街を歩いている。
気づいていたら街を歩いていた。男三人が、知らない街を。
しかし何故か、見覚えがある。
横に二人の男が歩いている。半袖のTシャツに緑の戦闘服のズボンと黒のブーツ。服の上からで分かる逞しい体。首には
笑ってはいないが楽しそうにしているのは分かった、冗談を言い合っているのだろう。顔ははっきり見えず、曇りかかっていた。しかし彼らも見慣れた姿だった。
誰だ。
思い出そうにも、喋ろうにも体が言うことを聞かず、自身は口を動かしているではないか。
目の前に随分と───男三人組の腰の高さにも届かない程小さい子供が布に包まれた
所々裂けた服装。帽子を深く被っている子供を見た瞬間、凄まじい感覚が体を襲う。妙な嫌悪感と鳥肌が身体中を駆け巡り、一歩後ずさってしまった。しかし決して子供に対してのものではないと分かってしまう。分かってしまった。
横にいた男二人が子供に話しかける。約十秒経てた事態が急変し、二人が子供を蹴り飛ばした。精一杯乱暴に前へと突き飛ばせば小柄であったため数メートル前方前方へと飛ばされる。
『
蹴り飛ばした人間が何かを叫び、後ろにいた男へ覆い被さった。
受け入れる体制をしておらず、被された男の体が従うまま後ろへと倒れる。
その時、爆発が起きた。
凄まじい衝撃派と破片、爆音、橙色の光と煙が三人を覆う。
何かの破片が体へ突き刺さる感覚、激しい耳鳴り、眩暈に襲われた。
上体を起こし、目に映ったのは生血と肉片が雨のように男へ降りかかり、爆発によって散らばった子供と仲間、民間人の死体。
耳に触れれば血が流れているのが分かった。奥から流れているということは鼓膜が破れでもしただろうか。
破片が周囲へと飛び散れば人通りを歩いていた群衆が混乱を起こし、叫ぶものがいれば走り逃げる者。唖然とし固まっている者もいる。
立ち込める煙の中、爛爛と輝く深い緑の瞳。その中には混ざるように漂っている青色もあった。
子供───正確には赤ん坊を抱いているように見せかけた
戦闘服のズボンへ
引き金を振り絞る。
聞き慣れた銃声が鳴った。
カッと見開かれた目。深緑色の瞳が天井を見回す。見慣れた証明、ブラウン管テレビ、そして差し出されたコップから発せられる冷気が現実であると認識させた。
「───随分魘されていたけど、大丈夫?」
氷の入った水入りコップ。それを差し出したのは憂慮な表情をしたリンだった。
上体と起こし、凝り固まった首と腰を回す。ソファを寝床にしていれば毎回こうなってしまうものだ。身長に合わず、足を肘掛けへと預けている状態ならば特に。
ソファのクッションへと頭を置くため解いていた髪を結ぼうとしていた時。指が痙攣していることに気づく。右手の人差し指。
気に留めることもなく、手首に巻いていたヘアゴムを四本指に回し、片手で髪を掴む。
「水、ここに置いとくね。」
ン”、と頷きを返しつつ髪を結べばコップを掴み一気に飲み干す。喉を駆け巡る冷たい水が熱くなった体に染み渡るいい感覚だ。
「ネームド、眠れてる?」
椅子へと腰かけ、同様に水を飲んでいたリンが質問を投げかける。その問いにすぐさま答えることなく。顔を地面へと俯けているまま数秒、親指を立ててみせた。
「絶対嘘でしょ。お兄ちゃんみたいに隈できてるもん。」
ネームドが振り返り、リンが指を刺すのは目の下にできているうっすらと浮かんでいる隈だ。睡眠不足による自律神経の乱れ。それに伴って毛細血管の血流が滞り血液中の酸素が減ることで血液が黒のような暗色となる。それが隈だ。
《通知:今日までの助手
「ほら!ちゃんと寝てないじゃん!」
───勝手なことを
《提案:助手1-2へ、睡眠不足が改善されないようでしたら、最寄りの心療内科への通院をお勧めします。》
要はちゃんと寝ろ、と言っているのだろう。
近頃皮肉屋でもあることが分かったAIからの忠告を流しつつ水を飲み干せば壁へかけられた時計を確認する。時計針が指している時間。それを見た瞬間ネームドが少し焦った。今日は11号が【いつもの時間、いつもの場所で】と羊飼い越しに伝えた日であったのだ。
夜に行動を開始というのもあり、今のように少し眠るだけであった。これでは少しの範疇ではない。
ラックから買ったばかりの上着を黒の半袖Tシャツの上に着込み袖を肘まで捲れば枕元に置いていたホルスターごと入っている自動拳銃を掴み取る。壁掛けからプレートキャリアを持ち上げた。
ロッカーを開けばダンプポーチやショットシェルホルスター、拳銃弾倉が付けられている弾帯を腰に巻きつけネックとショルダーアーマーを装着、いつも通りの出動前準備である。
チャックを開き防弾プレートが入れられたままなのを確認、
色付きのマジックテープを脚と腕にいつも通り巻き付ければハードナックルグローブを嵌める。ヘッドセットが装着されたままのヘルメットを被ればフェイスシールドを顔前に下げた。小銃、散弾銃を持てば駐車場へと行こうとするが───
《助手1-2、忘れ物をされていますよ。》
女の声をした合成音声が呼び止める。振り返ればFairyの目の向いている方向は作業台に向けられており、そこにはいつも頭に被るはずのスナイパーベールと右脚につけていた大口径回転式拳銃とその銃弾だ。他にも製作途中であろう何かが鎮座している。
手を挙げ感謝の意を示せばそれをヘルメットへと固定する。最後に残った大口径回転式拳銃と迅速装填器に込められた大口径弾───それを持って行こうか、迷っているようだ。
強力な銃器と弾薬であるのは間違いない。しかし使う機会があまりにもないのだ。
正確には使い時が分からない。
これはスナイパーベールと同様に忘れていた訳ではない。自らの意思で持っていかなかっただけだ。
ズシッとした重さが手に乗り、考える。この重さを考えものである。
約十秒、じっとしていた手が動き、右脚へとホルスターを装着すればそれを入れた。同様に迅速装填器も余っているグレネードポーチへと入れれば遂にビデオ屋を飛び出した。
バックパックは持って行かずともよいだろう。今回は激しい戦闘へと行くわけではない。
夜空とアキラ、そして11号が彼を迎える。時間を確認すれば間に合ったようだ。
「遅刻するかと思ったけど、そうじゃなかったみたい。」
「遅刻するか賭けようとしてたところだ。」
手を挙げ11号へと軽く挨拶を交わせば11号もそれに応える。普段通りの仏面が手を下げた時に顔が変わった。早速本題であるらしい。
「今夜行動を開始する。重ね重ね言うけれど、あのスパイが反乱軍支部リーダーとの面会をセッティングしてくれたわ。あなた達は私はホロウ内の指定位置までガイドするだけでいい。」
ポケットから取り出された防衛軍の印字をされたメモリーチップ。それをアキラが受け取る。
「防衛軍はそこを包囲するんだっけか?」
「民間人が心配する必要はないわ。」
腕を組み、毅然とした様子で言い張る11号にアキラとネームドの二人が眉を上げる。今回はかなりの作戦らしい、と。
「防衛軍は秘密裏に精鋭部隊を養成した。反乱軍に逃げ道なんてない…移動開始は十分後だけど、行けるかしら?」
「すでにリンがセッティングしているはずだ。今すぐにでも行ける。」
「なら、あなたの車両を貸して欲しいの。防衛軍の動きを悟らせないためにも今回は乗ってきていないの。」
ホロウ外の周辺に反乱軍が見張りを置いているため、とも考えたが、よく考えればホロウ内外でのリアルタイム通信は不可能、できたとしても不安定であり、タイムロスが発生するという兄妹からの話を思い出した。質問のため握ろうとしていた手をショルダーストラップへと戻す。
「理解した。車のキーを取ってくるのと、イアスとシステムの確認をするから待っていてくれ。」
そうして裏口のドアが開きアキラの姿が消える。その間11号とネームドの二人の会話が交わることは───言ってしまうならほぼない。
理由はネームドが喋れないと言う点があるからだ。
少しばかり気まずい雰囲気を感じてしまうため気を紛らわせる代わりにネームドは銃器の点検を開始する。
銃床を地面に向け立たせていた小銃を掴み、コッキングレバーに耳を近づける。何度か引き潤滑油が機能を果たしている音を聞き取れば引き金を引く。撃鉄と撃針が作動する音を聞き取る。聞き慣れたいつも通りの音だ。
弾倉を入れ安全装置確認。細部を見渡し部品の抜け落ち無し。散弾銃にも同じようにしているところを見ていた11号が声が掛かる。
「───食べる?」
横に立ち、小さな銀色のパウチから覗き出ている二つのビスケットがある。小麦粉によりできた生地を焼いたものであるそれの表面はパン耳のように茶色だ。そしてその茶色の上にはなにやら赤い斑点のようなものがあった。
カビが赤いという話は聞いたことがない。おそらくは調味料、辛味の類であろう。その匂いがネームドの鼻口を掠っている。
火を扱っている以上。体が熱くなるのが好きなのだろうか。せっかく相手から差し出されたものを断ることはせずネームドはそれを受け取る。
ハードナックルグローブが嵌められた大きな手の中にあるビスケット。スナイパーベールの布先を少し上げ口へと運ぶ。そして噛めばパキッ、カリッ。効果音が様々だが噛み砕く音が口内に響く。
次の瞬間、ネームドの目が見開かれた。
───冗談だろう
紛れもない事実が口内で暴れ回っている。舌が痛みを発し悲鳴を上げているのだ。
驚きのあまりビスケットの一部を思わず飲み込んでしまう。しかしそれがダメだった。辛味が喉と気管を刺激し激しく咳き込んでしまう。
「喜んでいるようで何よりよ。」
まったくもってそんなつもりはない。
喋れていたなら、おそらく───いや確実にFワードを言っていた。水筒を取り出し仰ぐように飲めば口いっぱいに貯める。
氷のようなものが欲しいが、今そんなことを考えれるほどネームドには余裕がなかった。
「準備が出来た、行こ…どうしたんだい?」
イアスを連れ、車の鍵を持った手で裏口を押し開けるアキラの目に入ったのは微笑を浮かべている11号の前で壁に手を付き項垂れているネームドだ。そんな姿を初めて見たアキラが、イアスと同様ポカンとしてしまった。
裂け目を通り抜ければ迎える景色は満点の青空と、ホロウ災害によって放置されたであろう工事現場だ。
外は深夜に差し掛かっており、闇夜に慣れていた目が突然の太陽光に反応できず目を細めてしまう。ゴーグルを装着している11号、感覚同期をしている
「裏切り者との面会場所はこの先よ。」
気を引き締めて、と言う言葉に従うまま全員が周囲を回す。11号に続き
しかしすぐに立ち止まる。着いてこない人数が一名。ネームドが景色を一望しているのだ。
「どうしたの?」
それに答える様子もなく、ネームドは立ち尽くしている。
景色を楽しんでいるわけではないのは分かる。彼がああやって立ち止まっているのは大抵何かに気づいた時だ。
そして決まって敵との戦闘が始まる。
数秒、答えぬまま立ち尽くしていたネームドが周囲を一通り見回せば次には前へと進み始めた。小銃を負い紐へと任せメモとペンを取り出す。
「何かいるのかい?」
『
何に、と言いかけたがすんでの所でそれを飲み込む。言う通りなら会話が聞かれる可能性もあるためだ。
ネームドの勘は戦いの場において確実にと言っていいほど当たることが多い。身を持って経験してきたアキラが周囲へスキャンを出すが、何も検出はされない。
その後は一言を交わさぬまま真っ直ぐへと進み続けた。妙なことにエーテリアスが一切姿を表すことなく。
あと数十歩と言った所で11号の歩みが止まる。ネームドも同等のタイミングで立ち止まれば喉をうならし始める。
『ン”ン”ン”〜……』
ネームドが喉を唸らす時は決まって敵との一騎打ちが始まる前の合図である。それしか見てこなかったため前方を警戒するも何も現れることはない。見えないエーテリアスなど聞いたことがない。
「何かいるのか…?」
「
警戒しろ、と暗に伝えればネームドが小銃の安全装置を親指で解除しながら前方へと進んでいく。元々工事現場であり貨物やトラクター、建設途中の壁までもが遮蔽物となる。
開けた真ん中へと立ち、反乱支部のリーダーとの面会を待つ───必要もないらしい。壁から一人で姿を現し始めた。
続けてもう一人、もう一人と反乱軍の人間が現れている。
次々と聞こえる尋常ではない数の足音。後ろを振り返ればすでに多くの面接官によって塞がれている。いくら一体一の面接でないにしろ、ここまで大人数で集まる必要はない。
───しくったな
こちら側へと銃口を向ける兵士の数は尋常ではない。人間二人のみを殺すにしろ数が多すぎる。恐れているのだろうか。反乱軍が
この状況から脱するにはあの道しかないだろう。
「状況は正常ではないようね、気をつけて」
「明らかに面接をするような雰囲気ではないな…」
「…モグラさん、パエトーンのガイドの元お約束の場所へと着きました。しかし、貴殿らのリーダーの姿はありません。」
「そして、尋常ではないこの兵士の数…これは一体?」
無線機へと手を伸ばしそう問いかけば聞こえてきたのは笑い声。待ち伏せに嵌ったのがそれほど面白かったのか、随分と油断している声がネームドのハウジングにも伝わってきている。
「いや、すまんな軍人さん……別に何か面白くて笑ったわけではないんだ。」
───
「ただ、この怒りをどうしても言葉にできなくてな…」
「怒りが笑いになってしまうなら、頭の病院にでも行った方がいいんじゃないか?」
「ッッ黙れ!!パエトーンを騙るペテン師めが!」
「【クリムゾンアイズ・ハーミット】という名に聞き覚えがあるはずだ…」
「いや、全くない。」
これほど囲まれているならすでに気づかれているものだと思うが、アキラがまだ粘る。しかし相手は腐っても元軍人であり、情報が確定しない以上こう大規模に動きはしないだろう。
「ほう…それはあの卑怯な羊飼いの情報網がとっくに同業者の手に落ちていると知っての言葉か?」
───成程、最初から筒抜けだったわけだ。
信用と呼べるものは稀なものだ。情報を流れないようにしたとしても必ず口を滑らす野郎がいる。裏社会において約束というものはほとんどが口約束か、見せしめによる強制的な約束のみ。口約束を完全に守るなど不可能だ。
11号が耳に当てた無線機へと指を伸ばし通信を図る。
「この通信ジャミングには聞き覚えがあるだろう軍人さん…あの時貴様らが自ら仕掛けた盗聴器付き発信機だぞぉ!今、このホロウ内で通信が可能なのは特殊な周波数変調方式を用いている我が反乱軍のみ!」
「貴様らの大事な戦友たちは今頃、頭のないハエの如く路頭に迷っていることだろうな!」
隠密作戦は完全に失敗。完全に勝利を確信している陽気を含んだその声。ハウジングの奥から聞こえるものに11号の顔が不快気なものとなる。随分と愉快に喋っているものだ。
「ははっ、くはっはははは!!、、、あぁ、もういい。今日、ここが貴様らの墓場だ!S班、やれぇ!!」
命令の言葉がモグラさんから出た時。とてつもない鳥肌がネームドに際立った。
背筋を思わず正してしまうほど際立ち、頭部が突き刺されるような感覚。
何かが光るのを視界の端で捉えた。
反射的に11号の頭に手を当て下へと思い切り押し下げる。首が折れてしまうのではと思うほど強く。
同時にネームドも頭を下げれば手の甲に激痛が走ったのはすぐだった。またしても同時に頭へ衝撃が走る。驚きの衝撃ではなく物理的なもの。
狙撃された。すぐにそう判断できたのは何故だろうか。
鈍器で殴られたような痛みと焼けるような痛みが手の甲に走る。顎を強張らせ
11号を庇えばそれに反応するよう一斉に銃声が鳴り響いた。完全に殺意を持ったレーザーサイトがネームドと11号の二人を照らす。この状況から抜け出すために全力で走り出った。
太陽が差されている道へ進むのは先端が11号でありその後ろにネームドだ。盾のように11号の背後を覆うネームドの背中には銃弾として発射されているエーテルエネルギーが何発か当たっていた。
どこに当たっている気にしている場合ではない。現在進行形で背中に痛みを感じないのがが幸いである。弾丸の衝動力は感じるものだが。
銃のみを後ろに向ければ通ってきた道へと弾幕を張る。追跡を試みていた兵士たちが遮蔽物へと急足で隠れた。僅かではあるが時間を稼げたのを確認すれば11号に急かされるまま階段を下る。
「工事現場と言うことはどこにゴンドラがあるはず、ワイヤーで一気に降りるのよ!」
集団が上階で追いかけるべく走る音を聞き取りつつ向かう先は窓を設置するはずであったろう工事現場。11号の予想通りゴンドラを上下させるワイヤーが目に入ればそれへと飛び込んだ。
グローブをつけていなければ今頃手の表面皮膚は剥がれ火傷を起こしていただろう。両足両腕を絡め、地面へと距離が縮まっていくごとに上がるハードナックルグローブ越しの温度を感じ取りながら上を見れば右往左往している反乱軍兵士が見えた。
野郎共は腐っても元兵士で構成されているはずだ。ロープ降下ぐらい習わないものなのだろうか、と無意識に思ってしまう。
地面へと飛び込む形で体を回転させ、ローリングによる着地を行えば再度走り出す。再び連続する建物を抜けていけば次第に速度を緩め、最終的に止まった。
「少し止まりましょう…あなた、傷を見せなさい。」
弾倉を取り出し、まだ十分弾が込められているのを確認しれいれば命令される形で指を指される。丁度目についていた
左手を覆っていたハードナックルグローブの合谷部位。見事に一直線に剥がれており、素手も同様であった。
別部位の肌色と明らかに目立っている赤色が捲れ上がっており、鮮血がダラダラと地面へ垂れている。
脳が猛烈な痛みを認識し眉間に何個もの深い皺が刻まれる。
銃弾は運動と回転エネルギーの暴力によって物体を粉砕する。回転によって周辺皮膚や肉組織を巻き込むため、アニメや映画で見る頬を掠っている銃創は見た目の印象よりもかなり痛い。
合谷には人差し指と親指を広げる、掴む筋肉がある。先ほどから動かす際に違和感があるのは筋組織を物理的に抉られたためであろう。縫合でどうにかなる傷の広さではない。
両手でガラス細工を触るように繊細な手でそれを包めば、11号の顔が歪んでいく。その表情には後悔や自責の念が込められている。
「民間人を守るべきが軍人の職務だというのに…私は守られてしまった。」
ごめんなさい、と謝罪の言葉を聞き入れるつもりはネームドにとって毛頭ない。頭を下げさせなければ手の肉片よりも頭蓋骨、髪、脳みその肉片が飛び散っていたはずだ。
あの行動に決して間違ったものは一切なかった。問題無しの旨を伝えるべく親指を立てるも、その手は銃創を負った左手である。ピンと立つはずが立てれないというジレンマが妙な感覚だ。
握り拳に近いものができてしまい、それを見た11号の顔が良い方向へと改善されることはない。
しまったとネームドが思ったのは言うまでもないだろう。
「…私は体質上、麻酔や薬の類が効きづらいの。今の所これしかないわ。」
ポーチから取り出された細いスティック上のそれをネームドへ咥えさせる。それが
───こいつは好きじゃない
味がよくないのだ。鎮痛薬としてはピカイチであるが。
「フェンタニルを少し薄めたものよ…私にやらせて。」
医療ポーチへと手を伸ばせば取り出されたのは抗生剤軟膏と英語で書かれたチューブと白色の包帯。濃い赤色の部位へそれを全体に塗りつければ包帯を使い切るまでキツく縛りつけた。
痛みを感じないのは今もで続けている脳内物質と鎮痛薬のためだろう。固結びにより留められれば応急処置が終了するもじわじわと鮮血によって白色の包帯が染められていく。
「これでいいわ、あくまで応急処置よ。」
応急処置を眺め、よくできているのを見れば右手で背中を何度も叩く。プレートキャリアが銃撃により所々剥げているものの防弾プレート自体には問題はない。かなりの銃弾を受けた気もするが。
ヘルメットに触れれば弾丸が止まっている事に気づいた。鈍色のそれが変形しており尖っていたはずの先端が潰れているではないか。
頭部にそのまま受け止めていれば死んでいた。頭を動かしため運動エネルギーを受け流せたのだろう。おかげでスナイパーベールには小さな穴と綻びが生まれヘルメット側には亀裂が入っているものの、まだ使える。
左手のグローブはまだ使える。マジックテープで塞げばいい。
戦闘継続可能。まだ戦える。
戦いが始まる。
───戦え
先ほど
「───あなたはここで帰還して。」
小銃をの握把を握り、歩き出そうとしていた体が硬直する。信じられないようなものを見る視線が11号へ向けられた。
さてさて、ネームドをどれほど負傷させようかな