出久が無個性なんてありえねー…!   作:がんばリーリエ

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前回の5話(金色の夜明け)の最後に、出久視点の話を少しだけ追加しました。





日常とトマトパスタと非常口の飯田

 

 

 屋内対人戦闘訓練の翌日。

 朝のホームルームに姿を現した相澤先生は、教卓に立つなり、いつも通りの気怠げな声で告げた。

 

「今日はホームルームで、学級委員長を決めてもらう」

 

(((……学校っぽいこときた)))

 

 クラス中が安堵の空気に包まれた次の瞬間、教室は一気に騒がしくなった。

 

「はいはいはい! アタシやりたい! 委員長!」

 

「オイラにやらせろ! オイラが委員長になった暁には、女子のスカート丈を膝上30センチに規定する!」

 

「私もやるー! 目立ちたい!」

 

「お前ら、欲に忠実すぎるだろ……」

 

 ピンク色の肌をした芦戸三奈や、煩悩むき出しの峰田実、制服だけが宙に浮いている葉隠透たちが次々と名乗りを上げる。尻尾を持つ尾白猿夫がツッコミを入れているが、熱狂は収まらない。

 

「ちょっと! みんな静かにしなさいよ! 委員長なんて、全生徒の頂点に立つユノがやるに決まってるじゃない!」

 

 オレの肩の上で、ベルがふんぞり返ってドヤ顔を決めている。

 

「オレはパスだ。面倒くさい」

 

「ええっ!? なんでよ! ユノなら絶対立派な王様……じゃなくて委員長になれるのに!」

 

 ブーブーと文句を言うベルの頭を指で軽く小突いて黙らせる。オレは最高のヒーローになるためにここへ来ているのであって、クラスのまとめ役に興味はない。

 

 最終的に、飯田の提案によって投票で決めることになった。

 結果、出久が4票で委員長、八百万が2票で副委員長に選ばれた。

 

「くっ……! 早くもトップの座を奪われるとは……!」

 

「提案したあなたがゼロ票って、どういうことなのよ」

 

 プルプルと震える飯田を横目に、オレは静かに席を立った。

 午前中の授業が終わり、待ちに待った昼休みだ。

 

 

 ✦ ━━━━━━━━━━━━━━ ✦

 

 

 雄英高校の学食は、三ツ星フレンチのシェフでもあるプロヒーロー・ランチラッシュが腕を振るっており、信じられないほど美味くて安い。

 オレがトレイに『スタミナ焼肉定食』を乗せて空いている席を探していると、背後から上品な声がかけられた。

 

「ユノさん、もしよろしければご一緒してもよろしいですか?」

 

 振り返ると、同じくトレイを持った八百万が微笑んでいた。彼女のトレイには、彩り豊かな白身魚のポワレとサラダが乗っている。

 

「ああ。構わない」

 

 二人で適当なテーブルに向かい合わせで座る。ベルも八百万の持ってきたデザートのマカロンに目を輝かせていた。

 

「昨日の訓練は見事でしたわね。改めて、ユノさんの個性の精密さに驚かされました」

 

「お前のサポートと状況判断あってこそだ。……それと、副委員長、頑張れ」

 

「ええ。ありがとうございます。精一杯務めさせていただきますわ」

 

 副委員長ということに悔しさを微塵も見せず、真っ直ぐにそう言い切る八百万。その気高さは、昔読んだ本に出てくる魔法騎士団の王族たちに通じるものがある。

 

 と、その時。

 オレの隣の空席に、コトリ、と静かにトレイが置かれた。

 

「……ん」

 

 短く、感情の読めない声。

 視線を向けると、黒髪のボブカットに、白く整った無表情な顔立ちの女子生徒が座っていた。ヒーロー科1年B組の、小大唯だ。

 彼女のトレイには、真っ赤なトマトの冷製パスタが乗っている。

 

「あら。あなたは……B組の小大さん、ですわね?」

 

 八百万が丁寧に声をかけるが、小大はパチクリと瞬きをした後、小さく頷いただけだった。

 

「……ん」

 

 それ以上言葉を発することなく、彼女は静かにフォークを手に取り、パスタに乗っていた色鮮やかなトマトを口に運ぶ。

 すると、無表情だった小大の瞳が微かに輝き、パァッと花が咲いたようなふんわりとした空気を纏った。

 

「んん!」

 

 先ほどの無機質な反応とは違う、明らかに弾んだ声。どうやらトマトが大好物らしい。

 極度の口下手なのか、それとも単に言葉を発するのが面倒なだけなのかは分からないが、感情まで無頓着というわけではないようだ。

 オレは微かに毒気を抜かれた思いで彼女の横顔を数秒見つめ、そして、自分の焼肉定食へと視線を戻した。

 

「……美味いな」

 

「……ん」

 

 オレの独り言のような呟きに、小大が小さく相槌を打つ。

さっきのトマトパスタを食べた時の反応とは違い、また元の静かなトーンに戻っていた。

 ただ、無表情な男と無表情な女が並んで座り、黙々と昼食をとっている。不思議と、居心地の悪さは感じなかった。

 

「な、なんなのよこの空間……! 空気重くない!?」

 

「いえ……お二人とも、波長が合っているような気がしますわ」

 

 ベルが戸惑いながらオレの周囲を飛び回り、八百万が少し可笑しそうにくすくすと笑う。

 

「ねえねえ、そこの君!」

 

 突然、背後からポンと肩を叩かれた。

 振り返ると、透明な姿の葉隠と、芦戸がトレイを持って立っていた。

 

「アタシたちも一緒に食べていい!? ユノの個性、昨日すっごくかっこよかったからお話聞きたくてさ!」

 

「妖精さんも可愛いし! なになに、この子って普段どうやって生活してるの?」

 

 芦戸と葉隠の底抜けに明るい声が響く。

 途端に、隣で静かにパスタを食べていた小大が、ピクッと肩を揺らした。大勢で騒ぐのが苦手なのか、彼女は「……ん」と短く呟くと、少しだけオレの反対側へと身を引いた。

 

「ベルはオレの個性のエネルギーで顕現してる。だから食事は本来必要ないんだが、味は感じるらしい」

 

「えっ、すごーい! じゃあ私のケーキも一口食べる?」

 

「食べる!!」

 

 葉隠(が持っている浮いているケーキ)に釣られて飛んでいくベルを見ながら、オレは小さくため息をついた。

 騒がしいA組の連中と、静寂を好むB組の小大唯。そして上品に微笑む八百万。

 ヒーローになるための道程は、どうやら戦闘以外でも愉快なものになりそうだ。

 

 ピリリリリ! 

 突然、鼓膜を劈くようなけたたましい警報音が食堂全体に鳴り響いた。

 

『セキュリティレベル3を突破。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください』

 

「な、何事ですの!?」

 

 八百万が弾かれたように立ち上がる。周囲にいた上級生が「レベル3は3年ぶりだ! 誰か侵入したんだ!」と叫んだことで、食堂内は一気にパニック状態に陥った。

 何百人という生徒たちが一斉に狭い出口へと殺到し、すさまじい押し合いへし合いが始まる。

 

「オ、オイラもみくちゃにされて死ぬゥ!」

 

 遠くで峰田の情けない悲鳴が聞こえた。

 隣を見ると、大勢で騒ぐのが苦手な様子の小大が、押し寄せる人波に完全に飲まれそうになっていた。

 

「……んッ!」

 

「っと、危ない」

 

 オレは咄嗟に小大の腕を引き寄せると、自身と八百万たちを囲うように、即座に風の壁を展開した。

 出力を極限まで抑え、周囲に滞空させることで不可視の防護壁として応用する。押し寄せる生徒たちの波が、風のクッションに弾かれて滑らかに左右へと受け流されていく。

 

「ユノさん、助かりましたわ……!」

 

「……ん」

 

 八百万と小大がホッと安堵の息を吐く。

 オレは風の壁の中から、食堂の大きな窓の外を冷静に観察した。

 

「……騒ぐな。ただのマスコミだ」

 

 敷地内になだれ込んできているのは、ヴィランでもなんでもなく、オールマイトの件で押し掛けてきた大量の報道陣だった。

 だが、完全にパニックに陥った生徒たちにオレの声は届かない。

 

「みんなを止めなきゃ……!」

 

 人混みの中で、出久や麗日が揉みくちゃにされながらも声を上げようとしている。そして、その横で飯田が何かに気付いたように動いたのが見えた。

 

「麗日くん! 僕を浮かせてくれ!」

 

 飯田の言葉に麗日が彼の背中を叩き、無重力状態にする。飯田は空中で自身の個性『エンジン』をふかし、猛スピードで壁の上──非常口のサインの上へと飛び乗った。

 

「皆ぁぁぁあ!! 大丈夫だ!!」

 

 飯田の腹の底から響く大声が、パニックになっていた生徒たちの動きをピタリと止めた。

 

「ただのマスコミだ! パニックになるな! 雄英生らしく、毅然と行動しろ!!」

 

 非常口のマークと全く同じポーズで叫ぶ飯田の姿に、食堂の熱狂が急速に冷めていく。

 警察が到着し、マスコミが撤退していくのを窓から見下ろしながら、オレは風の壁をフッと解除した。

 

「……やるじゃない、あのメガネ」

 

 ベルも腕を組んで、少しだけ感心したように頷いている。

 

「ああ。ただ真面目なだけじゃない。人の上に立つ器はあるらしいな」

 

 小大が、静かに「……ん」と同意するように頷いた。

 

 午後のホームルーム。

 騒動も落ち着いた教室で、出久が教卓の前に立ち、真っ直ぐな目でクラス全員に向かって口を開いた。

 

「さっきの非常口での飯田くん、すごくカッコよかった。だから、委員長は飯田くんがやるべきだと思う!」

 

 その提案に、クラスの誰もが反対しなかった。切島や上鳴たちも「確かにあの対応はスゲェよかった」と賛同の声を上げる。

 

「……いいのか、出久」

 

 オレが静かに問いかけると、出久は少し照れくさそうに笑って頷いた。

 

「うん。僕より、飯田くんの方が絶対に向いてるから」

 

(……お前も、そういうところは相変わらずだな)

 人の長所を素直に認め、自分の手柄すらも惜しげもなく譲れる。それもまた、出久の強さの一つだ。

 こうして、A組の学級委員長は飯田、副委員長は八百万という形に落ち着いたのだった。

 

 

 ✦ ━━━━━━━━━━━━━━ ✦

 

 

 学級委員長騒動も落ち着いた、その日の放課後。

 教室に残っていた生徒たちが帰り支度を始める中、オレも鞄を手に取ろうとした時だった。

 

「なあユノ! ちょっといいか?」

 

 声をかけてきたのは、ツンツンに逆立った赤い髪の男、切島鋭児郎だった。その後ろには、金髪の上鳴電気と、ひょろりとした体格の瀬呂範太が続いている。

 

「昨日の屋内訓練、マジで凄かったよな! 轟の氷を真正面からぶっ壊すとか、どんだけ強え個性なんだよ!」

 

「ああ。遠距離も近距離も隙がねぇし、動きのキレもヤバかったぜ」

 

 上鳴と瀬呂が興奮気味に身を乗り出してくる。彼らとは入学してからまだあまり話す機会がなかったが、どうやら純粋な好奇心を向けてきているらしい。

 

「あのさ、ユノって普段どんな特訓してんの? やっぱ座禅組んで魔力高めるとか、そういうファンタジーなやつ?」

 

 目を輝かせる切島に、オレは小さく息を吐いて首を横に振った。

 

「いや、地道な基礎トレーニングだ。……ベルがオレの体力や精神力を変換して力を引き出している以上、強大な魔法を行使するには、それに見合うだけの器──肉体の強度が必須になる」

 

 オレは自分の腕に視線を落としながら言葉を続けた。

 

「特に、瞬発的な動きや風の反動に耐えうる腕の筋力は徹底して鍛えている。限界まで追い込む腕立て伏せの反復や、効率よく筋肉を育てるための食事管理もな」

 

「へぇー! 魔法使いみたいな個性なのに、裏ではゴリゴリの肉体派じゃん!」

 

 瀬呂が感心したように声を上げると、切島が「漢らしいぜ!」と両拳を打ち合わせた。

 

「オ、オイラも腕立て伏せとプロテインで筋肉ムキムキになれば、女の子からキャーキャー言われるヒーローになれるかな……!?」

 

 足元から、ブドウのような頭をした峰田実が鼻息を荒くして見上げてくる。

 

「ええっ、あんたが筋肉質になったらなんかバランス悪くて気持ち悪そうじゃない?」

 

「グハッ! 妖精の分際で辛辣ゥ!」

 

 オレの肩にいるベルの容赦ない一言に、峰田が胸を押さえて崩れ落ちた。

 

「その通りだ!!」

 

 突如、教室の端から響き渡るような大声が上がった。

 振り向くと、真新しい『委員長』のバッジを胸に輝かせた飯田天哉が、カクカクとしたロボットのような歩みでこちらへ向かってきていた。

 

「強大な個性にかまけず、己の肉体という基礎を徹底的に磨き上げる姿勢……! さすがは入試トップ、まさにヒーローを志す者の鑑だ!」

 

「……飯田。委員長就任、おめでとう」

 

 オレが静かに告げると、飯田はハッとしたように姿勢を正し、深く一礼した。

 

「うむ! 君が辞退したとはいえ、任されたからにはA組を全力で引っ張っていく所存だ! ……だがユノくん、君も副委員長の八百万くんと共に、このクラスを支える重要な柱の一人だと思っている。これからもよろしく頼む!」

 

 眼鏡の奥の瞳は、どこまでも真っ直ぐで真剣だ。

 この生真面目さが鬱陶しく感じる奴もいるだろうが、食堂でのパニックを真っ先に鎮めたあの判断力と行動力は本物だ。

 

「……ああ。オレは上に立つ気はないが、やるべき時はやる。何かあれば言え」

 

 オレが答えると、飯田の顔にパッと安堵と嬉しさが入り混じったような笑みが浮かんだ。

 

「ユノ、あんたってば素っ気ないフリして、結局みんなの面倒見てあげちゃうんだから! ま、王様になる男なら当然の器よね!」

 

「……ベル、お前は少し黙ってろ」

 

 得意げにふんぞり返るベルを指で軽く弾く。

 

「なんだよユノ、結構話しやすいじゃんか!」

 

「休みの日に、男連中で飯でも食いに行こうぜ!」

 

 切島たちが嬉しそうに肩を叩いてくる。

 出久というライバルだけでなく、こうして同じ目標に向かって切磋琢磨できる連中と関わるのも、悪くない。

 

「……ああ、予定が合えばな」

 

 オレは小さく口角を上げ、騒がしい男子連中と共に夕暮れの教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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