羊たちが運んできた宇宙 【Welcome Humanity】 作:ヒツジ(ラム肉
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銀河経済新聞 速報
> 【速報】
ヒツジコーポ製食料、 外縁七星系にて正式流通開始。
一部地域で食料価格最大82%下落。
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同時速報
> 農業関連株急落。
一部輸送企業、 経営危機。
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第八居住星系 中央市場
市場は人で溢れていた。
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パン。
肉。
果物。
酒。
加工食品。
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全部安い。
異常なほど。
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市場のおばちゃんが、 パンを抱えながら叫ぶ。
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> 「ちょっと待ちなさいよ!」
「これ昨日の半額じゃない!」
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ヒツジ販売員。
端末を見ながら。
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> 「本日の入荷量増えましたので。」
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> 「あと発酵効率改善しました。」
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おばちゃん。
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> 「知らないわよそんなの!」
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でも笑っていた。
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横では。
若い父親が、 肉の塊を見つめていた。
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> 「……これ買えるのか?」
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店員。
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> 「買えます。」
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> 「本日特価です。」
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父親。
しばらく黙る。
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> 「娘、 ちゃんとした肉初めてかもしれん……」
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隣で小さな女の子が、 ヒツジ製らしい串焼きを頬張っていた。
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> 「おいしい!」
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父親。
少し泣きそうな顔で笑う。
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> 「よかったなぁ……」
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市場中央通路
以前なら高級品だった果物が、 山のように積まれていた。
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若者たちが騒ぐ。
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> 「見ろよこれ!」
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> 「一個買っても昼飯代より安いぞ!」
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> 「宇宙人やべぇ!」
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ヒツジ販売員。
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> 「本日おすすめは柑橘系です。」
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> 「ビタミン不足改善に役立ちます。」
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学生らしき若者。
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> 「ビタミンってそんな気軽に言うなよ!」
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笑いが起きる。
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だが市場の奥。
別の空気もあった。
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市場裏通り
シャッターの降りた倉庫。
止まった搬送機。
誰もいない荷積み場。
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輸送会社の男たちが、 煙草を吸っていた。
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> 「終わりだなぁ」
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> 「あいつら、 直接持ってくるもんな……」
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> 「しかも速ぇし」
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若い作業員。
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> 「軍の護衛付きだぞ?」
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別の男。
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> 「あれ輸送船なんだろ?」
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沈黙。
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> 「嘘だろ……」
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農業区画
シュガリヴィは、 以前取材した農場へ向かった。
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広い温室。
静かだった。
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以前なら。
機械音。
人の声。
搬送車。
土の匂い。
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今は。
風しかない。
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農場長のおっちゃんが、 コンテナに座っていた。
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シュガリヴィ。
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> 「……どうですか。」
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おっちゃん。
少し笑う。
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> 「記者さんよ。」
「“どうですか”で済む顔か?」
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シュガリヴィ。
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> 「すみません。」
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おっちゃん。
空を見る。
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遠く。
ヒツジ輸送船。
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> 「まぁでも。」
「子供らは腹いっぱい食ってる。」
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少し沈黙。
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> 「昔はな。」
「栄養剤だけの日もあった。」
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土を触る。
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> 「……負けたんだろうな。」
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シュガリヴィ。
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> 「ヒツジに?」
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おっちゃん。
首を振る。
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> 「時代にだよ。」
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銀河議会中継
巨大モニターの向こう。
議会は荒れていた。
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> 「異星文明依存は危険だ!」
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> 「だが飢餓率は激減している!」
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> 「市場が崩壊している!」
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> 「市民は歓迎している!」
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> 「国家主権の問題だぞ!」
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> 「じゃあお前が食料用意しろ!」
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怒号。
野次。
机を叩く音。
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その映像を、 市場の酒場で人々が眺めていた。
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酒場のおっちゃん。
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> 「議員どもより、 ヒツジの方が飯運んでくるな」
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笑いが起きる。
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だが誰も、 完全には笑えなかった。
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ヒツジ物流港
夜。
港はまだ動いていた。
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コンテナ。
ドローン。
搬送車。
ヒツジ社員。
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全員働いている。
淡々と。
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誰かが積荷をひっくり返して怒鳴られていた。
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> 「だから重い方を下に!」
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怒られているヒツジ。
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> 「すみません……」
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人類史を変えた宇宙人が、 普通に仕事で怒られていた。
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別のヒツジたちは、 食堂らしき場所で休憩していた。
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机の上。
大量のサンドイッチ。
発酵飲料。
果物。
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一匹がぼそっと言う。
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> 「人類、 思ったより糖分好きですね」
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別のヒツジ。
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> 「文明によって違いますよ。」
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> 「第四腕部文明なんて、 油脂文化でしたし。」
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シュガリヴィは、 その会話を聞きながら思う。
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こいつら。
他にも文明を知っている。
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その事実が、 急に重く感じられた。
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案内役のヒツジ社員が、 缶飲料を差し出す。
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> 「飲みます?」
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シュガリヴィ。
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> 「……ありがとうございます」
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受け取る。
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少し甘かった。
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ヒツジ社員。
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> 「人類向け調整版です。」
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シュガリヴィ。
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> 「なんでも調整してるんですね」
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ヒツジ。
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> 「食文化重要ですから。」
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本当に、 当たり前のように言う。
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シュガリヴィは、 最後に聞いた。
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> 「あなたたち、 これで人類社会が変わると思いますか?」
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ヒツジ社員。
少し考える。
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> 「変わる?」
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> 「食料流通ですよ?」
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シュガリヴィ。
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> 「市場も。」
「農業も。」
「国家も。」
「全部揺れてる。」
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ヒツジ。
しばらく黙る。
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周囲では、 搬送ドローンが飛び回っている。
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やがてヒツジは、 静かに言った。
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> 「……文明は、 食べるでしょう?」
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> 「なら、 運ばないと。」
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それは。
脅しでも。
演説でも。
思想でもなかった。
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ただ。
“当たり前のこと”
を言っている声だった。
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その瞬間。
シュガリヴィは理解した。
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こいつらは。
人類と根本が違う。
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侵略者ではない。
救世主でもない。
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もっと別の何かだ。
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帰り際。
ヒツジ社員が、 紙袋を差し出した。
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> 「余ったのでどうぞ。」
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中には。
パン。
干し果物。
小瓶の発酵飲料。
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シュガリヴィは、 しばらくそれを見つめていた。
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侵略者に、 パンをもらった。
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その感覚だけが、 妙に頭から離れなかった。
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シュガリヴィ記事 最終稿 抜粋
> 人類は初めて、 異星文明と接触した。
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> だが彼らは、 領土を求めなかった。
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> 彼らは、 宗教を押し付けなかった。
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> 彼らはただ、 市場へ入り込み、 食料を運んできた。
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> そして気づけば、 人類の生活そのものを変え始めていた。
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> これは侵略なのか。
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> それとも発展なのか。
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> 当時の私には、 まだ分からなかった。
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