スピークイージー   作:青田折野

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ネトフリの陰謀論のお仕事大好き!


現実は小説よりも奇なり

 目が覚めると真っ暗な世界だった。

 

というか布団の中だった。神様とのおしゃべりはやっぱり夢だったらしい。僕は自分自身を無神論者だと思っていたけど、案外心の底には信仰心があるのだろうか。キリスト教徒のおばあちゃんによる情操教育の賜物だな。微睡の中から抜け出すべく目をこすりながら、そんなことを考えていた。

 

それにしても、キリスト教式情操教育の賜物にしては俗物的な神様だった。ライトノベルが好きな神様なんて設定、良く思いついたな僕の脳みそ。チート能力が手に入る夢だなんて・・・自分は現実とフィクションの区別がついてると思っていたけど、僕は割と夢見がちなオタクなのかもしれない。夢ごときでこんなにも自分を見つめなおせるとは思わなかった。

 

朝は弱いのだが今日は珍しく寝起きがいい。あんなにはっきりした明晰夢を見たんだし、脳みそはとっくに起きているのだろう。時計を見るとまだ朝の六時半ごろ、11時過ぎでも起きれる自信のない寝起きの悪さを誇る僕にしてはワールドレコード級の快挙だ。普段は朝早く目が覚めたら二度寝するところだが、今日は頭がスッキリしていて眠る気にならない。リビングに降りて早めの朝食を食べようか。ちょうど、夢の中で飲んだコーヒーの味が恋しくなってきたことだし。

 

よっこらせ、と声を出してベッドから立ち上がり、軽く伸びをするとカーテンの隙間から差し込んだ朝日が眼球に直撃した。あーもう最悪だ。早速不機嫌になりながら部屋を出ると、すでに起きて朝食を食べている家族が談笑する声が響いてきた。

 

とぼとぼと階段を降り、リビングの扉の前にきてみると、さっき僕の眼球を焦がした朝日とは比べ物にならないほどの光が漏れ出ていた。眩しさに顔を歪ませながらリビングに入ると、談笑していた母さんと妹がぴたりと静かになりこちらを凝視してくる。

 

母さんはすでにスーツを着ていて会社に行く支度ができた状態で食卓についていた。片手にはマグカップ、片手にはテレビのリモコンを持ち、幽鬼でも見たという表情で僕のことを見つめていた。妹は僕と同じで春休みに入っているためか、まだパジャマのままだった。妹の茶色で小粒の瞳は僕の淀んだ黒い細目と違いキラキラと輝いていて、口元は小憎たらしく笑っていた。

 

英友(ひでとも)・・・あなた一人で起きれたのね・・・」

 

「お兄ちゃん、何かあったの?自分で起きてくるなんて、今日は雪でも降るんじゃないの?」

 

いくら珍しい現象だとしてもそんな反応しなくたっていいじゃないか。生意気をいう妹の頭をひっぱたいて、食べかけていたソーセージを奪い取り、冷蔵庫から母さん秘蔵の高級蜂蜜を取り出して丁度今焼きあがったトーストに遠慮なくぶちまけた。後ろからギャーギャーと喚き散らす声が聞こえるが知ったことではない。人に対して失礼なことを言うのが悪いのだ。家族だとしても『親しき中にも礼儀あり』である。

 

「あたしの蜂蜜取りやがって・・・トーストも、ちゃんと新しいの焼きなさいよ!」

 

「分かってるよ。まだソーセージ残ってる?焼いてくれない?」

 

「フフーン♪残念でした!ソーセージは今アタシが食べてるので最後でーす!」

 

「じゃあお前のヨーグルトを寄越せ。」

 

「あ!このクソ野郎!ねえおかあさーん、お兄ちゃんにヨーグルト取られた!」

 

まったく、朝から騒がしい妹だ。今年から中学一年生だというのに落ち着きがなく、兄としてとても心配だ。学校や習い事ではかなり優秀らしいが本当だろうか?ウェーブがかったツインテールをぶんぶんと振り回して不機嫌を爆発させる妹が、兄は心配です。

 

呆れた様子の母はやかましい妹の嘆願を無視し、テレビで流れている朝のニュース番組を見ている。アナウンサーは朝っぱらから深刻そうなトーンで原稿を読み上げている。僕は蜂蜜のかかったトーストを齧り、ヨーグルトを口に流し込みながら、意識をテレビに向けた。

 

 

最近のニュースや新聞の報道は面白くなっている。正確には、報道される「事件が」面白くなっている。ちょうど今やっているニュースは『住宅街に隕石が五つ落ちる。落下地点の誤差3m以内。』この前見た物は『刀を持った男、強盗を捕縛。目撃者の供述によると、侍が男を無力化し住宅街を飛び去って行った。』とか『暴走したダンプカーを学生らしき青年が素手で止める。』とか。こういった現実とは思えないような、非現実的内容の事件が大体1月に、2度くらいの間隔で報道されている。

 

非現実的なニュース、もとい非現実的事件が増え始めたのは1、2年ほど前だっただろうか。コロナ禍が始まって世界がてんやわんやしていた時、突如世界中からコロナウイルスが完全に消滅し、コロナウイルス及びそれに伴う障害に苦しむ人間が全て完治した。今では『コロナショック』と呼ばれる最初の異変を皮切りに、世界中でポツポツと異変が発生するようになった。

 

ニュースでは隕石の落下地点の映像が映し出され、アナウンサーが事故の概要や被害状況を伝えている。映像には、隕石が五つも落ちたにしては()()()()()()()住宅街と、警察の静止を振り切って事故現場に乗り込もうとする、最近有名な宗教団体の一員らしき男性の姿が映っていた。男性は神の御業がどうのとか、人の進化がどうのとか叫びながら警官に連れ出されていく。

 

「怖いわね~。英友なら大丈夫だと思うけど、変な宗教には入らないでね。」

 

「大丈夫大丈夫。変な宗教に入ったりしないよ。ついさっきも神様と楽しくおしゃべりしたばかりだよ。」

 

「あらそう。ま、もうすぐ高校生だし自己防衛くらいはキチンとできるでしょう。」

 

最近は冗談を言っても軽くいなされてしまうことが多くなって悲しく感じる。冷蔵庫から牛乳を取り出しパックから直接飲もうとすると、いい加減にしろよ?という母の殺意を感じ、やむなくコップに注いだ。余計悲しくなった。テレビでは次のニュースが流れ始め、カルトや陰謀論の危険性について論じていた。

 

『こういった怪事件が増えていくのに比例して急増していく新興宗教組織。超能力が使える、身に付くといった勧誘で信者を増やし、多額の献金を強請るといった被害が多発しているとして警視庁は注意を呼び掛けています。』

 

コロナウイルスが消滅した時、やれ神の奇跡だとかコロナウイルスはデマだったとか、これから本格化するであろう長期パンデミックが急に消失したことによる喜び混じりの混乱が社会を覆った。その上、原因不明の大爆発とか未確認巨大生物の出現&消失などなど、さっきのニュースのような異変が世界中で発生するようになると、一秒後何が起きるか分からない対応不能の恐怖による混乱が社会に蔓延し始めた。

 

『コロナショック』以前に比べて明らかに宗教団体やカルトによる事件が増えたし、陰謀論も熱を増している。陰謀論界隈の最近のトレンドは「コロナウイルスは人類を強制的に進化させるために政府が散布した!?原因不明事件は進化した人間たちの発揮する異能力!?」だそうだ。

 

陰謀論者たちは『コロナウイルス人類進化説」を声高々に喧伝しているが、ソイツらの過去の発言をTwitterなんかで調べるとほぼ全員「コロナは政府の嘘。存在しない。」などとウイルス自体の存在をのたまっていた。彼らの目的は、不安でしょうがない無知な人を騙すことなのだろうか。もしコロナが消滅せずワクチンが完成していたら反ワクチン活動とか反医療体制運動とか始めていたのだろうか?面白そうだとは思うが、それだけの労力をかけてそれに見合うだけの利益があるのだろうか?

 

アナウンサーは、時勢による混乱と不安感でカルトや陰謀論に嵌るのではないかと語っている。何が起きるか分からない不安定な世の中、不安でしょうがなくて思考力の低下する人々、それを騙すカルトや陰謀論者、社会は混乱を極めているといっても過言じゃないだろう。そう、まさに夢の中で神様の言っていた「世界の混乱」。

 

…まさかな。さっきまで見ていた夢と関連させてしまう自分の思考を鼻で笑ってトーストの残りを口に押し込んだ。

 

異常な事件=神様が能力を与えた人間の仕業、異常な事件で世間が混乱=神様の思惑通り、と考えると僕の見た夢って割と現実に沿った夢だったかもしれない。僕の脳みそって発想力すごくない?もしかして、僕って作家向き?創作とかしちゃう?なんてね・・・もしかして、夢の中の神様が創作活動したいって言ってたのは僕自身の隠れた欲求なのか?

 

自分自身の心理分析をしながら牛乳を啜っていると下腹部あたりに弱い衝撃がやってきた。

 

「ワン!!」

 

飼い犬のミケだった。

 

起用に前足で僕の下腹部に寄りかかり、後ろ足で立ち上がって僕の顔を見上げている。ミケは全体的に茶色の体毛だが所々に黒と白の毛が生えている中型犬で、それなりに重い体重を僕にかけて朝食をねだってくる。何がうれしいのか、クリクリとした茶色い目と、口からのぞかせる大きな牙を輝かせ、舌を上下にベロベロさせながら息を吐き、短い尻尾を激しく左右に揺らしていた。

 

僕はコイツにあまり思い入れがない。まず、僕は動物を飼いたくなかった。命を預かるなんていうのはめんどうくさいの塊みたいなものだ。躾だ何だはめんどうだし、犬の散歩なんて行きたくなかったし、ぶっちゃけ僕は犬が少し怖い。実際に飼ってみて慣れはしたが、いまだに大きめの犬が走ってくると身構えてしまう。犬じゃなくても生き物の世話はめんどくさいし、金がかかるし、犬ほど大きな動物になると虫やカエルと違って捨てるとか殺しちゃうとかが簡単にできない。そもそも僕は猫派だ。

 

ミケを家に迎えるにあたり、家族に対して僕は動物なんて飼いたくないし一切の世話はしたくないと宣言したのだが、無責任だなんだと言われ、なし崩し的に世話を手伝わされてしまった。買ったのはお前らなんだから巻き込んでほしくなかったなぁ、というのが当時の僕の感想だ。そもそも、ミケという名前も気に食わない。体毛が()()だからミケと母が名付けた。新しい家族が来るとか責任を持つとかご高説垂れてた割には付ける名前が安直に過ぎると思う。猫みたいでまぎらわしいし。

 

最も気に入らない事は、こうしてじゃれてこられると僕としてもあまり悪い気が起きないところだ。この犬は自分が甘えたら相手は拒否できないことを十分理解しているに違いない。飲んでいた牛乳をミケの口元まで運ぶと、器用にコップの中に舌を入れ牛乳を舐め始めた。

 

すっかり空になったコップを流しに置き、新しいパンをトースターにセットしたあとリビングを出た。階段を上ると、後ろからミケがトテトテ付いてくる足音が聞こえる。

 

自分の部屋の扉を開けると、ミケは部屋の主を差し置いて我先にと部屋に侵入し、部屋の中央でお座りする。ミケの目の前に座り、首回りや背中のあたりをワシワシと撫でてやる。少し撫でただけで大興奮し、ゴロりと寝転がって腹を見せつけてくる。まったく、プライドもクソもない、毎日が幸せそうなあの頃のミケだ。

 

そう、昔のミケのままだ。実に、本当に、不思議だ。このミケは吠えるし、呼べばついてくるし、感触もある。鼻先は湿ってるし、腹を触ると温かい。

 

「なんでお前がいるんだろうねぇ・・・」

 

ずいぶん前に、間接的とはいえ、僕が殺したのに。




次回、犬派の人ゴメンなさい回です。
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