by作者
〈次は、黒雁街跡地前駅。黒雁街跡地前駅でございます。お出口は、左側です。〉
時速80kmで進む鉄の箱が速度を緩めていき甲高い停止音が車両内にいる人間とシリオンの耳へと入る。
黒雁街跡地前駅で降りるのは作業服を着た
寿司詰めにされた乗客たちの数人は小さい声で雑談している、他は互いに目線が合わぬよう窓から見える景色を見るか、携帯端末へと集中していた。
始発でありながら電車が狭い。電車が揺れるたび立っている者達が容赦無く肩を圧迫している中、座っているアキラとネームドは、荷物棚のフレームを掴み立っている熊のシリオン共々を見上げてしまう。
重工業グループにて主に建設事業を主体とした【白祇重工】はホロウ内でも活動するらしく、そのため力持ちであり、エーテル適応体質になりやすい熊のシリオンを多く採用しているらしい。
近頃は黒雁街跡地前駅でいつも降りる【アンドー・イノワフ】にとっては見慣れた景色だ。
───熊のシリオンの人たちは、やっぱり大きいな
───
───この人間なんで黒い布被ってるんだろう。というか筋肉すご
───仕事ダリィな畜生
───今日終われば華金。今日終われば華金。今日終われば華金。今日終われば………
様々な心の声が起こされる中、やがて電車が完全に停止すれば側扉はピンポンと音を立てながら開く。続いて熊のシリオンたちが続々と降りていけば、ようやく圧迫の空気から解放された二人は解放される。
「ようやく着いたぜ、こっから一分も掛からねぇ距離に俺たちの工事現場があるぜ。」
財布に入れられた交通系ICカードをそのまま改札へとタッチ。ピッと認証された音がなれば閉じられていたフラップドアが開いた。
電子画面に表示された残高は137ディニー、帰る際に補填しなければならない。
アンドーと待ち合わせた時間はまだ早朝にもなっていない三時。始発はまだ動いていなく、約一時間の待ちぼうけを食らった。
現在は太陽も昇っている時間帯であり早めの始業である職場に所属している一般市民が歩いている。
「もう着くぜ、社長はすぐそこだ。」
すでに工事現場の敷地には入っており、様々な木材やコンテナが端に置かれ高い仮囲いが敷きられている。
「まだ若ぇが、百獣の王って感じだかんな!存分に緊張しな!」
───緊張はほぐすものじゃないのか?
戦場ならば緊張感は持つべきものだが、ここは違う。
そう思いながら歩みを進めていれば、地面が揺れている事に気づく。地震ではない、何か大きなものが暴れている揺れ。
何事か、周囲を見回せば前方の工事現場の正面扉が盛大に開かれた。出てきたのは橙の混ざった黄色が全体的な色となっている四本足。何らかの重機なのだろうがそれが暴れながらにしてこちらへと近づいている。
「───退いてぇぇえええええ!!!」
四本足の重機に乗っている何者かが退くよう言いつつ、未だこちらへと暴走しながら近づいている。
「離れろ!!」
アキラを引っ張りながらもネームドが傍へと移動すれば四本足の重機へとアンドーが正面から迎え打つつもりだ。
あれほどの重機相手に何をしようと考えたのか、そのまま受け止め切ったのだ。
人間よりも遥かに大きい重機を受け止めたアンドーは完全に止めることはできず足が後ろへとズルズル下がってしまう。しかし動きはなんとか止めることができた。
「おいなんだこりゃ!?」
「君かアンドー!絶賛点検中だよ!」
重機の上に乗っている人物。豊かな胸を抑えるため胸元にファスナーのついた布が厚いスポーツブラのみ着ていおり、上半身の露出がなかなか激しい女だ。とても工事現場にいる人物とは考えられない服装だ。
そのまま抑えているよう言えば手元に持っていたタブレット型端末を、アームカバーと灰色の手袋を着た右手で操作している中、四本足の重機は意思を持っているかのようにまたも暴れる。
アンドーが押されそうになる中、アキラの横にいたネームドが動いた。
背負っていた重苦しいバックパックとガンバックを地面に投げる形で脱げばアンドーの横に立つ。足腰と腕に力を入れれば重機へと腕を押し付けた。
エーテル合金で構築された外郭が重厚な音を立てれば、アンドーはふと腕が軽くなるのを感じる。次には四本足の重機を押し返していた。
「よぉしその粋だ兄弟!!このまま抑えてっうお!?」
体の鍛え上げられた男二人が重機を押し返えそうとしていた最中、顔前にあったモニターが突然として光り出す。映し出されたのは【?】たったこれだけだ。
何が起きたのか、理解する前には重機が後部を傾け上に乗っかっていた鬱陶しい女を転がせる。次に後部を跳ねらせれば女が上空へと吹き飛んだ。
「やべぇ!!」
地面へとキスしそうな女をネームドとアンドーが受け止める。肝心の重機は反対方向へと暴走を続けていた。
奥にあるおそらく建物の基盤となるであろう鉄骨の支柱へとぶつかりそうになり時、上空から何かが重機へと
大きな茶色の何かが重機へと上から殴り込めば大きな砂塵が舞う。晴れた時には重機はようやく停止していた。
「───悪い、遅くなった。」
体格に見合った深みのある声が出てくればその何者を見る。今日で何回目だろうかの熊のシリオンであり、白を基調とした作業着を着ており首には剛毛の毛と金のネックレス、右目には何かに裂かれたような傷跡があった。
電車に乗っていた熊のシリオンたちよりも一回り体格が大きい。先ほど聞いたアンドーの言葉である【百獣の王】がアキラとネームドの脳内に自然と浮かび上がるのは必然だった。
周囲を見回していた熊のシリオンが二人を見定める。元々の顔つきであるせいか、睨まれているようにも見えた。
「コホン…こんにちは。」
まずは挨拶、
熊らしい
随分とご丁寧に、お得様へと親しくするように。
「───あぁこれはこれはプロキシさん着いて早々申し訳ない!社長と待っていたところだ!」
右手に持っていたタンピングハンマーと思わしき物を放し両手でアキラの比較的小さい手を握る。相手の身長に合わせるよう体を下げ頭をかいている様子は思わず面食らってしまう。
「”社長と待っていた”ところだ。」
目の前にいる百獣の王という言葉が、見た目なら似合う熊のシリオンが社長でないというのなら、その社長は誰なのだろうか。
「何住んだグレース!降ろせ!」
この場に合わない幼女の声。目の前の熊のシリオンの後ろから聞こえた。
「あ〜、コホン…こちらが、我が社の社長だ。」
後ろにいる何者かの手足が暴れるのが熊のシリオン越しに見える中、シリオンがどけば後ろにいた人物には思わず目を丸くする。明らかにここには合わない”人間が”いたからだ。
先ほどの上半身の露出が激しい音がその幼女の脇を掴み高く上げている。大きく見せるためだろうか。
ジタバタと降ろすよう暴れているのを見られていることに気づいたのか暴れていた手足がピタッと止まる。頬がほんのり赤う染まるもすぐに消えた。
腕を組み、息を整えている。
「───白祇重工社長のクレタ・ベロボーグだ!」
───こいつが?
───百獣の、王?
人の印象の捉え方は様々であり、自由でもあるが目の前にいる人物を百獣の王と思うにはお世辞にもできなかった。
若い、若すぎる。見た目通りならまだ子供だ。
何者か知らないのなら小学生とも思うだろう。
「ようパエトーン。みっともねぇとこ見せちまったな。うちの信頼が揺らいでねぇといいが。」
それよりも気になるものがある、とアキラとネームドは頭一つ以上に小さい背丈の幼女を”見下げる”。軽蔑の意味ではない。そのまま目線を下へと向けただけだ。
「アンドーから連絡はきてる。お前たちほどのできるプロキシと、専属である戦闘員が力を貸してくれると聞いてみんな内心がほっとしてたところだ。」
話に聞く限り、大手競合他社が妨害工作をを企てており、現在進行形でも起きているとのことだった。
機械製造と建設業をやっている新興企業《白祇重工》が業績を上げ続け地下鉄改修プロジェクトの管理権利を受けられたことに、有り体に言えば嫉妬したのである。財力のある大手競合他社にとっては。
低金利での融資をしていた銀行を買収中止、チンピラを送り込み工事現場の
ヴィジョンコーポレーションのような不祥事での失脚を望まれている。という事が起きている最中【事故】が発生したらしい。
「先週、
───子供たち?
───”
言った言葉通りに受け取るなら、子供は人間に対する単語のはずだ。しかし3台というのはどうも人間扱いをしていない。
意外にも既婚者なのか、左手に
複雑な事情でもあるのか。そう思っていたが、違ったらしい。
「待てグレース、その言い方だとお客さんに誤解されるぞ!」
スキニーパンツの周りに巻いたコートのような布のポーチとアームカバーに入れられている様々な工具。メカニックと思わき女の名前は【グレース】のようだ。
「…コホン、プロキシさん。うちの会社が独自開発した【ホロウ用知能重工業機械】は知ってるよな?」
熊のシリオン【ベン】の質問に対する二人の返答は
「ホロウの中でも長時間安全に作業のできる知能のある重機───あの子たちこそが、白祇重工の
グレースが言うには、【ホロウ用知能重工業機械】はホロウ用という名前の通りエーテル侵食に耐えうる性能は勿論のこと。なんとも
作り出した本人がその重機に何をしようが結局は本人次第だ。関係のない人物が介入する権利はない。
メンテナンスやアップグレード、【プロトタイプ】の技術を土台に各職種のお需要に応いた改良をし、3台の意志を持つ【ホロウ用知能重工業機械】を造り出した。論理コアを更新した直後に暴走を開始、指令を無視し自分の意志でホロウ深部へと入っていってしまったというのがグレースの弁だ。
原因は不明、ホロウ内作業に携わる物は、チップの故障はエーテル侵食は日常茶飯事だ。
心配だ、その言葉をつぶやいている顔は、まさしく親の顔だった。
ネームドにとっては、大切なものを思い出す顔に見えた。
「ようはその…”子たち”を連れ帰ってくればいいんだね?」
揚げ足取りには格好の材料、この事が他社にバレてしまえば客観的信用は失われてしまう。
マスコミやニュースが流す情報はその会社ごとにより偏見がどうしても生まれてしまう。現場で何が起こったか調べもせず、数十秒で燃え尽きる紙切れ一枚に書かれた事を信じるものは多いのだ。
「
「まっておチビちゃん、まだチップの不具合だと決まった訳じゃないよ───それに美しく、逞しい機械には、そのボディに相応しい魂が必要なんだ!」
「知能機械の開発に携わる会社の社長として、そうは思わない?」
「───魂がどうのなんつーのは、あたしの知った事か。社長だからこそ、機械をただの資産として見なきゃいけねぇんだろうが。」
その体と、顔には似合わない口調で
「あんなバカ高ぇ知能機械なくしたら大損だ。【敵】の問題があろうがなかろうが、見つけるに越したことはねぇんだよ。」
「それに、暴れちまうような意志を
「それなら最初から【重機】しての役割だけで十分なんだよ。意志を持たせないほうがいい。」
「───……」
アンドーとベンが気まずそうにしている中、クレタは咳払いをし、アキラとネームドへと向かい合った。
「そう言うワケだプロキシ。行方不明の重機3台を捜索するためにホロウの奥までガイドが要る。これがうちの依頼だ。その内2台の位置はざっくりだがアタリがついてんだ。他に知りたい事があればグレースやアンドーに聞いてくれ。」
準備をしてくる、とテナントのほうへ歩いていくのを五人は見送った。
「おチビちゃん…あんな事、言う子だったかな……」
「気を落とすことはないぞグレース。あいつだって───」
こういう会話が目に浮かぶ。