で助けられた命だというのに、生き残ったところで何になる。
モニカたちの声は、もう聞こえなかった。
あれほど騒がしかった筋肉たちは、まるで最初から存在しなかったかのように沈黙している。
男は歩いた。
当てもなく。意味もなく。
石に躓いて転んだ。
起き上がるのも億劫だった。
帰る場所も、生きる意味も喪った。
なのに───
「……なんで腕立てなんかしてるんだ、僕は」
気づけば、身体が動いていた。
左腕はまだ動く。
一回。二回。三回………
砂にまみれながら、左腕が動かなくなるまで続けた。
それから腹筋。スクワット。
荒野に残された細い木を見つければ、無意識に懸垂まで始めていた。
息が切れる。
せっかく塞がりつつあった傷が開いて、右腕から血が垂れる。
それでも身体は止まらなかった。
まるで筋肉だけが、まだ生きることを諦めていないみたいだった。
「……っ」
男は木にもたれ、荒く息を吐いた。
腹が減っていた。
どうしようもなく、腹が減っていた。
「たんぱく質を……摂らなくちゃ」
そう呟いた瞬間、男の目に火が点いた。
それは陽炎のように揺らめき、今にも消えてしまいそうな弱々しい炎。
帰る場所も、生きる意味も喪った男が見出した希望……それは筋肉だった。
死が己と筋肉を分かつ時まで、身体を作り続けよう。
男はゆっくりと立ち上がると、再び荒野を歩き始めた。
やがて男は街の跡に辿り着き、そこで生存者たちと合流した。
飢え、傷つき、明日を諦めかけた人々。
その中には一人の女性がいた。
男は彼女に筋トレを教えた。
正しい腕立て伏せの姿勢。
呼吸の合わせ方。
限られた食料で筋肉を維持する方法。
脳破壊の防ぎ方や、筋肉との適切な関わり方まで、自分の持つ知識の全てを。
女は最初、呆れた顔をしていた。
だがエイリアンと隣り合わせの生活の中で、彼女もまた筋トレの意義を見出した。
荒廃した世界で、筋肉は生存に直結する。
識れば識るほど、鍛えれば鍛えるほど、筋肉は応えてくれる。筋肉は裏切らない。
男の知識は多くの命を救った。
そしていつしか、二人は結ばれた。
幸せに暮らし、弟子を取り、本まで書いた。
崩壊した世界において、その書は“肉体による生存論”の金字塔として語り継がれることとなる。
………近くて遠い、未来の話だ。