背中合わせの正義―交わらない最適解   作:深見

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お気に入り・評価・コメントいただきありがとうございます。
出張続きでストップしてしまっていました。
終わらせる気はあるので、気が向いた時に見ていただければ嬉しいです。



第十五話 分かれた先で

 

 

 

 鍵の情報を流した後、フクロウはその場から立ち去ったように見せかけ、崩れた天井の隙間へ丸い身体を滑り込ませた。

 

 列車が突っ込んだ衝撃で、通路には石片と漆喰の粉が散らばっている。その上を蹴り、麦わらの一味が塔の中へ散っていった。

 

 麦わら帽子は迷わず上へ向かう。

 

 剣士も階段を駆け上がる。

 

 金髪の男と橙色の髪の女は、踊り場一つ分の間を空けてその後に続いた。

 

 長鼻は三階で西側へ曲がり、毛むくじゃらの生き物は二階へ向かう。

 

 フランキーだけが一階に残り、並んだ扉を片端から開けていた。

 

 フクロウは懐から子電伝虫を取り出した。

 

「チャパパ。報告だぞー」

 

『待て』

 

 リバーの声に続いて、短い接続音がいくつも鳴った。

 

『共有回線へ繋いだ。続けろ』

 

「麦わらは上だ。ロビンを追ってるぞー」

 

『麦わらは無視でいい。ルッチは護送継続。向こうから来るのを待てばいい』

 

「剣士は五階東。……お?」

 

『どうした』

 

「西に戻った。いや、今度は下り階段に入ったぞ」

 

『誘導か?』

 

「意図的には見えないな」

 

 短い沈黙が落ちた。

 

「もしかして、迷ってるのか?」

 

『……位置は継続して見ろ。次』

 

「金髪と女は、三階から四階へ上がってる。金髪が少し先だ。長鼻は三階西側、書庫の方へ入った」

 

『カリファ。金髪は四階東、第三査問室へ入れろ』

 

 共有回線の向こうでヒールが一度鳴った。五階から下りていたカリファは、そのまま剃で四階東へ向かう。リバーも通話を続けながら、その後を追った。

 

『フクロウ。女を追え。四階西側に残して、中央階段を越えさせるな』

 

「分かったぞ」

 

 フクロウは天井の割れ目から二階を覗き込んだ。

 

「もじゃもじゃは二階だ。途中で見た目が変わったぞー。今は鹿みたいになってる」

 

『変身能力は確定だな。人型、四つ足、小型は確実にある』

 

「ゴリラが鹿になるのか?」

 

『知らん。分類は後だ』

 

「じゃあ何なんだ?」

 

『……クマドリ、変身は少なくとも三形態ある。注意しろ。次』

 

「フランキーは一階で何か探してるぞー」

 

『コーラだろうな。奴の燃料だ』

 

 リバーは一度言葉を切った。

 

『配置を再確認する。剣士はジャブラ。進路は当てにせず、匂いで拾え。長鼻はブルーノ。三階西だ』

 

『二階の変身持ちはクマドリ。一階のフランキーはカク。厨房へ先回りしろ』

 

『異常がある奴だけ返せ』

 

 応答はなかった。回線の向こうでは、すでにそれぞれの足音が遠ざかり始めていた。

 

 接続音が一つずつ途切れていく。最後にフクロウとリバーの回線だけが残った。

 

『フクロウ』

 

「何だー?」

 

『余計なことは喋るなよ』

 

 フクロウは反射的に口のチャックを押さえた。

 

「分かってるぞ」

 

『お前は口を閉じてりゃ一流なんだ。頼むぞ』

 

「チャパパ」

 

 笑いかけて、慌ててチャックを閉じる。

 

 通信が切れると同時に、フクロウは天井裏から滑り出た。

 四階へ向かうナミの足音は、まだ一つ下の踊り場から聞こえていた。

 

 五階へ降りたジャブラは、フクロウが最後に報告した下り階段で剣士の匂いを拾った。しかし、匂いは階段を途中まで下りたところで引き返し、再び五階へ戻っていた。今度は西側の廊下へ伸びている。

 

「下りたんじゃなかったのかよ」

 

 ジャブラはしばらく階段を睨み、舌打ちして西側の廊下へ駆け出した。

 

 三階西側へ向かったブルーノは、書庫へ続く重い扉を静かに閉じた。

 

 一階へ降りていたカクは途中で足を止め、厨房を示す表示の方へ向きを変える。

 

 クマドリの草履が、二階へ続く階段を擦った。

 

 司法の塔の地下通路で、ルッチは電伝虫を懐へ戻した。前方ではスパンダムが肩で風を切るように、ロビンの前を歩いている。

 

 ルッチは振り返らない。

 

 リバーの判断に異論はなかった。ロビンを連れている限り、麦わらは来る。来なければ、そのまま護送は終わる。任務としては、それが一番いい。

 

 ポケットに手を差し込むと、腰元の鍵がかすかに鳴った。麦わら帽子の男と殺し合えると思うと、自然と気分が昂る。ルッチの口元は、愉しげに吊り上がった。

 

 *****

 

 四階東側、第三査問室。

 

 カリファは長机に残された書類を端へ寄せ、証言台へ目を向けた。高い窓から差し込む陽の光が、磨かれた石床を白く染めている。

 

 出入口は一つ。

 

 リバーは扉の蝶番を確認し、廊下へ目を向けた。

 

「初動だけだったわね」

 

「ああ。あいつがお前と最後まで戦うなら、俺の出番はない」

 

「逃がすとでも?」

 

「可能性の話だ」

 

 カリファが眼鏡を押し上げる。

 

「随分と慎重なのね」

 

「言っただろ。俺は奴らを警戒してる」

 

 リバーは扉を開け、廊下に人影がないことを確認した。

 

「予定通りに済めば、すぐ次へ行く」

 

「ええ。そうしてちょうだい」

 

 リバーは査問室を出ると、同じ並びにある一つ手前の空室へ入った。扉を僅かに開けたまま、気配を消す。

 

 それから少しして、階段の方から足音が近づいてきた。カリファは一人になった査問室で、扉を半分だけ開けた。

 

 *****

 

 サンジは四階へ続く階段を駆け上がっていた。

 

 一つ下の踊り場を振り返ると、直角に折れた階段の向こうからナミが上がってくる。

 

「ナミさん! おれは先に様子を見てくる!」

 

「分かったわ! すぐに追いつく!」

 

 ナミの声が吹き抜けへ響く。

 

 サンジが四階へ足をかけたところで、東側の廊下から女の声がした。

 

「そこの方。少し、手を貸していただけないかしら」

 

 足が止まった。半開きになった扉から、金髪の女がこちらを見ている。

 

「あ、はい♡ よろこんで♡」

 

 サンジは吸い込まれるように東側へ曲がった。

 

 サンジの顔は緩んでいた。目にはハートが浮かび、口元はだらしなく笑っている。女に呼ばれた男としては、大変正直な反応だった。

 

 査問室へ足を踏み入れながら、サンジは視線だけで内部を確認した。出入口は今入ってきた扉が一つ。頭上には天窓があり、室内には長机と証言台、壁際には記録簿の並んだ棚が据えられている。

 

 逃げ道は一か所。

 

 サンジは内心で舌打ちした。罠だと分かっていて、のこのこ踏み込む馬鹿がどこにいる。

 

「ありがとう。助かるわ」

 

 カリファが柔らかく微笑む。その声を聞いた途端、さっきまでの自戒がどうでもよくなった。

 

「レディの頼みとあらば、たとえ火の中水の中、司法の塔の中でございます♡」

 

 カリファは笑みを浮かべたまま、扉を閉めた。

 

 *****

 

 少し遅れて四階へ上がったナミは、階段の踊り場で足を止めた。

 

 サンジの姿がない。

 

 東西に伸びる廊下には、同じような扉がいくつも並んでいる。しかも階段は途中で直角に折れていて、先を走っていたサンジの姿はすでに見えない。東の方へ逸れたように見えたが、どの扉に入ったのかも分からなかった。

 

「もう、サンジ君ったらどこ行ったのよ」

 

 東側へ足を向けた時、頭上から声が落ちてきた。

 

「そっちはだめだぞー」

 

 ナミが顔を上げる。吹き抜けに面した手すりの上に、丸い男がしゃがんでいた。

 

「何よ、あんた」

 

 答える代わりに、フクロウの姿が消える。

 風が正面からぶつかった。

 

 ナミは咄嗟に身を引く。眼前の床へフクロウの足が落ち、石材に細かな亀裂が走った。

 

 ナミは踵を返し、西側へ走しった。廊下の両側には、番号を振られた記録室や執務室が続いている。ナミは三つ目の扉を開け、身体を滑り込ませる。

 

 中には背の高い書架が並び、紐で束ねられた記録簿が天井近くまで積まれていた。扉を閉め、天候棒を取り出す。部屋の奥で、紙が一枚落ちた。

 

 ナミが振り返る。書架の間には誰もいない。だが、その頭上、書架と天井の隙間で、丸い影が口のチャックを固く閉じていた。

 

 *****

 

「私の頼みは一つだけ」

 

 カリファは長机の向こうへ歩く。ヒールの音が、石床に小さく響いた。

 

「ここで、しばらく私と過ごしてほしいの」

 

「もちろんでふ♡」

 

 サンジの顔は緩みきっていた。カリファは足を止め、最後の靴音が石床から消えるのを待った。

 

「あなたが死ぬまで」  

 

 その一言だけ、声から温度が消えた。次の瞬間、カリファの脚が振り抜かれる。

 

「嵐脚」  

 

 白い斬撃が長机を斜めに裂いた。サンジは床を蹴って身を宙へ逃がす。直後、割れた天板がその下をかすめ、書類を撒き散らしながら背後へ転がった

 

「いきなり情熱的じゃねェか、レディ」

 

 サンジは口元に笑みを浮かべたまま、目だけを細めた。次の瞬間、カリファの姿が消えた。

 

 ほとんど同時に、真横からヒールが飛んできた。サンジは脚を上げて受け止める。靴底同士がぶつかり、査問室に鈍い音が響いた。

 

 カリファは、もう目の前にいる。

 

 蹴り返せば届く。サンジの脚は彼女を狙わず、足元の割れた天板を蹴り上げた。

 

 木板が跳ね上がり、二人の間を遮る。

 

 カリファは紙絵で身体を流す。だが逃れた先へ、椅子が滑り込んできた。空を蹴って躱した、その着地点には砕けた証言台の破片が迫る。嵐脚を放ち破片を正確に打ち落とした。

 

 サンジは一度としてカリファ自身を蹴ってはいない。それでも間合いをずらし、足場を奪い、攻撃の軌道だけを的確に潰してくる。

 

 カリファは、あえて半歩踏み込んだ。

 

 サンジの蹴りが、がら空きの脇腹へ迫る。だが当たる寸前、その脚は横へ逸れ、机の残骸だけが派手に吹き飛んだ。

 

 カリファは、わざと感心したように目を細めた。

 

「あら。本当に蹴らないのね。聞いていた通りだわ」

 

 サンジの顔から、軽薄な笑みが消えた。

 

「……待て。まさか、それを知ってておれに女をぶつけてきたのか?」

 

「さあ。あなたが勝手に不利になってるだけじゃない?」

 

「ムカつく言い方しやがって……」

 

 サンジは煙草を噛み直した。

 

「知ってようが仕組んでようが関係ねェ。おれは死んでも女を蹴らねェ」

 

 扉へちらりと目を走らせる。

 

「──だからって、大人しく捕まってやる気もねェけどな」

 

 ナミは、自分のすぐ後ろから四階へ上がってきていた。この女が自分の性質を把握して待っていたのなら、他の仲間にも何かを仕掛けている可能性がある。

 

「後ろには仲間がいる。てめェ一人に構ってる暇はねェんだ」

 

「辿り着ければ、の話ね」

 

 カリファの嵐脚が壁を削り、指銃がサンジの上着を掠める。サンジは家具を蹴り、砕けた木材を盾にしながら、少しずつ扉へ位置を移していく。

 

 カリファは気づいていた。扉側の間合いを潰すことはできる。だが、扉の向こうにはリバーがいる。

 

 サンジが椅子を蹴った。カリファは紙絵で外し、続けて放たれた木片を嵐脚で砕く。

 

 その間に、サンジは扉側へ大きく跳んだ。カリファは着地点を潰さなかった。代わりに一歩だけ中央へ寄り、出口へ続く線を残す。

 

 サンジはその隙を逃さない。靴底が扉を蹴り開けた。

 

 カリファはすぐには追わなかった。扉の内側へ移り、廊下を見据える。

 

 *****

 

 サンジは廊下へ飛び出した。階段へ向かう道に、一人の男が立っている。

 

 銀髪。細身のスーツ。壁の亀裂から入り込む海風が、ジャケットの裾を揺らしていた。

 

「退け」

 

「そいつは無理な相談だ」

 

 リバーは一歩も動かない。

 

「なら、蹴り飛ばすまでだ」

 

 サンジが床を蹴った。右脚がリバーの顔面へ伸びる。

 

 届く寸前、リバーの身体から力が抜けた。上体が紙のように攻撃線の内側へ流れ、靴底が髪を数本巻き上げて通過する。

 

 サンジは着地と同時に腰を回した。二撃目が脇腹を狙う。 

 リバーの姿が半歩だけずれた。

 

 踵はジャケットの裾を揺らしただけで、身体には届かない。サンジは脚を引かない。回転をそのまま三撃目へ繋げる。

 

 肩口を狙った蹴りが容赦なく飛んでくる。リバーは頭を僅かに沈めた。

 

 踵は空を切る。だが、遅れて翻ったジャケットの肩だけが靴へ引っかかった。布が鋭く鳴り、縫い目から裂ける。

 

 サンジは止まらない。姿勢を戻したリバーの胸へ、真っ直ぐな蹴りを放つ。

 

 リバーは退かなかった。

 

 靴底が胸を捉える寸前、紙絵で上体を横へ流す。蹴りが脇を抜けるのと入れ替わるように、リバーの掌がサンジの鳩尾の前へ滑り込んだ。

 

 腕を引くことも、踏み込むこともない。掌底との距離を詰めたのは、蹴りの勢いに乗ったサンジ自身だった。

 

 六式複合技──相槌。

 

 鳩尾が、待ち構えていた掌へぶつかる。

 

 その瞬間、リバーの腕がわずかに押し込まれた。後ろ足が石床を擦り、乾いた音を立てる。

 

 サンジが蹴りに乗せた速度も体重も、そのまま掌底の威力へ上乗せされた。身体がくの字に折れ、今しがた出てきた扉へ真っ直ぐ弾き返される。

 

 避けてから反撃したのではない。攻撃を外す、その動きの中に最初から掌を置いていた。

 

 サンジの身体が、背中から査問室へ飛び込む。

 まだ身体は宙にある。受け身を取るより早く、扉の脇にいたカリファが肩へ掌を添えた。

 

 触れた瞬間、白い泡が弾けた。

 

「捕まえた」

 

「な……何だ、こりゃ……!」

 

 泡が肩から胸へ広がり、脇腹を伝って脚へ流れる。

 

 サンジは床へ足をついた。靴底が滑る。力を入れたはずの膝が沈み、そのまま片手を石床へついた。

 

 カリファは、指先に白い泡をまとわせていた。

 

「あなたの見立ては認めるわ」

 

 カリファが眼鏡を押し上げて、リバーの顔を見た。

 

「そりゃどうも」

 

「私が廊下へ流したから成立したことも、忘れないでください」

 

「分かってるよ。使われてやったろ」

 

「ひと言多いわね」

 

 リバーは裂けた肩口を摘まんだ。

 

「……見ろ、最悪だ。ジャケットがお釈迦になった」

 

「同じようなの何着も持っているじゃない」

 

「同じじゃねェよ」

 

 査問室の中から、サンジが立ち上がろうとする音が聞こえる。

 

 カリファの掌に、白い泡が集まった。

 

「ここからは不要です」

 

「ああ。任せた」

 

 リバーは破れた肩をもう一度見てから、階段へ向かった。

 

 *****

 

 西側の記録室にも、壁越しに鈍い衝撃音が届いた。

 

 ナミは天井を見上げた。

 

 直後、別の階からさらに大きな破壊音が響く。書架が震え、積まれた記録簿から埃が落ちた。

 

 どこで何が起きた音か分からない。それよりも、室内に潜んでいる敵だった。

 

 ナミは書架の間を走り抜け、反対側の内扉を開けた。隣の執務室を横切り、別の扉から西側廊下へ出る。

 

 ここから中央階段へ戻り、反対側から東へ向かう。そう考えて角を曲がった途端、斬撃が鼻先を掠めた。

 

 ナミは咄嗟に身を伏せる。頭上を抜けた斬撃が石床を弾けさせ、細かな破片が降り注いだ。

 

「だから、そっちはだめだー」

 

 声に顔を上げると、いつの間にか丸い男が目の前に立っていた。

 

「リバーに怒られちゃうからな」

 

 ナミの足が止まった。

 

「リバー?」

 

「そうだぞ。おれ達の作戦はいつもリバーが考えてくれるんだ。誰をどこへ行かせるかも、鍵を使ってどう分けるかも」

 

 フクロウの丸い目が、さらに丸くなった。

 

「チャパ」

 

 口元のチャックを慌てて閉める。

 

 ナミは何も言わなかった。鍵を使って、分ける。その言葉だけを頭の隅へ置く。

 

「あなた、随分詳しいみたいね」

 

「…………」

 

「少し、お話ししましょうか」

 

 フクロウは口のチャックを両手で押さえたまま、低く腰を落とした。

 

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