妹の「タトゥーを入れたい」という一言で家の中は大論争となる。
その中で俺は日本人のタトゥーに対する嫌悪感の正体について
考えるのであった。

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入れ墨と歴史

日本では入れ墨者は兎角嫌われる。

「何故か?」

という問いに対してはいつも、

「昔、犯罪者に入れ墨を入れる習慣があった」

という説明がされる。

では、何故、犯罪者に入れ墨を入れたのだろう?

一番の理由は、

「犯罪歴の見える化」

だろう。ネットもスマホも無かった時代に、

犯罪者を監視するには手っ取り早く見える場所に

「前科者」の目印をつけてしまおうという事だ。

これによって犯罪者の再犯を防止すると共に、

辱める事で社会的制裁としても機能する。

確かによく出来た刑罰である。

日本では刑罰という概念が生まれた当初からこの

入れ墨を利用した刑罰を導入し続けていた。

その長い歴史の中で、入れ墨に対する嫌悪感が

定着していったのでは無いかというのが定説だ。

 

「しかし、本当にそれだけなんだろうか?」

俺は実家の自分の部屋でベッドに横になりながら

ボソリと呟いた。

何故、俺が急にそんな事を考え始めたかというと、

事の発端はほんの1時間ほど前に遡る…

 

「いいじゃん!タトゥーくらい!」

大学生の妹が机をバンッと叩きながら両親に抗議をしている。

「バカな事言うんじゃありません!入れ墨なんて入れたら、まともな生活出来なくなるのよ!」

いつもそれほど口うるさいことを言わない、

むしろおっとりタイプの母が珍しく声を荒らげる。

「お母さんは古いのよ!今時タトゥーなんてオシャレの一つなんだから!」

妹はなおも食い下がる。

「母さんを困らせるな!タトゥーなんてヤクザものの入れるものだ!身体髪膚共に父母に受く、敢えて毀傷せざるは孝の始めなりというだろ!」

普段妹に激甘な父親も今回ばかりは反対のようだ。

「しん…たいはっぷ?きしょ…う?何、それ!意味わかんない!キモ!」

頭の悪い妹に今のは伝わらないだろうと

心の中で父親にツッコミを入れる。

当の父親は娘に「キモ」と言われてへこんでいる。

母親もそんな父を早くも戦力外と悟ったのか、

俺の方に視線を向け、援護射撃をする様、目で訴えてくる。

仕方なく、

「お前、タトゥーなんか入れたら悪目立ちするだけだぞ」

と渋々妹に注意する。

「ニーニーまでそんなこと言うの!今どきタトゥーなんて普通じゃん!」

兄である俺まで参戦するとは思わなかったのだろう、

少し不貞腐れている。

「お前はタトゥーなんて普通と言うが、実際に日本でタトゥーを入れている人の割合は、アンケートにもよるが、多くて3%少なけりゃ2%もいかない。かなりのマイノリティーである事は知っておいた方が良い。」

まずはタトゥーに対する認識の共有を行おうと、

以前どこかで聞いた情報を伝える。

「えっ!?嘘!私の周りの子達、結構やってるよ」

と意外にも少数だった事に驚きつつも反論を試みる愚かなる妹。

「それはお前がFラン大学にいるからだろ?逆に言えば、お前の周りに多いと言う事は、もっと上の大学ではもっと少ないと言う事だ。全体で3%でも底辺のお前らにタトゥーが偏っているなら、世間はもっと減るって言うのはいくらお前でも分かるだろ。」

愚妹はバカにされた事にも気づかず、

兎に角言い返してやろうと構えている。

「で、でも、でも!仲間内で問題ないなら良いじゃん!問題ないじゃん!」

あまりにも考えなしの反論に少し頭が痛くなる。

「という事は、お前は一生、あの連中と付き合っていくつもりなのか?あの連中と一緒に働き、あの連中の誰かと一緒になり、家庭を持っていくのか?あの連中と!」

妹が何度か家に連れて来たから面識があるが、

少し話しただけで、勢いだけで、計画性の無さ、

その時だけが楽しければ良いという責任感の無さが

透けて見えたのを思い出す。

「マジあれが義理の弟になるとしたら絶対妹と縁を切ろう。」

と心に誓う。

妹はというと、

「いやぁー、あいつらといると楽しいけど、一生ずっとツルむとか無いっしょ。つかあいつら一生フリーターとかだよ」

と自分の事を棚に上げて友人をバカにする愚妹。

さっきの仲間って発言は何だったんだと、

その上から目線に吐き気すら感じる。

「そういう事だ。タトゥーを入れているお前のお仲間達は、お前ですらそう評価する様な奴だ。なのにタトゥー入れたら、その低評価の奴らと同じだとお前も周りから思われる事になるけどそれでいいの?」

仲間内で流行ってるから入れたかったようだが、

そいつらと同レベルとは思われたくないらしく、

「う〜あいつらと同じには見られたくないかも…」

と我が妹ながらなかなかに酷い事を言う。

だが、これは好機と畳み掛けに入る。

「お前、大学卒業したら何やるんだ?」

実は妹の将来の夢を俺は知っているが、

こう言う事は自分の口から言わさなきゃいけない。

「保育士さん!その為に授業も一時限目から出てるんだから!」

とドヤ顔の妹。うんうん、偉い偉い。

「なら、入れ墨は絶対ダメ。保護者からのクレーム凄くて辞めさせられたりざらにあるらしいぞ」

とまたまたネットで見た知識を披露する。

「えっ!ヤバいじゃん!えっ!マジ?」

とプチパニックを起こしている。

いやいやちゃんと働きたいなら、

事前に情報収集をしておきなさいと言いたいとこだが、

あまり追い詰めても良くない。

「まあ、入れる前に気付いたんだからいいんじゃないか。セーフだセーフ!」

と告げ、役目を終えた俺は自分の部屋に戻ろうとする。

そんな俺の背に向かって、

「ニーニーありがとう!」

と感謝を述べる。バカだが、素直なのは子供の頃から変わらない。

「おう!勉強頑張れよ!」

少し格好をつけて言う。

するとすかさず、

「自分はニートのくせに!」

軽口を叩く愚妹。

「うるせー」

といつものじゃれ合いを済ませて自室に戻ったのであった。

 

で現在に至る。

妹にはああ言ったが、実際問題、日本人の入れ墨への嫌悪感は

かなり根深いものがあると感じている。

なんせ「入れ墨刑」は7世紀の大化の改新より以前に

存在していたという。そこから江戸時代に再び正式な刑事罰として

法制化されるほど、日本社会に入れ墨=犯罪者という価値観は

根付いている。

千年以上の長きにわたり、その価値観は日本人の心に

染み付いているのだ。

では、昔から日本人は入れ墨にネガティブなイメージを

持っていたのかというと、実はそうではない。

魏志倭人伝によると成人した者は皆、入れ墨を顔や体に

入れていたと言う。

ある意味、成人の証の様なものだったのだろう。

とすれば、そこにはネガティブな意味合いよりも、

大人になれた証や一人前の目印的な、

誇らしいものであった筈だ。

邪馬台国では入れ墨はポジティブなものだったという訳だ。

それが、何故、ここまで嫌悪の対象となったのか…。

思い当たるのは日本史最大の謎、「空白の4世紀」だ。

 

266年に卑弥呼の後継者台与が使者を送ってから、

413年に倭の五王が遣使を送るまでの間、

当時の日本を記した文献が一切見つからないのだ。

当時、大陸は戦乱に継ぐ戦乱で、

海の向こうの日本の事など構っている余裕がなかった様だ。

その間に日本で何が起きたのか。

邪馬台国がそのまま大和国となったという学説には

歴史学者の多くが否定的だ。

邪馬台と大和、太陽神天照大神と日の巫女である卑弥呼。

何となくしっくりくると思うのだけど、

邪馬台国=大和国という見解には「証拠がない」と

取り合わない。

しかし、それならそれで邪馬台国はどうなった?

さぞかし邪馬台国はどこに行ったのか?

恐らく、大和国に負けて滅んだのだろう。

亡国の民達は当時、勝った国の戦利品として奴隷となる。

顔に入れ墨の入った奴隷。

なるほど、これが日本人の入れ墨嫌いの源流なのだろう。

敗戦国による奴隷。

大和政権に従わず逆らった者の末路だ。

古代日本における奴隷の扱いがどんなものかは知らないが、

外国に連れて行かれて貢物として捧げられたりしていた事を

考えると家畜と同じ処遇では無かっただろうか?

大和政権の人々は彼らのそんな扱いを見て、

「御上に逆らえば、ああなる」

と眉を顰めながらも、明日は我が身と恐怖しただろう。

その嫌悪感。恐怖。

そう言ったものが我々日本人のDNAに

刻まれているのかもしれない。

古代の亡国の敗者に想いを馳せなが、

ウトウトしかかった時、

トントン

と部屋のドアをノックする音がした。

 

ドアを開けると愚妹が立っていた。

「ニーニー!やっぱりあたし、やっぱり納得いかない!あたしの体なんだからあたしがどう使おうと周りがとやかく言うのおかしいじゃん!」

どうやら第二ラウンドをご所望の様だ。

なるほど、結局、子供から自我が芽生え、

「この体自分のものだ!」

って親への反抗心が、

かつて反逆の象徴だった入れ墨を求めるのかもしれない。

自我が目覚め、実際の自分が出来る事や社会的立場、

それらと理想の自分との相違から生まれるのが中ニ病なら、

自我を証明する為に必要以上に「個」を主張する事で、

自立しているアピールをしたがるのが大二病というところか。

平たく言うと、

「自分の人生は自分のもの!」

って主張をしたいだけなのだ。

敢えて反体制の象徴となったタトゥーによって。

と妹に起きた自立心の芽生えを、微笑ましくと思うが、

手段がいけない。

「周りは関係無いと言うが、人間は社会性の生き物だ。お前の好きなプリン一つにしたって、社会があるから食べられるんだぞ」

妹は冷蔵庫のプリンを切らすとキレるほどプリン好きなのだ。

その上、いきなり「社会」などと言われて戸惑っているのか、

「べ、別にプリン買う時、お金払ってるからいいじゃん」

と月並みな事を言うのが精一杯の様だ。

「いいか、金払ってるったって100円200円だろ?プリン作るためはな、卵を作る人、牛乳を絞るために牛を育てる人、容器を作る人、それを運ぶ人、プリンの工場で働く人などなど無数の人が関わっているんだぞ。お前一人でその人達を動かすことができるか?」

「そりゃ、そんな事は出来ないけど〜」

「なら、そういう周りの人達へのリスペクトを忘れちゃいけない。そう言う人たちに自分は普段から支えられていると謙虚にならなきゃな。」

そう言われて妹は、

「ぐぬぬ〜。自分はニートの癖に〜」

と悔しそうに唸っている。そんな言葉は聞こえないふりをして、

「ちなみにお前は日本人のうち、入れ墨に嫌悪感を持つ人の割合を知っているか?」

と、重ねて聞いてみる。

「えっ!知らないけど、今は結構タトゥーも受け入れられてるって…」

と言いかけるのに被せる様にして、

「7割近くの人が嫌悪感を持つと言う結果が出ている。ちなみに接客など人と接する仕事する人の入れ墨には8割以上が反対だと答えている。」

スマホで該当の記事を検索して、妹に見せる。

「ええっ!そんなに多いの?そしたらタトゥー入れるって事は…」

愚かなる妹も入れ墨を入れるという恐ろしさが少し理解出来たのか、

声にほんの少しだが、恐怖が混じっている。

「そうだ、自分から大半の人に嫌われに行く様なものだ。社会に生きているのに、自分から社会から嫌われる様な事をする。そんな奴を社会が受け入れたいと思うと思うか?」

面と向かってこうもストレートに言われたので、

流石の愚妹も少しは答えたらしい。しばらく沈黙が流れた。

しかし、

「でもでもでも!世の中には自分を追い込むことで、目指した道で夢を叶えようって敢えてタトゥーを入れる人もいるじゃん。そういうの格好良くない?」

最早、自分とは関係無い人の話を持ち出して、

少しでも肯定的な意見を引き出そうとしている。

「もちろん、自分はこの道を行く。と覚悟を決めてタトゥーを掘ると言う人は今に限らず、江戸時代にもいたらしい。しかし、それはあくまで本人の問題だし、逆に、そうまでしなけりゃ覚悟出来ないの?と俺は疑問すら感じるな」

元々そういう系の話を美談に仕立て上げるのが嫌いな

俺は辛辣な感想を述べる。

まあ、あくまで個人の感想だ。

「ええー意地悪過ぎない?」

妹も非難の声を上げている。

少し突き離し過ぎたか。

「昔、こんな漫画があったんだ。武術を極めようと山に籠って修業しようという男が、途中で挫折して山から降りたりしない様に、片方の眉毛だけを剃ったというお話があるが、要はそれと同じレベル。お話としては面白いけど、リアルで実際に片方の眉毛剃った男にあったらどんなふうに思う?」

と名作漫画をこんな事の引き合いに出すのは申し訳ないが、

有効に活用させてもらう。

「いやぁドン引きかなー。バカじゃない?って」

なかなかきついご意見の妹。名作なのに…。

「ま、まあそうだよな。でも「タトゥーで覚悟を決める」って行動も世間的には同じ様なものだから」

多少、名作への後ろめたさはあったが、

妹の将来の為と心を鬼にする。

「ええー!それと一緒!?」

格好良いと思ってたタトゥーが片方眉毛剃った男と

同じだと言われてショックの様だ。

よし、ここで畳み掛ける!

「あと、保育園の生徒さんや自分の子供が、怪我や病気で輸血必要になっても、タトゥー入れてたらお前の血は使わせてもらえないからな」

これには子供好きの妹は驚いた様で、

「え!そうなの?大事な子、助けられないって可能性もあるのか…。そう、かー。タトゥー、リスク激ヤバじゃん」

とりあえず俺の伝えたい事は伝わった様だ。

しばらく考えこむ妹。

そして、

「うん、やっぱり止めておく。子供助けられる選択肢は減らしたくないもん」

うんうん良い子だ。

と頭を撫で回してやりたい衝動を必死に抑える。

「ああ、そうしておけ。」

そう短く言って再び部屋に戻ろうとすると。

「へへ、でもニーニー止めてくれありがとう」

と礼を言われる。

「おう!俺もお前が働けなくなったら困るからな!」

と俺。

「えっ?何で?」

と不思議そうな妹に、

「いやいや、親が死んだあと誰が俺を養うと思ってんだよ」

当たり前の様に伝え、俺は部屋のドアを閉める。

閉める時、

「ええーあたしー」

と心底嫌そうな妹の声が聞こえたが、それは無視した。


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