背中合わせの正義―交わらない最適解   作:深見

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第十四話 逃げ道を消す

 

 

 

 麦わら帽子を被った男は、ただまっすぐロビンを見ていた。

 

「死にてェ!!?」

 

「そうよ!!!」

 

 ロビンの声が、塔の上まで届く。

 

「何言ってんだお前!!」

 

 麦わらは、ロビンの拒絶を聞いても、引かなかった。

 

 普通なら止まる。あるいは、理由を問う。

 

 だが、麦わらは違った。

 

 死にたいなら、助けた後に死ね。

 そう言っているように見えた。

 

 乱暴で、身勝手で、筋も通らない。

 だが、ニコ・ロビンの理屈を踏み越えるには、それくらい雑でなければ届かないのだろう。

 

 やがて、麦わらの仲間達が次々と姿を現した。

 

「おォおォ、続々と……」

 

 カクが呟く。

 

 一人、また一人。

 傷だらけで、息も荒い。

 だが、誰も目の光を失っていなかった。

 

 何を言っても構わない、例え死を望むとしても、その言葉は自分達の側で言え。麦わらはそう続けた。

 

 青いな、とリバーは思った。

 

 青く、甘く、無謀だ。

 それでも、火が灯っている。

 

 その火を掻き消そうとするかのように、スパンダムは麦わらの一味を煽り、バスターコールの存在をちらつかせた。

 

 その言葉に、ロビンの表情がさっと変わる。

 

 彼女は、必死に訴える。

 それを押せば何が起こるか。

 その一度の攻撃が、二十年前に何を奪ったか。

 

 リバーは、ロビンを見た。

 彼女は麦わら達を拒んでいるのではない。

 

 自分と一緒にいれば、いつか彼らが潰れてしまう。あるいは彼らの方から自分を見限る。だから今、自分を切ることで、全てを終わらせる。そういう計算だった。

 

 ロビンの思いをスパンダムは笑い飛ばした。そして、勝ち誇ったように、頭上の旗に向かって指を差す。

 

 あれはただの布ではない。

 世界政府という形そのものだ。

 味方には正当性を与え、敵にはその大きさを思い知らせるための象徴である。ロビンの敵は正しく世界であった。

 

 麦わらが、長鼻の男へ何かを告げる。

 長鼻はそれに応え、青空に炎の鳥が放たれた。

 それは迷いなく空を裂き、世界政府の旗へ向かって飛んだ。

 躊躇いのない一撃だった。

 

 炎が走る。

 布が焼ける匂いが、風に乗って塔に降りてくる。

 

 世界政府の旗が、撃ち抜かれた。

 

「海賊達が……!! 世界政府に宣戦布告しやがったァ〜〜〜!!!!!」

 

 司法の塔全体がどよめいている。その中で、あの一味だけが妙に真っ直ぐだった。

 

 勝算の有無は関係ない。彼らにとっては、仲間を奪う敵がたまたま世界政府だった。それだけなのだろう。

 

 馬鹿か、と最初は思った。

 理屈だけなら、愚かとしか言いようがない。

 

 だが、目は逸らすことはできなかった。

 

「ロビン!! まだお前の口から聞いてねェ」

「生きたいと言えェ!!!!」

 

 ルフィの声が、塔の上の空気を割った。

 命令でも、説得でもない。

 ただ、彼女の本心を引きずり出すための叫びだった。

 

 ロビンが顔を上げる。涙がこぼれた。

 

 その一瞬を、リバーは妙に長く感じた。

 

「……生ぎたいっ!!!!」

「私も一緒に海へ連れてって!!!!」

 

 その叫びが、塔の空気を変えた。

 同時に、跳ね橋がゆっくりと降り始め、下で歓声が上がった。

 

 ジャブラが鼻で笑った。

 

「恐怖の旗を恐れねェとは……!!」

 

 表情には余裕が見える。他の皆も同様だった。

 CP9が全員揃っている。ここまで来たことは認めてもいいが、所詮はルーキー海賊であり、処理は難しくない。そう考えているのだろう。

 

 ブルーノだけは、険しい表情を浮かべていた。

 

 リバーも笑えなかった。

 

 自分を切る女だと思っていた。

 

 そうすることで全体の損失を減らす。

 仲間を残すために、自分を盤面から外す。

 その判断だけなら、理解できた。

 

 だが、その女が今、彼らと共に生きる事を選んだ。

 

 それだけで、麦わら達の顔が変わった。

 勝算が増えたわけでも、兵力が増えたわけでもない。

 

 だが、迷いが消えた。

 それが一番厄介だった。

 

 それだけではない。

 彼らには理屈や脅しが通じない。戦いながら変わり、損得では止まらない。

 

 そして今、ロビンもそちら側へ引き寄せられた。

 これ以上、彼らをロビンに近づけてはならない。

 

 全員で来られると面倒だ。

 

 不意に、爆発音が響き、跳ね橋の動きが止まった。裁判所側の砲撃によるものだった。

 

 スパンダムは勝機を見出し、ロビンを引きずろうとした。その前へ、フランキーが立ちはだかる。

 

 その手にある紙束を見て、ルッチとカクの目がわずかに変わる。リバーも、それが何かを理解した。長い潜入の末にも手が届かなかった物がそこにあった。

 

 プルトンの設計図。

 

 フランキーは、短く語った。

 それは古代兵器を蘇らせるためだけの紙ではない。

 愚かな者が兵器を振りかざした時、それに対抗する手段として残されたものだ、と。

 

 スパンダムは顔を歪め、所有権を主張した。フランキーは取り合わず、その目の前で火を吹いてみせた。

 

 紙は瞬く間に燃え尽きた。

 

 設計者の意を汲んだ。そして、麦わらの一味がロビンを取り戻し、政府の手に渡らないことに賭けた。

 

 ウォーターセブンで過ごした月日は、今目の前で灰に変わってしまった。フランキーの選択により、スパンダムの勝ち筋は一つ消えた。

 

 スパンダムが喚き散らす横で、フランキーと麦わら達が騒ぎ始めた。

 

 その時だった。

 

 司法の塔の内部回線が鳴った。

 

 場違いなほど乾いた音だった。近くにいた役人が、反射的に受話器を取る。

 

「こちら司法の塔上層──」

 

 言いかけた声が止まる。

 

 役人の顔色が変わった。

 

「……はい? いえ、現在は戦闘対応中で……はい、長官はここに……」

 

 スパンダムが振り返る。

 

「何だ!! 今取り込み中だぞ!!」

 

 役人は受話器を押さえながら、恐る恐る言った。

 

「上位照会です。ニコ・ロビン移送協定、麦わらの一味の処遇変更、それから正義の門の開門および護送船手配の根拠について確認が入っています」

 

「今そんな確認いらねェだろ!!」

 

 スパンダムが噛みつく。

 

「海賊共をこれから始末しようってとこだろうが!! 後でまとめて──」

 

「こ、このままでは、護送船の出航命令と正義の門通過の承認が止まります……!」

 

「は?」

 

 スパンダムの声が裏返った。

 

 風の音が、妙に遠くなった。

 

 リバーは目を細める。

 

 これか。

 

 港で見た押印のズレ。

 到着順と日付の不一致。

 緊急処理にしては異なっていた経路。

 書き直された痕のある伝令写し。

 

 嫌な予感はあった。

 

 命令の筋そのものは、雑でも押し通せる。

 現場判断、緊急処理、長官権限。

 後から付けられる言葉はいくらでもある。

 

 だが、書類の通し方が雑すぎた。

 押印の位置、日付、到着順、控えの経路。

 上に拾われる傷が多すぎる。

 

 ただでさえ、過去の処分人数の齟齬でCP9の現場報告は一度目をつけられている。命令対象と実処理がずれれば、照会が入るのは時間の問題だった。

 

 ロビンを連れてくるための協定。

 設計図の回収。

 それらを根拠にした、正義の門の開門と護送船の手配。

 協定の条件に含まれていた、麦わらの一味の安全な出港。

 

 スパンダムは、それを都合よく読んだ。

 ウォーターセブンは出た。

 その上で、エニエス・ロビーまで来た。

 だから条件は満たされた、と。

 

 口頭なら、まだ押し切れたかもしれない。

 だが、命令書としては線が汚すぎる。

 

 その麦わら達は今、妨害者として抹殺対象に変わっている。協定条件に含まれていた者達を、同じ処理線上で処分対象にしている。

 

 しかも、設計図は今燃えた。

 上はまだ知らない。

 だが、この返答で伏せれば、次に破綻する。

 

 通るはずがない。

 

「命令履歴、押印記録、伝令写し、正義の門の通過控え、護送船の出航命令。全部持って来てください。あと白紙の雛形も」

 

 リバーは青ざめる役人へ声をかけた。

 

「今そんなことをしている場合か!!」

 

 スパンダムが怒鳴る。

 

「このままでは門と船が止まります」

 

 リバーは書類の置ける台を探しながら、淡々と返した。

 

「記録上の命令内容と実際の処理とで不整合が生じ、正義の門通過承認の条件が揺らいでいるものと考えます」

「上位照会に返すなら、この場で一本に繋ぐしかありません」

 

「誰の責任だと言いてェんだ!!」

 

「今は原因より処理です」

 

 リバーは役人から最初の書類束を受け取り、紙面を確認した。情報を更新し、門と船を動かす条件を一つの線で結び直す。

 

「設計図は焼失。回収不能」

「フランキーは設計図保持者から妨害対象へ変更」

「ニコ・ロビンは拘束移送対象」

「麦わらの一味は、ロビン奪還を目的とした侵入者として処理します」

 

「勝手に決めるな!!」

 

「任務を止めないためです」

 

 即答だった。

 

 雑な記録には、雑なりの逃げ道がある。

 協定の解釈、現場判断、襲撃による混乱。

 後から付けられる言葉はいくらでもある。

 

 だが、門と船を動かす書類は違う。

 

 正義の門という巨大な施設を開け、護送船を出すには、記録上の名目が要る。協定の読み替えだけなら、まだ押し通せたかもしれない。設計図の回収失敗だけなら、現場の都合で片付けられたかもしれない。

 

 問題は、それらが同じ処理線上で雑に重なりすぎたことだった。

 

 協定条件に含まれていた麦わらの一味は、抹殺対象に変わっている。設計図は燃えた。ロビンは実質的に拘束移送対象になった。

 

 このままでは、何を根拠に門を開け、何を目的に船を出すのかが曖昧になる。

 だから、一本にするしかない。

 

 これらを通る形に整えた時点で、失敗の形も一本になる。

 任務を通すために、逃げ道を消す。

 

 それが今の最適解だった。

 

「これで門と船は通します」

 

 リバーは文言を書き足しながら言った。

 

「ただし、ここから先は曖昧にできません」

「ロビンを通せば成功。逃がせば失敗です」

 

「当たり前だろうが!!」

 

「記録上も、です」

 

 スパンダムの顔が引きつった。

 

 それが何を意味するか、さすがに理解したのだろう。

 今までは、失敗しても言い換えられた。

 協定の不備。現場の混乱。海賊の妨害。不可抗力。

 

 だが、今リバーが繋いだ記録では、それらは使えない。

 

 リバーはもうスパンダムの方を見ていなかった。

 

 これで門と船は動く。

 だが、同時に退路は消えた。

 

 リバーはようやく顔を上げた。

 風が強い。

 下ではまだ、麦わら達の声がしている。

 

 ロビンを正義の門へ通す。

 それだけが残された唯一の勝ち筋だ。

 彼女に麦わら達を近づけてはならない。

 

 追い返す段階は終わった。

 ここからは、もう処理するしかない。

 

「ちょっと相談がある」

 

 リバーは顔を上げた。

 

 その視線の先で、フランキーが片眉を上げる。

 

「オウオウ、作戦会議か? オニィちゃんよォ」

 

「フランキー、少し離れてろ」

 

「俺だけ仲間外れかよ。寂しいじゃねェの」

 

 軽口とは裏腹に、フランキーの目は笑っていなかった。

 少しでも隙があれば、こちらの会話を拾うつもりだ。

 

 リバーは裁判所側へ視線を落とした。

 

 下では、フランキー一家の連中がまだ騒いでいる。

 歓声と怒号。フランキーの姿を確認し、何やら言葉を送っているのだろう。

 

「カク、ジャブラ」

 

 リバーは書類から目を離さずに言った。

 

「下、少し静かにできるか」

 

「どこまでやる」

 

「殺すな。近くでいい」

 

 殺せば余計な感情が沸き、傷をつけても騒ぎが広がる。

 必要なのは、フランキーに足を止めさせることだ。

 

 カクは帽子を深く被り直す。

 ジャブラは面倒くさそうに笑った。

 

「注文が細けェな」

 

「できる奴にしか頼まねェよ」

 

 ジャブラが鼻を鳴らす。

 

「そういう言い方すんな。断りづれェだろ」

 

 二人の足が、ほとんど同時に振り抜かれた。

 

 嵐脚。

 

 斬撃は裁判所の裏口へ落ちた。

 

 中にいる人間もろとも切り裂く軌道ではない。

 だが、フランキー一家のすぐ横を抉り、床板を割り、柱の根元を削った。

 

 粉塵が跳ね、悲鳴が上がる。

 跳ね橋へ続く石組みが、嫌な音を立てて沈んだ。

 

 意図したわけではない。だが、まっすぐこちらへ伸びていた跳ね橋は、不安定に傾いた。

 

 リバーはそれを一瞥する。結果としては悪くない。

 

「フランキー」

 

 リバーは次の書類を受け取りながら言った。

 

「次も外すとは限らない」

 

「てめェ……!」

 

「少し離れていろ。あぁ、逃げようなんて思うなよ」

 

 フランキーの拳が鳴った。

 

 だが、下から聞こえた子分達の声に、足が止まる。

 自分一人なら突っ込める。だが、彼らが巻き込まれるわけにはいかない。フランキーは舌打ちすると、端の方に向かって歩き出した。

 

 リバーはそれを見て、すぐに書類へ視線を戻した。

 

「それで、何をするつもり?」

 

 カリファが口を開いた。

 

「普通にやっても十分勝てる相手だぞー?」

 

 フクロウに続き、クマドリも大きく頷いている。

 

 リバーは手を止めなかった。

 

「はっきり言うが、俺は奴らが恐ろしい」

 

 その一言で、空気が少しだけ変わった。

 

 リバーは普段、弱気な言葉を吐かない。

 そう見せないために、先に手を打つ男だからだ。

 

「意味が分からないだろう。俺にも分からない」

「理屈も脅しも通じない。損得で止まらない。戦いながら変わっていく」

 

 紙をめくる音がした。

 

「そんな奴らが、同じ方向を向いている」

「このまま一箇所に集めれば、何を壊されるか分からない」

「ロビンのもとまで届けば、ロビンまで何をするか分からない」

 

 ジャブラが片眉を上げる。

 

「たかがルーキー海賊にビビってんのか?」

 

「そう思ってくれて構わない」

 

 リバーは即答した。

 

「ブルーノが押されてた。鈍りだけでは説明がつかない」

「あいつらは普通じゃない」

 

 ブルーノは何も言わなかった。

 だが、否定もしなかった。

 

「やりたいことは単純だ。奴らを分断して孤立させたい」

「相性の良い相手を当てて、弱いところから安全に潰す」

「余計なことをされる前に数を減らし、奴らをロビンに届かせない」

 

 リバーは最後の一枚に目を通し、空いた手で別の紙を引き寄せた。

 

「そのために、ロビンの手錠の鍵を餌にする。ダミーを含めて全員が鍵を一つ持ち、俺達を追わせて塔内に散らす」

 

「本物はどうするの? 護送船に乗せた後に必要になるわ」

 

 カリファが聞く。

 

「それは順を追って話す。まずは──」

 

 そこへ、スパンダムが苛立った様子で横から口を挟んだ。

 

「待て待て、普通ならおれが持つべきだろう。大体リバー、なぜ貴様がこの場を仕切ってやがる」

 

「あなたには持たせません」

 

「何でだァ!!!」

 

「落とすので」

 

「誰が落とすかァ!!!」

 

 誰も同意しなかった。

 

 スパンダムは周囲を見回し、誰も味方しないことに気づいて顔を真っ赤にする。

 

「貴様ら……!! 長官であるおれを何だと思って──」

 

「記録は整えました」

 

 リバーは遮るように言い、役人に書類を渡した。

 

「最低限、これで正義の門は通過できるはずです」

「護送船の出航命令も繋げました。上位照会にはこの順で返してください」

 

「は、はい!」

 

 役人が走る。

 

 その瞬間、スパンダムだけがその場に取り残されたように見えた。

 

「……チッ、勝手にしろ!!」

 

 スパンダムは吐き捨てる。

 

「おれの準備が終わるまでに済ませとけ!! ルッチ!! お前はついてこい。何としてでもおれの命を守れ!!」

 

 スパンダムは苛立った足取りで奥へ向かう。

 

 リバーはその背を見送らず、仲間達へ視線を戻した。

 

「話を戻す」

 

 淡々とした声だった。

 

「先に確認したい。カク、カリファ。食った実の能力を聞きたい」

 

「わしは動物系じゃ。キリンになれる」

 

 ジャブラが後ろでニヤついている。余計なことを言う前に、リバーは視線を外した。

 

「私は石鹸の能力よ。泡に触れた相手は力が抜ける。直接触れれば、身体の起伏も落とせる」

 

「接触系の無力化か。初見なら刺さる」

 

 リバーは目を細めた。

 

「良い能力だ。では、これを踏まえて……」

「まず、一番面倒な麦わらはルッチだ。あいつはロビンを追ってくる。お前が長官に同行するのは都合がいい」

 

「ああ」

 

 ルッチは獰猛な笑みを浮かべた。

 

 早く殺したくてたまらないという目をしていた。

 

「次。剣士はジャブラ」

 

「剣士相手ならカクじゃねェのかよ」

 

 ジャブラがカクを指差す。

 

「それも考えたが、能力を試す相手としては少し重い」

「お前なら正面からも殴れるし、騙し討ちで不意もつける」

 

「褒めてんのか?」

 

 ジャブラが口元を吊り上げる。

 

「次」

 

「おい」

 

 リバーは意地でもジャブラの方を向かなかった。

 

「金髪だが、カリファ、お前が相手をしてくれ」

 

 カリファが眼鏡を押し上げる。

 

「理由は?」

 

「確証はないが、女に対しては攻撃が弱まる可能性がある」

「海列車でのニコ・ロビンへの態度、今そこで女と話す時の浮かれ具合からして、女好きか、女に甘いか。その両方かもしれない」

 

「つまり、私なら隙を作れると?」

 

「ああ。うまくいけば無傷で無力化できる」

「ただ、戦闘力は高い。そこは懸念だ。最初だけ俺も見る」

 

「セクハラです」

 

「別にお前が弱いなんて言ってない。確実に落とすためだ」

 

 カリファは否定しなかった。

 

「長鼻はブルーノ」

 

「旗を撃った奴か」

 

「ああ。腕はいい」

「だが、近接は弱い。お前のドアなら射線も小細工も切れる」

 

 ブルーノは黙って頷いた。

 

「わしは?」

 

「お前は毛むくじゃらを頼みたい」

 

「今は人型だが、前に見たときはもっと小さかった。恐らく変身系の能力持ちだ」

「能力は未知数。だが緊張しているように見える。戦闘に自信があるタイプではないと見た。お前の慣らし相手ならこっちの方が良い。相手の能力も参考になる部分があるかもしれない」

 

「ふむ、ちと物足りないが、練習相手なら悪くないかのう」

 

 カクは腕を組み、思案げな顔で上を向いた。

 

「女はフクロウ」

「棒を持っているが、筋肉の付き方からして肉弾戦型には見えない。仕込みがあるかもしれんが、お前の機動力なら押し切れる」

 

「チャパパ、任されたぞー!」

 

 リバーはクマドリの方を見た。

 

「クマドリは逃走阻止に回ってほしい。逃げそうなのは、長鼻、女、毛むくじゃらあたりだな」

 

「あ、お任せあれェ〜〜〜ッ!!」

 

「バカ、声を落とせ!!」

 

 フランキーは、彼らの様子を横目で見ていた。

 正確に言えば、聞き耳を立てていた。

 

 だが、少しも隙がない。声量も絶妙な具合に絞られていて、内容までは聞き取ることができないでいた。白塗りの大男が何か頼まれたのだけは聞こえたが。

 

 そこへ、スパンダムが大きな足音を立てながら戻ってきた。

 

「おォ、スパンダ。どうした? しょぼくれた顔しちゃって」

 

「……うるせェ……」

 

 フランキーは口元を吊り上げた。

 

「設計図は燃やしてやった。ニコ・ロビンも、麦わら達が取り返しに来る。俺はそっちに賭けた」

 

 スパンダムの足が止まる。

 

「てめェが、何一つ手にできねェ方にな」

 

「黙れ……」

 

「てめェのヘマで手こずってるんだって?」

「作戦も尻拭いも部下任せ」

 

 フランキーは、見下ろすように笑った。

 

「部下が優秀でよかったなァ、長官さん」

「てめェ一人じゃ、紙切れ一枚守れねェ」

 

 スパンダムの顔が歪んだ。

 

 怒鳴り返したい。

 だが、すぐには言葉が出なかった。

 

 設計図は燃えた。

 上位照会はリバーが処理した。

 CP9は、スパンダムではなくリバーの配置を聞いている。

 

 その全部を、フランキーに見られていた。

 

「黙れェ!!!」

 

 スパンダムはフランキーへ踏み込んだ。

 

 フランキーは避けなかった。

 避ける必要がないと思ったのだろう。

 

 蹴りそのものに威力はなかった。

 

 だが、フランキーは塔の縁に立っていた。

 下の子分達へ意識を残したまま、半身だけをスパンダムへ向けていた。

 

 スパンダムの足は、ちょうど重心の外側を押した。

 

 踵が、縁を外れる。

 

 スパンダムの声に、全員が一瞬そちらを向いた。

 

 リバーはわずかに眉を寄せる。

 

 余計なことを。

 

 そう思った瞬間、下から轟音が迫ってきた。

 

 裁判所側。

 歪んだ跳ね橋の向こうから、煙を引きながら、何かが凄まじい速度でこちらへ突っ込んでくる。

 

 列車だった。

 

 フランキーの身体が塔の外へ落ちる。

 その下で、麦わらが腕を伸ばすのが見えた。

 

 死なない。

 拾われる。

 

 リバーは即座に判断した。

 

「フランキーは残る」

 

 早口で告げる。

 

「カク、お前が見てくれ。あいつを知ってる。ついでに能力も慣らせるだろ」

 

「任された」

 

 リバーはクマドリを見る。

 

「毛むくじゃらはクマドリが見てくれ。固定でいい」

 

「よよいっ、承知ィ〜〜!」

 

「力も速さも読みにくい。まず動きを止めろ」

 

「あ オイラにィ〜〜任せ──」

 

 クマドリはなおも何か言おうとしたが、カリファの視線で少しだけ静かになった。

 

 カクがリバーを見る。

 

「お前さんはどうする?」

 

「固定しない」

 

 リバーはフクロウに適当な鍵を手渡した。

 

「カリファ、フクロウ、クマドリの初動は少し不安定だ」

「崩れた場所に入る」

 

 それから、フクロウの手元を指で叩く。

 

「フクロウ、先に行って奴らの前でわざと鍵の話をしろ」

「話すのは二点だ。俺達全員が鍵を持っていること。司法の塔のどこかにいること。それ以上は絶対に喋るな」

「ただし、ロビン本体を追おうとしたら、鍵を捨てると脅せ」

「散らしたら報告してくれ。追撃はそれからだ」

 

「分かったぞー!」

 

 フクロウは聞き終えるやいなや消えた。

 

 喋りすぎで処分人数を膨らませた男に説明役をさせる。正気ではない。だが、あの口の軽さは、餌としては機能する。

 

「結局、本物の鍵はどうするの」

 

 カリファが短く尋ねた。

 

「本物はルッチに渡す」

 

 リバーは即答した。

 

「つまり、私たちは囮?」

 

「そうだ」

 

 カリファは表情を崩さなかった。

 ジャブラは口角を上げた。

 

「いい性格してやがる」

 

 ルッチは僅かに眉を上げた。

 

「いいだろう」

 

「すまん。フクロウに聞かせると面倒な事になりかねないから直ぐには言わなかった」

「万が一鍵を奪われても追う先は間違えるな。本物はルッチだけだ」

 

「以上だ」

 

 リバーは改めて全員の目を見た。

 

「もうフクロウは行ったが、どうする」

 

 最後に、ルッチを見る。

 

「構わん」

 

 ルッチはリバーの目を見て短く答えた。

 

 保管ケースからロビンの手錠の鍵を抜き取り、手の中で一度だけ確かめる。

 

「行くぞ」

 

 ルッチは、喚いているスパンダムとロビンの方へ歩みを進めた。

 

「俺等も行こうぜ。動き回られると面倒だ」

 

 ジャブラに続き、他の者達も鍵を手にしてその場を発っていく。

 

 設計図は、記録上も消失という形で更新された。

 ニコ・ロビンを逃がせば、リバー達の勝ち筋はなくなる。

 任務は、記録の上でも失敗に終わる。

 

 もう後戻りはできない。

 

 

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