ゼロは、再びネオ・アルカディアの深部へ足を踏み入れていた。
崩壊した通路。
砕けた瓦礫。
焼け焦げた金属の匂い。
シグマウイルスの残滓が霧のように漂う空間は、まるで死んだ都市の墓場だった。
その中を、ゼロは静かに歩いていく。
傍らには、淡い光を放つ存在――マザーエルフ。
かつてダークエルフと呼ばれ、人類とレプリロイドを破滅へ導いた存在。
だが今は違う。
暖かな光だった。
優しく、静かで、どこか悲しげな光。
その光を見ていると、ゼロはふと思う。
(エックスなら……きっとこうしたかったんだろうな)
イレギュラーを破壊するのではなく、救う。
敵ですら、可能なら正気に戻したいと願う。
甘い。
あまりにも甘い理想だ。
だが。
その理想を最後まで捨てなかったからこそ、エックスは救世主だった。
そして自分は、その友だった。
なら。
最後ぐらい、その理想に付き合ってもいい。
ゼロは静かに目を閉じ、再び前を向いた。
残る敵は二人。
VAVA。
そしてシグマ。
この二人を止めれば、本当の意味でイレギュラー戦争は終わる。
長かった悪夢も。
自分の因縁も。
全部終わる。
通路を進む。
途中、イレギュラー化したレプリロイドの姿はない。
恐らく以前、自分が破壊したのだろう。
あるいはシグマが別の用途に使ったのだろう。
嫌な予感が胸を過る。
だが今は進むしかない。
立ち止まっている時間などなかった。
(これ以上、犠牲者を出すわけにはいかない)
その時だった。
嫌な気配。
瞬間、ゼロは横へ飛ぶ。
直後。
轟音と共に、元いた場所が吹き飛んだ。
壁面が抉れ、熱風が通路を焼き抜ける。
ゼロは静かにセイバーを構えた。
「……VAVA」
煙の向こう。
巨大な機体にもたれ掛かるように、VAVAが立っていた。相変わらずの不敵な笑み。その目には、狂気と執念が宿っている。
「よぉ、ゼロ」
VAVAは静かに問いかけてきた。
「オメガを倒したみてぇだな」
「……ああ」
「自分の本物の体だったんだぞ?」
VAVAはニヤリと笑う。まるで……あざ笑うかのように。
「惜しくはなかったのか?」
「惜しくなんかない」
ゼロは即答した。
「俺は、お前みたいにはならない」
「――はっ!」
それを聞いてVAVAは愉快そうに笑った。そして自分の傍らにいる、マザーエルフに視線をやり、自身に視線を戻す。何をするのかが分かっているかのように。
「マザーエルフ……か」
視線がもう一度マザーエルフへ向く。
「そいつで俺やシグマを浄化するつもりか?」
「……そこまで分かっているなら話は早い。無力化させってもらうぞ、VAVA」
「ククッ……」
VAVAは笑う。だがその笑みには、どこか別の感情も混じっていた。
「――いいぜ?」
「……何?」
「やれって言ってんだよ。抵抗はしねぇよ」
VAVAは両手を広げた。
「俺をイレギュラーじゃなくしたいんだろ?」
ゼロは目を細めた。罠か。そう考える。当然だ。今までのVAVAなら、絶対に抵抗していたはずだ。だが。目の前のVAVAには、本当に敵意が薄い。
いや。正確には違う。戦意はある。だが、それ以上に――何かを試している。
(……何を考えている)
分からない。だが。ここで戦闘を回避できるなら、それに越したことはない。シグマとの決戦を考えれば、エネルギーは少しでも温存したい。
ゼロは静かに頷いた。
「マザーエルフ」
暖かな光が、ふわりと前へ出る。
「頼む」
マザーエルフは静かにVAVAへ近づいていった。ゼロは油断しない。いつでも動けるよう、セイバーを構えたまま。
視線を外さない。そして。マザーエルフの光が、VAVAを包み込んだ。
暖かな光。
優しい光。
まるで傷を癒すような、静かな波動。VAVAは動かない。ただ黙って、その光を受け入れていた。時間だけがただ過ぎていく。
五分。
十分。
やがて。
光が少しずつ薄れていった。マザーエルフは静かにゼロの傍へ戻る。成功した。ゼロはそう確信しかけた。だが。
「……なるほどな」
VAVAが呟いた。その瞬間。銃口がこちらへ向いた。目が細くなる。そして。轟音。巨大な弾丸が一直線に放たれた。ゼロは即座に跳躍。爆風が通路を吹き飛ばす。
「……っ!」
「ハハッ!!」
VAVAが笑っていた。
「やはり駄目か! VAVA……!」
「――消えてねぇよ!」
VAVAは頭を掻きむしり叫んだ。
「シグマウイルスは消えた! 頭の靄も晴れたさ!」
だが。
その目はギラギラと輝いていた。
「でもな、ゼロ!」
VAVAは吠える。
「俺は元々こういう奴なんだよ!!」
ゼロは目を見開く。
「……何?」
「俺はイレギュラーだから暴れてたんじゃねぇ!」
VAVAは笑った。それはイレギュラーではできないような笑みだった。
「最初から、こういうレプリロイドなんだよ!!」
その言葉。その狂気。だが同時に、妙な納得もあった。確かに。VAVAはシグマウイルス以前から危険視されていた。
力を求め。
戦いを求め。
エックスとも衝突していた。つまり。これは。浄化では変えられない。VAVA自身の意志。
「だからよぉ、ゼロ」
VAVA機体に乗り込んだ。
「続きをやろうぜ」
口元が吊り上がる。
「今度こそ決着だ」
ゼロは静かにセイバーを構え直した。
理解した。
この男は。シグマみたいに狂わされた存在じゃない。最初から、こういう存在なのだ。なら。もう言葉はいらない。
「……ああ」
ゼロは低く呟いた。
「来い、VAVA」
☆ ☆ ☆
俺は理解していた。
自分がイレギュラーウイルスに侵されていないことを。
マザーエルフの浄化の光を浴びた瞬間、確信したのだ。頭の奥にこびりついていたノイズは確かに消えた。妙な高揚も、破壊衝動を煽るような熱も消えている。
だが――。
それでも俺は、俺だった。
胸の奥で燃え続ける感情は消えていない。エックスへの苛立ちも。ゼロへの執着も。自分こそが最も優れた存在だという確信も。
何一つ消えていない。
だからこそ、笑えた。
「ククッ……」
ネオ・アルカディアの崩れかけた通路で、VAVAは肩を震わせた。
目の前にはゼロ。紅い装甲を纏った、かつての伝説。劣化した体。それでもなお、自分を超え続ける男。だからこそ気に入らない。
「なぁ、ゼロ」
VAVAは低く呟く。
「なんでお前はエックスを選んだ?」
次の瞬間、マシンのキャノンが火を噴いた。爆音。狭い通路を埋め尽くすエネルギー弾。だがゼロは壁を蹴り、最小限の動きで回避する。
気づけば吠えていた。
「あいつに可能性があったのは認めてやる! 悔しいがな!!」
さらにキャノンを連射する。
「だが俺は! エックス以上に世界を変えられた!!」
爆発。
壁が吹き飛び、火花が散る。ゼロは瓦礫の中を滑るように駆け抜ける。その動きは相変わらず無駄がない。気に食わないほどに。
「俺は自分の意思で狂ってる!! そんなレプリロイド、他にいるか!? シグマですら切っ掛けはお前だ!!」
マシンを加速。地面を砕きながら突進する。
「俺こそが本当の可能性を持ってるはずなんだ!!」
拳を振り下ろす。だがゼロは、紙一重で回避した。ほんの数センチ。それだけの差で。マシンの拳は床を粉砕する。
「VAVA!」
ゼロが叫んだ。
「確かに、お前が自分の意思で狂っているのには驚いた!」
セイバーが閃く。VAVAは機体を捻り、刃を避ける。
「だが、お前はイレギュラーだ!!」
「ハッ!!」
「イレギュラーなら狩る! それだけだ!!」
その瞬間。ゼロが一気に踏み込んできた。速い。だがVAVAは笑う。
その程度、読めている。
「甘いんだよ!!」
マシンの腕部を変形。
至近距離から砲撃を叩き込む。
爆炎。
煙。
しかし。ゼロはもうそこにいない。背後。
「……っ!」
セイバーが機体を浅く斬り裂いた。火花が散る。VAVAは笑った。傷つくことすら愉快だった。
「いいや、違う!!」
VAVAは振り返りながら吠える。
「エックスは死んだ!! 甘ちゃん野郎は死んだんだ!!」
砲撃。
ゼロは低く跳び、それを避ける。
「ゼロ!! 結局お前は間違えたんだよ!!」
VAVAの目が狂気じみた光を帯びる。
「お前たちは百年以上経っても! シグマとの因縁に決着をつけられてねぇ!!」
叫びながら突撃する。
「それがお前の間違いの証拠だ!!」
「……VAVA、お前」
「ああ、そうだ!! 世界を変えられるのはエックスじゃねぇ!!」
拳を握り締める。確信を込めて叫んだ。
「このVAVAだ!!」
そして。
まるでずっと胸の奥に溜め込んでいたものを吐き出すように。
「何故だゼロ!!」
声が震える。
「何故お前はエックスを選んだ!!」
さらに叫ぶ。
「何故俺を選ばなかった!!」
一瞬。
通路に静寂が落ちた。ゼロは静かにVAVAを見る。その視線には憐れみも嘲笑もない。
ただ真っ直ぐだった。
「……VAVA」
低い声。
「もしかしたら、お前が俺やエックスと仲良くなっていた可能性もあったのかもしれない」
「ふざけるな!!」
VAVAは即座に怒鳴った。
「エックスは否定しろ!! あの甘ちゃん野郎は!!」
ゼロは静かに首を振る。
「……だが、そうはならなかった」
セイバーを構える。
「お前は最初から危うかった」
「何だと?」
「お前は力に酔っていた」
ゼロは続ける。
「向上心じゃない。ただ力を振り回していただけだ」
「……」
「お前は、ずっとエックスを見すぎていた」
「エックスと違って、お前が英雄になれなかった理由は一つだ」
ゼロは真っ直ぐ自信を見て言った。
「お前は、エックスに囚われていた。嫉妬していたんだ」
「……嫉妬だと?」
気づけば声が低くなっていた。
「この俺が?」
「VAVA」
ゼロが静かに言った。
「お前はエックスを甘ちゃん野郎と言っていたが……」
そして。自信にとって決定的な一言を放つ。
「本当は、お前はエックスのようになりたかったんじゃないのか?」
その瞬間。
自分の表情から笑みが消えた気がした。
☆ ☆ ☆
VAVAが気づいていないことを、ゼロは口にしてしまった。
だが、言葉にした瞬間、確信する。
――VAVAは、エックスになりたかったのだ。
無限の可能性を持つ者。誰かに認められ、希望を託される者。力ではなく、在り方で人を惹きつける存在。それがエックスだった。
そしてVAVAは、それを否定し続けながら、誰よりも眩しく見ていた。
(……哀れな奴だ)
ゼロは静かにセイバーを握り直した。
もし。ほんの少しでも違っていたなら。VAVAが力だけではなく、誰かと共に歩く道を選んでいたなら。エックスに歩み寄り、自分とも並んで戦う未来を選べていたなら。
この男は、世界の敵にはならなかったかもしれない。
自分たちと共に。イレギュラーと戦うハンターになっていた可能性もあった。だが、その可能性は潰えた。VAVAはイレギュラーウイルスに狂わされたのではない。
最初から、自らの意思で狂っていた。それが決定的だった。そして、それでもなお。ゼロのやることは変わらない。
イレギュラーは斬る。それだけだ。例え相手に事情があろうと。例え哀れだと思おうと。今さら立ち止まることはできない。
今まで斬り捨ててきたもののために、何度も苦悩し出した結論。迷わないという決断。これを翻すことはできない。
「――あっはっはっはっは!!」
VAVAが笑った。狂ったように。いや、違う。どこか吹っ切れたように。
「ハハハ!! そうか!! そうなのか!!」
両腕を広げ、空を仰ぐかのように。
「俺は……あいつに憧れてたのか!!」
その顔には怒りと、自嘲と、悔しさが混ざっていた。
「……くそが」
低い声が漏れる。
「認めねぇ。認められるかよ……!」
VAVAは搭乗していた大型機体から飛び降りた。着地と同時に、床が砕ける。だが、ゼロは動かない。視線を見れば分かった。VAVAは理解している。もう後がないことを。
そして、ここで決着をつけるつもりなのだと。
「ここで、エックスなら」
ゼロは静かに言った。
「お前に手を差し伸べていたのかもしれない」
VAVAは鼻で笑う。
「はっ」
「だが、お前の罪は多すぎる」
ゼロはセイバーを構えた。
「俺の手で斬る」
「それが情けってか?」
「……ああ」
短い返答。
VAVAは少しだけ黙り、そして笑った。
「そうかよ……」
肩を回す。砲口が熱を帯びる。
「なら決着をつけようぜ、ゼロ」
その目には、もはや迷いはなかった。
「俺がお前たちよりも可能性を持っていることを証明してやる」
「……行くぞ、VAVA」
次の瞬間。二人は同時に地面を蹴った。爆音。通路を埋め尽くす衝撃。VAVAの肩部キャノンが火を噴く。巨大なエネルギー弾が一直線にゼロを襲った。
だがゼロは走る。最小限の動きで。紙一重で。弾道を読み切り、すり抜ける。VAVAの射撃は正確だ。だからこそ読みやすい。
「チッ!!」
VAVAが舌打ちする。さらにバスターを連射。左右から挟み込むような弾幕。だがゼロは低く滑り込み、壁を蹴り、空中で体を捻る。
まるで未来を知っているような回避。そのまま一気に懐へ潜り込む。
「速ぇ!!」
VAVAが反応する。だが遅い。ゼロのセイバーが閃いた。一撃。VAVAの右腕関節を切断。
火花が散る。
「ぐっ!!」
二撃。
左腕が宙を舞う。だが。VAVAは笑った。
「ハハッ!! まだだ!!」
切断された腕など気にも留めず、至近距離から肩部キャノンを発射しようとする。ゼロは即座に踏み込んだ。セイバーを砲口へ突き刺す。
「なっ!?」
捻る。金属音。砲口が内側から破壊された。暴発。爆炎。VAVAの体勢が崩れる。その隙を逃さない。ゼロの拳がVAVAの首元へ叩き込まれた。
衝撃。
VAVAの視界が揺れる。さらに。足払い。
「ぐぁっ!!」
VAVAの体が地面へ叩きつけられる。その瞬間。
ゼロはキャノンを根元から切断した。武装を全て奪い去る。残されたのは、満身創痍のVAVAだけだった。ゼロは静かに歩み寄る。
そしてセイバーをVAVAの首筋へ突きつけた。熱を帯びた刃が、VAVAの装甲を照らす。
「VAVA」
自分の声は思ったよりも低かった。あるいは……後悔していたのかもしれない。他に道があったのではと。だが、もう道は定まった。
「最後に言い残したいことはあるか?」
しばしの沈黙。VAVAは天井を見上げる。壊れた通路。崩れた世界。
「……ゼロ」
VAVAは笑った。
今度は静かに。
「シグマや、シグマのサプライズゲストに負けるなよ」
「……何?」
「お前は最強であってくれ」
ゼロが眉をひそめる。
「サプライズゲスト、だと?」
聞き返した。だが。VAVAはもう答えない。静かに。自分から前へ出た。ゼロのセイバーへ。まるで、自ら処刑台へ向かうように。
「……っ」
刃が貫く。
胸部を。
コアを。
VAVAの体が小さく震えた。
「ゼロ……」
最後に、VAVAは笑った。
「次は……負けねぇ……」
そして。光が消える。機能停止。静寂が訪れた。崩壊した通路に、沈黙だけが残る。ゼロはしばらく動かなかった。
VAVAの最後の言葉。サプライズゲスト。その不穏さが、胸に引っかかる。だが。今は立ち止まれない。ゼロは静かにセイバーを収めた。
そして、VAVAの亡骸に背を向ける。
「……行くぞ、マザーエルフ」
暖かな光が、静かに寄り添った。
ゼロは歩き出す。
この先に何が待っていようとも。
例え、どれほど残酷な真実が待っていようとも。
自分は止まらない。
友が守ろうとした世界を守るために。
そして。
全ての因縁に決着をつけるために。
VAVAと決着。
次回……今作のヒロイン登場
シエルも好きだけど、やっぱり元祖ヒロインもいい物だよね!