「どれだけ顔の良い幼馴染みだったとしても両想いになれるとは限らないし、ツンデレなんて性格も相手にデレが伝わってなければ、ただの性格の悪いクズ野郎にしか思えないから」そう少女は吐き捨てた 作:ツンデレはデレがあってこそ
オリジナル:現代/恋愛
タグ:女主人公 因果応報 (主人公は)ハッピーエンド
※なろう、支部の方にも投稿してます
「お断りします。私、アンタのこと大嫌いだから」
ああ、ようやく、ようやく言えた!!
ずっとずっと我慢して我慢して、腹の底に溜まっていた澱みのようなものを言葉にして吐き出せば、すっと胸がすく思いがした。目の前の幼馴染みが目を見開いて凍り付いているのも、周りでこっそり私たちのやり取りを聞いていた友人(と言うのもおぞましくて言いたくない)たちも、同じような反応で。予想通りの反応に、笑いたくなって、でも反吐が出そうなくらいに不愉快だった。
私、
そして生まれたのが、私と蒼斗。私たちが赤ん坊のころからよくママ会をやっていたらしく、更に仲を深めていく母親同士。「幼馴染みって良いわよね~」「私も憧れるわ。本当にこの子たちが羨ましい」ときゃあきゃあ話していたと、楽しそうに私の母は思い出しながら私に言っていた。成長していくにつれて、蒼斗が彼の父親譲りの美少年に育っていったのも、その琴線に触れていたのだろう。そして「和は幸運ね。あんなかっこよくて素敵な男の子の幼馴染みがいるんだから」と、笑顔で言った。
確かに、傍から見れば私は恵まれているのだろう。
仲の良い両親、父が稼いできてくれるおかげで生活に困ることはなく。隣の家に住む幼馴染みの両親は気さくで、優しくて。その息子であり、私の幼馴染みである蒼斗はかっこよくて、私の両親にしっかりと挨拶が出来る良い子。そう、恵まれている。人が羨むくらいに恵まれている。
でも、私にとっては息がし辛い牢獄でしかなかった
すくすくと成長した私と蒼斗は同じ小学校に通うことになり、同じクラスに入ることになった。当時の私は蒼斗と一緒にいれることが嬉しかったが、人見知りをしない性格でもあったので、新しい友達が出来るのだとわくわくしていた。母に読んでもらった絵本のように、たくさんの友達が出来たらいいなと期待を抱いて、楽しい日々を過ごせればいいなと思って。
『おまえ、ほんとうにとろくさいな』
その期待は、日々は、幼馴染みによって木っ端みじんに砕かれた。
小学校に通うようになってから、蒼斗は私の行動に文句を言うようになった。何事も器用で当たり前のようにこなしてしまう蒼斗と違い、私は不器用で慌てると混乱してしまう人間だった。それに苛立ったのか、私が折り紙に失敗したり走るのが遅かったりすると、彼はそう言って不機嫌そうな顔をした。当時の私は、仲の良かった蒼斗にそう言われるのが、その表情をされるのが嫌で、泣きながらごめんなさいと何度も謝った。蒼斗にそんなことをさせる自分に嫌悪して、もっとしっかりしなきゃと思って、でも上手くいかなくて。蒼斗に厳しいことを言われて、不機嫌そうな顔をされて、泣きながら謝る。完全なる負のループに陥っていた。
だが、徐々に幼い私でも「おかしくない?」と気付き始めた。
私のことを気に入らないなら、イラつくなら私に近寄らなければいいのに、蒼斗はわざわざ私のところに来て、私が失敗すると厳しいことを言う。これ以上傷つきたくないと私が蒼斗を避けようとしても、あっちから来られてしまえば意味はなく。その頃には私と蒼斗は完全なるセット扱いで、私が何度も先生に「蒼斗と一緒にいたくない」と言っても聞いてもらえることはなかった。先生たちから見れば『どんくさい幼馴染みの女の子を進んで世話している良い子』という認識になっていたのだろう。
更に最悪なことに、蒼斗は私以外にはとても優しく、厳しいことを言うことはなかった。困っている女の子には積極的に話しかけて、困り事を解決して。喧嘩している男の子たちを見れば、その喧嘩の仲裁をし。先生にも信頼され、困らせることのない男の子。クラスの中心的な立ち位置になるのに、そう時間はかからなかった。
そんな親譲りの美貌を持つ男の子が一人だけに厳しく、文句を言うとどうなるか。子供というものは無邪気に、無垢に残酷になれる。『蒼斗がそういう扱いをしているのだから、自分たちもそういう扱いをしていいだろう』という空気は、すぐに広がった。男の子たちには揶揄わられ、私がなにかに失敗すると、けらけらと笑った。蒼斗に初恋を抱いた女の子たちには、蒼斗の幼馴染みである私のことが気に食わないからと仲間外れにされ、「どうしてあんな子が蒼斗の隣にいるの?」と言わんばかりの目で見られるようになった。
そんな状況に置かれて、まともな精神でいられるはずがなく。私は小学校に行くのを怖がるようになった。泣きながら「行きたくない」と訴える私に、両親はすぐにクラスの先生に確認を取り、私の置かれている状況を知った。先生も「子供のやることだから」と楽観視していたが、私がここまで追い詰められているとは思っておらず、私を揶揄ったり仲間外れにしたりした子供を注意し、事態は丸く収まった。そう、丸く収まったように見えた。
結局のところ、事の原因は蒼斗にある。蒼斗を避けようとする私に近づかなければ、皆の前であんなこと言わなければ、あんな態度をしなければ、私は揶揄われたり、目の敵にされたりすることはなかったはずだ。
しかも、友達もできず、一人になってしまった私を、蒼斗はしょうがない奴だな、と言わんばかりに構うようになった。そして口にするのだ。「なごみは、おれがそばにいないとだめになっちゃうからな」と。その言葉を聞いた時、思わずその頬を叩いてしまいたくなった。いったい、誰のせいでこんなことになったのだと。友達が出来なくなったのは、お前のせいじゃないかと叫びたくなった。今すぐにでも彼と離れたかった。でも、その時にはもう、私は蒼斗とセット扱いで。『賢くてかっこいい蒼斗くんが、どんくさくていじめられていた幼馴染みの和を助けている』という構図が出来上がっていて。
「蒼斗は和ちゃんのヒーローね」と頬笑んで彼の両親は言う。「和には蒼斗くんがいないとね」と私の両親は言う。「仲が良くていいわね」と先生たちは言う。友達になれると信じていた組の子たちは、私のことを「蒼斗を困らせる面倒な奴」という目で見てくる。
まるで、真綿で首を締められるような、息苦しさ。息が苦しくて仕方ないのに、悲鳴を上げているのに、誰も気づいてくれない。誰も私の気持ちを分かってもらえない。いつの間にか「蒼斗と一緒にいたくない」そんな言葉を吐き出すことすら、許されなくなっていた。だって、言ってしまったら、私が酷い人間という扱いを受けるから。あれだけ蒼斗に助けられておいて、そんなことを言うなんて失礼な奴だと思われるから。幼いながらも、そうなることを察していた。いくらどんくさくても、不器用でも、そんなことないと胸を張って言えるほど、数々の無邪気な悪意と無自覚の善意にさらされた私は鈍感にもなれなかった。
これが、私が心に消えぬ傷を負ったきっかけだ。
そして、神様は私のことが大嫌いなようで。苦難は収まるどころか、さらに悪化した。
進級しても私は蒼斗と同じクラスになり、彼のことを避けようとしても避けられない日々が続く。そんな中、前述した出来事をきっかけに若干の人間不信に陥り、周りの人間を信用できなくなった私は、一人の世界に没頭できる読書を好むようになった。図書館へと通い、好みの本を見つけ、休み時間に読む。そこに他人というものが入り込む隙間なんてないし、蒼斗になにか声をかけられても、今はこの本を読みたいと言えば、それ以上彼が言えることはない。不服そうな顔をして遊びのグループに戻っていく蒼斗。この時も彼はクラスの中心人物になっていて。去って行く蒼斗の姿を見て、ようやく平穏な日々が送れる、と安心していたが……。
『和ちゃん、蒼斗くんのせっかくの誘いを断ったら、もったいないわよ』
クラスの中で一人、友達も作らない私を不憫に思ったのか、それとも可哀想だと思ったのか。蒼斗の誘いを断り続ける私に、先生はそう言った。先生としては私に友達が出来るようにという善意で、断られ続ける蒼斗のことを思ってのことだったのだろう。でも、私にとっては最大の地雷でしかなかった。
散々蒼斗のせいで酷い目に遭い、ただでさえ彼に絡まれるというしんどい日々を送っているのだ。しかも毎度のごとく、私には厳しい言葉を浴びせかけてくる。私が何か失敗したり、出来なかったりすると蒼斗は面倒くさそうな顔をして、わざわざ私の心を傷つける言葉を言うのだ。「お前って昔からとろくさい」「お前みたいなどんくさいやつ、俺くらいしか傍にいてやれないよな」と。そんな奴と一緒にいたいと、遊びたいと思うわけがない。だから、私は先生の言葉にはっきり拒否を示した。私は一人で本を読んでいたいのだと。蒼斗と一緒にいたくないと。
その結果、更に面倒なことになるとは思いもよらなかったが
『蒼斗くんが誘ってくれてるって言うのに、なんで断り続けてるのよ!!』
相も変わらず私以外の子に優しい蒼斗。そんな彼に恋をした女の子たちにとって、蒼斗の幼馴染みであり、いつも蒼斗に構われている私は気に入らない存在だった。「アンタみたいな地味な子がなんで蒼斗くんの特別なのよ!」やら「幼馴染みだからって調子乗ってる」と私にとっては心外なことを一方的に言われ。「アンタが断ると蒼斗くんが悲しそうな顔するの!そんな顔させないでよ!!」と、私の気持ちなどガン無視のことを言われ。女の子の嫉妬って怖いな、と遠い目をするしかなかった。
一度騒ぎになったからか、表立って嫌がらせを受けることも、いじめを受けることもない。ただただ、息がし辛いだけ。真綿で首をゆっくりと締められて、ひゅーひゅーと息が細くなって、でも完全に窒息することはないから、ひたすらに苦しい。一度でいい、一度だけでも、深呼吸が出来たら。大きく息を吸って、吐き出すことが出来れば、それだけで私は。
一度だけ、勇気を出したことがあった。両親に伝えたのだ。蒼斗の隣は息がし辛いと。彼に厳しい言葉を言われるのが嫌だと。他の子には優しくて、私には優しくない。お願いだから、私にも他の子と同じように優しくしてくれと伝えてほしいと、訴えた。蒼斗は、私の両親とも仲が良かったから。私の言葉が届かなくても、彼が尊敬する私の両親の言葉なら、大人の言葉なら届くはずだと、何かが変わるはずだと信じて、待って。
『和、蒼斗くんに迷惑かけちゃダメよ。せっかく和のことを思って、気を遣ってくれているのに』
結局、私の訴えは「我が儘」として無かったことにされた
蒼斗は誰からも信頼されて、良い子で優しくて、困った子を放っておけないヒーローみたいな男の子。そんな男の子が誰かを傷つけるはずがないと、ましてや一番近くて、一緒にいた幼馴染みである私を傷つけるはずがないと、両親は心の底から信じていた。蒼斗の厳しい言葉は「照れ隠し」「和を思ってのもの」。私の勇気は、必死の叫びは、ただの「我が儘」。蒼斗の気遣いを受け取らず、勝手に傷ついた私が悪いのだと、暗に伝えられて。
その日から私は、両親に期待することを止めた
どれだけ息がし辛くても、苦しくても、太陽は昇っては沈んでいく。
相も変わらず、私を取り巻く環境は変わらない。中学生になっても、蒼斗とセット扱いされて、厳しい言葉をかけられて。周りの大人たちには「仲が良いね」と微笑ましげに見られるか、同級生の男の子たちには「ラブラブじゃーん」とにやにやとしながら揶揄われるか、女の子たちには「あんな子が蒼斗の幼馴染みなんて」と妬みの混じった目で見られるか。
友達なんて出来ない。みんな私のことを『蒼斗に迷惑をかけてるどんくさい女の子』として見ているから。蒼斗が「本当は俺も嫌だけど、こんなとろくさい奴と一緒にいられるのは俺くらいだからな」と言うから。ますます私は息がし辛くなる。どんな言葉を吐いても、まともに取り合ってもらえない。会話をしたいのに、誰かと話をしたいのに、言葉が届かない。
眠れない中、無理やり眠って、朝日を浴びて目を覚ます度に「ああ、今日も目が覚めてしまった」と心の中で呟く。そして美味しいはずなのに、美味しいと思えない朝食を食べて、虚ろな心のまま両親と会話をして、頼んでもいないのに迎えに来たという蒼斗と一緒に通学路を重い身体で歩いていくのだ。深海の中を歩いているような感覚で。「別にお前のことが好きなわけじゃないけど、でもお前には俺がいないと本当にダメだからな」私に言い聞かせるように言った蒼斗の言葉が、重い足枷のようだ。
私のことが嫌いなら、好きじゃないなら放っておいてほしい。何度そう言ったことだろうか。でも、そう言っても蒼斗も、誰もまともに取り合ってくれない。「蒼斗くんは本当はそう思ってない。照れてるだけなんだよ」「あんなかっこいい男の子と幼馴染みなんて、羨ましい」そんな言葉で、私の心を削っていく。
いっそのこと、窒息してしまいたい。息なんて出来なくていい。言葉なんて吐けなくていい。誰にも届かないのなら、こんなに苦しむくらいなら。ただの『春寺和』として息が出来ないのなら、いっそのこと、
『うちの家に来い』
深海の中、灯台の光が差した
「……な、和、今、なんて……」
「聞こえなかった?『お断りします』って言ったの」
中学校の卒業式が終わった。
何か言いたげな母親の視線に気付かないふりをして、そそくさと帰ろうとした私を、蒼斗は引き留めた。無視しても良いが、そうなると後に面倒なことになりそうで。「急いでいるから用件は手短に言って」と言えば、うろうろと視線を彷徨わせた後、真っ赤な顔をして蒼斗は言ったのだ。
『和、俺、ずっとお前のことが好きだった。だから、付き合ってください!!』
クラスでも中心人物であり、人気者である蒼斗の告白に、周りで様子を見ていたクラスメイトや同級生たちは盛り上がっていた。ヒューヒューと口笛を吹いて囃し立てる人もいれば、「ようやく言ったのか」と感慨深く頷く人もいる。女の子の悲鳴がうるさい。だが、幹並み共通しているのは「蒼斗の告白を、和は受け入れる」という部分だろう。散々二人一緒にいる幼馴染みなのだから、あの蒼斗の告白を断るはずがないと。この場にいる誰もが、そう思っている。疑うこともなく、当たり前のように。
その事実に、途方もなく吐き気がした
「私がアンタのことを好きになれるとでも?今まで散々『蒼斗と一緒にいたくない』って言ってた私が?どんだけお花畑な脳内してるの、アンタ」
「そ、それは和の照れ隠しだろ?お前だって本当は俺のこと好きなはず」
「自意識過剰もここまでくると笑えてくるわ。一度だって私の言葉を聞こうとしなかったくせに。都合の良い時だけ甘い言葉を吐けるとか、ホストとか向いてんじゃない?人の気持ちには鈍感で全く気付かない、愛想振りまくりの八方美人だもんね」
「ちょ、ちょっと和、蒼斗くんになんてことを!!」
私の言葉に唖然とする蒼斗。そんな彼の姿が見てられなかったのか、私の言葉に腹を立てたのか。母親が私に怒る。でも、その言葉も私にとってはどうでもいいことで。邪魔をしないで、と睨みつければ、母親はびくりと肩を震わせた。それはそうだ。娘に敵を見るような目で睨まれるなんて、初めてのことなのだろうから。やっぱり、今までの私の言葉は届いていなかったのだと思い知らされる。いや、母親だけじゃない。この場にいる全員に、私の言葉は届いていなかったのだ。
「私が今までどれだけ息がし辛かったか分かってる?『幼馴染みでヒーローの蒼斗くんがどんくさい和ちゃんを助けてあげている』って勝手にレッテル貼られて。どこへ行っても、何をしてもアンタの作った主観で私は見られた。だから、何度も私は『蒼斗と一緒にいたくない』って言ったのに、誰も聞いてくれなかった。それどころか、そんなことを言うなんて失礼って言われて、逃げ場を塞がれた。その苦しみが、アンタに理解できる?いや、出来るはずがないでしょうね。私に対して言ってた言葉の意味さえ理解できないアンタには!!」
「そ、そこまで言うなら、本気で嫌がればよかっただろ!!そうすれば俺は和から離れて、」
「それを出来ないようにしたのは蒼斗でしょう!!『和には俺がいないとダメだから』って勝手に言って、私の逃げ道を塞いで、周りをそう思い込ませて!!私の言葉を届かなくしたのは、殺したのは、アンタだ!!」
蒼斗本人に自覚があったのかは分からない。いや、この様子から見れば、その自覚は無かったのだろう。自分の言葉が、行動が、周りにどれだけ影響を与えていたのか。私の言葉を意味のないものにしたことも、本当に分かっていなかったのだ。無自覚の善意も、ここまでくると笑えてくる。『地獄への道は善意で舗装されている』そんな言葉が、頭をよぎった。
「私は蒼斗の自尊心を満たすための都合のいい存在じゃない。アンタがいないと何もできない可哀想な人形じゃない。私はただの『春寺和』だ!!『海星蒼斗の幼馴染みの春寺和』なんて肩書き、こっちから願い下げだ!!」
この先もずっと『海星蒼斗の幼馴染みの春寺和』として生きるなんて、そんなの御免だ。息も満足にできない、本当の言葉が誰にも届かない中生き続けるなんて、そんなの死んでいるのと同じだ。それを、私はあの人に教えてもらった。
私だって、友達が欲しい。蒼斗越しに見てくる人じゃない。お昼のご飯の時間に好きな食べ物を話し合って、笑って、帰り道に会話を弾ませて。買い食いだってしてみたい。一口分け合って美味しいねって、笑い合いたい。好きな人だって作りたい。私の歩幅に合わせてくれる人と、ささやかな会話をして、手を繋ぎたい。それは、我が儘なんかじゃないはずだ。
でも、ここにいたら、『海星蒼斗の幼馴染み』のままじゃ、それは許されない。私は自由にはなれない。息もし辛いままだ。だから、私は選んだんだ。誰にも譲らない、私だけの道を。
私の明らかな拒絶に、言葉に、蒼斗の顔は凍り付いたまま。言われたことが理解できない、という感情を察し、舌打ちしそうになるのを堪える。それはそうだ。私の今までの言葉は本当の意味では届いていなかった。どれも「照れ隠し」「本当はそんなこと思っていない」という包装で勝手に包まれ、違う意味となって届いていた。それに、蒼斗は私以外には誰にでも優しく、友達も多い。その美貌も相まってモテていた。だから、誰かに拒絶されたことなんて一度もないのだ。……ああ、本当に腹が立つ。
「もう話は終わりにしていい?私、これからやることがあるから」
言葉も出ない、桜が舞っているのに、冷え込んでしまった空気。私以外口を開く様子がないことを良いことに、私は踵を返す。だが、その手を強い力で掴まれる。もちろん、私の手を掴んできたのは、一人しかいない。
「ご、ごめん、和。俺、お前に酷いことしたんだな。ごめん、謝るから、これからお前の言うこと何でも聞くし、酷いこと言わないようにするから、俺を置いていかないで……!!」
蒼斗の顔は情けなく歪んでいた。端正な顔をくしゃりとさせ、泣きそうな顔をしている。声はかさかさに掠れていて、その瞳は潤んでいる。普通の女の子だったら、きっと慰めるのだろう。泣かないで、そんな顔をしないでとハンカチを差し出すのかもしれない。
でも、私の心には、何も響かないまま
「今まで私を傷つけておきながら、自分が傷ついたら『俺可哀想だろ』って泣き落とし?どこまで私を蔑ろにすれば気が済むの?」
「そ、そんなつもりじゃ、」
「アンタのその勝手な『そんなつもりじゃない』でどれだけ私が苦しんだのか、やっぱり何もわかってないじゃない」
「反省する、和を傷つけてごめん。償うから……!!」
「償うって言うなら、もう私の目の前に現れないでくれる?ああ、でもそんなこと言っても、蒼斗が言うこと聞かないって嫌って程分かってるし。良かった」
「この街から出て行くことが出来て」
ぴたり、と蒼斗の動きが止まる。私の言ったことが信じられないと言わんばかりの顔。それはそうだ。私がこの街を出て行くなんて、両親とあの人しか知らない。その他の人たちには、私は嘘を吐いたのだから。
「え、和は俺と一緒の高校に行くって、」
「ああ、それ嘘。私はこの街を出て行って、蒼斗が知らない高校に行くの」
「な、なんで嘘を」
「だって、邪魔してくるでしょ、アンタ。なんか理由付けて、私の周りを囲って。それが嫌だったから、嘘を吐いた」
どうやらしっかりと口止めは出来ていたようで。ちらりと母親の方を見れば、気まずそうに蒼斗から目を逸らしている。私のことよりも蒼斗のことが大好きな母親。その口から私の嘘がばれる可能性が一番高かったが、どうやらあの人の言葉が余程ショックだったらしい。私としては、今更気付いてもな、としか言いようがないが。
(ありがとう、おじいちゃん……)
思い出すのは、あの日のこと。
私が深海を歩く中、灯台の明かりを見つけて、進むことが出来たきっかけ。
『はい、もしもし……』
『……その声は和か。久しぶりだな』
『えっと……おじいちゃん、だよね?』
その日は、今日よりも少し気温が高かった。
中学三年生になって少し。将来のことも考えなければいけない時期。でも、私の心は擦り減って、息がし辛いままで。蒼斗のお母さんと出かけてくる、と上機嫌の母親がいなくなった家の中で、味のしない昼食を摂っていた私は、鳴り響いた電話を手に取った。
電話越しに聞こえてくる硬くて低い男の人の声は、あまり聞き慣れない。でも、その声の持ち主に私は何度か会っている。だから、おじいちゃん、と呼びかければ、電話の主は「そうだ」と答える。まるで岩のような、硬い声。
『えっと、どうしたの?もしかして、お母さんに用件?』
『ああ。しばらくこっちに帰ってないだろう。せめて今年くらい婆さんに線香くらい上げていけ、と言いたかったんだが……。まあ、今年も来ないだろうな、あいつは』
『……ごめんね、おじいちゃん』
『なんでお前が謝る。これは俺とあいつの問題だ』
『……うん』
私はおじいちゃんにあまり会ったことがない。おじいちゃんの住んでいる場所と私の住んでいる街の距離が遠いのだ。なので、気軽に会いに行けるような関係じゃない。
それに、おじいちゃんと血の繋がっている私の母親は、なんというか、こう、性格が合わないみたいで。もともと警察官であるおじいちゃんは厳しく、しっかりとした人。私の母親は、おしゃべりが大好きな、典型的な女の子みたいな性格。そんな二人は相性が良くなかったらしい。別に、愛情がないというわけではない。嫌い合っているわけでもない。家族の絆はある。ただ、合わない部分があるというだけ。一緒にいたら、気まずい空気が流れてしまう。少し前まではおばあちゃんが空気を柔らかくしてくれたけれど、今はもういない。
だから、母親はあまりおじいちゃんの家に帰省することをしない。おじいちゃんの隣という息がしにくい空間よりも、蒼斗のお母さんの隣の方が息がしやすいから。そっちを優先する。おじいちゃん自身も、気まずくなってしまうことを分かっている。それに、もう親離れしたのだからと考えているから、無理やり来い、とは言わない。どっちも悪くない。ただただ、少しズレてしまっているだけ。
『……それで、和。最近どうだ』
『え』
『こういう時にしか聞けん。せっかくだから、聞かせてくれ』
『え、あ……』
伝える用件もないらしく、ばいばい、と口にしようとした言葉が、喉の奥に止まる。
おじいちゃんがそんなことを聞いてくるとは思わなくて、何を言っていいのか分からず、電話を持ったまま、どうしようと視線を彷徨わせる。素直に今の感情を、状況を話すなんて出来るはずがない。それはおじいちゃんも反応に困るだろう。だから、当たり障りのないことを話せばいい。
『えっとね、この前、学校でテストがあってね……』
それから、私は話した。学校であったこと、休日にあったこと。表面をなぞるだけの日常を。嘘は言っていない。本当のことも言ってない。ただ、ずっと息がし辛くて、死にたいと思っていることを言わないだけ。どうせ死ぬ勇気もないのだから。
どれだけ話しただろうか。口を挟むことなく、おじいちゃんは私の話を聞いていた。でも、私は逆にそれを怖く感じて。話を途切らせてはいけないと、沈黙が怖いからと口がからからになっても話し続けて。
『それでね、』
『和』
『強がるな』
ひゅ、と息を呑んだ。
言われたことが理解できない。いや、理解したくない。まるで心の内をじろりと見られたような、そんな感覚。じっとりと冷や汗が背筋を伝っていく気がする。言葉を発することが出来ず、はくはくと口を開閉させる私。きーん、と耳鳴りがした。
『……俺はな、和。警察官として生きた中で、知ったことがある。いや、決して忘れてはいけない、心の髄まで刻み込んだことだ。和、お前は、死にたがっている』
『ち、ちがうよ、おじいちゃん、そんなことないよ。わ、わたし、しにたいなんておもってないよ』
『俺に誤魔化しはきかん。今までお前のような人間を嫌というほど見て、声を聞いてきた。和、お前の声は、虚ろで、何をしたいのかも分からなくなっている人間の声をしている』
『…………』
『何があったのか、本当のことを話せ。俺相手に強がるな』
相も変わらず、おじいちゃんの声は硬くて。優しさなんてものは欠片もない。でも、その言葉に逆らう気が起きなくて。とん、と背中を押されたようで。
『……おじいちゃん、私……』
気が付けば、私は口を開いていた。
私は全部話した。幼馴染みである蒼斗のこと、両親のこと、周りの人たちのこと。息がし辛くて、苦しくて、死にたいと思っていたことも。一度言葉にすると、止まらなくて。まるで胸の内に溜まっていた感情を吐き出すかのように、言葉を紡いでいた。そして、話し終えた私とおじいちゃんの間に、沈黙が流れる。無言のまま聞いていたおじいちゃんの顔が分からないから、怖い。
(やっぱり、迷惑だったよね……)
いきなりこんなことを話されて、戸惑うなというほうが無理がある。やっぱり、話さないほうが良かっただろうか。でも、もう全部話してしまった。だから、取り消すことなんてできない。沈黙が気まずくて、でも何を言っていいのか分からなくて。頭の中がぐちゃぐちゃに混ざって、
『和、どこの高校に行くか、決めてるか』
そんな私の意識を引き戻したのは、おじいちゃんの想像もしていなかった言葉だった。
『こ、高校?』
『ああ。行きたい高校は、決まっているか』
『う、ううん、決まってないけど、この家から通いやすい所にするつもり……』
『……そうか。これは一つ提案なんだがな、和』
『うちの家に来て、ここで通える高校に決めないか』
え、と戸惑いの声が上がる。考えたこともなかった、いや、おじいちゃんに言われなければ考えようもしなかっただろう。唐突に現れた選択肢に、目をぱちぱちと瞬かせるしかない。だが、そんな私の様子など知らないおじいちゃんは、つらつらと言葉を連ねる。
『和、お前の状況は異常だ。それは話していた幼馴染みの坊主と離れなければ解決せん。いや、坊主だけじゃないな。お前の両親と周りの人間とも離れなければいつまで経っても心は晴れんままだ。お前の必要なのは、「春寺和」という存在も幼馴染みの坊主のことも、誰も知らない環境だ』
『ま、待っておじいちゃん。唐突すぎて思考が追い付かない。いや、そもそも色々と問題があると思うんだけど』
『知らん。問題なんぞ、ちゃっちゃと解決してしまえばいい』
『そ、そんなあっさり解決できることじゃないと思うよ!?』
おかしいな、おじいちゃんってこんなに無謀な人だったっけ!?いや、私が知らないだけか⁉新しく見えてしまったおじいちゃんの一面に唖然とする私。そんな私の鼓膜を、おじいちゃんの声が揺らした。
『まあ、やることはたくさんある。選んだ学校によっては受験勉強も大変だろうし、お前の両親の説得もしなければならん。場合によっては大金だって必要になる』
『そ、そうだよ。だから簡単にできることじゃ、』
『でもな、和。それは死ぬことより簡単に解決できる』
呼吸が止まった。
おじいちゃんの声は淡々として、硬いまま。なのに、なんでだろう。優しい温度を感じる。ぽとり、と胸の内に落ちていって、じんわりとその優しい温度が広がっていく。こんな感覚、知らない。でも、消えてほしくないと願ってしまうくらい、温かい。
『お前は独りで戦って、今まで生きとった。それは誇らしいことで、讃えられるべきことだ。だが、独りで解決できないことが、今、目の前にある』
『……うん』
『戸惑う気持ちも、不安になる気持ちもあるだろう。だが、和。お前はもう独りで戦ってるんじゃない。俺という味方がいる。お前の言葉をしっかり聞き、受け止める存在がいる。だから、諦めるという道だけは選ばんでくれ。死ぬなんてもってのほかだ』
『……うん』
『受験勉強はお前が頑張らないかんが、お前の両親への説得は俺が何とかする。金の方も、俺の退職金が余っとる。婆さんがこっそり貯めてたへそくりもあるし、いざとなったら使えばいい。婆さんもお前のためなら、喜んで使わせてくれるだろう』
『……おじいちゃん』
『なんだ』
『なんでそこまでしてくれるの?私、おじいちゃんに、なにもしてあげられてないのに……』
会った回数だって両手で数えられるくらい少なくて。おじいちゃんの中にある過去に、私という存在はちっぽけで、占められている時間だって短い。なのに、なんでこんなに優しくしてくれるんだろう。なんで、私の言葉を、本当の意味で受け止めてくれるのだろう。分からない、分からないよ。こんなに息がしやすいのは、何時ぶりだろうか。
『……愛情に、理由をつけないと不安か』
『……』
『そうだな、端的に言えば、「独りで必死に頑張っていた孫の人生を終わらせたくない」ってだけだ』
『よく頑張った、和』
その日、私は初めて、声が枯れるまで泣いた。
そんな私を、おじいちゃんは電話越しに、隣にいてくれた。
それから、私とおじいちゃんの電話の回数は多くなった。
「この高校がいいんじゃないか」「いや、ここの方がいい」とパソコンで情報を収集し、話し合う。最終的に決めた高校は、偏差値が少し高くて。私は必死に受験勉強をこなした。学校にいると、蒼斗に絡まれるから、放課後になったらすぐに家に帰って、ひたすら参考書を開く日々。時々、古文が好きだというおじいちゃんに教わりながらの勉強は、楽しかった。学校にいる時よりも、両親といる時よりも、ずっと。
そして私が卒業してこの街から出て行くことを蒼斗を始めとした人たちに勘づかれないように、そして両親の説得兼口止めのために、行動した。もちろん、おじいちゃんが手伝ってくれた。電話越しではなく、わざわざ私の住んでいる家に来て、説得を手伝ってくれたのだ。
両親からしたら寝耳に水だった。私は二人に、中学を卒業したらおじいちゃんの家に住むことも、そこから通える高校に決めたことも言っていなかったのだから。二人の中では当たり前のように、この家から通える高校にするんだと思っていた。蒼斗と離れることなく、ここにいるのだと。だから、説得には時間がかかったし、何度も考え直せと言われた。そして言われたのだ。「蒼斗くんが寂しがる」と。
瞬間、おじいちゃんはばん、とテーブルを叩いた。
『自分の娘よりも他人の子供を優先する親がどこにいる!!』
『散々和の言葉を無かったことにしたお前たちが、和の将来に口を出す権利はない!!』
初めて聞いた、おじいちゃんの怒鳴り声。でも、その言葉は私を思ってのことだったから、全然怖くなかった。だが、それに驚いた両親はびくりと肩を震わせ、助けを求めるように私の方を見た。「本当にいいの?」と言いたそうな顔をして。ここまで言われても分からないのか、と私の心は冷めきっていて。それが表情に、目に映っていたのだろう。暗い顔をして、二人は私が卒業したらおじいちゃんの家に住むことも、そこから私の選んだ高校に通うことを認めてくれた。そして、私とおじいちゃんは二人に私の卒業後の進路を誰にも話さないことを約束させた。特に母親には、しっかりと釘を刺した。蒼斗のお母さんと仲がいい私の母親は、しっかりと釘を刺さなければ、私の進路のことをあっさりと話すだろう。そして、それは蒼斗に伝わり、面倒なことになる。それだけは避けたかった。
そうして、私は蒼斗に嘘を吐き、彼と同じ高校に通うと勘違いさせ、目標の高校にこっそり受験し、合格した。
これで晴れて私は、この街から出て行くことが出来るのだ。
「私の私物の引っ越しも終わってるし、新幹線の予約も取ってるから、帰ったらすぐにこの街を出て行くつもりなの。そしてここに戻って来ることはないし、たとえ万が一蒼斗が私に会いに来たとしても、私はアンタに会うつもりはない」
「そ、そんな……」
「ああ、私の両親を通しても無駄だから。二人のことも、顔を見ることも、会うこともしないって決めてるし」
両親には確かに恩がある。これまで育ててくれた恩が。
でも、私の言葉を本当の意味で受け取らず、幼馴染みの蒼斗を優先する人たちへの愛情なんて、とっくの昔に擦り切れてる。たとえ悪気がなかったとしても、そんなつもりじゃなかったと言ったとしても、私の息を止めようとした人たちに、どうやって愛情を抱けというのか。時間が解決してくれる、なんて甘っちょろいことは言わない。深く刻まれた傷は、根付いてしまった不信感は、消えることなんてないのだから。
ぱしん、と掴まれていた手を振り払う。
ショックのあまり、力が入らないらしい蒼斗の顔は真っ青で。今にも倒れてしまいそうな顔色だ。でも、それを見ても同情なんてわかないし、可哀想、とも思わない。これも全部、彼が蒔いた種なのだから。
「なんでそんな顔するの?別にいいじゃない。『本当は俺も嫌だけど、こんなとろくさい奴と一緒にいられるのは俺くらいだからな』って言ってたのは蒼斗でしょ?私と一緒にいるのは嫌だったんでしょう?こんなとろくさい、不器用な人間なんてさ。だから解放してあげる。こんな面倒な幼馴染みから。嬉しいでしょう?」
「ち、違う、俺は、和が好きで、」
「好きだったら何言ったって許されるの?泣かせることも?その傲慢が、アンタ自身が、気持ち悪くて仕方ないわ。勝手に思い込んで、囃し立てる周りの人間も、妬んでくる人間も、気持ち悪い」
「あ、あ……」
「でも、もう私はアンタたちの顔を見ることはない。だから、いずれ忘れてあげる。過去にして、記憶にして、『どうでもいい』って思って、忘れてあげる。その忘れた場所に、私はこれから訪れる、沢山の幸せな記憶を埋めるから」
それじゃあね、と踵を返して、校門に向かうために足を進める。けれど、あと一つ、言いたいことがあったのを思い出した。だから、私は振り返る。さあ、最後に言ってやろう。この感情を。永遠に消えない傷になってしまえ、と思いながら。
「最後に良いことを教えてあげる」
「どれだけ顔の良い幼馴染みだったとしても両想いになれるとは限らないし、ツンデレなんて性格も相手にデレが伝わってなければ、ただの性格の悪いクズ野郎にしか思えないから」
相手の反応なんて知らない。興味なんてない。今度こそ踵を返し、足を進める。思いのほか時間を喰ってしまった。新幹線の時間に間に合うように急がなければ。早くおじいちゃんに会いたい。おばあちゃんにもお世話になりますって、挨拶をして、線香をあげなければ。
そんなことを考えながら、とん、と校門をくぐる。
ようやく、深く呼吸が出来た気がした
幼馴染みのツンデレは創作では人気高いけど、実際にいたらたまったものじゃないよな思います