Ragnarok Online? 【アルカナ冒険譚】 作:Yu-Tokiwa
― 2 ―
寝落ち。
これは実に恐ろしい現象だ。
リタという少女はよく寝る少女。ところかまわず、スイッチが切れたように突如寝る。食堂であれ、街の中であれ、挙句の果てに戦闘中のフィールド上であれだ。
だが、自身に差し迫った危険が及ぶと、これまた突如目を覚まして危険を排除する。しかもものすごい、信じられない戦闘力でだ。
このときの戦闘力については皆一様に「不思議である」との一言で片付けざるを得ないという。
寝落ちについては、当の彼女に訊いたところで自分でもよくわからないらしいが、とりあえず「すごく眠くなるので仕方ない」という。もはや気絶と変わらない。
本人に仕方ないといわれてしまっては、もうそれこそ外野がどうのこうの言うのも無意味であること甚だしい。誰もがこれは「もうリタの寝落ちは仕方ない」と思うに至った。
「こぉれ、リタ~。こんなとこで寝落ちしてんぢゃないよ。おーい」
ななうみは自らの前でコックリコックリやっている少女の前まで歩いていくと、その頭に手を乗せ結構ものすごい勢いでがっくんがっくん揺らす。
仕方がないがとりあえず起こすのだ。
「あ、あのさぁ、取れねぇ? 頭」
「あん? アンタなにバカ言ってんの。おーい!」
さしものレイドも心配になったか、近くに来て苦笑した。彼が心配するほど、ななうみのゆすり方には容赦が無い。もう風に翻弄される枯葉のように、リタと呼ばれた少女のあたまがぐらんぐらんと揺れる。
はじめのうちこそ、全く反応を見せていなかったが、しばらくしてパチっと目を開いた。
「お?」
「そんな、私は食べてなーーい!!」
がんっ☆!
「ひでぶっ!」
「びぼっ!?」
開口一番なんか言いつつ、頭を上げた少女。その頭の向かう先に、様子を覗き込んでいたレイドの顎があった。
突然のことにレイドが後ろにひっくり返る。少女は頭を抱えてうずくまった。ななうみはというと……。
「あー。面白い面白い。30点」
面倒くさそうに言っては手を叩いた。
「ほれ、大丈夫か? リタ」
「……おおおぉ…星です…星が出ましたよ……」
「あー。そりゃ私にも見えたわ」
「……あ、ななうみさん。おはようございます」
ななうみの存在に気付き、リタは軽く頭を下げて笑った。
「はい、おはよう。…とはいえ、昼過ぎてるけどね。いつから寝てた?」
「……………?」
彼女の言葉に不思議そうに首をかしげるリタ。一方のななうみはまたしてもため息をついた。
「あー。憶えてないのね。OKOK」
「……ああ、えっと遅くまで街の外散歩してて…おなかがすいたからご飯食べにきたんです」
「んおろ? お昼ごはん?」
リタに尋ねたななうみ。その横でレイドはようやく床から起き上がってきた。
「遅くまで街の外に…って言うんだから、昨日の晩飯のことぢゃね~の?」
「なぬ!?」
「わわっ!? レイドさんもいた!!」
これにはさしものななうみも驚愕した。
ついでに起き上がってきたレイドにリタもびっくりした。
「そうなの!? リタ!」
「あ、え? ああ、そうですよ~」
「バカじゃ! いいかげんにいたせ!!」
ぽこっ……!
リタの頭にチョップを打ち込むななうみ。僅かに遅れて、頭を押さえる彼女。
「むしろオレは、寝てる本人より昨夜からここで寝てる奴を起こさないまわりの人間に問題があると思うんだがね」
「………………」
レイドの言葉に『ソレもそうね』…と呟き、ななうみはリタに立ち上がるように促した。
『よいしょ』と、立ち上がり、スカートをぽんぽんはたくリタ。
立ち上がった彼女は、ななうみの肩あたりまで。隣に並ぶレイドの胸くらいの背丈しかない。もともと小柄な少女なのである。
ふたりを見上げた彼女は、何が楽しいのかわからないがニコニコと笑っていた。
「そー言えば…新人さんきたですね」
「ああ、うん。それ今もソレ話してたとこ」
歩き始めてすぐにリタに尋ねられ、ななうみはレイドを振り返った。
「会ってないの私たちだけだってさ」
「あろ。私、会いましたよ~?」
「なぬ!?」
「はい~」…などと笑うリタ。
「かーっ! 会ってないのは私だけかぁ、じゃあ。」
「ルイさんとなまえさんはまだですよ?」
「あの2人は除外。」
「旅行中ですもんね。あとは…いづなさんとか?」
「ああ、いづなかぁ……。ここしばらく顔見せてないものね。んで? どーだった? その新人」
「私は嫌いですよ。あの人」
「ぬあ、いきなりか」
レイドが苦笑した。
思ったままをはっきり言う。これがリタという少女の得意技である。
彼女は言葉を躊躇わない。思ったことの大半はノータイムで口から出る。それが彼女の良い所であるという意見も確かにあるのだが、それで生じるトラブルも決して少なくない。困ったものだ。
「初っ端から嫌われてるね…」
「いいえ、おそらく私の方がいいかげんだから、正しい事を面と向かって言われると腹が立つのかもしれません。あまり押し付けられるのは好きじゃないんです。私」
「つまり、早速説教されたってことか」
「そゆことです♪」
にっこりと笑うリタ。ため息を吐くななうみ。レイドは…彼もまた笑っていた。
よほど、言われ方が気に食わなかったと見える。
モノをはっきりという彼女ではあるが、それは好き嫌いが激しいというわけではない。個人観点で他人を"悪"とすることは非常に珍しいのだ。彼女は。
ともあれ、早速の仲違いか? つくづくアルカナの先行きは不安である。
トコトコと歩くと、廊下はすぐに突き当たる。そこにある扉を開くと……開く前からなのだが、訪れた人間を喧騒が出迎える。
一般の客のためのテーブル以外に、店の一角にギルドごとが契約している"専用席"がある。テーブルを契約すると一緒に店の奥に部屋も用意される。
国から公認されているギルドを支援すれば、店には国からの助成金が支払われると言うシステムがある。そのため、部屋数の多い店ではこのシステムを積極的に取り入れていると言う。
「あ、レイドだ。おーい」
そんな店の一角。今はまだ空席が目立つギルドスペース。そのテーブルのひとつでブンブンと手を振る少年と女。ともに魔法関連に長けた術師の出で立ち。
「よう、廃人」
「いきなりソレか」
レイドが言うと少年が苦笑した。
彼の名をマール。略して"マル"と呼ばれる。
アルカナにおいては新参者に位置する彼だが、ひとりの術者としては非常に優秀な人間だ。
土地柄、たびたび街には彼のような説明の付かないド天才が現れる。
彼と共にいる女性が偽名としてマーシと名乗る魔術師。街で上位の魔術師のひとりである。彼女もまた『ド天才』のひとりであり、その彼女が一目置く逸材というから、マルと言う魔術師はよほどのものなのだろう。最近メキメキと頭角を現している少年だ。
そのため、複数のギルドが彼の獲得に動いているなどの噂は絶えない。
「ななうみとリタも一緒なんや。珍しい組み合わせだね」
「リタはそこで寝てたんだよ」
「うーわー。せかいがまわるー」
マルの言葉に、ななうみがリタの頭をぐりんぐりんとなで回して答えた。
「またかよ」と彼は笑う。別段、珍しいことではないようだ。
「それでね? 新人のことなわけよ」
椅子を引き出しつつ、ななうみが切り出した。どうあっても、自分がまた見ぬ新人とやらの情報を聞き出したいらしい。
まあ、会う前に多少の知識を入れておきたいというのもわかる。
レイドが面白みのない女と言い、リタが嫌いという。ではこのふたりは彼女のことをなんというんだろう……。
しかし、意外な言葉がななうみに投げつけられた。
「研修終わったら首都に帰るんだしさ。相手を深く知るのは後がつらくなんじゃない? いつまでこのギルドにいるんだかはわからないけどさ」
マーシだった。
なぜか、研修がてら新人冒険者がこのギルドで経験を積んでは去っていくということが多い。卒業していくか途中で折れるかは置いておくとしてだ。
ギルドの長であるバニの方針かもしれないが、それに難色を示すひとりである、マーシという女は。
ギルドとは運命共同体だ。どこの誰ともわからない人間を一時期だけ置くというのは、ギルド員同士のつながりの輪を崩しかねない。そう危惧する者は実は少なくない。
声を大にして言いはしないが、一度会ったのみの新人を『嫌い』と言い放ったリタもそのひとりだし、レイドだって新人と進んで関わりあおうとする人間ではない。
どこか内向的なところもあるのかもしれないが、彼らにもなにか譲れない一線があるのだろう。命がけで冒険に望むのだ、そんな言い分もわからなくもない。
「…………。」
しかし、ななうみはこれには閉口した。
新人を受付けないという体質が、僅かながら自分のギルドにもある。
個人差はあれど彼女にとってそれは悲しむべきことなのかもしれない。ななうみはただ純粋に、このギルドにやってきた奇特な新人について知りたいだけなのだ。
「前衛に不安があるから、いいんじゃない? 新人とはいえクルセイダーがギルドに来るってのは。なにげに初だし」
嫌な空気を感じ取ったか、マルが助け舟を出した。
しかし、それはななうみの心を晴らすに足る言葉ではなかった。
「いいわ。バニにでも聞いて来る」
座るために引き出した椅子に、ついに腰掛けることなく彼女はテーブルを後にする。
店の奥。ギルドルームと呼ばれる方へと、彼女は歩を踏み出していた。
そのまま振り返ることなく早足で彼女は去っていった。
「……あーあ」
それを見送って、レイドが苦笑する。
「ありゃあ完全に怒ったぞ」
「……なんか怒るようなこと言った?」
「言ったね。気付いてないならそりゃあ重症だな。間違いなく」
レイドの言葉に、やや憮然とマーシが頬杖をついてそっぽを向いた。
「けどさ……ななうみ、やたら新人のコト訊きたがってたね。知り合いかなんか?」
「ん?」
マルの疑問。レイドが顎を人指し指でポリポリかきながら、店の奥を見やった。
「1度は剣の道にいたヤツだし…剣士がくれば気になるんだろ、きっと」
答えた。
しかし、恐らくそれは本当の答えとは違うのだろう。口元が笑っている。
なぜ彼が、嘘をついてまではぐらかそうとしたか。それはなんだか訊かないほうがいいような気が…マルはした。
もうひとり、理由について心当たりがありそうなリタを見やるも……。
「zzz……」
彼女はすでにテーブルに突っ伏して寝ていた。
【つづく】