Ragnarok Online? 【アルカナ冒険譚】 作:Yu-Tokiwa
― 19 ―
「あのさー。」
「うん?」
ベッドの上に広がった髪が、やや重そうな音を立てた。艶のない、自らの血で汚れた髪。一応、濡れた布で拭いてくれはしたようだが、腰まであるほどの彼女の髪だ。すべての汚れを拭き取れるわけではない。首だけをコロンと動かし、少し離れた…部屋の壁際に置いた椅子に座る少年を見た。本を読んでいる。
バニやマーシがここにやってくるほんの少し前。
少しだけ、西に傾き始めた日の光が橙を帯び始める。彼女が目覚めてからだいぶん経つし、病室にはまあまあの人数が訪れたが、終始このヨダと名乗った少年はこの部屋に居続けている。
「いつまでいるの?」
「…………。」
パタン。
ややあって読んでいた本を、しおりも挟まずに閉じて彼女の方に顔を向けた。笑顔だ。
「とりあえず誰かがいた方がいいんじゃないかなって思って。すまないね、ホントはバニとかマーシとか、女の人だったら良かったんだろうけど今ちょっと忙しいみたいでさ。」
「ふーん?」
まじまじと彼を見る。
若い。少しだけ年下だろうか。緩く癖のある髪を適当な長さにし、清潔にはしているがオシャレには無頓着か。整った綺麗な顔立ちは育ちの良さを予感させる。暖かな日向を歩く人生を送ってきた、そんな雰囲気だ。
もしも彼が先ほど言っていた、孤児院育ちというのが本当だとすれば、その幼少の時代をどう過ごせば、この暖かい…優しい雰囲気をたくさん持ったまま育つことが出来たのだろう。
「見張ってんだ、ボクを。」
「いや、そういうわけではないって!」
ちょっと嫉妬した。
だから少しだけ意地悪したくなった。思った通りの反応をして、思った通り表情をしたから少しだけ満足した。いやな女だ。
「見張ってなくても逃げないってば。体に大穴空いてるんだからさ。」
「いや、だから見張ってるわけじゃ……」
よく助けたね。…の言葉を飲み込み、なんで助けたの。…の言葉もまた飲み込んだ。
「……ありがとう。」
「!」
少しだけ彼は驚いた表情を見せた。
昼間、病室を訪れた人たちにも一応の例は述べてある。最低限の礼節はあると彼女自身は思っている。けど、そういえばこのヨダという少年に面と向かっては言っていなかった。言ってその表情を見たら、むずかゆくなって、慌てて首ばかりか体ごとヨダから顔を反らして反対側を向いた。
「…………。」
自分が目覚めるときまでいてくれて、一方的にこっちを知っていて…いや、本当に誰なんだこの子は。それでいて彼女に一部の記憶がないとわかってから本気で心配してくれている。今この瞬間に至るまでずっとだ。
恐らく彼はたくさんの善意で出来ている。それでいて明るくて暖かくて……。
やっぱり嫌いだ。
「孤児院ってさ……」
「うん?」
「どんなところだった?」
「ん?」
「きみはその、孤児院にいてきみの話ではボクも同じところにいたんでしょ? その記憶はないけど、ボクの中で孤児院って最低なイメージなんだよ。」
いや、実際のところはそこまで最低とは思っていない。…というかそもそも興味がないから考えた事もなかった。けど、この少年に対しては何でかネガティブな言葉をぶつけたくなる。どうせ彼女のイメージを否定して来るに決まってる。きみを育てた孤児院はさぞやいいところだったのだろう、そうじゃなければそんな綺麗に育たない。
「最低なところさ。」
「!!」
ちょっと思ったのと違う答えが来た。彼女が予想していた答えが返ってきたらこの言葉を批判しチクチクといじめてやるつもりだったが…。もう少しこの話題を続けてみようかな、そんな興味が出た。
「言うねぇきみ。自分を育ててくれたトコなのに。」
「孤児院ってのは大変なところでさ。始まりに小さな善意があって、その善意に賛同するこれまた善意があって…。小さなたくさんの善意が集まって成り立ってる。けど、圧倒的に足りてないんだ。『やっとこ成り立ってる』ってところ。」
「…………。」
「年に10人増えて、7人が引き取られて3人が死ぬ。その理由はまあ色々。引き取られた7人だって全員が幸せになってるかなんて…どうだろうね。」
「きみの話では、ボクはその『死んだ側の3人』だったってコトだね?」
「まあ…そう思っていたところはある。だってその…リタって病弱で昼間はずっと部屋のベッドで寝てたってイメージがあったから……。」
「ホラぁ、やっぱりそれボクじゃないよ。いなくなって5年間、なんでか生きてて、厄介ごとに巻き込まれてさあ、こんな北国の街の端っこで襲われて死にかけるなんて…、そんな病弱を絵に描いて挙句死んだと思われてた子じゃさ、このアクロバティックな生き方につながらないじゃん。」
「う……」
彼は言葉に詰まる。恐らく彼自身、リタの言葉に納得してるところがあるのだ。
いや、彼女の名前を…すべて知っているのだからヨダが言う『リタ』が全くの他人なわけがない。恐らくその『病弱な子』は自分なのだろう。でも話を聞けば聞くほど彼女自身で信じられない。『どう考えても自分じゃない。』という結論に行きつく。何しろ彼女は自分で言うのもなんだがまあまあ強いし頑丈なのだ。…いろんな意味で。
しばらくは沈黙が続く。彼は気まずいと感じているだろうか? 彼女の方は割と言い負かしてすっきりしてる感はある。背を向けているのでわからないが、ヨダは今どんな顔をしているだろう。悲しいだろうか? それとも悔しい? まったく、こんなわけのわからない女を助けてしまったがためになんと言うありさまか。挙句助けた相手にこんなひどいことを言われて…。
「残念だったねぇ、助けたのが昔の幼馴染じゃなくて。」
「!」
あまりに長い沈黙に、耐えられなくなったのはリタの方だった。このまま黙っていてもらちがあかない。放っておけば夜まででもずっといそうだ、彼は。
さっさと追い払おうと彼女は知恵を振り絞ってひどい言葉を投げていく。
「助け損だったね。がっかりしたでしょ? だからもう…」
「馬鹿にするな!!」
「!?」
突然、これまでのヨダからは想像もつかないほどの強い言葉が出た。さすがにリタもこれには驚いた。からかいすぎたか。さしもの彼女もそれには少したじろぐ。
「や、やだなぁ…ほんの冗……」
再び彼の方を首だけで振り返ってギョッとする。彼女が思った以上にヨダは怒っていた。
「『相手が誰だから助ける助けない』んじゃないんだよ。確かにリタが助かってよかったさ。だけどそれは助かったのがたまたまリタであって、リタだったから助けたわけじゃない。」
「!」
「助けたのはオレじゃなくて『オレたち』だ! アルカナは見捨てない! 馬鹿にするな! みんなに謝れ!!!」
激しい怒りだった。それくらいはわかる。激しく怒り、汚い言葉を使い、大声を上げ彼女を糾弾する。しかしそれでも彼は日なたのように明るく暖かいままだった。
ここにきてようやく、リタはヨダを誤解していた事に気付いた。彼女が思っていた以上に、彼はもっともっと純粋でまっすぐで暖かくて…もうそれ以上彼を形容する言葉が彼女の頭に思い浮かばない。悔しいが。
そんな彼が言ったんだ、間違いないだろう。自分が彼の言う『孤児院のベッドの上にいた病弱なリタ』だ。
「……ごめん。」
椅子に座ったまま、今は下を向き膝の上で握った拳を震わせるヨダを見て、素直に口から出た謝罪の言葉。認識が甘かったとかとういうのではない。ただただ単純に最低な言葉を彼に投げてしまった。
「いや…オレこそごめん。あんな大きな声を出して。ごめんな、オレ、部屋の外にいるから。なんかあったら呼んで。」
それなのに彼も謝った。いや、謝るべきではない彼は。
「待って!」
「!」
部屋から出るべく、椅子から立ちあがっていた彼を呼び止める。
少しだけ潤んだ目で驚いたようにリタを見る。勇気が要ったのだろうあの言葉を発するのに。自分のためではなく、恐らくは彼と並んで立つ仲間たちの名誉と尊厳を守るためにあの言葉は出さねばならなかった。
ギッ…。
「あっ!」
ベッドの上で、彼女はゆっくりと身を起こし、そのまま縁に腰掛ける。ヨダは驚いたような声を上げ慌ててベッドサイドまで来て彼女の体を支えようとしたが、それより早くに彼女の一連の動作は終わっていた。
「あの…さ。もしよかったら、孤児院にいた時の話とか、無理にとは言わないけどボクが知らないリタの事とかきみ自身の事とか、ちょっとだけ聞きたいなー…なんて。」
「えっ? あ、う、うん……。」
びっくりしている。それが見ていてわかる。それくらい、彼女自身態度が変わったと感じている。ヨダでなくても『急にどうした?』となるだろう。
腰かけたベッドの上でよいしょと体を少しだけ横へ。
「ん。」
空いた場所をぽんぽんと叩いてヨダを呼ぶ。
「い、いやそれはさすがに。」
急にしどろもどろになる。面白い子だ。
「良いから。せっかく色々話すんだし、たくさん話したいから小さい声で無駄なく長く話したいんだ。壁際の椅子に座ってるきみに届く声は、まあまあ体力使うんだよ。ここはケガ人が楽したいって気持ちを汲んでくれたらうれしい。」
目茶苦茶な理論だ。だけど気持ちは伝わってくれるだろうか。いや、伝わったみたいだ。戸惑いながらもヨダは彼女の前までやってきて『おじゃまします』と恥ずかし気に言ってはすぐ隣に腰かけた。
「ふへへ、ありがと。ごめんねぇ、髪の毛ゴワゴワだしだいぶん血の匂いとかするかもだけど。」
「あ、いや、おきになさらず。」
「なんでカタコト。」
彼女は笑った。なんだか、久しぶりに笑った気がする。それを見てヨダも笑ってくれた。よかった。
それからは色々な話をした。本当にいろいろ。その大半がヨダの事だが。
孤児院での話。孤児院を出てしばらく商店の手伝いの仕事をしていた話。アルカナの面々との出会い。ちなみにギルド員で最初に出会ったのは商店に客として来たタリアという鍛冶屋の娘だったらしい。あとはアルカナでの活動にそれから…。
そのどれもに笑い声が混じる。言葉の選び方。文脈が一段落するタイミング。会話のバトンがすらすらとつながる。互いの記憶に今は交わるところがなくても、多分この感覚は間違いなく『ああ、この人と話すのは初めてではないな。』とリタは確信を持てた。
「ねえ、孤児院ってさ、どんなところだった?」
「!」
いつしか日は落ち、外から部屋へと差し込んでいた橙は今は空の遠く。濃い青と灰が大きく広がる西の隅に、わずかに残るのみとなっていた。
いま一度聞いてみたかった。孤児院の事。つい先ほど、同じことを訊いた。今度はどんな答えが返ってくるだろうってワクワクする自分がいた。
「孤児院は…最低なところさ。でも、全部が見返りのない善意で出来てるんだ。最低だけど、好きかな。オレの原点だし。」
「…………。」
暖かい陽だまりのような少年は、よくもまあこんな恥ずかしい言葉をすらすらと。それを聞いてたリタはなんだかむずかゆくなってきてしまった。
次の瞬間、彼の首に両腕を回し抱きついて…。
「!?」
ヨダにキスしていた。一瞬で彼の体が固まるのがわかった。彼は驚いている。間違いない。そして『驚くべきこと』に、リタも驚いていた。なんだかよくわからないけどこうなった。
「わぷっ!?」
ヨダがバランスを崩して倒れる。当然リタはそれに覆いかぶさるように一緒に倒れた。
カチンッ!
「!!」
「!!」
その勢いで、キスしていた二人の前歯同士がぶつかって割となかなかいい音がした。びっくりして離れ、お互い見つめ合ったまま硬直しては……。
「ぷっ…!」
「あは!」
笑ってしまった。その笑いはしばらく続き…少しだけ沈黙があって、そして再び唇が重なる。今度は少しだけ長く。
ギッ……。
ベッドに手をついて離れた彼女は、少し恥ずかしながらも驚いているヨタを見て少しだけ困っていた。それがそのまま口から出た。
「困ったなぁ……きみを好きになってしまったかもしれない。」
【 つづく 】