散策を始めてから30分ほどは、それこそ博士から図鑑と相棒を貰って最初の草むらに入っていく主人公のような心持だった。だが隣町に入るころにはすっかり興奮も冷め、一時のテンションに身を任せて朝から町内を徘徊していることを後悔した。
なにせお化けがぜんっぜんいないからだ。
虫や動物なら少し目を凝らせばいくらでも見つけることができるのだが、お化けはどうしても見つけることができなかった。生命誕生から約40億年経っているんだから、死んだ生き物なんて溢れかえっているだろうという考えはどうやら甘かったみたいだ。
そういえばミケは最初、生前と同じ姿で現れてその後に変貌した。もしお化けという存在がミケと同じように生前の姿で現れるのであれば、さっき見かけた虫や動物がお化けであっても僕に見分けがつかない。お化けなんてそこら辺にいるだろうと高を括っていたけど、よく考えてみれば住宅街にお化けがいるなんて話も聞いたことがない。闇雲に探し回るのではなく、いそうな場所を絞って探すべきだった。一時のテンションに身を任せて行動し、面倒を被ってしまうのは改善すべき悪癖だ。
お化けがいそうな場所といえば心霊スポット。曰く付きの廃墟や神社だろうか?幸運なことに、この町には廃神社というお化け確定演出な場所がある。そこに行ってもお化けに出会わなければ、今日は諦めて帰ること決めた。
この町には二つの神社がある。一つは『喜多浅間神社』という、とても立派な神社だ。夏になれば盛大な夏祭りを催すし、年末年始には雑煮の炊き出しをしたりする。かなり有名な神社のようで、遠くからの観光客や参拝客も来るほど御利益があるようだ。僕が行こうとしているのは、もう一方の『じゃないほう神社』だ。『喜多浅間神社』と反対に、この神社はおんぼろ、というか誰も手入れをしておらず本殿は崩れかかっているという有様の廃神社で、『喜多浅間神社』と比較して『じゃないほう神社』とよばれている。
この廃神社は住宅街の中にある小さめの雑木林の中にあり、民家の間に鎮座する鳥居と奥に続く石段は、真っ白いシーツに黒いシミが一滴付いているような異物感を漂わせていた。鳥居には立ち入り禁止と書かれた札とロープが入り口をふさぎ、奥から漂ってくる陰湿な空気のせいで朝のさわやかな雰囲気が台無しになる。周辺の土地の価格にも影響を及ぼしているらしく、未だに解体されていないことが不思議でしかたない。
ロープを跨いで神社に侵入する。うっそうと茂る木々によって暗く染まった石段に足を掛けた途端、気温が下がったように感じる。ここまでの演出は完璧だ。こんなにもおどろおどろしい雰囲気の場所にお化けがいないわけがない!僕の心臓が高鳴っているのは、長い石段を登っているからだけではないだろう。
息を切らして石段を登り切り、境内に到着した。意外なことに境内は日が差していて、雑草が伸び放題なことに納得した。境内の端の方には木材や石なんかが積まれており、積まれた石はよく見ると崩れた狛犬のようだった。なるほど、この神社の鳥居に狛犬がいない理由が分かった。手水舎の水は止まっていたが、溜まった水が緑色に濁っている。覗き込んでみれば、顔色の悪いイケメン()が覗き返してくる。柱の方に目を移すと、掠れた文字で××参上!などと書かれている。度胸試しに侵入する学生がいるっていうのは聞いたことがあるけど、文字の掠れ具合からしてずいぶん昔から人気の心霊スポットだったらしい。この神社は、いったいいつから『じゃないほう』としてあり続けてたんだ?
拝殿は辛うじて建物の様相を保っているという様子で、あちこちに穴や崩れが起きている。とはいえ、崩れかかった状態でなおこちらを見下ろす拝殿の威容には感じ入るものがあり、かつては此処に神なるモノが奉られていたのだと思い知る。こんな有様の、まさしく廃神社であるわけだが賽銭箱はしぶとく残っていた。賽銭でも残っているかなと思ったが、側面に穴が開いていて中身は抜かれているようだった。
しばらく境内を探索していたが、何も起こらない。境内には暖かな春の日差しが注がれ、先ほどまでのおどろおどろしい雰囲気が嘘のように穏やかな空気が流れていた。高鳴っている心臓とテンションが落ち着いていくのを感じた。全く失望である。ここにもいないのか、お化けは。今朝感じたミケの衝撃が昔のように感じる。あの血みどろで、グロテスクなのに美しい、超越的存在との遭遇をまたもう一度味わいたかった。勝手に期待して、勝手に失望しかけた時だった。
ニー・・・二ー・・・
何か聞えた。
静寂の空間にあってなお、耳を澄まさなくては聞こえないほどか細い声が聞えた。再度沸き上がってくる未知との遭遇に対する興奮で、心臓がもう一度高鳴りはじめた。上げて落とすとは、粋な演出じゃあないか!いよいよお化けのお出ましか!?遂に、僕の非日常な物語が始まるのか!?
心臓の音に邪魔されながら注意深く耳を傾けると、賽銭箱の中から聞こえてくる。
くすんだ賽銭箱に開いた幾本かの隙間から響く微かな音。人間の浅はかな願い事を託された小銭を飲み込んできた箱からの返答。
さあ、鬼が出る。か蛇が出るか
恐る恐る壊れかけの賽銭箱をのぞいてみると、黒い子猫がうずくまっていた。か細い訴えの正体はコイツだったようだ。古くなった賽銭箱は簡単に壊すことができた。引っ張り出し、抱き上げてみると明らかにやせ細り、衰弱しているようだった。おおかた、親猫に見捨てられてしまったのだろう。顔の前まで抱き上げても聞こえにくい、ニーニーという鳴き声は、そのみすぼらしい外見に反して必死に生きようとする希望のこもった音色だった。
僕はその子猫を賽銭箱の角にむかって叩きつけ、ボトリと力なく地に伏した子猫の頭にむけて、まるで煙草の火を消すように靴の踵で踏み砕いてやった。生に対する渇望のこもった雑音を粉微塵にするつもりで、念入りに、子猫の頭蓋を踏み砕いてやった。子猫だったものがある程度ひらべったくなったところで、靴に付いた血と毛を賽銭箱にこすりつけて綺麗にした。
マジでムカつく猫だった。期待させやがって。こんな朝っぱらから、こんな陰気な所に来て、興奮してる俺が馬鹿みたいじゃあないか。子猫がストレスのはけ口になってくれたおかげで、ようやく冷静になった。まったく何を浮かれていたんだろうか。一時のテンションに任せて行動を起こしてしまうのは僕の悪い癖だということを再確認した。
ここまで歩き回ってもお化けに遭遇できないとなると、お化けというのは極めて珍しいか見つけづらい存在なのかもしれない。僕がまずやらなくてはいけなかったのは、唯一出会ったお化けであるミケの分析だったのだろう。何故ミケは僕の前に現れたのか、何故最初は普通の犬の外見であった筈なのに急にカッコいい外見に変わったのか。普段どういった生活をしていて、どんなところに住んでいたのか。
ミケというサンプルを深く分析していれば、こんな無駄足踏むようなこともなかっただろうに。あぁ、めんどくさいことをしてしまった。
唯一のサンプル、といってもミケは動物かつ僕の手によって死んだ存在だ。怖い話やオカルト系番組で出てくるお化けっていうのは大抵人間の幽霊だ。どこまで参考にしていいものなのだろうか。そもそも、自分が殺した人間の幽霊に会ったなんて話は聞いたことがないし、殺した存在の幽霊しか見えないといったわけではないだろう。やはり心霊スポットやいわくつきの場所にでも行かないと見つけられないのだろうか。兎にも角にも、一度帰ってミケを観察してみなければならない。
思考に水を差すように、鉄と尿の匂いが鼻を突いた。ふと足元を見ればぐちょぐちょが目に入る。そういえばコレも僕が殺したわけだし、いずれはミケみたいな存在になって僕の前に現れるのだろうか。とすれば、ミケの観察と同時進行でコレの観察も進めた方がいいかもしれない。お化けの発生要因が分かれば、僕好みのお化けを作ることもできるのではないか。気は進まないが、タッパーにでもいれて持ってかえろうかなぁ・・・
「おいおい、ひでぇことしやがんな。」
拾った枝でぐちょぐちょをすくい上げ、タッパーに移そうとした時だった。
背後から、大きく威圧的な声が聞えた。
目を向けてみると、声に相応しい大柄な男が境内に立っていた。脚が長く、広い肩幅、身長は2m近いんじゃないだろうか。全体的に黒めの服装で、パンクな革ジャンを纏いつつ袴を履いたどこかチグハグなファッションをしている。最も特徴的なのはその顔つきだ。顔の端に寄りがちな鋭く大きな目、平たくて無いように見える鼻、大きく横に伸びきった口、所謂カエル顔の男だった。オールバック風に纏めた髪を撫でつけながら、訝しんだ表情でこちらを見つめている。
「本当に、ひどいですよね・・・僕が見つけたときにはこんな状態だったんです。僕、昆虫や植物の採集をしていてこの神社に来たんですが、こんなものを見つけてしまって。持ち帰って、然るべき場所に弔ってやろうと思うんです。」
「へぇ・・・そうかい。」
僕のことをギョロギョロと睨みつけてくる男の威圧感に耐えながら、なんとか言い訳を並べてみた。間違いなく疑われていることだろう。昆虫や植物の採集をしていたとか猫が可哀そうだったとか言っておけば、タッパーを不自然に持ち歩き、あまつさえ猫の死骸を持ち帰ろうとすることにも一応の言い訳になるだろう。
僕は、惨い死に様を晒す猫のことを同情するような眼差しで
急に現れて驚かせやがって。この男は何者だ?なんでこんな朝っぱらから廃神社なんかに来てるんだ?このちぐはぐでカッコつけた服装から察するに、おおかたこの廃神社でたむろしている半グレか何かだろう。そういえば、手洗舎に雑な落書きがされていた。こんな人気のない場所で因縁を付けられて暴力を受けるなんてたまったものじゃあない。ここは穏便に話を済ませたいものだが、どうなるだろうか。
ちら、と男に向けて視線を動かしたとき、すぐ真横に男はいた。
顔の毛穴、目じりの切れ長な線、そして目の奥に居座る明らかに光を反射していない瞳が良く見えた。
思えば、この男は急に現れた。石段を上る時のコツコツとした足音は聞こえなかったし、境内を歩く際の土や葉を踏む音だって聞えなかった。
今だって、こんな真横に現れたのに移動する音も聞えなかった、こんな真横にいるのに男の息遣いや心臓の音も聞こえない。気付けば、自分の息遣いや心臓の音も聞こえない。境内に響く微かな風や、遠くの住宅街から響く人々の営みの音、何も聞こえない。
この時ようやく気が付いた。僕の今いる状況は、いや、この男は『異常』だ。
「お前が猫を殺したとか、そんなことぁどうでもいぃんだよ。なぁ、なんで見えてんだ。俺のことがぁよ。」
男の口がミチミチと音を出して広がっていく。閉じていたトラバサミを開いてセットするように、ゆっくりと口が
真っ赤に充血した口腔には、虫歯一つない真っ白な歯が唾液によってテラテラと輝いている。その歯列は、口腔の奥に向けて螺旋状に伸び続けていて、その先は男の瞳と同じように光を返さないほど暗く、見通すことができない。
口腔底に張り付いた舌は、舌先をチロチロと揺らし、おいでおいでと手招きしているかのような動きだった。無限に続く口腔に思わず入って行きたくなるが、その奥から漂う腐った肉の匂いに気づき踏みとどまった。
あと数センチ、男が頭を前に押し出せば僕の頭は口腔に収まってしまう。がま口財布のように開いた口は、ばっくりと僕の頭に食らいつき、肉に食い込んだ綺麗な歯列が二度と離れることはないだろう。まさに、獲物を捕らえたトラバサミのように。食われた僕の頭は螺旋状に伸びた歯列によってぐちゃぐちゃに摺りつぶされ、あの光を返さない暗い場所へと舌で押し出されていくのだ。
僕がさっき子猫にしたような惨状が、目の前に広がった口腔の中で再現されるかもしれない。背筋を這い上ってくる死への恐怖と、身体中を駆け巡る非日常への期待。この感覚はすでに経験している。今朝、変貌したミケに感じた衝撃だった。
SUNチェック後、即キャラロストというタイミングだが、僕の心臓は恐怖以外の感情を燃料に高鳴り始めた。
やはり、この衝撃は格別だ!コイツの口ん中すげぇ!歯がずーっと喉奥まで続いてるってヤツメウナギか何かみたいだ!ただ残念なことに興奮してばかりもいられない。念願のお化け、しかも意思疎通が可能なお化けに遭遇できたというのに、今回は本当に死ぬかもしれない。
・主人公
突発的な思い付きと一時のテンションに身を任せがち。それでいてめんどくさがりという、はたから見ると、エンジンのかかるタイミングの分からない暴走車両。また生き物を殺めた。等活地獄ポイント+1。
・ミケ
ボール(目玉)を拾ってきたのにひでがいない。俺を探してもってこい、というプレイと判断。元気に血みどろでご主人様の下にダッシュ中。