オルクセン最強のスポーツカーのラリー仕様を峠で追うキャメロットの小型国民車。中には白エルフがふたり。実に凶暴で平和的な復讐の光がオークの誇りの尻を照らしあげる!
武器は軽さとトラクションと魔術通信と命ふたつだけ

……みたいなオルクセン王国史の二次創作です。
内容は適当です。勢いだけで描いてみましたスミマセン。

ネタバレは最大限配慮してるつもりですがネタバレを完全に避けたい方は
原作WEB連載版:すばらしき戦争➆
一二三書房商業版小説:オルクセン王国史3巻
コミカライズ版:連載19話
いずれかまで読んでいただくと安全かつ
より楽しめると思います。


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オルクセン王国史の二次創作小説です。

素敵な妖精さまが

「雪てんこ盛り降ってたころのモンテカルロもいいな」

とつぶやいていたのを見て勢いでラリーの小品を書きました。

人名とか年代とかは適当で、まあ色々ネタが混じっていますが気にしないで下さい。
ラリーの描写も60年代後半とかわからないし、現代のラリーも脳から抜けているので適当です。ドライビングや車のウンチクもたいがい適当な妄想科学小説。

「そんなバカなことがあるかぁ!」と適当に笑って読んで頂けたら幸いです。



白銀の追撃戦 ~ラリー・モナークチェリオ~ 【オルクセン王国史 二次創作作品】

 

 

1. 追われる者たち

 

 

「マーカス、後ろにライト見えてないか?」

 

 大きな体躯を小さくして、体にくっつきそうなハンドルを器用に素早く操作しながらオークが言う。彼の名はケーニッヒ・グレーベン

 

「うん、見えてるよ。だけど前に集中して!右4、50、次左3、その後左4」

 

 マーカスと呼ばれた小さなコボルトは冷静に言う。彼の名はマーカス・ヴェーヌス。ふたりはオルクセンのスポーツカーメーカー、シュタルクのワークスドライバーとナビゲーターである。

 

「俺たちの後って、地元の白エルフふたりって話だよな、やたら速いけど」

 

「ああ、もう魔術通信の声まで聞こえて来たよ。80年前の借りを返すってさ。次左にクレスト、集中して!」

 

「おっと……なんかつぶやいてないと、状況が怖いんだ。なんであのプチトで俺の尻を舐めにこられるんだ?こっちは栄光のシュタルクQ11だぞ」

 

「お前の体重と路面の相性が悪いんだよ。オークにゃフィギュアスケートの選手はいないしな!ほらまた凍ってるぞ!ギヤ下げて!!左3、右2」

 

「もうギヤ下げたらそれだけで空転して飛んでくんだよ!」

 

 そういいながらも丁寧につま先でブレーキをかけながら踵でアクセルをあおる、ヒールアンドトゥと言われる技で軽くエンジンをあおって手元のレバーで下げたギヤとエンジンの回転を綺麗に同調させるケーニッヒ。

 

 バックミラーに写り出した7つの明かりはどんどんと近づいて来ていた。そんなワケがない、オルクセン王国最高のスポーツカーであるシュタルクQ11が、キャメロットの国民車であるプチトに追い詰められるなんてのは、あってはならないコトだ。奴らがスタートしたのはこの車より1分後のハズなのだ。彼らふたりの頬を流れ出した汗は、冬道を、アイスバーンを攻める緊張感からの冷や汗か、それとも……

 

 

 彼らが走っているのは国際自動車製作者選手権。国と会社の威信をかけて各国の自動車メーカーが国々を回り、普段は市販車が走る一般公道で戦う、市販車を元にした改造車で争われる競技。舗装の上、砂利の上、泥の上、雨の上、雪と氷の上、路面を選ばずに移動時間の正確性と、スペシャルステージと呼ばれるコースでのタイムアタックを競う。皆はそれをラリーと呼ぶ。

 

 ここは人間族の国、グロワール帝国のリゾート地、モナーク。雪と氷の道で行われる世界で有名なラリー、ラリー・モナークチェリオの開催地。そのラリーの7日目。今日を走れば明日は最終日……

 

 

 

 

2. シュタルクQ11

 

 

 人間種の国、キャメロットが馬車に変わる移動手段として蒸気機関で動く四輪の「自動車」を開発してから幾年月。最初は大砲の輸送用だったそれは、いつしかガソリンを燃やす内燃機関を積んだ主力の移動手段と化した。

 

 オルクセン王国は進んだ技術、鍛えられた保線員、どこにも負けない路線距離を持つ鉄道国家であったが、他国の予想に反してすぐにキャメロットの自動車輸入を進め、自動車技術者の育成を推進し、さらに保線員を使った各道路の舗装化、主となる自動車専用道路四線の計画を進めた。国王グスタフ・ファルケンハインが自動車に大きな関心を示していたとの話もある。

 

 その国王グスタフが進言して進められたのがオルクセンの国民車計画である。魔種族連合国家であるオルクセンには特殊な事情があった。自動車を使用するであろうふたつの種、オークとコボルトの体格差の問題である。キャメロット製の、人間族用に作られた自動車は体躯の良いオークをうまく乗せられなかった。馬車の時代も同様で基本コボルトが運用する形を取ってはいたが、オークも自動車を欲する時代が来ると予測される中、オークもコボルトも使える自動車、国民車が必要だったのだ。

 

 

 オルクセンで内燃機関の開発をしていたシュタルク博士を中心にオルクセン初の国民車ケーファー1が開発された。コボルトもオークも共用できるという難題に対してシュタルク博士が出した答えは後輪駆動・リヤエンジン、いわゆるRRという駆動方式だった。

 

 オークとコボルトが共用できる車体、しかし車体サイズはキャメロットの道路を走れるサイズにしなければならない。ここで一番邪魔になったのがセンタートンネルの存在である。主力だった後輪駆動・フロントエンジンのFR駆動方式の自動車はどうしてもトランスミッション(変速機)と駆動を後輪に伝えるプロペラシャフトなどを収納するセンタートンネルが車内の前方から後方まで大きく張り出す形になってしまう。

 

 これではキャメロットの道路を走りやすい車体幅の目標値とした1800mm以内でオークを並べて座らせるのは難しかった。駆動方式をRRにすればセンタートンネルを通すのは燃料配管、アクセルワイヤー、ブレーキホース・ワイヤー、トランスミッションの操作用リンケージなど小規模なものだけだ。センタートンネルがなければ30cm近く無駄になっていたスペースを利用できるのだ。

 

 当然前輪駆動・フロントエンジンであるFFという駆動方式も候補となったが、エンジンの動きで挙動が変わるトルクステアの対策がまだ十分でなく馬力が制限されることから選択肢から消え、素直に運転をより楽しめるRR方式の車体を作るコトとなった。

 

 ケーファー1は80φの鉄管を車体に3列持たせて剛性を落とさずに大型のセンタートンネルの代わりとしてフラットな床を実現した。これによりベンチシート仕様なら体躯の良いオークをギリギリ並べて押し込むコトに成功し(その狭さに近距離しか乗られない1マイルシートという悪名で呼ぶオークもいたが)、種族内でも体躯の差があるコボルトでもシートだけ変更すれば対応出来る形となった。人間種は体躯の良いコボルトと大差ないので問題はない。

 

 なんならシートサイズを左右で変えた通称6対4分割シートという、オークとコボルトが並んで座れる仕様も作られた。この型だけはハンドル位置とハンドブレーキ、シフトレバーの移設が必要だったが、車体本体は前部に設けられたトランクと車内を塞ぐバルクヘッドのみ専用品にして、3つのトンネルを通す物の配置を変更するだけで対応出来た。メーター類はセンターに並べるコトで共用化されていた。

 

 こうして完成したケーファー1はオルクセン国内で飛ぶように売れた。RRという駆動方式の自動車はまだキャメロットにも無く、シュタルク博士が採用した重心の低さを保つために作られたドライサンプ(ポンプによる強制オイル循環方式)採用の空冷水平対向エンジンも秀逸だったため、予想以上の輸出量も達成できた。

 

 なお、オークの家族が旅行に使える本当の意味の国民車はケーファー2というバン型車両の開発まで待たねばなかった。これも大ヒットとなったのだが。

 

 

 この成功から資金を得たシュタルク博士は独立して自らの夢であったスポーツカー製作メーカー、シュタルク社を創業、そして作られたのが1,991ccの排気量から130馬力を発生する水平対向エンジンを大きな尻に詰めたシュタルクQ11である。

 

 カエルの目のような愛らしいフロントライトと、そこから流れるように空気抵抗を最小とするグラマラスなボディもスーパースポーツカー、スーパーカーと称されるのにふさわしいものである。当然駆動方式はRR、エンジンは当然ドライサンプを採用した空冷水平対向。ケーニッヒとマーカスが今戦っている車はさらにチューニングによって160馬力以上を絞り出している。当然車体もスポット溶接で補強、安全対策のためのロールバーを入れ、足回りはワンオフの特別な仕様、シュタルク社が威信をかけたワークス体制で仕上げられた勝利のためのマシンである。

 

 それが箱をふたつ並べただけのようなデザインの、1,275ccからせいぜい77馬力しか出せない、トルクステアに苦しむFFの、キャメロットの小さな国民車に追い立てられる要素はみじんも無いハズなのだ。それもワークスチームでも有名クラブチームでもない野良の地元のチームの車に。

 

 いや、シュタルクQ11の1,095kg(さらにオーク積載)に対して650kgという軽量さだけは……だけか?

 

 

 

3. 追う者たち

 

 

「ほら、オークのデカイ尻が見えてるわよ、さっさとかぶり付いて捨て置かなきゃ!」

 

 ケーニッヒとマーカスのシュタルクQ11の後ろを追う赤いキャメロットの小型国民車、プチト・ジョン・Sのナビゲーター、ニコ・ポンスがツリ目をさらに吊り上げて叫ぶ。

 

「でもこの峠じゃ抜けるポイントほぼないじゃん、あそこしか。さっさと谷にでも落ちてくれないかしら!鈍足豚足豚野郎!!」

 

 ドライバーのマリン・ムートンが叫ぶ。このモナーク近辺の道は彼女たちの道。街の農業組合にトラックが導入されてから、毎日白エルフたちで育てた野菜や鶏の卵をこの道で峠を越えた街の市場に運んでいたのだ。たまに横にニコを乗せて。

 

 80年前の戦争で彼女たちの、白エルフの国エルフィンドはオークを中心とした魔種族の国であるオルクセン王国に焼き払われた。エルフィンドに住んでいた白エルフは元々かなり土着性の高い民族なのだが、中には移住した者もいた。

 

 エルフィンドの港町に住んでいた幼少時のマリンとニコは突然攻めて来たオルクセン軍のオークたちから逃げた。町を出ても一緒にいた軍人と民間人はオルクセン軍の激しい追撃に襲われた。命からがらなんとか生き延びたマリンとニコの家族はそれぞれ終戦まで別々の難民キャンプで暮らすこととなったが、人間族の国であるグロワール帝国の有志が始めた移民募集に手を挙げて、このグロワール帝国のリゾート地、モナーク近くの山村に移住、農業を始めて既に70年となる。

 

 追撃された恐ろしさは今もこう伝わっている。

 

 オルクセンには白エルフに居住地を追い出された、故郷を焼かれて国を捨てた、恐ろしいダークエルフの軍団がいたと、その軍団は目に入った白エルフをダダダと音を立てる大きな銃でなぎはらい、倒れたものは全て焼き、あるいは首を落とし、最後には塵も残らぬ亡き者にしたと……

 

 

「前のシュタルクQ11がシュタルクワークスよね、まさか怖~いダークエルフはいないよね」

 

「オークのウドの大木とちっこいコボルトのね。選手権連覇してるけど……」

 

 マリンの声にニコが反応する。

 

「ホラ、さっさと距離詰めなさい!もうすぐ私たちの舞踏場よ!!」

 

「はいはい、チカはちゃんと待ってるかしら?」

 

 マリンはつぶやきながらも軽快に、軽くハンドルを左右に揺すりながら走る。変化しやすい、時折アイスになる雪道のトラクションを測るためのソーイングという技だ。

 

 パワーはシュタルクの半分もないプチトだが、反面重量はシュタルクQ11より圧倒的に軽い。路面状況が悪いほど軽さは武器になる。そして前輪のトラクション。前輪の軸の上に一番重いエンジンが乗る前輪駆動のFFのプチトは雪道でのトラクションが良い(この時代、まだ競技車に出来る四輪駆動車は無い)。いや、トラクションは後輪駆動で大きい尻にエンジンを積むシュタルクも悪くはない、いやむしろ前にエンジンを置いてプロペラシャフトでつながれたFRの車より圧倒的に良い。

 

 だが、それでも舵を操作するフロントにしっかり加重がかかるFF、前輪駆動のほうが道路状態をより鮮明にドライバーに伝えてくる。マリンのソーイングは他のドライバーより激しく、無駄で危険に見えるが、雪と氷の状況を測りそれに対処する力は天下一品だとニコは思っている。

 

 

 

4.チェリオ峠のローレライ

 

 

 その小柄で眼鏡をかけた白エルフは最難関かつ一番の見どころチェリオ峠の森に潜んでいた。184のコーナーがつらなる中の121番目、チェリオ峠最大の難所と呼ばれるC-121を何度も何度も念入りにチェックした後に。道路幅が序盤は広く、出口で一気に狭くなる。逆に出口までは狭いチェリオ峠で一番の抜きどころでもある。ラリーで他車を抜くコトはあまりないが、マリンとニコはそれをここでやる気なのだ。

 

 チカ・ラレードはマリンとニコの友人である。出身地は違うが同じく移民募集で峠の村にやってきた白エルフである。小柄な彼女だが農業のない冬はブルドーザーでの除雪の仕事をしている。なんなら今日のC-121も彼女の仕上げだ。あまり気乗りはしなかったが、『白エルフの極めて平和的なオルクセンへの仕返し』と言われて彼女たちを手伝うコトになった。

 

 『白エルフの極めて平和的なオルクセンへの仕返し』というのはマリンとニコが近村の白エルフたちからカンパを集めるのに多用したセリフだ。ラリーという平和な戦争でオークたちに一泡吹かせる。この言葉でプチトの改造費と消耗等の費用を集めた。前年からの地方ラリーで優秀なリザルトを残し、国内戦でも勝利したマリンとニコはチーム「衝撃の白」を地元ワクでのラリー・モナークチェリオ出場まで進めたのである。

 

 チカはちょっとした仕掛けをコースに施した。いや、イコールコンデションだからその仕掛けで絶対的な差が出来るワケではないのだが、その少しの仕掛けに気付かずコーナーに入った数台が既にコースの外に落ちては引き上げられていた。

 

 あとは路面状況を確実にマリンとニコに伝えるだけ。仕掛けは決めてあるが仕上がりと現在の状態は競技中にはなかなか伝えられない。無線を買う費用も無い。しかしエルフには魔術通信という伝達手段がある。いや当然ダークエルフも、そしてコボルトや大鷲族という魔術が使える魔種族も使えるのだが。当然、他の種族に聞かれると意味がない。ラジオのように周波数を変えられるものでもない。そのため暗号を使うことにした。いや、何者かも分らぬように歌にした。内容のわかる魔術通信の範囲は2.5kmほど。ひとコーナーの情報を伝えるなら十分な距離だ。チカはギャラリーコーナーから離れたところで歌を歌った。白エルフの海兵に伝わる歌に暗号を込めて……

 

 

「なにか歌みたいなのが聞こえるな。次右2、100、左3」

 

 マーカスが言う。

 

「もうすぐチェリオ峠一番の難所、C-121だ。俺にはなんにも聞こえないが、あそこの入り口には広いギャラリーコーナーもあるから、なんか放送でもしてるんじゃないか?魔術通信とかで」

 

 ケーニッヒが答える。彼らももうなんどもこのコースは走っているし、今大会のレッキ(ナビゲートのための資料を作る試走)でも3度は往復している。この大会に出るラリー屋、ドライバーとナビならば、路面状況さえ安定していれば目隠しされても走れるのだ。それだけ走っていて歌が聞こえたのは初めてだった。

 

「くっそ、もう尻に火が付くくらい迫られてるぞ!」

 

 ケーニッヒが叫ぶ。ふたりの乗るシュタルクQ11の水平対向エンジンの積んだ大きな尻がプチトのライト2つ・補助灯5つの7灯のの光で爛々と照らされている。パッシングまでされる始末だ。差は峠の下りに入ってさらに迫る。もう尻を焼かれているも同様だ。当てない後ろのドライバーの技量にも舌を巻く。

 

「さっきからなんなんだこの歌は!」

 

 今度はマーカスが叫ぶ。女性の歌声はマーカスの集中力を散らした。その時にふっと後ろのライトが遠ざかる。

 

「んぁ、もうC-121、スピード落として」

 

「わかってる、俺は歌なんか聞こえないし、ここだって目をつむっても、あ……」

 

 C-121に入って直ぐに、予想外にシュタルクQ11の尻が滑り外にはらむ。ケーニッヒは必至にハンドルを逆に回しカウンターを当てるが、RRのシュタルクQ11の尻の動きは雪の、氷の上では無情にも止まらない、タイヤのブロック全てにスパイクを打った競技タイヤでも。スピンは免れるも膨らんだ尻はコース外の法面を滑り落ちる……

 

 その鼻先をするりとマリンとニコのプチトが駆け抜ける。なんたる失態……

 

「よっしゃ、さすがチカだ!素晴らしい仕事だわ!!」

 

「いやーいいもの見られたね、これで明日3分半差をつけてスタートできるわ!」

 

「明日の天気は荒れる。今夜は-7℃、凍結路で3分あれば楽勝だわ、ありがとうチカ」

 

 C-121の出口でマリンはブレーキを5回点滅させた。チカへの「ア・イ・シ・テ・ル」のサインだ。チカからは全然見えなかったが。

 

 チカのちょっとした仕掛けとは平坦なC-121を除雪の妙で僅かに逆バンクにしたコトだ。通常の舗装道路は水はけのために蒲鉾型にするが、峠のコーナーでは平坦もしくは山側に対して谷側を高くするバンクと呼ばれる作りにして谷に落ちるのを防ぐ舗装を実施している。レッキの、いや前日の競技の時点では除雪も舗装に合わせバンクの作りになっていたのだが、早朝の除雪でチカが僅かに逆バンクにして押し固めた。シュタルクQ11が逆バンクと知らずに大きな尻を少しでも振り出せば、法面を下って落ちるのみ……

 

 あとはその仕事の成功と路面の凍結状態を歌にして伝え、マリンとニコは直前までギリギリのプッシュをしてけん制し、凍結の緩い箇所で速度を落とし、プッシュで心のスキが出来たケーニッヒがオーバースピードで落ちる様を見るだけだったのだ。コボルトのマーカスが歌に囚われるまでは考えてなかったし、それを知るコトもなかったのだが。とにかく作戦は成功だ。

 

 

「一機撃墜!」

 

 マリンが叫ぶ。こんなコトをしなくても明日が寒ければ、道路が凍結していれば勝てたかもしれないが、打てる手は打つのだ。オルクセンの奴らが落ちる様を見たかったのも事実だが。

 

 

 法面の下にある側溝に尻を当て、道路からフロントタイヤより上の鼻先を生やして止まったシュタルクQ11。ドアを開け、マーカスが野生に戻ったように「ヘル~プ!」と叫ぶ。しかしそれを待つまでもなくギャラリーコーナーからオークが、コボルトが、人間種が沢山駆け寄って来ていた。用意のいいもので誰が持っていたのかロープが器用に前輪のロアアームに巻かれ、一気に引っ張られてコース上に戻された。

 

 本当は規則違反の行為だがギャラリーコーナーにいたラリーの審判団も見て見ぬふり。上役に聞かれたら彼らはこう答え、上役も笑って去るだろう。

 

「妖精でも出たんじゃないですか?」

 

 ロープが車から離れたのを確認して、窓から手を出してゴツいオッサンの姿をした妖精さんたちに挨拶して走り去るケーニッヒとマーカス。固い側溝に尻を打ち付けたシュタルクQ11はリヤボンネットとリヤバンパー、テールランプを無くし、大きな丸い尻はまるで一度潰した一斗缶のようにところどころ角が出来ていた。

 

 このミスは最終日前に3分56秒というなかなか絶望的な差を作った。オルクセン王国からC-121で取材を行っていたコボルトのスポーツ記者サラ・イエネスは魔術通信でチカの歌が聞こえていた。彼女が本社に送った記事の見出しはこうだ。

 

「魔のC-121。トップだったシュタルクQ11はチェリオ峠に現れたローレライの歌声に雪の沼へと引き込まれた」

 

 

 

5.サービスパーク

 

「やらかしたな。俺の仕事は作るなって言っておいたのにこれだ、30分では我が王に見せられる形にはならんかもな」

 

 シュタルクワークスのメカニック、ゲーン・シュミットが床に横になってジャッキでウマといわれる台に載せられた、タイヤを外したシュタルクQ11の大きなリヤフェンダーを裏からハンマーでガンガン叩きながら言う。元はオルクセン王国海軍の応急工作員をやっていた彼は豪快な性格で皆に好かれている。板金とダクトテープ補修の腕はオーク最高だ。7日目の行程を終え、夜のラリーカーはパルクフェルメと呼ばれる場所で厳重に保管されるのだが(無断修理・改造を避けるため)、その前に街の真ん中の広場に設けられた補修場所、サービスパークで30分だけ修理が実施できた。

 

 

「我が王?」

 

 チーム監督にしこたま罵られたケーニッヒがしょげた顔をしてゲーンに聞く。

 

「ああ、我が王が御用列車でモナークに来てるんだ。明日のGPコースのスペシャルステージはロイヤルマッチになるのかな。優勝の銀杯も我が王から渡されるってよ。お前、優勝しないととんでもないコトになるぞ」

 

 修理の手は止めずにゲーンが言う。クラッシュでヘコみ、角がついていたリヤフェンダーが見る間に綺麗な曲線へと戻っていく。GPコースとは同じモナークで行われるオープンホイール車による舗装路の最高峰レース、Standard-1グランプリ、略してS1GPで使われている市街地コースのことだ。最終日の最後のスペシャルステージは街中の人間が観られるこのコースを2周する。雪のチェリオ峠と並ぶ最大の名物なのだ。

 

「そんな話は聞いてないが本当か?」

 

 マーカスが訝しい顔つきでゲーンに声をかける。そんな話があるならひと月も前から知らさせるのが普通だ。

 

「サプライズだってよ。だいたいさっきココにも来たもの、我が王……」

 

「えっ、アンファングリアの警護のお姉さまたちは?!」

 

 しょげていたケーニッヒが目をキラキラと輝かせて言う。マーカスは俯いて額を押さえる。ケーニッヒは同じオーク種の美女よりもダークエルフを好むマーカスから見ると異常な癖を持つ。我が王の警護を手掛けるアンファングリア旅団はダークエルフだけで構成された隊なのだ。まあ、我が王もケーニッヒと同様の癖の持ち主のようなのだが……

 

「なんにしろ我が王が見守る中で俺たちが、オルクセン王国代表のシュタルクが負けるワケにはいかんぞ。お前らの首どころかシュタルク社の存亡に係るラリーだと思って走れ。車は残り時間で完璧に仕上げてやる、絶対表彰台のてっぺんを獲れ!」

 

 叩き出したフェンダーをサンドペーパーで磨いて下地処理剤をスプレーしながらゲーンが言う。ケーニッヒの弛んだ顔も一気に締まる。

 

 30分後、シュタルクQ11は綺麗に塗装され、新しいボンネットとバンパーとランプ類が取り付けられ、他のメカニックに油脂類やブレーキパットの交換と燃料の補給を施され、綺麗な体と尻に磨き上げられてパルクフェルメに保管された。

 

 

 同じ頃、マリンとニコもサービスパークの片隅でプチトの整備をしていた。明日も夜明け前から除雪の仕事があるチカ、そして街はずれの燃料屋ベルナール商店の息子、人間種のジャン・ベルナールも。普段からマリンとニコはベルナール商店を自分のガレージのように使っているのだ。店主であるジャンの父トッドはラリーの燃料を一気に引き受けて大忙しなのだが、ジャンはマリンとニコのメカニックとして無理やり使われている。ジャンはニコに惚れている……とふたりは思っているので。

 

「やっとチカと二人で残りのダブルアール全部にスパイク全部打ち込んだよ」

 

 ジャンが疲れた顔でマリンに言う。文句言う時は絶対ニコじゃなく私だなとマリンは思う。ダブルアールとはグロワール帝国のタイヤメーカー、プラージュ社の競技タイヤRR-13のコトで、ブロックにスパイクピンを打ち込んで使用するものだ。ジャンの発注が遅くて最終日に使うタイヤのスパイク打ちに今までかかっていたのだ。全部テメーのせいだろと思ったマリンだが、引き攣った笑顔だけで勘弁してやるコトにした。

 

「じゃあ私は除雪の休憩所で寝るから、皆頑張ってね」

 

 そう言ってチカは去っていった。真夜中から除雪、C-121では逆バンク作るのにブルドーザーの排土板の角度変更までしてだ、その後はC-121で雪質を見て、例の歌を歌い、観客用バスで帰ってきてタイヤのスパイク打ち。本当にご苦労様な日なのである。

 

 ニコが油脂類の交換、ジャンがタイヤとブレーキパッド交換、アライメント(足回りの角度)測定と調整、マリンが燃料補給と洗車と手分けして30分で車を仕上げる。ジャンとチカがスパイクを打ったタイヤの山を見てマリンはつぶやく。

 

「明日のモナークは荒れる。最低気温は-5℃、GPコースの雪は少ないけど走る時にはブラックアイスね。頼むわねダブルアール、オークとコボルトに勝たせて……」

 

 

 サービスパークの競技者たちは知らなかったが、この時モナークでは事件が起きていた。チェリオ峠でオルクセン王国から観戦にやってきていた子供、オークとコボルトの2名の子供が行方不明になっていたのだ。冬の夜空の中でモナークの警察と消防隊による捜索隊が山に入ったが、マイナス気温では子供の命が持つかどうか……

 

 

 

6.追われる者たち

 

 

「そんなバカなことがあるかぁ!」

 

 ベルナール商店の二階の普段は当直室の窓を開いたマリンが叫んだ。ニコが眠い目を擦りながら上半身を起こす。峠を越えた山村に戻るのは面倒で街の宿は高すぎるため、ラリー期間ふたりはここに泊まり込んでいたのだ。

 

 窓から見たモナークの街は光り輝いていた。道路に少し積もっていた雪は融け、一部の舗装は乾きだしている。Tシャツとパンツ一枚の姿で一階の事務所に走り下りたマリンが見た窓の外の温度計は既に9℃。マイナスではなくプラスの9℃。

 

 事務所のソファで寝ていたジャンも起きて、マリンの恰好を見てちょっと鼻の下を延ばしつつ、温度計の前に行って驚き、事務所のポストから新聞を取ってきて机に広げた。

 

「やっぱり今日の天気予報は最低気温-5℃で雪、風強く波高し。なんだこれ」

 

 ジャンが言う。ニコも(しっかりTシャツとデニムを履いて)2階から降りて来て頭を抱える。

 

 運命とは皮肉である。

 

 持っているダブルアールには全部スパイクを打った、打ってしまった。この路面で使えるタイヤがない。夏用のタイヤすら峠を越えたマリンたちの村に使い古しがあるだけだ。3名は頭を抱える。朝食のパンもコーヒーも味がしない。

 

 

 大きな天候変化のために最終日の競技前に各チームに10分のタイヤ交換時間が与えられた。だがマリンたちにはタイヤが無い。プチトを使っている他チームも回ったが持っていても自分たちの分だけだと断られた。

 

 とりあえず最初の移動区間とスペシャルステージはスパイクタイヤで走って、その間にスパイクを抜いたダブルアールを用意するしかない。

 

 タイヤの問題だけではない。馬力のないプチトでシュタルクQ11を抜いたのは軽量さとFFならではのフロントのトラクションの他にマリンの地元走りがある。冬のラリーでは壁当てというテクニックがある。除雪で作られる壁には日照や除雪のタイミングなどで車を当てると車が壊れる壁と柔らかくて車が壊れない壁、そして埋まってしまう壁があるのだ。丁度良い硬さの車が壊れない壁があるコーナーにはオーバースピードで進入出来るし、擦り当てたままアクセルをより早く踏み込める。それで生み出すのがコンマ数秒の差でも、積み重ねれば目に見える差になる。それが冬のラリーの走りだ。

 

 もちろんワークスチームなどはその条件も考慮してレッキを行うが、地元の人間にはかなわない。しかもマリンたちには除雪のプロのチカがいる。普段の練習とチカの情報で作られたローカルだけしか作れない脳内の緻密なコースマップがマリンとニコの最大の武器だったのだ。

 

 それがこの急激な気象変更では無き物となってしまう。壊れる壁と壊れない壁がわからなくなる。当てると埋まる壁が増えるし、ヘタに当ててプラス気温で雪壁から崩れ出た水を含んだザクザク雪に両輪乗せてしまうと、たとえ差動制限装置(LSD)を組み込んだFF駆動方式のプチトでもスタックして動けなくなる可能性すら出てしまう。

 

 さらに後輪に駆動がないFFの、エンストに気を使わなくていいハンドブレーキによるスライドでのリスク回避や鋭角コーナーの対処という利点の使いどころも減ってしまう。

 

 そして当然路面状況が良くなるほど馬力の差は効いてくる。マリンとニコは武器を剝がされてシュタルクQ11から逃げねばならなくなったのだ……

 

 

 

7.追う者たち

 

 

「これは絶好のラリー日和だな。シュタルクQ11の強さを存分に発揮できる」

 

 最終日、スタート前のタイヤ交換をケーニッヒは笑顔で見守る。

 

「本当にこのタイヤでいいのか、まだ少しは路面に融け残りの雪もあるかもしれん」

 

 マーカスが心配そうに言う。

 

「俺が、俺たちが作っているタイヤだぞ。大丈夫、大鷲さんの情報のとおりならコイツで3分56秒の差を跳ね返せる!」

 

 ケーニッヒたちのシュタルクQ11はここまでオルクセン王国のタイヤメーカーであるブリュッケ社の競技タイヤ、ダンクRを履かせていた。何度もシュタルクに勝利を与えて来た冬のスパイクタイヤだ。プラージュ社のRR-13に負けるとは思っていない。大鷲とはシュタルクチームの文字通り大鷲族の偵察員たちの総称だ。早朝から彼らはモナークの街の道路をチェックしていた。

 

 路面の雪は融けた。そして彼らはGPコースをメインとした最終日の街中心の行程ならばダンクRよりもいいタイヤを持っていたのだ。

 

『ズィーベンアインス』

 

 シュタルク社が開発中の水平対向ターボエンジンを積む新型スポーツカー、シュタルクQ59に純正標準タイヤとして履かせるため、ケーニッヒの運転でテスト中な開発番号71のスーパースポーツタイヤだ。このラリーに舗装用タイヤはいらないだろうが、もし必要なら使えるし、道路が乾けばラリー後に7℃以下での低温テストも出来るだろうと4セットだけブリュッケ社のトラックに積んであったものだ。

 

 タイヤは市販品などという規則はない。Q59用に作られたズィーベンアインスならばQ11のパワーを受け止めるのも造作もないし、純正標準タイヤとして雨でも低温でもターボパワーを安全に道路に伝える最新のゴムコンパウンドと溝設計をしている。現時点世界最高のタイヤと言っていいタイヤだ。

 

 追う者と追われる者が入れ替わり、最後の追撃戦の火蓋が切られる。

 

 

 なお、行方不明になっていたオークとコボルトの2名の子供は捜索隊に無事に発見されていた。子供にはつらい寒さだったがプラス気温の中、身を寄せて留まっていたため低体温症になるコトもなかった……

 

 

 

8.あとは命だけ

 

 

 最初のスペシャルステージだけで2分43秒のリードを喪失、残酷な数字がマリンたちを襲う。スーパースポーツタイヤと舗装をスパイクタイヤで走る差、勿論それも大きいが、一度、刺さってはいけない雪の壁に刺さってしまって妖精さんに押された。それだけで1分以上のロスになったのだ。

 

「畜生、やっちまった!」

 

 サービスパークに戻って来たマリンが頭を抱える。残りのスペシャルステージはあと4つ。リスクを覚悟して走った結果だから仕方ない。次からはスパイクを抜いたダブルアールを使えるが、マリンの失敗を抜いてもケーニッヒたちのシュタルクQ11は速い。1キロあたり1秒の差で勝負にならないとされる中、スパイクを抜いたダブルアールでもそれどころじゃない差をつけられそうだ。残るスペシャルステージ、厳しすぎる闘いが続く。

 

「それぐらいのミスは仕方ない。しかもあいつら凄いタイヤを使っているようだよ」

 

 ジャンが言う。止まっているシュタルクQ11の薄くて大径のタイヤには回転方向の矢印と71という数字が白いペンキのステンシル(くりぬいた紙の上からスプレー塗装して文字を描く方法)で描かれていたのだ。

 

「回転方向?タイヤの回転方向が決まっているタイヤがあるの?」

 

 ニコがジャンに聞く。

 

「そんなの聞いたこともないよ。でも矢印が書いてあった、考えてみれば回転方向が決まってた方が性能は出せる気はするな」

 

「くそーワークスチームはえげつないな……」

 

「大丈夫、マリン?」

 

 チカが声をかける。

 

「ああ、でも打つ手がない……ニコ、私に命をくれるか」

 

「いや、もうあなたに渡してるでしょ、私の命は」

 

 ニコがマリンに後ろから抱きついて笑顔でいう。

 

「もう私たちの武器は命ふたつだけ。全てのリスクを受け入れて走って、走って、走って、それでダメならそれまでだ」

 

 直接追われるコトは無かった。ただスペシャルステージの後に張り出されるタイム表が追われる者の心を削っていた。

 

 そして、舞台は最後のスペシャルステージへ。既に2台の差は14秒。3.337kmのコースを2周。マリンはここまでとんでもない走りをしていた。最後のステージにはジャンが走り回ってみつけてきた夏用のスポーツタイヤを履ける(使い古しだが)。それでも、それでも魔法の靴を履いたシュタルクQ11は悪魔のような速さを見せる。

 

 

 

 最後のスペシャルステージ、マリンとニコは奇跡を迎える闘いに出た。小さな馬車で、貰い物の中古の靴で。

 

 

 

9.夢の終わりに

 

 

「ええ、我が王はこなかったの?アンファングリアのお姉さんもいないの?!」

 

ケーニッヒがシュタルクQ11のフロントボンネットに登りながら言う。

 

 

「ああ、なんでも朝から体調不良で御用列車で帰ったらしい。我が王ももうトシかなぁ…」

 

 ゲーンが言う。ゲーンも我が王と歳はさほど変わらないのだが。

 

 ボンネットに登ったケーニッヒとマーカスはモナーク市長に銀色の優勝杯を渡されて笑顔で手を上げた。チームの皆と、今度は綺麗に帰って来たシュタルクQ11と共にフラッシュの洪水を浴びたのだ。

 

 そして彼らの履いた魔法の靴、ズィーベンアインスは最後のテストを待たず、この勝利をもってシュタルクQ59純正標準タイヤ採用が決まった。残念ながら国際自動車製作者選手権優勝も視野に入れていたシュタルクQ59がこのラリー・モナークチェリオを走るコトはなかったのだが。

 

 

 結果は残酷だ。マリンとニコのプチトは残りわずか300mを残して19のコーナーのうち17個目のコーナー出口でリヤタイヤがバーストしてリタイヤした。バーストさえなければ0.3秒を残して優勝していたかもしれない。誰が見てもリスク無視とわかるその走りは観客全ての心をつかんだが、しかしリザルトに残るのはDNFの文字、リタイヤの印だけだ。

 

 ふたりの命を守ったプチトはもう2度とラリーを、公道を走るコトはなかった。右フロントと左リアを全損状態まで潰したそのプチトはベルナール商店の看板車として2度目の車生を過ごすコトとなった。

 

 

「あーもう金ないし、ラリーも終わりだな。まあ良く頑張ったわ、わたしら」

 

 ベルナール商会の文字の入った白いレーシングスーツを半身だけ脱ぎ、袖を腰に巻き付け、上半身は緑の太い線ベルナール商会の文字の入ったクソダサTシャツを着たマリンがビールをあおる。病院に運ばれたふたりは表彰式も見ず、プチトはジャンとチカにまかせて治療が終わってすぐに馴染の酒場で飲んでいたのである。

 

「まあ、一度撃墜は出来たしね。私も農村の華に戻るわ」

 

「華ぁ?だいたい骨折した日はビールなんて飲んじゃダメなんだぞ」

 

「麻酔よ麻酔!すっごい痛いんだからヘタクソ」

 

 同じ服装のニコは左腕を骨折していた。素直に折れた単純骨折なので即当て板とギプスで固定されてあとは待つだけだ。

 

「ヘタクソだぁ?そのヘタクソに命預けた人間が骨折ぐらいでギャーギャー騒ぐな!」

 

 

 ケンカ5秒前というタイミングでふたりの前にオークとコボルトが現れた。レーシングスーツを着てきちんと首までジッパーを閉めたケーニッヒとマーカスだ。

 

「すまんが勝たせてもらった、それだけ言いたくて。見事な走りだった」

 

 頭を下げながらマーカスが言う。

 

「こっちはただのDNFだ。あんたらに頭下げられるなにもねぇ」

 

「いやいや、俺の尻を舐めにきたエルフの顔が拝見したかったんだ、ちょっとこれから……」

 

「もういいだろ、ホテルに戻るぞ。明日も仕事だ!」

 

 鼻の下を延ばしだしたケーニッヒのむな……腹ぐらを捕まえて引っ張りながら小さなマーカスが言う。ダークエルフが好きなら白エルフも好きになって当然だったか……マーカスはケーニッヒを連れて来たコトを反省しつつ、酒場を後にしようとする。

 

「あんたら、来年も出るんだよな、出るよな!」

 

 ケーニッヒが名残惜しそうに振り向きながら叫ぶ。だがそう聞かれてもマリンとニコからは苦笑いしか出ない。出たいけど、無理なんだ……

 

 

「なによあいつら!」

 

「まったくだわ、負け犬の顔見に来ただけじゃない!勝ったんなら今日の飲み代ぐらい奢っていけよ!!」

 

 ニコがキレる。しばらくは借金生活だからふたりには最後の晩餐みたいなものなのだ。

 

「その飲み代、私に払わせてはもらえないかな?」

 

「誰だあんたは?」

 

 ニコが酒場の奥からやってきた赤いシャツを着たほぼ人間サイズの金の毛色で碧眼のコボルトに反応する。

 

「私はアウグスタ・バジーナというクワトロ社の者です」

 

 アウグスタと名乗るコボルトは名刺をテーブルに置く。『クワトロ社 社長室 アウグスタ・バジーナ』というのが彼の肩書のようだ。

 

「クワトロ社ってオルクセン王国の新進自動車メーカーじゃない。どうして私たちに?」

 

 ニコが尋ねる。ほんの少しだけ私に惚れたかと思う程度にはビールがまわっていた。このコボルト、多分コボルト界ではとんでもない美形なのだろうなどと……

 

「実は我々クワトロ社も国際自動車製作者選手権への参加を考えていまして、今日のおふたりの走りを見て、開発ドライバーとして、さらに車が完成した暁にはワークスドライバーとナビゲーターとして協力していただきたいと思いまして」

 

「でもあんたのトコは実用車の開発が終わったところじゃなかったか?シュタルク社に勝てる見込みがあるのか?」

 

 マリンが聞く。まだラリーに出る状況じゃなかろうに、なにを言っているのだろうかこのコボルト?

 

「実は私どもはラリーに最適な四輪駆動方式のアイディアを持っていまして。ラリーの勝利をもってスポーツカーと高級車市場に参入したい。ただ残念ながらラリー自体のノウハウがなく、あなた達に協力してもらいたいのです。もちろん他社のメカニックなどにも声をかけていますが」

 

「何年で勝つ見込み?」

 

 ニコが尋ねる。

 

「15年です。5年やそこらで勝てる車を作れるとは思いません。チームも育てなければならないですし。エルフのあなたたちからすればさほど長い期間ではないでしょう?」

 

「現実的な数字ではあるわね、で、私たちに飲み代の他にいくら払えるの」

 

 ニコが引き続き尋ねる。金がらみの話はマリンよりニコなのだ。

 

「一応契約書を用意しております、ちょっと見てもらえませんか?」

 

 アウグスタが鞄から書類封筒を取り出した。中から出した契約書には既にふたりの名も書かれている。給与は……

 

「マジか、契約金だけでしばらくいい暮らし出来るぞ」

 

「いやいやコレは嘘でしょ?私の年収高すぎ?!」

 

 マリンもニコも驚く。酔いが消えそうな契約金と年俸が書かれてた。

 

「あとは下のこの欄にサインしていただくだけです。私たちは新進企業ですが、資金は潤沢です。なんなら我が社の車を使わない競技参加についても資金提供が可能ですが」

 

「ならあとふたり雇ってくれないか。ウチのチームのチカとジャンって言うんだ。必ず役に立つから」

 

 マリンが言う。ふたりが仕事を受けるかはわからないが、この誘いに参加させない手はない。自分たちも仕事がやり易くなるのは間違いないし……

 

「あなたのチーム員ですね、わかりました。確かにあのチカというエルフは色々と役に立ちそうですし、ジョンという男もなかなか気が回りそうでしたな」

 

(こいつ、いつから私たちを見てたんだ?まさか逆バンクの秘密も知ってるんじゃないだろな。コボルトだから魔術通信も出来るし……)

 

 ニコは思う、思ったが隣では既にもうマリンが契約書にサインしていた。

 

「昔ウチの姉さんに夜の酒場で契約書にサインはするなってさんざん言われたけど、このチャンスを手放すコトもないよな」

 

「まあ、そうよね。ダメだろうが私たちにはもう命しかないからね。オルクセンに行って喉元から噛みつくのも悪くはないわね」

 

 ニコもアウグスタが用意した契約書にサインした。

 

 

 ふたりはきっかり15年後、クワトロ社のラリーカーで本当に今日取り逃した銀の優勝杯を、いや、なんなら来年プチト(隠れクワトロワースク車)で銀の優勝杯を手にするコトになるとは思ってなかった。

 

 そしてこの酒場に、ふたりのDNFの繰り上げで本日2位となったグロワール帝国レデレー社がクワトロ社の倍近い年俸の契約書と新車のレデレーα110の鍵を持って向かって来ているコトも。

 

 

 

 なお、オルクセン国王グスタフは帰りの御用列車の中でうなされながら「久しぶりで調整がうまく行かなかった」「幸せの青い鳥が見たかったのに」などと意味不明なことばをつぶやいていたという。そして、三日寝込んで体調は戻ったという……

 

 

 

 

~ おしまい ~

 




最初は「一機撃墜!」で終わる話でしたが、どうにもオルクセン王国成分が少ないのでこんな話になりました。

大好きな少将さまは時代の歪みが出そうなので自分の筆力では出せませんでした。

書いていて、ちょっと調べたりしてあの車がまた好きになりました。
すがやみつる先生の「ひみつ指令マシン刑事999」に出ていたあの真っ赤な車です。

ハーメルンはXで勧められて初めて使わせていただきました。
なにか思いついたらまたなにか書きたいと思いますので、皆さまよろしくお願いします!

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