旅の終わりに彼が遺した、あまりに不器用な「命の願い」についての話。恒星生物の逢瀬をきっかけに、シアンは知るはずのなかった彼の真意へと手を伸ばす。
【概要】 銀河大戦後の宇宙港。地球からの旅立ちを控えたラドウが目撃した、恒星生物の恋人たちの逢瀬。 それは、シアンの中に眠っていたキャプテン・ヒィとの思い出を呼び覚ます。 彼が焚き火の傍らで語った「まざりたい」という願い。その言葉の裏に隠されていた、至極当然な感情とは──。
【作品傾向】
・原作終了後の後日談。
・シアンとヒィ(回想のみ)の、限りなく愛に近い何か。
・基本はシリアス、ラストのみコミカル。
・ダード×ラドウの要素を含みます。
【設定について】
・恒星生物の生態に関して、独自の捏造設定を含みます。
数年前にPixivにも投稿した作品ですが、一人でも多くの方に読んでいただきたいのでこちらにも。誰かに届きますように。
「シアン。わたしはおまえと旅ができて、本当によかったと思っている」
そう、"彼"は何度も口にした。
だからわたしも、何度でも思い返す。
あれは、光破船団を蘇らせるための旅……期せずして二人旅となった道中で、補給に立ち寄った星でのことだった。
わたしたちは人気のない荒野で火を焚き、夕食を取った。
よく晴れた夜で、頭上には満天の星が輝いていた。それまで見たどんな夜空よりも、美しかった。
二人で作った料理は、手頃な食材を煮込んだだけなのに、なんともたまらない味わいになった。きっと火加減がよかったんだろう。"彼"は火の扱いが上手かったから。
そして食事を終えて少し経った頃、"彼"は急にこんなことを言い出した。
「思うに……この宇宙に生きる命には、共通の願いがある」
何が発端だったか、今となっては曖昧だ。わたしは"彼"と言葉を交わす時、いつもいっぱいいっぱいだった。だから記憶野の情報がむちゃくちゃになってるんだ。
ただ、珍しいとは思った。自分から喋り出すなんて、あまりない人だったから。
「願い、ね。……伝承族に好き勝手させてなるもんか、って?」
この時もわたしは、騒ぎ出しそうな胸を押さえつけるのに必死だった。"彼"といるといつもそうだったから、愚鈍と思われても仕方ない頓珍漢な反応も山ほどした。
「それもある」
……それでも"彼"は微笑んでくれたから、不思議と居心地は悪くなかった。
口角がほんの少し上がるだけの淡い笑みを見逃したくなくて、しきりに"彼"の方ばかり見ていたっけ。
「……だが、これはもっとシンプルな話だ。宇宙の危機など関係なく、生ある者が自然と抱き、育む思いについて」
「どんな思い?」
そこで"彼"はわたしを見た。
冷たい夜気との落差のせいか。炎を映した瞳は、どことなく熱っぽく感じられた。
「『まざりたい』だ」
* * * * *
あんなやりとりがあったから、わたしにはすぐにピンときたんだ。彼らが何をしているのか。
その日、仕事を終えて宇宙港の中をぶらついていたわたしは、人気のない通路でラドウに出くわした。
正確にはラドウというか、ラドウの尻というか……。ともかく、彼女はひどくコソコソした様子で、曲がり角の向こうを覗き見ていた。
「……何してんの?」
返答はない。しばし様子を窺ったが、こちらに気付く素振りもない。
そんなに夢中で何を見ているのか。気配を殺して歩み寄り、ラドウの上からわたしも顔を出してみた。
(……なんだ、ありゃ?)
通路の先は、やけにカラフルな空間と化していた。
その中央には人間大のクリスタル……ではなく、恒星生物がいた。
「ずいぶんと恰幅のいい恒星生物もいるもんだ」と最初は思った。
しかしすぐに、体格の違う二人が寄り添っているのだと思い直した。連峰の稜線にも似た段差に気が付いたから。
それも誤解だと、すぐに分かった。
寄り添うという表現では足りないほどに、彼らは深く重なり合っていた。
比喩ではない。
輪郭が、溶けていた。
溶けて混じり合っていた。
ひとかたまりとなった中で、もとはそれぞれ固有の色味だったのだろう二色がゆるやかに巡っている。それらが新たな色を生み出しては、また入り交じり、不可思議なマーブル模様を描いていく。
それだけにとどまらず、彼らは空間すらも色彩豊かに染め上げていた。
二人の体を通ると、無機質な電灯の明かりもカラフルな光線となった。色とりどりの光を周囲の床や壁面に投げかけて、その反射光もまた、彼らの身をいっそう美しく彩った。
そして、彼ら自身もぼんやりと明滅していた。互い違いの脈動のようなリズムで、内側からにじみ出る灯火は、そこにある"いのち"を強く感じさせた。
その光景は、目にしたものを神妙にさせる、美しい絵画のようだった。
全てがひとつとなり、調和していた。光も色も、粒子も、生命すらも。
『まざりたい、だーー』
そこで、"彼"の声が脳裏を過った。
もしかしてあれが、"彼"の語ったーー
「何をしている、こんなところで」
突如割って入った声が、終わりの合図となった。
彼らはたちまち分離し、二人の恒星生物へと戻った。同時に光も消え、味気なくも平常通りの廊下が帰ってきた。
声の主は、彼らを挟んで向こう側の廊下から来た。険しい表情で仁王立ちをしている男。
第六軍を率いる恒星生物の長にして"彼"の肉体を引き継いだ弟、"終わりの者"だ。
彼はこちらに気付くと、ますます眉間の皺を深めた。
「早く自室に戻れっ、こんな、子供もいるところで……」
彼はつかつかと歩み出て、二人を廊下の向こうに追いやった。わたしたちの目から……より正確に言うなら、ラドウの目から隠すような振る舞いだ。
それをラドウも察したようで、申し訳なさそうに肩を縮こまらせる。
「ごめんなさい。わたし、ご迷惑を……」
「違うラドウ、悪いのはおまえでは……」
「ハイハイそこまで」
わたしは二人の間にすかさず割って入った。そして"終わりの者"の首根っこを引き寄せて「ラドウにはわたしからうまく言っとく」と囁いた。
「あんたの兄さんから聞いた。『まざりあう』ってやつだろ?」
そう伝えると、"終わりの者"は驚き半分、安堵半分といった様子。
「すまない、シアン。恩に着る」
「いいっていいって」
そしてわたしはラドウを、彼は同族の二人を、それぞれ連れてその場を後にした。
* * * * *
わたしたちは座れる場所を探して、ロビーに落ち着いた。
昼下がりのロビーは活気があり、多くの人々が行き交っている。銀河大戦後の復興も終わった今、"青き円卓"は宇宙一アツいスポットだ。
ベンチに並んで腰を下ろすと、ラドウは、膝の上でもじもじと指をつつきあわせながら言った。
「シアンお姉ちゃん、わたし、いけないことをしちゃったのかしら」
「さて、どこから話したもんか……」
しばしの思案の後、わたしは話を切り出した。
「これは受け売りなんだけどね……命には『まざりたい』という欲求があるそうだよ」
「まざりたい?」
ラドウはこてんと首を傾げる。
「どういうこと?」
「そうだな、たとえば……」
ちょうどすぐそばを、地球人の家族連れが通っていった。若い父母と幼子一人。きっと出張帰りの父親を迎えに来たところなのだろう、母親は服装に合わないキャリーケースを引いている。隣を歩く父親はどこかくたびれた様子で、でも幸せそうに笑って、はしゃぐ息子を肩車していた。
「あんな風に多くの
「遺伝子を混ぜ合わせて……赤ちゃんを作るのよね?」
「そう。二人がまざりあえたという証、自分たちの願いを叶えてくれた存在……そんな気持ちもあって、
あんな風に。……と指さした家族の後ろ姿を、しげしげと眺めてからラドウは問う。
「どうして混ざりたいって思うの?」
「それは……なんでかな?」
「むー……」
不満げな眼差しを受けて、慌てて付け加えるはめに。
「わたしもピンとはこないけど、ともかくそうせずにはいられないらしい」
「そういうものなんだ……」
自分でもいい加減な説明だとは思うけど、仕方ない。
全部"彼"の受け売りなんだからな。
* * * * *
"彼"の話の続きはこうだ。
「火の場合はーー」
「
「それは、……ああ……いや……」
思わず前のめりになってしまって、驚かせたようだ。"彼"は軽く咳払いしてから続けた。
「『火』の場合だ」
「なぁんだ」
"彼"に興味津々なのが丸出しで、恥ずかしい。そんな気持ちがバレないように、そっぽを向いた。
「火、ねえ。火に感情なんてあるのか?」
「…………」
いま思うと、失言だった。"彼"の出自が恒星生物だなんて、当時は想像もしてなかったんだ。
でも、横目で窺った"彼"はいつものように微笑むだけで……いや。少し、苦い笑いだった……か?
わからない。こと"彼"に関しては、当時も今も分からないことだらけだ。
「おかしいか?火だよ?ただのエネルギーだろ?」
「では聞くが、おまえはただの電子回路か?」
「……むぅ」
"彼"を傷つけたかもしれないーーそんな可能性に思いも至らず、わたしは一人でむきになっては、やりこめられたとむくれていた。
「珪素生物だって石ころではないし、炭素生物もただのタンパク質にあらず。植物生命体もだ……元はどうあれ、高度に発達し文明を築いた種は、社会的生物としていくらかの共通した価値観を持つ」
「まざりたい、火もいる……?」
「ああ」
「火も、いのち……か……」
そう呟いた途端に、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
何故だか、当時は分からなかったが……今にして思うと、こういうことだ。
"彼"はわたしを、一貫して自分と対等の存在として扱ってくれていた。少なくともわたしはそう感じていた。
しかしわたしは
わたしたちがどのように生まれてきたのか……当時は知らなかったけれど、おそらく意識の奥底には刻み込まれていたんだろう。
わたしはずっと、色恋沙汰とは縁のない人生を送ってきた。騎士として育てられた身には当然のことだと。
でも、そうじゃなかったら?
"彼"の言う「生命に共通の願い」をそもそもわたしが持ち得ないとしたら……もしそうなら、わたしは彼の定義する生命じゃない。
だとしたら。
わたしは"彼"と、まざれない。
「……シアン?」
気が付くと、"彼"が怪訝そうにこちらを窺っていた。
わたしは知らず、自らを抱いていた。寂寥感と悲愴感で編んだ衣に背後からすっぽりと包まれているような、そんな錯覚を覚えた。
「……ん」
どう伝えたらいいか分からなくて、首を振るしかできなかった。
「なんでもない。少し、ぼーっとしちゃった」
「……そうか」
"彼"は目を伏せて沈黙し、ややあってから腰を浮かせた。
「……少し早いが、もう休ーー」
「もうちょっと聞かせてよ。火から生まれた生物の話なんて、初耳だからさ」
だいぶ食い気味だった。いま思うと恥ずかしいことこの上ない。
でも、あんな寂しい気分のまま眠りに付くなんて、できるはずなかったから。
「…………」
"彼"は一度こちらを見て、傍らに置いたマントを取った。そのまま寝支度を始めるのかと思いきや、こちらへやって来てマントをわたしの肩にかぶせた。
寒がっているように見えたのか。
「……ありがと」
"彼"のマントは大きくて暖かくて、心地よかった。その内側で、肌にまとわりついていた冷たい衣がふんわりと溶け落ちていった。
そのまま、わたしは火が爆ぜるパチパチという音を聞きながら、肩に置かれた大きな手を感じていた。
不意に吹いた風が炎を燃え上がらせ、火の粉をわたしの膝元まで舞わせた。皮膚をちり、と焦がす熱。
わたしは何も言わない。
"彼"も何も言わない。
そして前触れもなく、"彼"の手は離れた。
「この惑星の夜は冷えるな」
そうこぼして、"彼"は元の場所へ戻っていった。
わたしはそっと肩に触れ、その存在を確かめた。"彼"の手が離れたのと引き替えに、そこにあるべきものが損なわれたような感覚が芽生えた。
そんなはずはないのに。わたしの肩は過不足なく、あるべき場所に在り続けているのに。
長く、息を吐いた。いつからか、呼吸がずいぶん浅くなっていた。
"彼"は焚き火にいくらかの薪をくべたり組み直したりして、火勢の調整を済ませた。それから話の続きを切り出した。
「件の種族は、とうの昔に滅びている。見る機会はあるまい」
なんにもなかったような顔の"彼"。いや、実際なにもなかったんだけれど。
「どんなふうなんだ?」
「ん?」
「火の、まざりかた」
「どんな……か。……そうだな……」
"彼"は薪をまた一本取り、掲げて見せた。
「これからここに移す火を、ひとつの生命と見立てて説明しよう」
そして、薪の先端を焚き火の中に差し入れた。
煌々と燃える炎。"彼"の持つ木片にいつ燃え移るのか、それとも既に燃え移ったのか、わたしの目には判別がつかない。木を隠すなら森の中、火を隠すなら炎の中。
「シアン。命の条件とは?」
「ん……一般論で?」
「かまわない」
「独立した個を有し、自己複製機能があって、あとは……代謝機能?」
「そうだ。命あるものはみな、自らを構成する物質を取り込み代謝する」
「炭素系生物は炭素化合物を、珪素系生物は珪素化合物を、それぞれに適した環境で……じゃあ、火は」
「火の生物は火を……すなわちエネルギーを食らう。ゆえに、その生活圏は大いなるエネルギーのただ中」
ちょうどこの焚き火の中のように、と、"彼"は示した。
「大いなる力の中にある限り、命は、充たされている。飢えもなければ渇きもせぬ」
「そんで凍えもしない、ね」
火が渇くだか凍えるだかっていうのも変な話だけど、ってつもりで言ったのが通じたか、"彼"は小さく吹き出した。ちょっと、嬉しかった。
"彼"のいうところの命は、全体の炎と一体化して、いまだその輪郭すら掴めない。
わたしは故郷で過ごした幼き日のことを思い出していた。今は失われたわたしの楽園。未熟だったわたしは、世界の全てをありのままに受け入れて信じていた。偉大なる主の教えを信じて、母なる自然に身を委ねていた。あの頃、わたしは確かに充たされていた。
いま、炎の中にある命も、同様に感じているのだろうか?
「……だが、そこをひとたび離れると」
「あ……」
"彼"は、火を移した薪を引き上げ、松明として掲げた。わたしの目にも明らかな命の誕生。いや、独立。
夜空を背にして燃える火は、焚き火の火勢に比べると随分とか細く小さかった。
それで思わず、口を衝いた。
「さみし、そう……?」
その時、"彼"がどんな顔をしていたのか……残念だが、わたしのメモリーには残っていない。
そこでまた、風が吹いた。
「あっ……」
「こうなると、ちっぽけなものだ……」
ぐらん、ぐらん。はかなくも消えそうに揺れる火。いや、いのち。
「こうして己の儚さを自覚した命は、とてもひとりではいられなくなる。寄る辺なさから他を求める。そしてーー」
そこで"彼"はもうひとつ、焚き火から薪を引き抜いた。
並ぶ、松明二つ。隣り合わせの、吹けば飛ぶようないのち。
それらが"彼"の手でゆっくりと近付いて……輪郭が、とろけた。
「こうして、『まざりあう』」
* * * * *
「……つまり、彼ら恒星生物はああやって、お互いの愛を確かめ合うってわけ」
そこまで説明した頃には、ラドウの頬は真っ赤に染まっていた。
「ラブシーンだったんだ……」
「な、『何してたのー』なんて聞きに行かなくてよかったろ?」
「うん……」
「危うくお邪魔しちゃうところだったな」
わたしは笑い話で終わりにしようとしたが、対してラドウは神妙な面持ちだ。
「まざりあう、かあ……」
その言葉を、ラドウは何度も繰り返した。噛みしめるように、しみじみと。
「もしかして……ダードのことかい?」
控えめに、ラドウは頷く。
「リムお姉ちゃんが教えてくれたの。再生頭脳体は目が覚めたら初めましてになって、わたしのことも覚えてないって……」
「……そうだね」
わたしも、この体になる以前の記憶はない。
それがリープタイプの……ひいてはリープタイプを模して作られたダードの宿命。
「それを知った時、わたし、悲しかったの」
「だろうね……」
「ダードはわたしに、たくさんのものを与えてくれた。二人で旅するあいだ、いろんなことを感じて、考えた。それまでは思いもしなかったことも」
ラドウはいつしか俯いていて、それでもぽつぽつと続けていた。
「それをなかったことになんて、わたしはできない。なのに……ダードの中からは、永遠に失われてしまったんだって」
かすかに震えるラドウの肩を抱いてやる。すると彼女は首を振ってから顔を上げて……わたしは虚を突かれてしまった。彼女の表情が、意外なくらい明るかったから。
ラドウは目尻に浮かぶ涙をぬぐって、微笑んだ。
「でも、なくなったわけじゃないのね。ダードのくれた気持ちはちゃんと、わたしの中に残っている。ダードはわたしの心に、混ざり込んだのね」
目から鱗が落ちるような思いだった。
そういう「まざりかた」もあるなんて、これまでわたしは考えもしなかったんだ。
ラドウはそっと、両手を胸の上に重ねた。そこにある大切なものを、慈しむように。
「それをわたしは、新しいダードにも分けてあげられる。……ううん、あげるだけじゃなくて、新しいダードからももらうの。たくさん交換して、混ぜ合わせる。わたしたちにはそうできる」
ラドウは立ち上がり、両手を広げてくるりと舞った。
長い髪が、裾が、風をはらんで揺れる。まるで物語のお姫様のよう。
わたしにはちょっと──眩しい姿。
「シアンお姉ちゃん。わたし、ダードの目覚めが楽しみ」
「そっか……よかったな」
「わたしたちはまざりあって、ちょっとずつ、ひとりでいた時と違う自分になるんだ。きっとそれが──」
「……うん。それが──」
わたしたちは、どちらともなく呟いた。"彼"ははっきりとは口にしなかったけれど──今のわたしになら、なんとなく分かる。
「愛し合う、ってことなんだね──」
瞳を閉じると、いつも浮かぶ。
"彼"がまた、繰り返す。
『おまえと旅ができて、本当によかったと思っているーー』
わたしもだ。
わたしも、あなたと同じように思ってたよ。
今でも同じ思いだよ。
ねえ、
わたしはあなたとまざりあえなかった。
分かっている。使命に殉じたあなたの生涯に、わたしの入り込む余地なんてなかった。
それでも、わたしは幸せだった。ほんの一時でも共にいられて。
わたしのメモリーには今も、残っている。あなたの声も、まなざしも、……たった一度だけ、抱きしめてくれた腕のたくましさも。
それらはずっとこの胸にある。わたしにまざりこんで、残っている。わたしが手放さない限りは。
わたしはあなたを、自分の一部となったあなたを、抱きしめながら生きていけるんだ。
「……シアンお姉ちゃん、どうかした?」
目を開けると、ラドウが心配げに覗きこんでいた。どうも心配かけちゃったみたいだ。
鼻の奥がつんとしてたけど、手の甲でこすってごまかした。
「なんでもない、大丈夫」
「ならいいけど……」
「今日はラドウに教えられたな」
「? 教わったのはわたしのほうだよ?」
「ま、いろいろあるのさ」
ラドウと笑いあいながら、わたしは自分の胸がほんのりと温かくなるのを感じていた。
まるで火が灯ったみたい。ほんとうに、
独りよがりは承知の上だ。でもこれくらい、あなたなら許してくれるよね。
至らぬわたしをいつだって温かく受け止めてくれた、あなたならーー。
* * * * *
そして、光破船団の出立の日が来た。
賑わう宇宙港の埠頭で、恒星生物らは見送りに来た他星系の仲間と名残を惜しみ、わたしもまた"終わりの者"と別れの挨拶を交わした。
「感謝する、シアン。きみの存在なくしては、我々の決起はなかったろう」
「よせやい。無事に元の体に戻れるよう、祈ってるよ」
わたしは自然な流れで腕を広げ、ハグを求めた。
下心? ないない。ここんとこ別れが相次いだから、すっかり慣れちまってね。
「……シアン、それは……」
……だっていうのに"終わりの者"ときたら、見たこともないくらい狼狽えて、思わず吹き出してしまった。
「おいおい、ハグくらいでなんだよ。おこちゃまじゃあるまいし」
「いや、それは……」
"終わりの者"は忙しなく目を泳がせ、真っ赤な顔で何らか逡巡している。
あの顔でこの振る舞い、面白いな。"彼"はこんなに分かりやすい感情表現しなかったものなあ。
しかしさすがに不審に思い始めた頃に、彼は大きな体を屈めてわたしの耳元に囁いた。
「分かっておらんようだから言うが、我々種族にとって『それ』は……」
「…………?」
"終わりの者"曰く。
エネルギーの揺らぎである恒星生物は、身体を近づけるだけで彼我の境界なく溶け合える。そして二つの生命を長く重ね合わせていると、余剰エネルギーが発生する。そこから新たな生命が生まれ、二人が離れたタイミングで誕生する……らしい。
「て、ことは、つまり……?」
「明け透けに言えば……」
ごにょごにょと言い淀む"終わりの者"よりも先に、わたしの口を衝いて出た。
「子作り……?」
「…………その通りだ」
顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。
なんてことだ。ラドウの目撃したアレも、わたしが思っていたような微笑ましい行為ではなかったのか。「それより先」なんて存在しない、唯一にして最上の愛情表現だったんだ。
当時の"終わりの者"の慌てようにも今更ながら合点がいった。とてもお子さまには見せられない18禁シーンだったんじゃないか。
「で、それと同じ動作を、物質の肉体で行うなら……どういう状態になるか、わかるな?」
「う、う、う……」
呻くしかできないわたしを、"終わりの者"はたいそう気まずそうに見つめていた。
「……うそだ」
「こんな嘘、ついてどうする……」
「いや、だって、だとしたら、あれは……」
もはやオーバーヒート寸前だった。メモリーからまざまざと呼び起こされる、光破船団解放をめぐっての"彼"の故郷での冒険。
あの時、わたしは自分から"彼"の胸にすがりついて……そして"彼"も、抱き返してくれて……。
……あの行為は、つまり、"彼"にとっては……。
ずごんっ!
「!?」
"終わりの者"が目をまん丸くした。
いけないいけない。ちょっとした地団駄のつもりが、勢いあまって床を踏み抜いてしまったようだ。
いやしかし、無理もない話だろう。
気を落ちつかせるために、二度三度と深呼吸を繰り返しーー
「あんっのヤロぉぉぉ……!」
出てきた第一声がコレだ。
もうダメだ。自分の心はごまかせない。
「まさか、そんなバカだったとはねえ……最っ低……独りよがりの最っ低男……」
「……いかん、これは……管制室に連絡だ、出航許可を急げ!早く!!」
"終わりの者"はすっかり大慌てで自分の船に飛び乗ったが、どうでもいい。知らない。
「……なんだよ『まざりたい』って……宇宙共通の願いって……仮にも女を口説くつもりなら、そんな遠回しな表現じゃなくってさあ……!」
これが叫ばずにいられようか。
その時、上空のハッチが開いた。怒りで滲んだ涙の粒が、重力の急変動で浮き上がり、眼前に舞う。
同時に、光破船団が頭上の
力の限り、わたしは叫ぶ。広い宇宙のそのまた先の、この世ならざる場所まで届けと。
「それならそうとはっきり言えよ!!
『愛してる』ってさあーー!!!」
タイトルは「物質」と書いて「つちくれ」と読ませるイメージです。原作より引用。
ヒィは相当シアンに救われてるし、似た者同士でお互いに響き合っているなあと、数年前の再読時に気付きました。これなら口に出してないだけで、彼からも矢印が向いててもおかしくないよなと。なので「生態の違いでシアンが気付かなかったってだけで、ヒィはめちゃくちゃ愛情表現してたよ」って二次があっても面白いんじゃないかと思いました。よーしめちゃくちゃ捏造してやるぞと気合を入れて。
そんなわけで生物の生殖や愛情表現について考えたり、マッチの炎を眺めたりして、作中の「まざりあう」にたどり着きました。
そして愕然としたのです。「わざわざ捏造なんてしなくても、公式でハグしてるじゃん」と。
公式が最大手。