存在しない人間   作:いん22222

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戦場の記憶

 

 

 

 

 

 「ohn…It’s cold as hell.(うぅ…クソ寒ぃな。)」

 

 外の気温は0°を超えマイナスへと突入している。

 

 防寒服装の上にボディアーマー、ヘルメット、バックパックと着れる物は全て着て亀のように縮こまる三人が戦車の内部にいる。運転手(ドライバー)と砲手(ガンナー)は支給されたスナイパーベールを首に巻きマフラー代わりにしていた。

 

 ここで止まってしまっているのは運が悪かったとも言えよう。理由は分かりきっており、ただの燃料切れである。

 

 暖房機を搭載しているとはいえ、今の時期は真冬であり、今日に限って激しい吹雪が舞っている。回し続けなければならないものが停止してしまった。

 

 主力戦車(MBT)が放つはずの残りの砲弾は弾薬庫に鎮座しており役目を果たす時は来そうにない。砲身の車線上に来ても砲弾の雷管を穿つ撃針が動くかどうか。

 

 『"Takaranomochigusare"(”タカラノモチグサレ”), That’s exactly.(まさにその通りだ。)』

 

 「“KOTOWAZA(コトワザ) was it(でしたっけ),I think that fox-eared…”(確かキツネ耳生やしたあいつがっ…)said it(言ってました)」

 

 「Heard that one too. (俺も聞いたことある)Good stuff going to waste(いい物なのに使ってないから意味がない)right?(やつっすよね?)」

 

 調子の悪い無線機から聞こえたのは三日耐えろとの告げ口。バッテリー保存のため現在は機能を停止し、うんともすんとも言わない。

 

 「|How much longer until mealtime, Captain Alpha?《飯の時間まで後どれほどですか アルファ隊長》」

 

 左手首の内側へと巻かれた腕時計の文字針を見る。先ほども聞かれた質問だが、何かに思考を移さなければやっていられないだろう。

 

 『2 hour, 30 minite(2時間30分だ)』

 

 「Damnit…(畜生…)」

 

 『I get you wanna eat, but we gotta s──(食いたいのは分かるが節約しなければ───)

 

 「I know I konw…(分かってますよ…)」

 

 寒いと呟きながら運転席の座敷を座り直しスキットから前方を見る。しかし見えるのは変わらずの銀世界である。

 

 

 

───つまんねぇ景色だ

 

 

 

 景色の観察、細かい箇所を観察なんていうのもできやしない。

 

 夏が好きか冬が好きかと聞かれれば彼らは冬(Winter)と答えるが、これほどではない。

 

 「……Arms…(……腕が…)」

 

 『Take over. Get some rest(代わろう。休んでおけ。)』

 

 出入り口であるハッチ。それだけはいつでも開く状態ではなくてはならない。

 

 本来凍結防止の潤滑湯(グリス)が塗られているのだが、如何せん敵地からの脱出時、その場にいた整備兵を殴り飛ばし急遽始動させここまで来たのだ。その際選んだものがまともに給油されておらず、整備も受けていない個体だった。

 

 凍結を防ぐために動かし続けなければならない。しかし止まってしまった。

 

 レバーを回し開け閉めを続けていた男に代わりアルファという名の男が交代する。NAMEの欄にJ.という文字だけが書かれた認識票が揺れながら。

 

 布が巻かれたレバーへと手をつけ何度もスイッチを切り替える。ハッチを開き吹雪の雪が僅かに張った瞬間、吹雪を貫き進む弾丸がアルファの横を掠る。

 

 『Conract(コンタクト), contact!! (コンタクト!!)Gunner!!(ガンナー!!)』

 

 「Did you forget can not move tank?! (戦車動けないの忘れたんですか?!)」

 

 『Everyone out!!(全員外に出ろ!!) Use the tank for cover !!(戦車を遮蔽物にするんだ!!)』

 

 この吹雪の中どうしろというのだ、と全員が思いながらも開けたままになったハッチから三人が出る。

 

 極寒の暴力が三人の体を容赦なく叩きのめす。防寒服装はしているものの、じっとしていれば凍え死んでしまう。

 

 「Please, just work Kalashnikove…!(頼むから働いてくれよカラシニコフ…!)」

 

 【地球上の何処でも作動する】と評判ではあるものの、その設計のせいで反動が大きい。ガスピストンが大きく後退してしまうせいだ。

 しかし評判通り動きはする。この銃器の反動も慣れたものだ。

 

 吹雪でよく見えないというのに相手はよく見えるらしい。何度も弾丸が三人の近くを掠め飛んでくる。

 

 『Are they using thermal optics?(サーマルでも使ってるのか?)』

 

 「In this age?(この時代に?)」

 

 「“It’s probably cheap junk anyway.”(どうせ安物でしょう。)」

 

 『Judging by the rate of fire, bolt-action… Just one sniper.(射撃間隔的に手動式か…狙撃手は一人だ。)』

 

 体を何度か戦車の外角から出し撃ち出させている。そこから推測するに相手は早とちりであるようだ。何度も当てようとしている意思が垣間見える。

 

 

 

 『Driver, gunner, lay down suppressive fire. (ドライバー、ガンナーと制圧射撃だ。)』

 『Once I reach that dip, I take over suppressing fire.(窪んだ地面に行けたら制圧射撃を引き継ぐ)』

 

 「Copy(了解)」

 

 「…Visual! Two o’clock!(…見えた!14時の方向!)」

 

 ドライバーとガンナーが狙撃手のいる大まかな位置を特定し射撃を始める。当てるつもりのない適当な射撃ではあるものの効果ありだ。

 

 アルファが一気に駆け出し降り積もる雪に足音を残しながら進んだ。ボロ雑巾のように汚く、使い込まれているのが分かる負い紐に繋がった小銃が激しく揺れながらも、雪靴のおかげで滑ることなく窪みに飛び込めた。

 

 相手が何人いるかはまだ把握できない。手榴弾を投げ込みたい所ではあるが、この吹雪では空気抵抗が激しそうだ。自然の暴力とは凄まじいものだ。

 

 

 

───どこにいる

 

 

 

 口から漏れる白息が風で消えながら、竹槍のように斜めにカットされた銃口が敵のいる方向を探る。その時、吹雪の中を突き進む弾丸を放った火薬の蛮声と発火炎(マズルフラッシュ)で敵の位置を特定できた。

 

 握把から手を離し親指でセレクターを操作。一番下へと下げれば単発で発砲を開始する。6発撃った際に悶えるような声が聞こえた。その言語はアルファの使う英語ではない。

 

 

 

───ロシア語、追っ手か?

 

 

 

 今の時代その言語を母語とする者は少ない。

この陸地にあった国の過去の戦争が阿呆のように続き、前線へと兵力を送るために人口が減ってしまっていたのもあるが。

 

 

  『Get over here.(こっちに来い。)』

 

 アルファが集合するよう無線で呼びかける。一応と、鮮明になってくる人影へと銃口を向けていたが来たのはガンナーとドライバーである。

 二人の姿が無事なのをアルファが二本指を立てた。前へと何度も倒す動作は前進のハンドサインだ。

 

 『Advance in extended formation.Move(散開隊形になりながら前進せよ。)』

 

 「「Ooh-rha!」」

 

 二人が疾うの昔に抜けた兵の掛け声を出せば三人が別々の方向へと進んだ。

 

 

 

 

 数分間鳴り続けていた銃声が鳴り止んだ。聞こえるのは雪と風が激しく吹雪く音に混じった、鈍い音。

 

 三人組を襲った襲撃犯達の血を吸っている雪を踏みながら進む。二人が周囲の警戒を、一人が倒れている敵の首へと、バレル下部に取り付けられた銃剣を突き刺していた。

 

 補給を受けられないこの状況、弾薬は節約しなければならない。

 

 

 何の反応も示さず、黙々と銃剣を突き刺している様子を二人、ドライバーとガンナーは内心引きながら周囲を見続ける。血の流れが止まった皮膚が押し込まれ、鋭い金属の侵入を許してしまうその状況は見ていていいものではない。

 

 子供の頃から戦場にいたと聞いてはいたが、それでも少し、味方でありながら恐怖を抱いてしまう。

 

 黒のスナイパーベールの下は、一体どのような表情をしているのだろうか。

 

 そんな中、アルファが首を突き刺していた何体目か分からない死体の腹も切り開いた。

 

 「Wha, what you doing sir?(な、何してるんです?)」

 

 『Hand in there.(手を入れろ。)

 

 寒さで頭がイカれたかのか。そんな言葉が口から出そうになるが、すんでの所で飲みこんだ。何を言ってるのか分からず二人は言葉が詰まってしまう。

 

 「……」

 

 『…Warm your hand. (お前の手を温めるんだ。)Still warm inside, don’t worry.(中身はまだ暖かいから心配しなくていい。)

 

 

───そういう問題ではない。

 

 「I'll(自分は)…… pass(いいです。)……」

 

 「Me too(自分も)……」

 

 勿体ないな、そう言えば手袋を脱ぎ平然と身体内部へとアルファは手を入れた。漏れ出てくる血は───見たくないものだ。

 

 

 

 「…Is that all.(これで全員か)」

 

 「Ahh(あぁ)……yes(はい). All clear(オールクリア)」

 

 『Hmm(ふむ)…damage report.(損害報せよ。)』

 

 「No damage(喰らってません。)」

 

 「One hits on the plate. Still combat-ready.(プレートに1発当たっただけでまだ行けます)」

 

 『Alright(よし)…Check the cadaver. Strip anything useful and move out.(死体を調べろ、使えるものを奪って移動だ。)』

 

 「Huhh?not heading back to the tank?(はっ?戦車に戻らないんですか?)」

 

 『There might be hyenas closing in.(近づいてくるハイエナがいるかもしれん。)Let's move.(素早く動け。)』

 

 ハイエナ。文字通りではなく漁夫の利を狙う人間のことだ。戦車に残されたままの食料や無線機を取りに戻らなければならない。

 

 「Lucky you.(よかったな) You won't be bored anymore.(暇がなくなるじゃないか。)」

 

 「The downside outweighs the upside……(嬉しくない方が勝つんだよなぁ……)

 

 使える装備、食料、服、地図、敵の無線。取れるものは色々だ。この時間は中身が何か分からないプレゼントボックスを開けるような瞬間だろうとアルファが考えながら死体を見定める。

 

 アルファはプレゼントなど贈られたことは人生において一回もない。強いて言えば体に直接送り込まれた弾丸やブービートラップ。砲撃の爆片だろうか。

 

 濡れた血を敵の服布で拭き取り、手袋を嵌めれば死体を漁り始めた。

 

 雪迷彩の偽装服(ギリースーツ)、糧食、銃器弾薬、破片手榴弾、ファイアーキット。この陸地を生きる人間たちだったため大抵の物は使える。しばらくは寒さに体力を奪われながらの移動となるだろう。

 

 立ち上がったアルファの背中へと嬉々とした声がかかる。声の主はガンナーであった。

 

 『Find anything good?(いいものがあったのか?)』

 

 「It's sniper rifle with a thermal scope!(サーマルスコープのついた狙撃銃ですよ!)They were using this(奴らこれを使ってた。)」

 

 『I see, that'll come in handy.(なるほど、そいつはいいな。)』

 

 糧食が1位ならこれは二位だ。こんな高級な戦利品は中々にない。しかし同時に疑問がうまえれる。

 

 『And now our position's been exposed...(これで俺たちの位置がバレた訳だ…)

 How hell were these bastards carrying this?(こいつらどうやってこんな代物を持ってた?)』

 

 最低でも何十万とする代物。腕章もない所属不明の者たちがどこから調達してきたのか甚だ疑問である。

 

 動きは訓練された軍人のそれではなかった。追っ手ではなく、ただの放浪者(ハイエナ)だろう。

 

 髭を揉みながら周囲を見渡す。嫌にでも見てしまうものが目に入った。

 

 「Can see pretty damn well, even in this blizzard.(こんな吹雪でもよく見えますね)…」

 「What that thing called again.(あれの名前なんでしたっけ。)」

 

 『It was(確か)… sorry.(すまん)I forget.(忘れた。)』

 

 全てを飲み込む超自然災害であるのは覚えていた。しかしそれ以上は───

 

 「Heard there are monsters in there, too.(中には化け物もいるとかなんとか)」

 

 『Some idiot went in there on a dare.(度胸試しで入った馬鹿な隊員がいたな。)

 Lost radio contact, never came back.(無線も繋がらず、結局帰ってこなかったが。)』

 

 地球上に突如発生した、全てを飲み込んでしまいようなブラックホールのような何か。黒の球体の輪郭は虹色に蠢いている。

 

 何世紀も前の時代、あれのせいで世界中の国家は崩壊寸前へと追い込まれるか、あるいは完全に壊れてしまった。各国指揮系統を各地に転々としている国がほとんどだ。

 

 「To counter that(あれに対抗できるように)Weren’t they building a new city(都市が新たに建設されるんでしたっけ。)」

 

 『Still hasn’t been named.(名前はまだ決まっていなかったな。)』

 

 もはや国という概念は今の時代消えたに等しい。あるのは混沌。

 

 話している二人の後ろに一人の男が立つ。振り返ればいたのは戦車の元運転手だ。

 

 「What you doing sir?Let's move.(何してるんです?早く移動しましょう。)」

 

 『...Driver(ドライバー), what hell did you load up?(一体何を詰め込んだ。)』

 

 「Just food sir.(飯だけです。)」

 

 多すぎるとアルファ、ガンナーが思う。見た目でも分かる通りバックパックが所々角ばっているのだ。

 

 『weight's wearing down. Lighten the load.(荷物の重さで体力が奪われる、減らすんだ)』

 

 「Keep your gluttony in check(食いしん坊を抑えてくれよ。)」

 

 そんな、と悔しむような声は吹雪にかき消された。

 

 

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