グラウンド中央に設置された巨大なコンクリートのリング。その両端から、オレと、対戦相手である常闇がゆっくりと歩み出た。
『第一回戦! 入試トップにして、圧倒的な機動力と暴風でここまで勝ち上がってきた、1年A組の規格外! ユノ・グリンベリオォォォール!!』
オレの名前が響いた瞬間、観客席から大歓声と、選手宣誓時の不敵な態度に対するブーイングが混ざり合った熱狂が巻き起こる。
『バーサス! 攻防一体の魔獣を従える深淵の戦士! ヒーロー科1年A組、常闇踏陰!!』
常闇はリングの端で立ち止まり、静かに腕を組んだ。すると、その腹からヌルリと意志を持った常闇の個性──
「グリンベリオール。お前のその全てを吹き飛ばす暴風はまさに脅威。だが、我らもまた深淵にて牙を研いできた。容易く道を譲るわけにはいかん」
「ヤッテヤルゼ! ナメンナヨ!!」
黒影が闘志を剥き出しにしてオレを睨みつける。すると、オレの肩の上でふんぞり返っていたベルが、即座に身を乗り出して叫び返した。
「ふんっ! あんたみたいな薄暗いヘロヘロの黒モヤ、私が一瞬で吹き飛ばしてやるわ!」
「ヘロヘロイウナ ヨウセイッ!」
試合前から小競り合いを始めた二人の応酬を、オレは手を伸ばしてベルの口を指先で軽く摘むことで強制終了させた。
「……ベル、騒ぐな」
「
『レディィィ……スタートォォ!!』
マイクの合図と同時、常闇が仕掛ける。
「先手必勝! 行け、
「オラァァァッ!! サッキノ クチゴタエノ シカエシダァ!!」
黒影がリングの床を抉るような猛スピードで、真っ直ぐにオレを目がけて突っ込んでくる。
その鋭い爪が眼前に迫るが、オレの思考は極めて冷静だった。
(自我を持つ個性。オレのベルと近い性質だが──)
脳裏をよぎるのは、入学直後に行われた個性把握テストの記憶。
あの時、常闇の動きをサポートしていた黒影を見て、オレはある違和感を覚えていた。光の強いスタジアムの下、黒影の動きが僅かに鈍る瞬間。
(あの時睨んだ通り、光に弱そうな印象は間違いない。それに……
オレは黒影の攻撃を躱して宙に跳躍し、常闇本体へと風の刃を放つ。
「風魔法──『カマイタチの三日月』」
すると、それを察知した黒影は即座に常闇の方へと戻り、常闇を守る。
「イテェ!」
(確かに、あの
「風創成魔法──『
オレが右腕を前に突き出すと同時、スタジアムに凄まじい乱気流が発生した。
暴風が凝縮され、オレの頭上に姿を現したのは、巨大な風の鷹。その鋭い眼光と圧倒的な存在感に、スタジアム全体が息を呑んだ。
『な、なんだアレはァァ!!? 巨大な鳥の形をした風が創り出されたァァ!!』
プレゼント・マイクが叫ぶ。
「行け」
オレの短い指示と共に、白鷹が鋭い鳴き声を上げて急降下した。
「迎撃だ、
「ウオオッ、ナンダ コノ デカブツハァ!」
黒影が腕を巨大化させて白鷹を受け止めようとする。だが、白鷹の放つ気流の乱反射によってスタジアムの直射日光がリング中央へ集中し、影の塊である黒影の身体が目に見えて縮小し始めた。
「フ、フミカゲ! ナンカ コノカゼ、マブシクテ チカラガヌケルゥゥ!」
「
常闇が驚愕に目を見開く。
その様子を、観客席のA組スペースから出久が身を乗り出して凝視していた。
「やっぱりユノ君は凄い……! 個性把握テストの時のわずかな観察から、常闇くんの
出久はボロボロのノートに猛烈な勢いでペンを走らせる。
離れた席では、爆豪が「チッ」と激しく舌打ちをしていた。
「小細工なんざしやがって……。だが、あの風の出力自体がイカれてやがる」
「(確か、アイツは自分の体力や精神力を羽虫が風に変換する個性ってたな。つまり、ゲームでいうところのMP消費みたいなモン。あの威力を無限に撃てる訳じゃねェ。アイツ、あの出力の風をあと何回撃てる……?)」
文句を言いつつも、爆豪の目はユノの風の練度を冷徹に測っていた。
一方、リング上では、白鷹の猛攻と眩い光によって、黒影が常闇の本体へと押し戻されそうになっていた。
「くっ……! 深淵の闇よ、霧散するな!」
「無駄だ。これで終わらせる。……ベル」
「任せなさいユノ! あんな薄暗い鳥、私が一息で吹き飛ばしてやるわ!」
オレの呼びかけに応え、肩の上のベルが空中に飛び出す。彼女はその小さな胸を大きく反らし、オレの体力を吸い取りながら深く、深く息を吸い込んだ。
そして。
「
「ふーっ!!」と、ベルの小さな口から吐き出された息。
それは瞬く間にリング上の空気を巻き込み、リングの横幅を完全に呑み込むほどの巨大でな竜巻へと変貌した。
「なッ!? 同時発動だと!?」
「フミカゲ ゴメン、モウ ムリ」
そして、黒影ごと常闇の身体が強烈な竜巻の風圧によって真後ろへと吹き飛ばされる。コンクリートのリングを両足で削りながら耐えようとする常闇だったが、その圧倒的な質量の前には、踏ん張ることすら叶わなかった。
「……と、常闇くん、場外! ユノくんの勝利!」
ミッドナイトの声が響く。
スタジアムが、一瞬の静寂の後、爆発的な歓声に包まれた。
『な、何だァ今の竜巻はァァ!! 妖精の吐いた息が、一瞬でリングを丸呑みにしたぞ!! 一回戦、文字通りの圧倒だァァ!!』
『……最初の鷹で
オレは息一つ乱すことなく右腕を下げた。ベルも「ふふんっ! やっぱり、私の方が優秀ね!」と上機嫌でオレの肩に戻ってくる。
「……見事だ。弱点を見抜かれ、その上でこの暴風。深淵の闇など、お前たちには届かなかったか」
場外の芝生の上で立ち上がった常闇が、悔しさを滲ませながらも、真っ直ぐにオレを見つめて頭を下げた。黒影も、「ウゥ……ゴメン フミカゲ。アノ カゼ、マジデ オモテェシ マブシインダモン……」とシュンとして常闇の影へと戻っていく。
「……悪くない連撃だった。だが、本体の隙が大きすぎる。そこを鍛えれば、次はもっとマシな戦いになる」
オレが淡々と告げると、常闇は驚いたように目を丸くした後、「……肝に銘じておこう」と小さく口元を緩めた。
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オレがA組の観客席へ戻ると、先程の試合に興奮した奴らが群がってくる。
「おいおいユノ! お前マジで容赦ねぇな! あの常闇が手も足も出てなかったぞ!」
「あの竜巻、客席まで風圧が来たんだからね! 凄すぎ!」
上鳴が興奮気味に肩を揺さぶろうとしてくるのをヒラリと躱し、芦戸の歓声にも小さく頷き返す。
「ユノさん、ベルさん、お疲れ様です。お見事でしたわ」
八百万もまた、拍手をしながら称えてくれる。
「あんな黒いモヤモヤ、大したことないわ! だって、私の方が可愛くて優秀なんだもの!」
ベルは、黒影が自分と似た個性だからか、個性把握テスト以来、黒影に対して対抗心を燃やしているらしい。今回の戦いはその証明にもなったため、えらく上機嫌だ。
「ユノ君、お疲れ様。あの同時発動……本当にすごかった。風で光を集めて
「ああ。
ブツブツとノートに書き込みを続ける出久にそう返し、オレは空いていた席へと腰を下ろした。
ふと視線を感じて横を向くと、少し離れた席から爆豪が忌々しそうにこちらを睨みつけている。オレはそれに口角を少しだけ上げて返し、グラウンドへと視線を戻した。
『さァさァ! 息つく暇もなく第二試合だァ!』
プレゼント・マイクの実況が再びスタジアムを温める。
先程までの竜巻の爪痕が残るリングの両端から、二人の選手が姿を現した。
『騎馬戦じゃあパチンコ台として活躍したこの男! ヒーロー科1年A組、瀬呂範太!』
『対するは……推薦入学生! 実力はすでにトップクラス! ヒーロー科1年A組、轟焦凍!』
2人が向かい合うと、試合開始の合図が鳴り響いた。
『レディィィ……スタートォォ!!』
「俺の紹介は例のパチンコ台かよ! もっとまともな紹介してくれよ──とっ」
瀬呂が先手を取った。両肘から勢いよくテープを射出し、轟の身体を幾重にもぐるぐると拘束する。そのままリングの外へ放り出そうと、瀬呂が体を捻ってテープを力一杯引っ張った。
「悪いな轟! 勝ち上がらせてもらうぜ!」
だが、テープに巻かれた轟は、俯いたまま微動だにしなかった。
そして、俯いたままの轟の口から、白く冷たい息が漏れる。
「……こっちのセリフだ」
その直後だった。
轟が右足を踏み出した瞬間、リングから爆発的な轟音と共に、天を衝くほどの巨大な氷の山がスタジアムに出現した。
「なッ……!?」
観客席にまで強烈な冷気が押し寄せる。
オレは咄嗟に魔力を練り上げ、出久たちの席の前に強風を巻き起こして、押し寄せる冷気の軌道を上空へと逸らした。だが、風で弾き飛ばさなければ肌が凍りつくほどの、圧倒的な暴力とも言える冷気だった。
スタジアムの半分を覆い尽くすほどの、巨大な氷壁。
瀬呂は全身をテープごと完全に氷漬けにされ、身動き一つ取れない状態になっていた。審判のミッドナイトすら、半身を凍らせて震えている。
「……せ、瀬呂くん……動ける……?」
「動けるかよ……こんなん……」
「せ、瀬呂くん行動不能! 勝者、轟くん……!」
凍りついたスタジアムが、どよめきと沈黙に包まれる。
「な、なんだよアレ……!」
「規模が違いすぎるだろ……」
A組の連中も、轟の放ったデタラメな出力の前に言葉を失っていた。出久ですら、ノートにペンを走らせることすら忘れて、呆然と巨大な氷を見上げている。
『……おいおいおい、何だァ今の氷は!? スタジアムの空調どうなってんだ!?』
『……ただの力任せだな。とはいえ、あの規模になれば技術など関係ない』
実況席のマイクが叫び、相澤先生が冷静に分析する。
リング上では、轟が自らの左手から熱を放ち、瀬呂を包む氷を溶かし始めていた。
オレは腕を組み、静かに轟を見下ろした。
圧倒的な個性の出力。純粋な威力と範囲だけで言えば、間違いなくこの学年でトップクラスだ。
「ひぃっ……! な、なによあの氷! さむっ!」
肩の上でベルが震えながら、たまらずオレのジャージの襟元から服の中へと潜り込んできた。
オレは服の中でモゾモゾと動く相棒を放置したまま、静かに息を吐いた。
(……だが、出力がデカいだけの力押しだ。風でいくらでも捌ける)
氷を溶かし終えた轟が、ふと顔を上げ、観客席にいるオレの方を真っ直ぐに見据えてきた。
そのオッドアイの瞳には、「次はお前だ」という明確な意志が宿っていた。
「……上等だ」
オレは口角を釣り上げ、彼に向かって不敵な笑みを返した。
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第3試合、飯田と発目明の戦いは、発目が自身のサポートアイテムを存分にアピールした上で自ら場外へ出るという、奇妙な結末で幕を閉じた。
続く第4試合、切島と障子の戦いは、障子の多腕による猛攻を強固な『硬化』で耐え凌いだ切島が、スタミナと根性の肉弾戦の末に押し出して勝利を収めた。
そして、第5試合──緑谷出久 対 心操人使。
リングに向かい合う二人を、オレは観客席から静かに見下ろしていた。
心操は気怠げな目を細め、出久を見る前に、ふとA組の観客席──オレの方へと一瞬だけ鋭い視線を向けた。
「(……ユノ・グリンベリオール。圧倒的な制圧力の、華のある風の個性。誰が見ても疑いようのない、社会が求める正統派ヒーローの個性)」
心操の胸の内に、黒く澱んだ感情が渦巻く。
「(俺だって、あんな個性に恵まれたかった。あいつみたいに、力強くて、誰もが憧れるような個性があれば……スタートラインから、こんなに苦労することはなかった)」
『レディィ……スタートォォ!!』
試合開始の合図と同時に、心操は視線を目の前に立つ出久へと向けた。
緑谷出久もまた、派手で強力な個性を放ち、周囲から一目置かれている存在だ。心操から見れば、彼もまた恵まれた側の人間に他ならない。
「……羨ましいよ。お前も、あの風使いも。生まれつきヒーローに向いてる個性に恵まれてさ」
「……」
「俺の個性、『洗脳』なんだ。よくヴィラン向きだって言われるよ。……お前らみたいに恵まれた奴らには、俺の焦りなんて分からないだろうがな」
「……心操、君」
何かを話していた心操の言葉に、出久が反応した──してしまった、その瞬間。
出久の身体がピタリと動きを止めた。焦点の合わない虚ろな瞳のまま、一切の反応を示さなくなる。
オレは腕を組み、その光景を冷静に分析した。
(やはり洗脳か。そして、相手の言葉に答えることが発動条件……。対人において、極めて強力で厄介な個性だな。……入試の科目的に、ヒーロー科に入る事ができなかったのか)
ヒーロー科の実技試験は、仮想ヴィランを倒してポイントを稼ぐというもの。心操の様に強力だが、直接戦闘向きでない個性は、ヒーロー科からあぶりだされてしまう。
「……第一種目、第二種目と、お前を見てきて分かった。お前は本気でヒーローを目指してる。こんな俺なんかにも、本気で同情すると思ったよ。……回れ右して、場外へ歩け」
心操が冷酷に命じると、出久はそれに従うように、無機質な足取りで自ら場外へと向かって歩き始めた。
あと数歩でラインを越える。周囲のA組の連中がざわめき、誰もが出久の敗北を覚悟した。
「あーあ。イズクったら、あんな簡単な挑発に乗っちゃって。これじゃあユノと戦う前に自滅じゃない」
ジャージの襟元から顔を出したベルが、呆れたようにため息をつく。
「……いや。アイツは、こんな所で終わるような奴じゃない。──そうだろ。出久」
オレが静かにそう告げた直後──出久の歩みが、ラインの直前でギリッと鈍く止まった。
「(……僕の、意識が……霞んで……)」
出久の意識は、深い霧の底に沈んでいた。自分の身体なのに、まるで他人のように勝手に動いていく。抗う術が分からない。
だが、その濃密な霧の中で、ふと一つの真っ直ぐな瞳と、力強い言葉が閃光のように脳裏をよぎった。
『出久。決勝で会おう』
「(……そうだ。僕は、約束したんだ。ユノ君と……!)」
それは、親友であり、最大のライバルの言葉。
「(……僕は、ユノ君に追いつく。そして、彼に勝って、僕が最高のヒーローになるって証明するんだ……!! こんな所で、負けるわけにはいかないっ!!)」
霧の底から突き上げるような、約束を守るという強烈な執念。
それが出久の心に火を点け、心操の支配にピキリとヒビを入れた。
出久は霞む意識の中で、痛覚を呼び覚まして洗脳を強制解除するため、必死に自らの指先に力を集中させる。
ドンッ!
そして、自らの指を弾き飛ばす強烈な衝撃波と激痛によって、出久は強引に洗脳の霧を完全に打ち破った。
「ハァッ……ハァッ……!」
折れて紫色に腫れ上がった指を抱え、荒い息を吐きながら振り返る出久。その瞳には、絶対に勝つという確固たる闘志が燃え上がっていた。
心操が驚愕の表情で数歩後ずさる。
「なんで……お前、どうやって……!!」
心操の言葉に答えず、出久は肉弾戦を仕掛ける。その身体には、緑色の光は纏っていない。フルカウルを使わない、お互いに純粋な力勝負。
「クソッ! なんで個性を使わない! お前のその個性があれば、俺に勝つなんて簡単だろうが!」
出久は何も答えず、ただひたすらに心操との肉弾戦を続ける。ドスッ、と心操の拳が出久の頬を打つ。だが、出久は怯むことなく一歩前へ踏み込み、心操の胸ぐらを取って強引に投げを打とうとする。
全国トップのヒーロー育成学校の試合とは思えない、実質的な『無個性』同士によるステゴロ。
「こんな個性でも、夢見ちまうんだよ! ヒーローをさ!」
必死に抵抗する心操だったが、肉体の基礎能力の差は歴然だった。
数分、あるいは十数分と泥臭い取っ組み合いを続けた先。出久の気迫と絶対に引かない体幹の強さを前に、体力の限界を迎えた心操が、肩で息をしながら小さく呟いた。
「……参った」
「ハァ……ハァ……。心操、君……」
ハッとした様子で、ミッドナイトがムチを振るう。
「心操くん、降参! よって、緑谷くんの勝ち!」
会場から歓声が沸く。お互いに派手な個性を使用していない、ただの殴り合い。だが、その一歩も譲らない執念のぶつかり合いは、この戦いを見ている数万人の人間の心に確かに響いていた。
「……あのね、心操君。僕は、つい数ヶ月前まで『無個性』だったんだ」
「無、個性……?」
「……うん。ヒーローから、最も遠い個性。でも、僕がこうやって、この舞台に立てているのは、僕の事をずっと信じてくれた、大切な
「……」
「ええっと、だから! 僕が何を伝えたいかっていうとね! 君の個性は、凄く強かった! それに『洗脳』って、凄くかっこいい個性だよ! どんな戦況でも、その個性だけで一気に形勢を覆せる可能性もあるし、ヴィランを無力化するのにも向いてる! 他にも……ブツブツ……」
出久はいつもの調子でブツブツと、心操の個性の素晴らしい点と可能性について延々と語り始めた。そして──。
「──だから。絶対、君はヒーローになれる。君と戦った僕だからこそ、そう信じてる」
「ッ……!」
その言葉に、心操は毒気を抜かれたように小さく笑い、ふいっと顔を逸らした。
「底抜けのお人好しだな、お前。……じゃあ、信じててくれよ。俺は、こんな個性でも絶対にヒーローになる。その為にも、お前らと同じヒーロー科に入ってやる」
「うん……! 待ってる! ──あっ」
出久の目が、再び虚ろになる。
「本当。バカが付くほどのお人好しだよ、
そう言って、リングを降りる心操の背中には、先程までの澱んだ空気はなくなっていた。
✦ ━━━━━━━━━━━━━━ ✦
「……フン。デクの野郎、小賢しいマネしやがって……!」
出久と心操の試合を見ていた爆豪が、ギリッと歯を食いしばる。個性に頼らず勝ち上がった幼馴染の姿が、彼の目にはどう映ったのか。
(……良い顔をするようになったな、出久)
オレは観客席から
『さァさァ! 感動の余韻もそこそこに、続いて第6試合だァ!!』
プレゼント・マイクの実況が再びスタジアムの空気を引き締める。
リングの両端のゲートから、二人の女子生徒が姿を現した。
『推薦入試からの刺客! 彼女の知識と創造力は無限大! ヒーロー科1年A組、八百万百!』
『対するは、騎馬戦で見せたあのコンボは記憶に新しい! 静かなるサイズ・マスター! ヒーロー科1年B組、小大唯!』
リングの中央で向かい合う二人。
八百万は真剣な眼差しで戦闘用スタッフを『創造』して構え、小大はいつも通りの無表情で、指先にいくつかの小さなナットを摘まんでスッと構えた。
「……奇しくも、二人ともオレと関わりのある奴だな」
オレが呟くと、ベルが「私のユノに教えてもらったんだから、二人ともみっともない戦いは許さないわよ!」と偉そうに腕を組んだ。
図書室で、個性のイメージを共有し合った仲。
二人がオレの言葉から何を掴み、どう昇華したのか。オレは静かにその試合の行方を見守ることにした。