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【休日の喧騒】
退院から数日後の週末。
体育祭を間近に控えたオレは、トレーニング用の新しいプロテインと、手首を固定するためのリストバンドを見繕うため、駅前の大型ショッピングモールへと足を運んでいた。
「ねえユノ! あっちのクレープ屋さんも行きたい! チョコバナナがいいわ! あ、あとその前に新しいリボンも見たいの!」
オレの肩の上では、すっかり魔力を回復させて元気いっぱいになったベルが、ショーウィンドウを指差しながらひらひらと飛び回っていた。
USJでの一件以来、彼女の我が儘にはある程度付き合ってやるつもりではいたが、流石にペースが早すぎる。
「……さっきカフェで、一番大きなショートケーキを食べたばかりだろ。それに、リボンは昨日買ったばかりだ」
「甘いものは別腹なの! おしゃれも女の子の特権よ! むーっ! ユノのケチ! 朴念仁! わからずや!」
ベルがぷくっと頬を膨らませてオレの鼻先をぽかぽかと叩く。周囲の買い物客たちが「あの子、妖精の個性かしら?」「可愛い〜」と微笑ましく見守る中、オレは小さくため息をつきながら歩みを進めた。
「あ……! ユノ君! それに、ベルちゃんも!」
後ろから、聞き慣れた声に呼び止められた。
振り返ると、ギプスで右腕を吊った状態の出久が、買い物袋を提げて小走りで駆け寄ってくる。ノートとペンを握りしめているところを見ると、休日の今日もヒーローの個性を分析しに出歩いていたらしい。
「出久か。腕の具合はどうだ」
「うん、リカバリーガールのおかげで、日常生活にはなんとか支障が出ないくらいまで回復したよ。ユノ君のほうは?」
「もう問題ない。体育祭に向けて、基礎体力の底上げをしているところだ」
オレが買ったばかりのリストバンドの袋を見せると、出久は「ユノ君も、しっかり準備してるんだね」と真剣な表情で頷いた。
そして、出久は目をキラキラと輝かせながらオレの肩の周りを飛ぶベルを見つめた。
「ベルちゃん、今日は一段と光が強いというか、エネルギーに満ち溢れてるね! USJの時よりすごく調子が良さそう。やっぱり休養と甘いものの摂取が、精霊の力の源にも直結してるのかな……ブツブツ……」
「はぁ。またイズクがブツブツ言い出したわよ……。でも、私に甘いものが必要不可欠だってことは大正解よ、イズク! 」
ベルが得意げに胸を張り、出久の目の前でくるくると回ってみせる。出久は「おおお……!」と感嘆の声を上げながら、すごい勢いでノートに何事かを書き込み始めた。
「そうだ! イズクからもユノに言ってちょうだい! ユノったら、私にクレープを買ってくれないの」
「あはは、ユノ君らしいや」
出久とベルがすっかり意気投合して笑いあっている。
「今日はもう十分周った、また今度な。今日はこれからトレーニングだ」
「……! うん。僕も負けてられないからね」
あの日。USJでの死闘と、あの病室での『宣戦布告』を経てから、オレ達の言葉の端々には、互いの背中を追い、追い越そうとするライバルとしての熱が、今まで以上に宿っている。
「……あのね、ユノ君。僕、ずっと考えてたんだ。ユノ君がUSJで見せたあの力……魔力を一箇所から放出するんじゃなくて、全身に纏っていたよね。それに、普段の特訓でも『魔力の反動に耐えるための器を作る』って、全身を鍛えてる」
「……それがどうした」
「僕の力は、使う瞬間だけ一箇所に100%のパワーを集めてた。だから器である僕の身体が耐えきれなくて、毎回ボロボロになってたんだ。……でもね。ユノ君みたいに、全身に力を巡らせて、常に『鎧』のように纏い続けたらどうなるかって……!」
出久は無事な左手をじっと見つめ、ゆっくりと力を込めた。
「そうすれば、身体にかかる部分的な負荷を最小限に抑えて、常に動き回れるんじゃないかって……!」
出久の言葉に、オレは僅かに目を細めた。
それは、奇しくもオレが今現在運用を考えている『マナスキン』と同じ考え。
オレの魔法の制御法や概念を観察し、自身の規格外のパワーの制御へと翻訳して、最適解を導き出してみせたのだ。やはり、この幼馴染の分析力と執念は侮れない。
「……それで、お前の身体が壊れずに済むなら、悪くない応用だ」
「へぇー! イズク、ユノの戦い方を参考にするなんてなかなかやるじゃない!」
「あはは、今はまだ、イメージトレーニングの段階だけどね。……でも、体育祭では、新しい僕を見せられると思う」
出久が無事な左手でグッと拳を握りしめ、オレを真っ直ぐに見据えた。その瞳には、かつての無個性だった頃のオドオドした色は微塵もない。
「……楽しみにしてる。だが、手加減はしないぞ」
「うん! 僕だって──」
「──おいおい、テメェら。こんな所で仲良く傷の舐め合いか? 虫唾が走るぜ」
出久の言葉を遮るように、低く、ドス黒い声が背後から響いた。
振り返ると、両手をポケットに突っ込み、ひどく機嫌の悪そうな顔をした爆豪勝己が、ギラついた目でこちらを睨みつけていた。彼も休日の走り込みの途中だったのか、動きやすいジャージ姿で汗をかいている。
「かっ、かっちゃん……!」
「デク。テメェ、無個性の分際で個性を隠し持ってた挙句、USJで派手に腕ぶっ壊して目立ってんじゃねェぞ。体育祭でそのナメたツラ、完全に歪ませてやる」
爆豪がギリッと歯を鳴らし、手のひらでチリチリと小さな爆破の火花を散らす。出久はビクッと肩を揺らしたが、それでも決して目を逸らそうとはしなかった。
爆豪の視線は、出久から、ゆっくりとオレの方へとスライドした。
「……そんで、テメェだ。羽虫連れのスカシ野郎」
「……」
「USJで一番デカいバケモノ相手に、一人でヒーローごっこしていい気になってんじゃねェぞ。俺があの場にいりゃ、あんな脳無だか何だか知らねェ奴、俺の爆破で木端微塵に終わってた」
爆豪が一歩、オレに近づく。
その全身から放たれる圧倒的な殺気と対抗心は、周囲の買い物客が思わず道を譲るほどに強烈だった。
「テメェがどれだけ派手な風を吹かそうが、トップに立つのはこの俺だ。体育祭で、その涼しい顔ごと爆破して、俺が一番強いってことをテメェらに刻み込んでやる!!」
完全にオレたちを『ぶっ潰す敵』として認定している、爆豪なりの宣戦布告。
怯む出久の横で、オレは全く表情を変えることなく、ただ静かに、冷徹に言い放った。
「……キャンキャン吠えるな」
「あァ!?」
「本当に自分が一番強いと思っている奴は、いちいち他人にそんなことを喚き散らしたりしない。お前はただ、オレたちに置いていかれるのが怖いだけだろ」
オレの言葉に、爆豪の動きがピタリと止まった。
直後、彼の顔が怒りで真っ赤に染まり、手のひらの爆破が「ドガァッ!」と一際大きな音を立てる。
「テ、テメェ……!! ぶっ殺す!! 体育祭、ぜってぇぶっ殺してやるからな!! 首洗って待ってろクソヤローが!!」
怒髪天を衝く勢いで吠え猛り、爆豪はそのまま凄まじい足音を立ててショッピングモールの出口へと消えていった。
「あぁ〜あ、行っちゃった。あのツンツン頭、絶対本気で怒ってたわよ?」
「事実を言ったまでだ」
「ユノ君……かっちゃんをあそこまで煽るなんて……」
出久が青ざめた顔で乾いた笑いを浮かべている。
そんな出久の頭に、ベルがポンと飛び乗り、慰めるようにポンポンと髪を叩いた。
「イズク、あんな爆発頭の言うことなんて気にしなくていいわよ! さぁ、美味しいクレープ食べて元気出しなさい! チョコバナナがおすすめよ!」
「ベルちゃん……あはは、ありがとう。そうだね」
出久が毒気を抜かれたように少しだけ表情を和らげる。
出久に爆豪、八百万や小大、それに他の皆も、それぞれのプライドと意地を懸けて、持てる力の全てをぶつけてくる。そうでなくては、一番を獲る意味がない。
「出久。怪我の調子が良いなら、少し付き合え。……クレープ屋だ」
「わぁっ! 本当!? ユノ大好き!!」
「えっ、あ、うん! 行こう、ユノ君、ベルちゃん!」
歓喜の声を上げるベルと、少し戸惑いながらも笑う出久を連れ、オレたちはフードコートへと歩き出した。
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【漢達の祝闘】
ショッピングモールでの買い物を終えた日の夕方。
オレは出久と別れ、駅前にある大衆向けのステーキハウスへと足を運んでいた。
「よっしゃあ! 肉だ肉! タンパク質のパラダイスだぜ!!」
鉄板の上でジュージューと音を立てる巨大なリブロースステーキを前に、切島が目を輝かせて歓声を上げる。
オレの向かいの席には切島と上鳴。そして、オレの隣には瀬呂が座り、それぞれの前には山盛りのライスと肉が並べられていた。
事の発端は、USJ襲撃事件よりも前──学級委員長を決めた日の放課後に遡る。
あの時、切島たちから「男連中で飯でも食いに行こうぜ!」と誘われていたのだが、直後にあのヴィラン襲撃事件が起きたため、約束は宙に浮いたままになっていたのだ。
退院し、日常を取り戻した今、ようやくその『男飯』が実現したというわけだった。
「いやー、マジで色々ありすぎて、この約束忘れるところだったぜ。でもこうして生きてみんなでメシ食えるって、最高に幸せだな!」
瀬呂がハンバーグを切り分けながら、しみじみと息を吐く。
「全くだぜ! しかもユノ先生直伝の『筋肉を育てる最強の食事法』も教わったからな! 今日は限界まで肉と米を食い繋いで、体育祭までに俺の『硬化』をさらにカッチカチにしてやる!」
切島がフォークに刺した巨大な肉の塊を豪快に口に放り込む。先日トレーニングルームで話した『超回復と栄養補給』の話を、彼は彼なりに真面目に実践しているらしかった。
「お前ら暑苦しいっての。……それにしてもよぉ、ユノ」
上鳴がストローでメロンソーダを啜りながら、ジト目でオレを見てきた。
「なんだ」
「お前、USJ戦やその他色々で一番目立ってる上にさぁ、お見舞いには、他クラスの美少女(小大)まで来てたらしいじゃん! 峰田が血涙流しながらハンカチ噛んでたぞ! テメェ、いつの間にそんなフラグ立ててんだよ! 羨ましいぜクソッ!」
「……受験の時に少し手を貸した相手だ。フラグも何もない」
オレが淡々とステーキを口に運ぶと、上鳴は「出たよその余裕ぶった態度! クゥ〜ッ! やっぱイケメンは違うなー」とテーブルに突っ伏した。
「ま。実際、ユノは実力で目立ってるんだから文句言えねェよ。……でもよ、上鳴」
切島がふと真面目な顔になり、手元のナイフとフォークを置いた。
「USJじゃユノや緑谷、それに轟や爆豪が飛び抜けてた。でも、次の体育祭はただの授業じゃねェ。日本中が見てる、プロへの最大のアピールポイントだ。……いくら命の恩人でスゲェ奴らだからって、俺たちだって黙って指を咥えて見てるつもりはねェぞ」
切島の言葉に、上鳴も瀬呂も、先ほどまでのふざけた空気を消して真剣な顔つきになった。
「当たり前だろ。俺だって、あんなヴィランの群れを潜り抜けたんだ。本番じゃ出し抜いてやるからな、ユノ!」
「俺も、アホになる前に電撃で一網打尽にしてやるぜ。覚悟しとけよ!」
彼らはオレの圧倒的な力を見てもなお、決して折れてはいなかった。
恐怖を乗り越え、自分たちの個性をどう活かして一番に食い込むか。雄英高校ヒーロー科に身を置く者としての意地とプライドが、彼らの瞳の奥で熱く燃え上がっている。
「……面白い」
オレはナイフを置き、三人の顔を真っ直ぐに見据えて、不敵に笑い返した。
「オレを出し抜けると思っているなら、全力でやってみろ。……だが、最後に一番上に立つのはオレだ」
「へへっ、言ったな! なら今日は前哨戦だ! ユノ、お前俺より肉食えるか!? 店員さん、こっちリブロースのおかわり追加で!!」
切島が熱く燃え上がり、メニュー表を高く掲げる。
「ああっ! ずるい! ユノ、私の分の特大パフェも早く頼みなさいよ!」
オレの頭の上では、肉の匂いよりも甘いものを求めるベルが、髪の毛を引っ張りながら抗議の声を上げていた。
「おい上鳴! 妖精のパフェ代、お前のツケにしといていいか?」
「なんで俺なんだよ!? ユノの奢りに決まってんだろ!」
大騒ぎしながらも、テーブルの上には絶え間なく笑顔が溢れていた。
張り詰めた特訓の日々の中で、こうして腹を割って笑い合える仲間がいること。それは、これから始まる過酷な戦いを前に、確かな活力となってオレの中に満ちていった。
そして──。
様々な想いと誓いが交錯した日常の時間が過ぎ去り。
ついに、雄英高校体育祭がやってきたのだった。
体育祭編は少し更新ペース遅れます。