「
外の気温は0°を超えマイナスへと突入している。
防寒服装の上にボディアーマー、ヘルメット、バックパックと着れる物は全て着て亀のように縮こまる三人が戦車の内部にいる。
ここで止まってしまっているのは運が悪かったとも言えよう。理由は分かりきっており、ただの燃料切れである。
暖房機を搭載しているとはいえ、今の時期は真冬であり、今日に限って激しい吹雪が舞っている。回し続けなければならないものが停止してしまった。
『
「
「
調子の悪い無線機から聞こえたのは三日耐えろとの告げ口。バッテリー保存のため現在は機能を停止し、うんともすんとも言わない。
「|How much longer until mealtime, Captain Alpha?《飯の時間まで後どれほどですか アルファ隊長》」
左手首の内側へと巻かれた腕時計の文字針を見る。先ほども聞かれた質問だが、何かに思考を移さなければやっていられないだろう。
『
「
『
「
寒いと呟きながら運転席の座敷を座り直しスキットから前方を見る。しかし見えるのは変わらずの銀世界である。
───つまんねぇ景色だ
景色の観察、細かい箇所を観察なんていうのもできやしない。
夏が好きか冬が好きかと聞かれれば彼らは
「
『
出入り口であるハッチ。それだけはいつでも開く状態ではなくてはならない。
本来凍結防止の
凍結を防ぐために動かし続けなければならない。しかし止まってしまった。
レバーを回し開け閉めを続けていた男に代わりアルファという名の男が交代する。NAMEの欄にJ.という文字だけが書かれた認識票が揺れながら。
布が巻かれたレバーへと手をつけ何度もスイッチを切り替える。ハッチを開き吹雪の雪が僅かに張った瞬間、吹雪を貫き進む弾丸がアルファの横を掠る。
『
「
『
この吹雪の中どうしろというのだ、と全員が思いながらも開けたままになったハッチから三人が出る。
極寒の暴力が三人の体を容赦なく叩きのめす。防寒服装はしているものの、じっとしていれば凍え死んでしまう。
「
【地球上の何処でも作動する】と評判ではあるものの、その設計のせいで反動が大きい。ガスピストンが大きく後退してしまうせいだ。
しかし評判通り動きはする。この銃器の反動も慣れたものだ。
吹雪でよく見えないというのに相手はよく見えるらしい。何度も弾丸が三人の近くを掠め飛んでくる。
『
「
「
『
体を何度か戦車の外角から出し撃ち出させている。そこから推測するに相手は早とちりであるようだ。何度も当てようとしている意思が垣間見える。
『
『
「
「
ドライバーとガンナーが狙撃手のいる大まかな位置を特定し射撃を始める。当てるつもりのない適当な射撃ではあるものの効果ありだ。
アルファが一気に駆け出し降り積もる雪に足音を残しながら進んだ。ボロ雑巾のように汚く、使い込まれているのが分かる負い紐に繋がった小銃が激しく揺れながらも、雪靴のおかげで滑ることなく窪みに飛び込めた。
相手が何人いるかはまだ把握できない。手榴弾を投げ込みたい所ではあるが、この吹雪では空気抵抗が激しそうだ。自然の暴力とは凄まじいものだ。
───どこにいる
口から漏れる白息が風で消えながら、竹槍のように斜めにカットされた銃口が敵のいる方向を探る。その時、吹雪の中を突き進む弾丸を放った火薬の蛮声と
握把から手を離し親指でセレクターを操作。一番下へと下げれば単発で発砲を開始する。6発撃った際に悶えるような声が聞こえた。その言語はアルファの使う英語ではない。
───ロシア語、追っ手か?
今の時代その言語を母語とする者は少ない。
この陸地にあった国の過去の戦争が阿呆のように続き、前線へと兵力を送るために人口が減ってしまっていたのもあるが。
『
アルファが集合するよう無線で呼びかける。一応と、鮮明になってくる人影へと銃口を向けていたが来たのはガンナーとドライバーである。
二人の姿が無事なのをアルファが二本指を立てた。前へと何度も倒す動作は前進のハンドサインだ。
『
「「Ooh-rha!」」
二人が疾うの昔に抜けた兵の掛け声を出せば三人が別々の方向へと進んだ。
数分間鳴り続けていた銃声が鳴り止んだ。聞こえるのは雪と風が激しく吹雪く音に混じった、鈍い音。
三人組を襲った襲撃犯達の血を吸っている雪を踏みながら進む。二人が周囲の警戒を、一人が倒れている敵の首へと、バレル下部に取り付けられた銃剣を突き刺していた。
補給を受けられないこの状況、弾薬は節約しなければならない。
何の反応も示さず、黙々と銃剣を突き刺している様子を二人、ドライバーとガンナーは内心引きながら周囲を見続ける。血の流れが止まった皮膚が押し込まれ、鋭い金属の侵入を許してしまうその状況は見ていていいものではない。
子供の頃から戦場にいたと聞いてはいたが、それでも少し、味方でありながら恐怖を抱いてしまう。
黒のスナイパーベールの下は、一体どのような表情をしているのだろうか。
そんな中、アルファが首を突き刺していた何体目か分からない死体の腹も切り開いた。
「
『
寒さで頭がイカれたかのか。そんな言葉が口から出そうになるが、すんでの所で飲みこんだ。何を言ってるのか分からず二人は言葉が詰まってしまう。
「……」
『…
───そういう問題ではない。
「
「
勿体ないな、そう言えば手袋を脱ぎ平然と身体内部へとアルファは手を入れた。漏れ出てくる血は───見たくないものだ。
「…
「
『
「
「
『
「
『
ハイエナ。文字通りではなく漁夫の利を狙う人間のことだ。戦車に残されたままの食料や無線機を取りに戻らなければならない。
「
「
使える装備、食料、服、地図、敵の無線。取れるものは色々だ。この時間は中身が何か分からないプレゼントボックスを開けるような瞬間だろうとアルファが考えながら死体を見定める。
アルファはプレゼントなど贈られたことは人生において一回もない。強いて言えば体に直接送り込まれた弾丸やブービートラップ。砲撃の爆片だろうか。
濡れた血を敵の服布で拭き取り、手袋を嵌めれば死体を漁り始めた。
雪迷彩の
立ち上がったアルファの背中へと嬉々とした声がかかる。声の主はガンナーであった。
『
「
『
糧食が1位ならこれは二位だ。こんな高級な戦利品は中々にない。しかし同時に疑問がうまえれる。
『
最低でも何十万とする代物。腕章もない所属不明の者たちがどこから調達してきたのか甚だ疑問である。
動きは訓練された軍人のそれではなかった。追っ手ではなく、ただの
髭を揉みながら周囲を見渡す。嫌にでも見てしまうものが目に入った。
「
「
『
全てを飲み込む超自然災害であるのは覚えていた。しかしそれ以上は───
「
『
地球上に突如発生した、全てを飲み込んでしまいようなブラックホールのような何か。黒の球体の輪郭は虹色に蠢いている。
何世紀も前の時代、あれのせいで世界中の国家は崩壊寸前へと追い込まれるか、あるいは完全に壊れてしまった。各国指揮系統を各地に転々としている国がほとんどだ。
「
『
もはや国という概念は今の時代消えたに等しい。あるのは混沌。
話している二人の後ろに一人の男が立つ。振り返ればいたのは戦車の元運転手だ。
「
『...
「
多すぎるとアルファ、ガンナーが思う。見た目でも分かる通りバックパックが所々角ばっているのだ。
『
「
そんな、と悔しむような声は吹雪にかき消された。