Ragnarok Online? 【アルカナ冒険譚】 作:Yu-Tokiwa
― 15 ―
パタン。
読みかけの本を、彼女は閉じる。
閉じて…酒場の入り口のほうに目を向けた。
「………………。」
しばし微動だにしない。しかしややあってから、小さくため息を吐いた。
がたっ……。
閉じた本をテーブルに置き、そして席を立つ。
そのまま数歩を行き……。
「……この街の一番大きな病院はどこ?」
首だけで振り返り、カウンターにいる店員に尋ねる。
「えっ? ああ、時計塔横の国営診療所かな。」
一瞬、面食らったような表情をした店員だったが、すぐに彼女の求めた答えを口にした。
『そう…』とつぶやきながら、彼女は再び出入り口のドアのほうに向かい、歩き始めた。
ピンッ……!
「っと?!」
振り返らずに女魔術師、マーシは金貨を店員に投げてよこす。
「すぐに戻るわ。それまで、そのテーブルをとっておいて頂戴。」
その金貨を受け取って、店員はこくこくと何度かうなずく。「おねがいね」と言い残し、そのときすでにマーシの姿は店の外にあった。
ヒュオォ……。
北の山脈から冷たい風が吹き付ける。
「……っ!」
さしものマーシも寒さには弱い。
弱いというわけではないが、やせ我慢もまあ意味がないとわかってはいる。服の隙間に入る風の冷たさには正直参る。
ポンッ!!
自分の前方に小さな炎の玉を作り出し、明かり代わりにしがてら暖を取る。そのまま人通りの少ない道を、彼女は石畳を踏みしめ歩く。
時計塔横の診療所。先ほど、時計塔地下室の害獣駆除を軽くこなしてきたところだ。そういえば、その隣に診療所らしきものはあったかもしれない。普段そういった場所に世話になることがないので彼女はすっかり「覚えるのを忘れていた」のだ。
かつっ……。
なぜ彼女がこんな寒い思いをして…いや、そもそも読書を中断してまで店を出たのか。それにはもちろん理由がある。あてずっぽうで出たわけではないのだ。
「まったく……うちのギルドの連中は、歩くたびに事件に巻き込まれるんだな。」
などと、ひとりごちた。
バニが緊急連絡用にもって行った魔術道具から、彼女に対して「着信」があったのだ。
まあ安物である。細かな意思のやり取りが出来るものではないが、大体のことはわかる。
しかもどうやら本来とは別の使われ方をしているようだ。とにかく、何らかの連絡があったら、ありったけの魔力を保有した状態で街で一番大きな病院に来い。これがバニの彼女に対する指示だった。
「……子守も疲れる。」
やがて彼女は大通りへとでる。人通りが多くなれば自分の周りにのんきに火の玉なんか飛ばしてられない。炎の暖かさから離れるのはやや後ろ髪引かれるものがあったがまあ仕方がない。世話になった炎を彼女は引っ込めた。
商店の立ち並ぶ一角を人の波に逆らわず進む。水路を越える橋をいくつか渡り、階段を渡り、先ほどは小さく見えただけだった街の中心部の時計塔をいよいよ右手に大きく見ながら彼女は歩みを進める。
ひときわ大きな建物である。
「………………。」
この街が誇る大病院。最新の設備を持った最先端の医療施設である。
コッコッ……。
正面玄関前の階段を何段か小走りに駆け上がり、ロビーへと入る。
途端に鼻を突く血と消毒用アルコールの匂い。死臭もあるか。
そもそもすぐ近くに時計塔、その地下に広がる巨大迷宮がある。そんなこともあってこの場所にはいつも怪我人が絶えない。診療所はいつだって大忙しなのだ。
「んー……。」
目的の人物を探すもロビーにはいないようだ。自分のほうが先に着いたか? そんなことも考えたが、ともあれ、彼女は案内板を一瞥し、処置室が並ぶほうへと足を向けた。
人の行き交うロビーでボサッと突っ立っているのは御免だ。
「!」
廊下を進むことしばらく。その廊下にへたり込むように座っている大男を彼女は見つけた。
「散々だったわね。」
「お?」
近づき、声をかける。
その大男はスカだった。ついと首を上げ、自分を見下ろす女の姿を認めては「わはは」と笑った。
「おかげさんで酔いもさめたしひとりで立ち上がれねぇくらい疲れたよ。」
「……【倍速】まで使ったの? 本当に散々ね。まあいいわ、今度は私の番かしら?」
「もう中でいろいろ始まってる。お前さんとしちゃあ不本意だろうが、まあ、たっぷり絞られてこいや。」
「?」
スカの言葉に送られ、やや不思議そうな顔をしてマーシは彼がへたり込んでいたすぐ横の扉を押し開けて入る。
「ああ、マーシ! 待ってたんだ!」
処置室に入るとまずネームがその姿を見つけて声をかけてきた。その向こうに数人の医師がいて、ネーム自身はそれを補助魔法で手助けしているようだった。
「…………。」
寝台に寝かされ、処置を受けているのは知らない少女だ。少なくともマーシ自身は知らない。彼女は小さく舌打ちしてからため息をついた。
カッ…!
すぐに彼女はコートを脱ぎ、近くの棚に投げるようにかけると、ポケットからケースを取り出し、そのケースからチョークを取り出した。床に簡易魔法陣を描く。ものの十数秒か。本来もっと時間のかかる陣を、彼女は様々な手段を使って省略し、あっという間に完成させた。すると何の合図もなしに、今しがた完成した魔方陣内にネームが立つ。間髪いれずにマーシはその横にもうひとつの魔法陣を、今度はもう少し丁寧に描き始めた。
「手短に説明して。」
「それが俺たちにもわからない。西地区の一角で倒れてた。俺たちが通りかかったときにはすでに体温が低下してて脈も弱まってたから、現場で応急処置をして病院に。」
「ほかには?」
「よくわからんが、ヨダの顔見知りらしい。」
「本当に?」
「けどヤツが言うには、彼女はずいぶん前に死んだんだと。」
「はぁ?」
ふたつめの魔法陣を描き終え、彼女は立ち上がると、今度はその上に自身が立ちつつ、一度ヨダを振り返る。そんな彼は、落ち着きなさげに親指の爪を噛み、視線を床に投げていた。彼自身が混乱のさなかにあることはもはや明白であり、答えを求めたところでそれが満足な結果をもたらすとはとても思えなかった。
「ややこしそうね、あとにしましょう。」
「助かる。今局所的に『麻痺』と『凝固』をかけてるからそのコントロール頼む。」
「はいよ。そっちは精度だけに集中して。」
パパパッ!
言いながら医師が処置を行っている場所のやや上方に明かりを出現させる。それも3つ、4つ? いや、まだ増える。影がなくなるまで個数を増やし、同系列の魔法とは言え、最終的には7個もの魔法を同時に発動させた。そのそれぞれを処置にあたる医師や助手たちの動きにあわせて制御する。地味ではあるがそれなりに複雑な制御を、麻痺魔法の効果を調整しながらの『片手間』で開始した。
ちょうどそんな時、処置室前の廊下に、バニたちが到着していた。
【つづく】