「さぁさぁさぁ! お待たせしましたスタジアムの皆さん! 雄英体育祭、待望の第一種目――障害物競走のスタート!!!」
プレゼントマイク先生の絶叫にも似た実況が、超満員のスタジアムに響き渡る。観客席には保護者だけでなく、各事務所のスカウトマンらしき人影も多数見受けられた。
「全校生徒が入り混じっての、まさに椅子取りゲーム! コースは全長四キロ、抜けた先には、彼らの度肝を抜いた仕掛けが待ち構えているぜ!」
スタート地点には、1年の全生徒がひしめき合っていた。緊張と興奮が入り混じった空気の中、俺は前方を見据えながら軽く体をほぐす。
「北風くん、頑張ろうね!」
隣に立つ葉隠さんが、拳を軽く握りしめながら声をかけてくる。
「ああ。だが、これは椅子取りゲームだ。友達だからって手加減はしないぞ」
「望むところだよ!」
そんな軽口を交わしていると、少し離れた場所から刺々しい視線を感じた。振り向くと、爆豪が腕を組みながらこちらを睨んでいる。
「おい、北風」
「なんだ」
「テメェ、この前の実技訓練じゃ調子に乗ってくれたよなァ。今日は借りを返させてもらうぜ」
不敵な笑みを浮かべる爆豪の隣では、轟焦凍が無言のままこちらへ視線を向けていた。左半身に霜のような模様を纏った彼の眼差しは、どこか値踏みするような色を帯びている。
「北風、だったな」
「ああ」
「お前の力、USJで見せた戦いぶりは聞いている。だが――俺はお前らに興味はない。俺自身の力だけで、上に行く」
淡々と、しかし芯の通った声でそう告げると、轟はそのまま前方を見据えて口を閉ざした。その独特な空気に、俺は思わず苦笑を漏らす。
「面白いやつらだな、お前ら」
「あぁ? 誰に向かって口利いてんだ」
爆豪が凄んでくるが、その声にはどこか楽しげな響きも混じっていた気がした。
「それじゃあ――スタート!」
号砲と同時に、地鳴りのような足音と共に生徒たちが一斉に飛び出す。
地下トンネルを抜けた先で待ち構えていたのは、入学試験で見た覚えのある巨大ロボットたちだった。
「これは……あの時の!」
「0点ロボットの、改良型か!」
近くを走る飯田がそう分析するのを聞きながら、俺は迷わず前へと踏み出した。周囲の生徒たちが避けたり迂回したりする中、俺はあえて正面から突っ込んでいく。
「悪いが、通らせてもらう」
全身に力を込め、部分的にミラボレアスの力を纏う。腕にだけ鱗を這わせ、爪を伸ばした状態で、迫りくるロボットの脚を薙ぎ払った。
「ガコン」という重い音と共に、巨大なロボットがバランスを崩して横倒しになる。その隙間を縫うように、俺は一気に前へと駆け抜けた。
「うおおっ、北風のやろう、豪快だな!」
背後から切島の声が聞こえたが、振り返る余裕はない。全身変身ではなく、部分的な強化に留めているのは、この先も長丁場になることを見越してのことだった。
すぐ横をすり抜けざま、爆豪が忌々しげに舌打ちする声が聞こえた。
「チッ、悠長にロボット相手にしてる場合か!」
そう吐き捨てながら、爆豪は掌からの爆発を推進力にして跳躍し、ロボットの頭上を飛び越えていく。その豪快な動きに、俺は思わず目を細めた。
「相変わらず、無駄のない動きだな」
「ンだと? テメェに褒められる筋合いはねぇ!」
悪態をつきながらも、爆豪はさらに加速して先へと進んでいく。負けじと俺も足に力を込め、ロボットの隙間を縫うように駆け抜けた。
「北風くん、待って――!」
葉隠さんが器用にロボットの隙間を縫って追いついてくる。
「相変わらず、身のこなしが軽いな」
「これでも運動神経には自信あるんだから!」
そんなやり取りをしながら走っていると、前方に爆豪の姿が見えた。爆発を推進力にして、まるで飛ぶように駆け抜けていく。
「ハッ、遅えんだよテメェら!」
「ずいぶんと速いな……」
感心しつつも、俺は足を止めるつもりはなかった。ロボット地帯を抜けると、次に待ち構えていたのは巨大な谷――足場となるのは細い道のみの、切り立った崖のエリアだった。
「これは、落ちたら終わりだな」
「うう、高いところ苦手なんだよね……」
葉隠さんがそう零しながらも、慎重に足場を選んで進んでいく。俺は翼を部分的に生やし、葉隠さんを抱えて飛んだ。
「おわっ、飛んでんのズリぃんだよ!」
構わず加速する。ふと視線を感じて隣を見ると、轟が氷を足場に変えながら、涼しい顔で並走していた。
「その姿、見た目以上に軽いんだな」
「褒めてるのか?」
「ただの観察だ」
そっけない口調でそう返すと、轟は氷の足場を次々と生成しながら、危なげなく先へと進んでいく。その洗練された動きに、俺は素直に感心した。
「――お前とは、いつか正面からやり合ってみたいな」
思わずそう零すと、轟はわずかに目を見開いた。
「……俺が先に上へ行く」
短くそう告げると、轟は加速して前へと進んでいった。眼下に広がる谷底を見下ろすと、足を滑らせて落下していく生徒の姿もちらほら見えた。
「頑張れ! 落ちても命に別状はないぞー!」
呑気なプレゼントマイクの実況が響く中、俺と葉隠さんは無事に谷を渡り切った。
最後に待ち構えていたのは、地面一面に埋め込まれた無数の地雷――踏むと爆破する仕掛けの地帯だった。
「これは……迂闊に走れないな」
「うん、慎重にいかないと」
そう言葉を交わしながら足元を確認していると、前方で悲鳴が上がった。
「ぎゃああ、引っかかったぁぁ!」
誰かが盛大に地雷を踏み抜き爆破されている。その光景を横目に、俺は地面の微妙な起伏や不自然な土の色を注意深く観察しながら進んだ。
「あそこ、怪しいな」
「え、どこ?」
「三歩先、右寄りの地面が微妙に盛り上がってる」
指摘すると、葉隠さんは半信半疑ながらもその場所を避けて進む。地雷原を慎重に、しかし着実に抜けていく俺たちを見て、周囲からは感嘆の声が漏れていた。
「あの二人、やけに息が合ってるな」
「ずっと一緒に訓練してたって噂だし、納得だわ」
そんな声が聞こえてくる中、葉隠さんがふと足を止めて振り返った。
「ねぇ、北風くん」
「どうした」
「私、こうして北風くんと並んで走れてること、すごく嬉しいんだ。あの日、助けてもらってから、ずっと憧れてたから」
その言葉に、俺は思わず言葉を失った。あの日――中学の頃、路地裏でヴィランから守ったあの出来事から、俺たちの関係はずっと続いている。
「憧れなんて、大袈裟だろ」
「大袈裟じゃないよ。北風くんが、いつも前を向いて戦う姿を見てると、私も頑張ろうって思えるの」
まっすぐな言葉に、頬が熱くなるのを感じた。誤魔化すように咳払いをすると、俺は前方へと視線を戻す。
「……そろそろ行くぞ。ここで立ち止まってる暇はない」
「あ、ちょっと、はぐらかさないでよ!」
そんなやり取りをしながらも、口元には自然と笑みが浮かんでいた。母や黒美ちゃんを失ってから、誰かとこんな風に軽口を叩き合える日々が来るとは、正直思っていなかった。
「――さぁ、ここからが本番だ」
そう告げると、俺たちはついにゴールが見える直線コースへとたどり着いた。
「――ここからは全力だ」
そう告げると、俺は完全にミラボレアス(人型)へと変身した。地を蹴って一気に加速する。
「ちょっ、ズルいよ北風くん!」
葉隠さんが慌てて追いすがってくるが、その差は徐々に開いていく。前方には、既にゴールへ向かって驀進する爆豪や轟の姿があった。
「見えたぜ、ゴールが……!」
爆豪が両手からの爆発を連続で放ち、まるでロケットのような勢いで加速していく。その隣では、轟が左半身の氷を巧みに使い推進力に変えながら並走していた。
「――負けるかよ!」
咆哮を上げながら、俺は翼で地を蹴り、大きく跳躍した。空中で体をひねり、爆豪と轟のわずか横をすり抜けるようにして着地する。
「な――!?」
「速い……!」
二人が驚愕の声を上げる中、俺はそのまま加速を続けた。だが轟もすぐさま体勢を立て直し、氷の道を足元に生成しながら猛烈な勢いで追い上げてくる。
「まだだ……!」
「言ったはずだ。俺が先に上へ行くと」
轟の声と共に、氷の壁が俺の進路をかすめるように生成された。バランスを崩しかけながらも、翼を大きく広げて体勢を立て直す。その隙に、爆豪が両者の間をすり抜けるように前へと躍り出た。
「馬鹿共が、譲り合ってんじゃねぇぞ!」
三者三様の意地がぶつかり合う中、ゴールラインはもう目の前だった。俺は最後の力を振り絞り、翼を大きく羽ばたかせて一気に加速する。
「――ゴール! 一着でゴールインしたのは、1年A組・北風命! 僅差で轟焦凍、爆豪勝己と続きます!」
歓声とプレゼントマイクの絶叫が、スタジアム中に響き渡る。息を切らしながら変身を解くと、少し遅れて葉隠さんがゴールへと駆け込んできた。
「クソ……! 次は絶対に負けねぇからな!」
悔しげに吐き捨てる爆豪の隣で、轟もまた小さく息をつきながらこちらを見据えていた。
「……負けるつもりはない」
「思った以上の相手だったよ」
そう言葉を交わすと、轟は静かにその場を後にした。
「はぁ……はぁ……北風くん、ずるいよ、最後だけ本気出すなんて」
葉隠さんが息を切らしながら、そう文句を言いつつも笑っている。
「悪い悪い。だが、いい勝負だったんじゃないか?」
「うん……すっごく、楽しかった!」
満面の笑みでそう答える葉隠さんを見て、俺は思わず頬が緩むのを感じた。ふと、彼女がこちらへ一歩近づいてくる。
「ねぇ、北風くん」
「どうした」
「これからも、ずっと隣で一緒に走っていきたいな。師弟とか、そういうのじゃなくて――もっと対等な、パートナーみたいな感じで」
その言葉には、いつもの明るさの奥に、確かな真剣さが滲んでいた。俺は少しの間、言葉を探すように黙り込んだ。
「――ああ。俺も、そう思ってた」
短くそう答えると、葉隠さんは嬉しそうに、けれどどこか照れくさそうに小さく頷いた。
観客席の一角では、オールマイトが腕を組みながら、興味深そうにこちらを見下ろしていた。
「北風くん、なかなかやるじゃないか」
その呟きが、風に乗ってどこか誇らしげに響いた気がした。あの日、町を襲った悲劇の記憶は、今も消えることなく胸の奥に残っている。だが今日、こうして仲間たちと肩を並べ、全力でぶつかり合えたこと――その一つ一つが、確かな重みを持って心に刻まれていくのを感じていた。
――俺は、もう独りじゃない。
静かにそう実感しながら、俺は隣で笑う葉隠さんの横顔を見つめた。