入学式≒葬式
「新入生代表、夏川太郎。」
「はい!!」
元気いっぱいな声に気が取られ顔を上げてみると、皴一つない紺色のスーツを着た青年が壇上に上がっていった。「僕は輝かしい青春の訪れを信じて疑いません!!」とでも言いたげな希望に満ち溢れた目をしていて、癪に障るやつだ。あの青年は、何故、私服登校制の高校の入学式にスーツで出席したんだろう。わざわざそんな堅苦しい服で来たとは、よっぽどの真面目ちゃんなのか、あるいは自身がいかにさわやかな好青年であるかをアピールしたくてたまらないナルシストなのか。
他の新入生の中にわざわざスーツを着る者はおらず、皆ラフな格好でだらしなくパイプ椅子に座っている。黒とピンクのコントラストが痛々しい地雷コーデや、派手な色のジャージを着てアクセサリーをジャラジャラ言わすヤンキーファッションといった、自己主張強めな服装の生徒が何人かいるものの、ほとんどの新入生は揃いも揃ってグレーか黒のクソ地味ファッションだ。
勿論、僕も黒いズボンにグレーのパーカーという地味な装いだ。他の新入生と同じように、パイプ椅子の冷たく硬い感触に尻を痛めつつ、入学式の終わりを切望していた。
入学式という、新しい生活を迎える門出の式典を行っているにも関わらず、体育館にはほんのりと寒い四月の空気と、新入生から立ち上る不安感と絶望感によって重苦しい雰囲気が満ちていた。新入生の顔には、『私たちは負け犬です』と顔に書いているのではないかと思うほどに生気が宿っておらず、暗色の服装をしているのも相まって、入学式というよりは葬式といった様相を呈している。
僕が今日から入学する学校『私立
さきほど、新入生のことを『私たちは負け犬ですと顔に書いているのではないかと思うほど、生気が宿っていない。』と表現したが、事実この学校に在籍している生徒は負け犬同然の連中しかいなかった。
この学校には、過去に挫折して社会の定めた『普通』からドロップアウトした生徒が多く集まるため、自然と似た境遇の生徒同士で『つるむ』ようになる。この学校の生徒達は学校生活を通じて自分と似た境遇の負け犬同士で傷をなめあい、立ち直った気になって卒業していき、社会に出ても負け犬のまま、掃き溜め高等学校での生活を懐かしみながら生きていくのだ。つまるところこの学校は、今後の人生を高校時代の思い出だけを糧にして生きていく負け犬の生産工場である。
僕の隣に座る、整髪料の臭いをプンプン漂わせた金髪が、彼の奥に座ったガムを噛む坊主頭に話しかけている。どうやらこの金髪は学校生活で互いの傷をなめあう負け犬仲間を見つけたらしい。不良が多い学校だとは聞いていたが、こんなあからさまな不良に入学式で会えるとは思っていなかった。
来賓席に目を向けると、テレビ局のものらしき大きなカメラが、楽しそうに話す金髪と坊主頭に視線を向けていた。どんな不良生徒でも受け入れるこの学校は時々メディアに取り上げられる。喜多高校出身者のインタビューでは、ここでの学校生活があったからこそ今の自分がある、といった現在の自分を語るコメントは一切なく、ただただ学校生活を懐かしむコメントしか聞けないのがいつまでたっても負け犬から脱却できていない証左だろう。
僕がこの学校に入学したのは、自分自身が中学校で不登校だった負け犬であり他に入れる学校がなかったからだ。ただ、他の負け犬と違い、仮に他に入れる学校があったとしても、おそらくこの学校を選んでいただろう。
この学校はどんな生徒でも受け入れるというだけあり、入学試験は一切なく面接を受けるだけで一発合格だ。立地も素晴らしく、自宅から歩いて三十分、自転車なら十五分で行ける。わざわざ努力して良い学校に入るよりも、手近で楽な掃き溜めに入る方が僕にとって魅力的な選択だった。社会からドロップアウトアウトし、しぶしぶ掃き溜めにやってきた負け犬とちがい、俺は自らの怠惰な信念に則って掃き溜めに堕ちることを選択したのだ。
この信念に則り、掃き溜め高等学校で大学への推薦を受けて卒業(驚いたことにこんな底辺校でも推薦が取れる。試験入学組がキレるわけだ)、最低でも高卒認定を最低限の労力で獲得し、もっとも努力せず社会の定めた『普通』に舞い戻ることこそが俺の高校での目だ。他の新入生共が掃き溜めでグズグズ生きていく負け犬であるならば、俺は掃き溜めで孵化し、自由に飛び立つ蠅なのだ。
パチパチと拍手が沸き上がったことに気づき、視線を上にあげると堅物スーツ野郎が壇上から降りるところだった。ずっとニコニコしてたら頬が吊ったりしないのだろうか。
「以上で喜多高等学校入学式を閉幕します。新入生の皆さんは担任の先生と教室に移動してください。」
ようやくこの退屈な葬式、もとい入学式が終わるらしい。退屈すぎて
高校生活での目標も大事だが、僕の新しい日常に順応するための計画も立てねばならない。すなわち、
「新入生、退場。盛大な拍手で、新入生を新たな生活に送り出しましょう。」
パーン!
パーン!!
パーン!!!
新入生達がノロノロと椅子から立ち上がると同時に、ピアノの伴奏と万来の拍手、そして
銃声の元凶は、整列して銃を構えている旧帝国軍人達だ。祝砲のつもりなのだろうか。銃を下ろし、敬礼の姿勢を微動だにさせない彼らは全身が黒く焦げ付き、ここからでも焼けた人の臭いが漂ってくる気がする。軍人達のすぐ横を通り過ぎて体育館から出ていく新入生たちはまるで気づいていないようだ。
ヴヴヴヴヴゥゥゥ…!!
ヘルメットをかぶりライダースーツを着たソレは、車いすをウィリーさせて、パイプ椅子と人だらけの体育館の中を器用に走り回っていた。まるで車いすが体の一部かのような器用な芸だが、実際ソイツには下半身がなく、上半身がそのまま車いすから生えているような風体なので体の一部と言っても間違いではないだろう。車いすの車輪が、まるで燃える炭火のように赤々と脈動し、体育館の床を焦がしながら回転するのを見て、ゴーストライダーがバイクじゃなくて車いすに乗ってたら多分こんな感じなんだろうと思った。
少し上に視線を動かすと、体育館の天井から吊るされた少女の虚ろな瞳と目が合った気がした。天井に少女が吊るされている、という時点で十分異常な光景だが、彼女の首や腕を縛り天井に伸びる太い縄が、彼女をまるで操り人形のようにふらふらと動かす様は、異常さをさらに際立たせていた。彼女がふらふらと動くたびに、口や耳、スカートの中から、ボトボトと大きな幼虫が保護者や生徒にむかってまき散らされる光景は、ただひたすらに気持ち悪いと感じた。花吹雪のつもりか?
「OH YEAHHH!!新生活を始めるケツの青い人間ども!特に!可愛い弟分
大騒ぎする化け物どもの中で最もうるさいのは、マイクに向かってシャウトするパンクファッションの男だ。カエル顔が特徴のソイツは、その大きな大きな口を
体育館に漂う重い空気と、舞い散る幼虫と、人と木材が焼ける臭、そして響き渡る絶唱。最後の最後に暴れ始めた連中にうんざりして視線を落とすと、ミケが手を舐めていた。数日前、僕の目の前で眼球を差し出してきた時と同じ、血と臓物をまき散らすボロ雑巾みたいな姿で、僕の足元にお座りしている。
あんな連中のバカ騒ぎに頭を悩ませなくてはいけなくなったのは、ミケに再会してから、ひいては神に能力を押し付けられてからだ。なるほど、確かにこの状況は神の言っていた「めんどう」な状況に違いないだろう。だが、これ以上の「めんどう」はごめん被る。これ以上めんどくさい思いをしないためにも、必要以上に
絶対に、神の思い通りに
ミケの取れかけた耳をカリカリしながら、僕の怠惰な日常に、めんどうとスリルを持ち込んだ
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あの日体験したミケとの接触による衝撃は、僕は全身に鳥肌を立たせ、口角が上がり、頬がヒクヒクと痙攣し、冷や汗が流れる感覚を敏感に感じ取れた。高く脈打つ心臓に合わせて血液とは違ったナニカが脳みそから分泌されているのが体感できた。
僕がこんな反応をしているのは怖い経験をしたからか?衝撃的な体験が過ぎ去り、緊張がゆるんだからか?いいや違う。僕が踏み込んだ『人外を認識できる世界』にワクワクしているからだ!
僕の能力はお化けが見えるようになるだけ、なんて高をくくっていたけど、こんなにも濃厚で刺激的な経験をするとは思わなかった。轢かれて死んだミケがあんなに凄いのなら、本物の化け物はどれほど凄まじい存在なんだろう!おバカな飼い犬だったミケがあんなにカッコいいのなら、本物の化け物はどれほど素晴らしいのだろう!
ここまで興奮したのは爺ちゃんの標本コレクションを初めて見た時以来かもしれない。爺ちゃんは言っていた、どんなものであれ素晴らしいと思った物を調べて収集することは人生の醍醐味だ、と。最初にそんなことを言われた時は今一つピンとこなかった。しかし、こんなに興奮できる存在に遭遇できてようやく爺ちゃんの言葉が理解できた。ここは爺ちゃんの言葉に則り、調べて収集してやろうじゃないか。
とはいっても対象はお化け。手に入りそうな文献といえば本屋の子ども向けコーナーに山積みされた妖怪図鑑が関の山だろうし、収集なんてどうすればいいのか見当もつかない。ゴーストバスターズじゃあるまいし。ともすれば、僕にできるのは対象を観察して情報をまとめるくらいのことだろう。お化けを観察、まさに妖怪ウォッチング・・・
つまらないシャレを考えながら部屋中をひっくり返して必要な道具を引っ張りだした。昔から爺ちゃんの真似事をして、虫や動物の死骸を集めていたため、一通りの道具はそろえていた。まずは観察した情報を書き込むノートと筆記用具、万一持ち帰れそうな資料があったときのためにタッパーとビニール袋、そして観察対象の状態を保存するためにデジカメ。お化けという存在が写真に写るとは思えなかったが、この時僕は興奮で深くものを考えられなかったため必要そうなものを片っ端からバックに詰め込んだ。
突発的なテンションに突き動かされるまま急いで服を着替え、文字通り目に映るモノががらりと変わった世界へ向け、僕はフィールドワークに出発したのだった。
確かまだ八時にもなっていなかったはずだ。そうして玄関から勢いよく飛び出し、目的もなく近所を散策しているうちはまだ楽しかった。
・主人公
結構な頻度でつまらないジョークを思いつく。口には出さない。一人で笑う。
気持ちが悪い。
・私立喜多高等学校
どんな生徒でも受け入れる更生の場、地域を困らせる不良の集積場、2つの特性を併せ持つ♠。意外と長い歴史があるせいで誰も強くは反発できない、目の上のたん瘤的学校。
通称『掃き溜め高等学校』