グレーテルを工事現場へと連れ帰り数時間、またしてもホロウへと入り次の重機を捜索しているアンドー、クレタ、グレースの三人と
最後の一匹である|すばしっこい野朗───タナトスのコアから動力ハンマードリルが逆回転しながら引き抜かれる。
「すばしっこい野朗だったぜ…兄弟!惹きつけてくれてあんがとよ!」
コンバットナイフの刃をズボンの生地で拭き、鞘へと収めたネームドが親指を立てる。
特に
「プロキシ、信号の感じでだと、今から探しに行くデュアルショベルはこの辺にいるみてぇだ。」
「ここは工事エリアじゃねぇからオレらのキャロットは範囲外だ。つうワケで、頼りにしてっからな!」
ホロウ内外を行動する【ホロウ内特殊作業用重機】に登録されているため、白祇重工にはキャロットが提供されているのだ。
完全違法な取り組みかと思えば、公的機関と遭遇したとしてもある程度の言い訳ができるわけである。
そのためコソコソする必要もない。安心して銃を使うことも可能なのだが───
───やりずらいな。
ネームドとしては銃を使うのが楽だ。しかし白祇重工はグレースを除いて全員が接近戦でエーテリアスと戦う者たちであり、誤射の可能性がありうるのだ。
依頼を開始し数時間、一発も撃っていない。
費用面では素晴らしいことだ。整備の手間も省ける。今ではただの荷物となっている。
一発ぐらいは撃ちたいものだとネームドは思ってしまう。エーテリアスとの接近戦なと狂気に等しい。今更であるが。
「依頼料にあった仕事はしてみせるさ。絶対に。」
「ハッハハッ、邪兎家の連中も言ってたぜ。パエトーンは依頼量こそちっとばかし高ぇが、仕事は完璧だってな。」
ちょっとばかし高いというのは、邪兎家の主観であろうが、それでも今回の依頼料は確かに高い。七桁の額が前払いとして振り込まれたのだ。
大手に片足を入れてる建設会社ならば屁でもない額なのだろう。
依頼を完了させれば七桁以上の放銃額が来る。アキラが言った通り
こちらとしても
ため息が出そうなところへ、アンドーからデュアルショベルについての説明が入る。
元より現場の廃材を運ぶため、毎日持ち場を往復させていたらしい。
重機の癖して身軽であり、仕事が早くデュアルショベルなしでは現場が回らないとのことだった。
───単純作業の繰り返しか
つまらない仕事だったろうと、会ったこともないデュアルショベルへと同情してしまう。
デュアルショベルなしでは現場が回らないというのも、人手を逃さないための縛り文句にすぎない。
これは"作者”の経験談であるが、某パン工場へと一度だけアルバイトで働いた事がある。
単発バイトだった。時給は1450円程度、悪くないと思い応募した。
しかし蓋を開けてみれば、長時間の立ち姿勢と中腰姿勢、パンを分け、トッピングを乗せ、検品するだけの単調さ。
二時間経ったろうか、そう思い時計へと目を移せば約四十五分の経過だ。
同じことの繰り返しを数時間。人生最悪のバイトであったのは決して忘れはしない。いや忘れたい
しかし失敗を忘れてはもう一度繰り返してしまう。だから忘れてはならないのだ。
〈うーむ…〉
「どうした?ベン。」
熊の唸り声、人間よりも熊のシリオンを多く採用している白祇重工の従業員にとって、聞き慣れたその音が通信から聞こえてきたことにアンドーが疑問に思う。
「あぁ、いや…今の話を聞いて、ふと大昔の物語を思い出していただけだ。」
「おお、熱血男児の物語だな?」
「あーどうだなか、主人公は確かに男だが、熱血かどうかは分からない……かいつまんで話すと、巨大な石を永遠に持ち上げる罰を受けた男の物語だ。」
───シーシュポスの岩か
特段神話に興味があるわけでもない。しかし忽然と頭に浮かんだ【シーシュポスの岩】という言葉。
頭痛がするも、頭を振ってそれを払いのける。
「こいつはあくまで俺の憶測だが…うちの知能機械は日に日に頭がよくなってた。論理コアをアプグレートされたデュアルショベルは、ついに持ち場を往復するだけの……言ってしまえばつまらない、飽きた仕事に嫌気がさしたんじゃないだろうか。」
それでホロウに、と言いかけた所で、アンドーがベンの言葉を遮った。
「持ち場を往復するだけのつまらない仕事だと…?ベン、それは違ぇぞ!物語に出てきた男も、うちのデュアルショベルも、毎日立派に筋トレしてたんじゃねぇか!」
───それは違うんじゃなかろうか
「ホンモノの漢はな、そういう仕事を蔑ろにしたりしねぇんだ。なんたって、筋肉を作り上げるのは日々の鍛錬だからな。」
「───うーん、それは違うと僕は思うな。」
何かを考えるような仕草をした
「どういうわけだ?」
「筋肉は確かに日々の鍛錬が必須だ。でもデュアルショベルは重機であって人間じゃない。」
アキラの言い分に対しアンドーは、まだ意味が掴めないらしい。
近場のもので例えるとしよう、目の前の───ガタイがいい男に例え話をだすなら
「筋トレで例えるとしよう。上腕二頭筋を鍛えるメニューがある。けどそれだけじゃだめだ。腕を太くするなら三頭筋も鍛える必要がある。」
「その三頭筋にも部位がある。長頭、外側頭、内側頭。それぞれを鍛えるのにも色々なメニューがある。
筋肉などない、金属フレームで動かしているボンプの腕で様々なポージングで腕を張ってみせた。
「それぞれを鍛えるのも一つだけのメニューがあるだけじゃないだろう?同じことの繰り返しじゃつまらない。
「…おぉなるほどそういうことか!!重機にとっても色んな
「まぁ概ねそうさ。自分で嫌と考える意思があるというわけなら、うれしいと考える意思もあるはず。」
意思を持つなら、その意思にあった事をさせろ、というわけだろうか。
色々な考えが浮かぶネームドであるが───どうも難しい事を考えるのは苦手だ。しかしアキラの言っていることは全て否定しない。それどころか同じ考えを持っていた。
熱血男を説得できたところで、クレタが場をまとめるべく大きい声で言う。
「筋肉の話してねぇで行くぞ。デュアルショベルを見つけて、グレースにじっくり点検させるのが最優先だ。」
雑談も済んだ所へ建築途中の建物へと入る。五分もすれば見えたのは十数対のエーテリアスが屯しているのに気づく。
手斧を持っていた右手が無意識に小銃へと伸びる。しかしすぐに引っ込んだ。
鉄筋コンクリートで構築された床と壁と天井、撃ってしまえば跳弾のリスクもあり味方に被弾。なんて事にはしたくない。
横にある可燃性ボンベを投げて、やはり一発撃とうか。そう考えていたところへアンドーが物陰から飛び出した。
一度飛び出したアンドーへと視線を向け、エーテリアス共へと視線を向ける。もう一度アンドーへと視線を戻す。
完璧な二度見を披露してしまった。
「馬鹿アンドー!無闇に突っ込むな!」
「社長!!こういうのはッッ!!」
右腕へと装着した動力ハンマードリルが唸り声を上げる。それをまず近くにいたティルヴィンクへとブチ込んだ。
螺旋状に刻まれた溝のおかげで滑るようにコアへと入り込む。内部で撒き散らすように入り込まれたエーテリアスにとってはたまったものではない。
「正面から突っ切った方が楽なんすよ!!」
「行ってください!プロキシとデュアルショベルんとこまで!」
長身の脚が土手っ腹へと蹴り込まれ、エーテリアスが吹き飛ばされると同時に消滅する。怒ったように突撃してくるエーテリアスをブーツを着た足が吹き飛ばす。窓をつけられる建築段階の建物ではないため、そのままエーテリアスは地面へと落ちていく。
窓ガラスがあったとてそれすらも吹き飛ばす蹴りの威力だったろう。
「行くぞ兄弟!!」
コンバットナイフを右手にエーテル結晶でできた鋭い刃物のような腕を弾き、コアへと刺突すれば掻き回すように抜き取った直後。ネームドの記憶域に思い浮かんだのは次の重機へと探しに行く前の小休止時間。
良い筋肉をしていると言われ、腕を互いに見せ合ったのだ。
あれが仲を深めるものになるのかは分からないが、ひとまずは目の前の戦闘に集中すべきだろう。
エーテリアスの膝関節部を横蹴りし破壊すれば投げ飛ばす。ピッチャーから
いいピッチングであったはずだが、観客はあまり良い反応を示さない。それどころか液化エーテルを放ってきたではないか。
同調するように避けたアンドーネームドの二人が散開する。液化エーテルを放ってきたエーテリアスの個体名はタラスクミキサー。
見た目通りにミキサーという言葉をつけたのだろう。四足歩行、柱状のエーテル結晶が歪な形で生えているロボットのような身体の後部に、なにやら回っている物がある。
【体内にさまざまな種類のエーテルを今後うすr事により複雑な連鎖反応を発生、あらゆるものを破壊する暴力的エネルギーを瞬時に放出する】とホロウ調査協会が出している情報はこうだ。
何かを溜めている。土下座するように床に伏せミキサーが回転を始めた。
横へと走るネームドが暴力的エネルギーを発射するであろう砲身に紫の光が発光し始める。もうすぐ発射されるというところでネームドは小銃を構えた。
安全装置を指で弾き引き金を引く。全員が通信用のイヤホンをしているため発砲音に五月蠅さを感じる事はないはずだ。
砲身へと銃弾が通り、明らかに効いているであろう破裂音が続けて鳴く。その中には舌打ちの音も含まれていた。
舌打ちをしたのはネームド。射撃の反動を抑えきれていないことに苛ついたためだ。原因は視界に映っている。
フォアハンドへと巻きつけたロープに手を通し握らずに反動抑制をしているわけだが、やはりやりずらい。
そのまま射撃を続けていれば、確かに爆発が起きミキサーが回転を止める。止まったミキサーへと動力ハンマードリルを差し込んだのはアンドーだ。
内部に仕込まれた機構が起動され、エーテルが電気へと変換。出力が向上したドリルがミキサーを掻き乱した。
「地心まで響かせてやらあぁっっ!!!」
ガリガリと激しい音が鳴り、やがてタラスクミキサーが消滅した。
「しゃぁ!この現場は終わりだ、プロキシたちと合流を───
見える限りではエーテリアスはいない、しかし戦闘音がどこからか聞こえる。
大体の方向は下からと気づいた二人が下を見渡せる場所へと移動すれば、高圧ネイルガンを撃ち続けているグレースの姿が見えた。
「兄弟!その銃で援護してやってくれ、俺は降りて駆けつける!」
了解の言葉変わりにうつ伏せになる両足を外側へと向け、肘をつけ小銃を構える。
右目を照準器に覗かせれば倍率リングを左側へと回し、グレースたちの姿が明瞭になる。引き金に指を置いた。
常に25mに零点規正しているため向こう側まで狙い通りにはいかないレティクルを余分に上へと向けた。
スケルトン構造のストックを肩に当て、ホロサイトへと右目を移し狙いながら撃つ。仕留めたと気づけばすぐに別のエーテリアスへと斜線を切り当てる動作。
悪くはないが、動き一つ一つに癖はあった。
脇をそれほど閉めておらず、ストックを肩に当てている箇所が上すぎる。実弾を使用していないとはいえ反動を抑えきれていない。
撃ち出しているのは釘であり、高圧で撃ち出しつつも威力不足であるのは否めなかった。
受け身覚悟───いや、そもそも覚悟などする意思もないだろう。無策に肉薄するエーテリアスとグレースの距離が縮まるも、横から何かが飛来した来たことに気づく。聞こえたのは発報音。
聞こえた音の方向へと、鮮やかな赤の混じった橙色の瞳が向いた先には小銃を構えていたネームドがいた。
左手の負傷もありながらよく当てたものだと自分を称賛したくなってしまう。
立ち上がり、ぶらんと小銃を負い紐へと預ければ階段を二段飛ばしで降りる。グレースのいた場所へと向かった。
「ありがとうネームド、君のおかげで助かったよ。」
「…社長はどこだ?」
戦闘が終わったのは良いことだが、一人足りない。周囲を見渡していた中何かの音が大きくなっていくのに気づく。
何かを突き破っていくような音。その方向へ高圧ネイルガンと小銃が向けられる。引き金の遊びがすでに引かれている状況で現れたのは壁から出てきた、いや出されたエーテリアスだ。種類名はフォッソル。
コアに刺さっている大型レンチを握るはクレタ・ベロボーグ。左手で握っている大型ハンマーは熱を帯びている。
「おチビちゃん、怪我は?」
「問題ねぇ、処理に手間取った…デュアルショベルの所へ行くぞ。さっきそれらしきものがあの建物のお───避けろ!!!」
腹を足で抑え大型レンチを引き抜けば、建物へとレンチを向ける。その先から迫り来る岩に気づいたクレタが大声を張り散開させた。
後ろからの敵意を背中で感じ取り、既に
〈おい何があった皆!全員無事か!?〉
「問題ねぇベン、あのブリキ野朗やりやがったな……!」
ベンの呼びかけが通信に乗る中、岩が飛んできた方向へと見るも見かけた
建物のどこにこんな岩があったのかは知らないが、このままではまたしてもピッチングを受けてしまう。こちらには岩を返せるほどのバッターもいない。
奴がいた建物へと駆け込み階段を駆け上る。屋上へと登りきれば、見えたのはデモリッシャー【グレーテル】と同じような重機であった。
違うところを言うなら、重機の種類が違う事である。デモリッシャーの持っていた重機は掘削のチェンソーであり、デュアルショベルはショベルとグラップルの二つだ。
アンドーの言った通り素早いこちらを見た瞬間すぐに後方へと素早く逃げて行ったのだ。
罠であろう横に伸びた直線レーザーがデュアルショベルの逃げた道を塞いでいる。ご丁寧な罠であるが。
「こんなん飛び越えればいいんだよ!」
ゲームにある【明らかにその木箱どかせば行けるだろう】といったような想定でもしていたのだろうか。悠々と飛び越える面々が道を曲がればまたしても岩が飛んで来る。
随分と近づいて欲しくないらしい。
「あの野郎また投げてきやがった!」
まだ距離はある。まだ間に合う。
全員分が避けれるほどのスペースがある道でもない。撃墜だ。
バックパック上部へと付けられたフックを掴めば、一気に力を込め引っ張る。中から出てきたのは銀の光沢がある大口径回転式拳銃だ。
右脚のレッグホルスターは既になくなっている。重い物を脚につけていては走りにくいと、以前からネームドは懸念していたのだ。
「みんな耳を塞いで!!」
把握を握れば
弾丸が飛び出し岩を粉砕する。しかし止まることなく弾丸はそのまま通り抜けデモリッシャーへと命中したのだ。
相変わらず手をハンマーで叩かれたような凄まじい衝撃が腕の筋肉を震わせる。腕を曲げなんとか反動を逃してはいるが、やはりこれを撃てば手が痛くなってしまう。
とはいえ、命中した音が耳に入り、岩が飛んで来るのも止まった。あとは接近するのみだ。
前進のハンドサインを出すも、
「うるっせぇ…なぁ。」
「どんな銃なんだそりゃ。」
〈ノイズキャンセリング機能はあるはずだよな…?〉
先ほどの銃声がどうにも効いてしまったらしい。
「…まぁとりあえず野朗に近づくぞ。みんな動け!」
バックパックに戻すことなく所持したまま道なりに進む。デュアルショベルは相変わらず止まったままであり、なんとか動こうとしているもののやはり先ほどの流れ弾が邪魔しているらしい。
階段を降りることなく飛んで降りる。ついにデュアルショベルへと全員が辿り着いた。
「ブリキ野朗、随分と手間取らせやがって。」
「大人しくしやがれってんだ!」
レンチを相手にむけ、動力ハンマードリルを相手に向けふかす。
降伏しろ、その問いかけに対する返答は───
「───ハンッ。よーやく来よったか。待ちくたびれたで!!」
「…は?」
訛りのある言葉を使う。断るの意思であった。
Q.ネームド、左手の怪我はどうしたんです?
A,直ってませんよ。包帯ガン巻いて戦場に出てます。
パエトーン兄妹は心配こそしていますが「まぁネームドならまぁ…大丈夫か。でも無理しないでね!?」って感じです。
追記
・誤字報告に感謝します。