Ragnarok Online? 【アルカナ冒険譚】 作:Yu-Tokiwa
― 11 ―
「あ、シィル~。ちょーどいいところに帰ってきた~!」
「?」
日が暮れてから宿に戻ってきたシィルに声をかけたのはタリア。そちらに目を向けると彼女は牛乳ビン片手に濡れ髪をタオルでガシャガシャ拭いているところだった。
髪の短い彼女はすぐにウニかイガ栗のように頭が爆発する。正直、若い女性が髪をいたわるという雰囲気ではない。
ソレが気になって1度は訊ねたシィルだったが、彼女の口からは予想通りの言葉が返ってきて彼女を落胆させた。
彼女は女性では珍しい鍛冶職人である。毎日のように工房に入り、真っ赤に焼ける鉄を相手に鎚を振る。それゆえ彼女の肌は小麦色に焼け、髪は短く艶がない。
祖父に高名な刀鍛冶を持つ家に生まれた彼女がその道を目指すようになったのも、もしかしたら自然なことなのかもしれない。
不幸にも彼女は一人っ子であった。
「タリアさん……。」
「お?」
シィルの呼びかけに、タリアは髪を拭いていた手を止めた。
「すごいカッコで歩いてますね…相変わらず。」
「……そぉ? レイドもスカも風呂上りはこんなカッコで歩いてるよ?」
「ソレは男の人だからです。」
「あろ?」
「リタさんの真似をしてもだめです。」
「ん、そかー。」
からんからんと笑う彼女は現在ほとんど下着姿に近い状態。この格好でいつも風呂から自室まで帰る。彼女は。
シィルはややうなだれ気味にため息をついた。
「ソレはそうと…。お風呂女子の時間だから入っちゃうといいよ~。ちょうど今空いてるし。」
「あ、そうですか?」
この宿屋の風呂のシステムは変わっている。大浴場1つしか持たない宿なのだが、街に温泉が湧くため一日中風呂が解放されている。
そのため男性の入浴時間と女性の入浴時間。それから混浴の時間が順番に来る。
最初のころは少し戸惑ったが、人間というものは一週間でそれに慣れる事が出来るらしい。今では何の抵抗もなくそのシステムにしたがっている。
「じゃあ準備して入っちゃいましょうかね。」
「ん、そーするといいよ~。そろそろ男連中も帰ってくるし。あまり遅いと混浴時間に飛び込んじゃうしね。」
「あー、そうですね。ん。わかりました。」
彼女はそういうとタリアに挨拶を済ませ、しかしあのままのカッコで酒場に下りていこうとしたタリアをしっかり部屋まで送ってから、自室で入浴の準備を済ませた。
マントを外し軽鎧を脱ぎ、タオルと石鹸、着替えと洗濯に出す服を入れる手さげを持って部屋を出る。
部屋からの階段を下り、突き当りを酒場に行くのとは逆、左へと曲がる。少し行くと広間と脱衣所。ここがこの宿の大浴場である。
日が暮れたとはいえ、まだ時間は早い。今日はたまたま女性入浴の時間が早かったために急かされる形になるが、大多数の人が混浴時間か、そのあとになる男性入浴時間のさらに後の入浴時間に入ろうとしているのだろう。脱衣所にはまだ人の姿はない。
「…………。」
一応あたりを見回してから、彼女は浴室入り口近くの棚に荷物を置き服を脱ぐ。
「……つっ…!」
布がすれ、痛みが走った。それほどのものではないが動作が一瞬止まる。
肩をすりむいていた。その周囲はやや青黒く晴れている。今日の仕事の中で負った唯一の怪我らしい怪我だ。
この街のオンボロ教会を別件で訪れていた際に、たまたま乱闘の報せが舞い込み、そのときこれまたたまたま教会でサボっていたななうみとともに鎮圧に向かったのだ。
そして、怪我をした。シィルだけが。
ななうみは無傷。しかも彼女が2人を無力化する間に4人をコテンパンに伸していた。
あとから現れた衛兵に当事者たちを引き渡し、自らは事情説明のために軍の駐留詰所に向かった。
その際、かすり傷とはいえ負傷したシィルを先に帰したのだ、ななうみは。
「…………。」
少し悔しかった。
噂には聞いていた。
プロンテラにいても、ゲフェンに暮らす『戦うシスター』の噂は耳に入ってくる。
まさか、これほど破天荒でしかも戦わせて見れば実際強いとは思わなかった。
それこそ、戦う事が本職のシィルをはるかに凌ぐ経験のなせる業であろうが、ともすれば経験というものはそうまで大きな隔たりを作ってしまうものなのかと悲しくもなった。
そして思った。『近付くために、得られるものはなんでも得よう。盗めるものはなんでも盗もう。』…と。
カララララ……。
一糸纏わぬ姿になり、シィルは浴室の木戸を引いた。中から湯気が流れ出し、温泉特有の硫黄のにおいが鼻をついた。
正直外はそろそろ寒いかというそんな季節。しかしこの宿屋はこの温泉のおかげを以って建物内はいつも暖かい。当然この浴室内も…だ。
湯気が立ち込める浴室の中。見える範囲に人の姿はない。
湯船のほうまで行けば誰かいるだろうか。彼女は鬱蒼と立ち込める湯気の中を歩き始めた。
「あろ?」
「!」
突然声がして驚いた。
予想通り湯船のほうからだったのだが……まだその姿は見えない。
「あー。シィルちゃん。」
「リタさんですか?」
彼女は言葉をひと言も発していなかった。それなのにその声の主は彼女がシィルだという事を見抜いていた。
こちらから相手の姿が見えない。相手からも見えていないはずなのだ、こっちは。
やがて、湯気の壁を抜け、湯に浸かる小柄なリタの姿が見えるところまで来た。彼女はいつものように、ニコニコ笑ってシィルを見上げている。
「帰ってきたんですね~。」
「ええ、つい今しがた。」
「お疲れ様でした。」
「あ、ええ。ありがとう。」
他愛のない言葉の受け答え。それすらぎこちない。
実のところシィルは、このリタという女性が少し苦手だった。
そう。『女性』なのだ。
『女の子』と呼びたくなるような外見はどう見ても自分より年下である。しかしレイドに聞いた話では、シィルより5つ年上のヨダよりさらに年上というから、少なくともリタは彼女より6歳は年が上ということになる。
人間、見た目で判断ならないものだ。
そのうえ、シィルは彼女についてわからない事がまだいくつもある。例えば…このギルドに来て多少経つが、実はリタと一緒に行動したことがない。そう、彼女は単独行動なのだ。
これが、レイドがするならわかる。職業柄、群れるものでもない。しかしリタは剣士なのだ。ただの前衛職と言っていい。そんな彼女が、支援にも頼らず1人で出かけて1人で帰ってくる。しかもそれなりの成果を持って…だ。
なぜそんな行動をとるのか不思議であることはもとより、そんな彼女がギルドに属していること自体が不思議にさえ思えてくる。しかも、出かけていないときの大部分を寝て過ごすのではないかと思うほど、色々なところでまあ彼女は本当によく寝る。自室に限らず酒場に食堂。天気の良い日などは野外のベンチでコックリコックリしているのを見かける。
恐るべきマイペースっぷりだ。
ザザァ…。
石鹸で体を洗ってから、シィルは湯船に足を踏み入れた。
少し熱めのお湯が湯船の縁より流れ出ていく。
「シィルさんとお風呂で一緒になるのって、初めてですね~。」
「えっ?」
リタにそんな事を言われてから考えてみる。
そういえば確かに…意外にもここで彼女と会うのは初めてだ。
そういえば、この時間にリタが起きているのも珍しいかもしれないと、そんな事を考えつつ彼女は湯船に体を沈めた。
「痛ッ!」
「!?」
思わず声が上がってしまった。となりのリタがビックリしたように肩を跳ねさせる。
「どしました?」
「え、ああ…ちょっと……。」
肩の傷だった。忘れていたが、無くなったわけではない。
傷を湯に浸けてしまえば、当然しみるのだ。
「ドジ踏んじゃいまして…お恥ずかしい限りです……。」
「あらら……けど、それくらいの傷で済んでよかったですね~。」
「まったくです。」
リタの言葉にシィルは苦笑してしまった。
たしかに、この程度で済んでよかった。……とは思う。
ただちょっとばかり、リタの言葉はトゲがある。
シィルがリタを苦手にしているのと同様、リタもシィルに対してはあまりいい感情を抱いていないのかもしれない。
確かに彼女は、このギルドにやってきた当日、リタに小言を言ってしまったのだ。
今思えば軽率だった…と思う。
「あとでヤンさんに見てもらうといいかもしれませんね。」
「ヤンさんですか?」
「はい。ななうみさんのカレシさんです。」
リタはにっこりと笑った。
そういえば…ヤンもプリーストだ。医療の心得があるはずである。
彼女にとっては自分のギルドの中のことだから当たり前のことなのだろうが、シィルにとっては言われるまで気付かないようなことなのだ。
それを考えると普段、メンバーと別行動をしているとはいえ、リタは当たり前にギルドの内情のすべてを把握しているということになる。
「リタさん……。」
「あい?」
シィルの言葉に、リタが首をかしげた。
彼女のおかっぱ髪の先が湯に触れる。
「リタさんは…このギルドでどんな立場にあるのですか?」
それは、実は少し前から彼女に直接聞いておきたかったことなのかもしれない。
例えばマーシのように、メンバーの和を乱すような行動に苦言を呈するタイプの人間からすれば、リタのような恐るべきマイペース人間は"悪"と言う事になりかねない。
しかし、ここしばらくの彼女を見るとどうやらそうでもないっぽい。
確かに、彼女に対するほかのギルドメンバーの評価のすべてが良好というわけではない。しかしそれを差し引いても、リタの評価は確実に中より上だ。
「…………。」
湯船に浸かったまま、じっとシィルを見るリタの赤い瞳。
やや無言のままそれがしばらく続き、やがて彼女は目を伏せて微笑むと口を開いた。
「……まじめにお答えしたほうが、いいですか?」
「出来ればそっちのほうで……。」
シィルが言うと、リタは小さく頷いてからシィルから視線を外し、少しだけ遠くを見た。
「……5年ほど前になりますか……。」
「!」
小さなため息をひとつ。それから彼女は話し始めた。
ぎょっとしてシィルが彼女を見る。
リタはそこにいた。確かにリタだ。しかし、今この瞬間に、纏う雰囲気は普段の彼女のそれではない。
「ここに誘ってくれたのは、バニさんです。それからレイさん。」
「レイ…さん?」
「ああ、ヨダさんの事です。……いくあてもなかったので、傷が癒えるまでここで少しだけお世話になる。そのつもりでした。」
「傷……?」
少しだけ、眉をひそめてシィルがリタを見た。その視線に気づいたのか、しかし彼女のほうを見ることなく、リタは本当にわずかだが微笑んだ。
「5年前。とても寒い夜でした。場所はアルデバラン……。今日のあなたと同じ。ドジを踏みましてね……」
「…………!」
「刃にかかり、私はそこで死ぬはずでした。」
【つづく】