Ragnarok Online? 【アルカナ冒険譚】 作:Yu-Tokiwa
― 21 ―
「…………!」
お湯の揺蕩う音。しずくが落ちる音。水面を湯気の白が滑って行き、仄暗い水面の黒を覆い隠してはまた流れ……。
大浴場。
そこに二人だけの息をする音。
シィルは言葉が出なかった。リタという少女……いや彼女より年上であることは知っている。しかしこの小柄な『少女』と呼んで差支えがなさそうなこのリタが……過去に持つその壮絶な出来事を『本当に経験してきた』というのがにわかに信じがたい。
「私には命を救ってもらったという、そしてそのまま置いてくださったという……アルカナの皆さんには大きな恩があります。だけど私はアルカナとは根の部分でつながってはいない。」
「!」
「ただなし崩し的に置いてくださっている。それに私は甘えてるだけ。『出ていけ』と言われないから、ずうずうしくも居座ってるだけです。私がここにいる。それだけで私があの人たちからもらう恩はどんどん大きくなっていく。だから、私はあの人たちの足手まといだけにはなってはいけないんです。」
「……リタさんは…あなたが単独での行動が多いのも、毎回相当量の成果を持ち帰りこのギルドの実績にしているのも……」
シィルは彼女の行動や評価を思い出しつつ口にしていた。そうか…彼女はそういう……。
「あなたが強く、また強くあり続けようとするその姿勢も……すべてこのアルカナギルドのため……なのですか?」
「まさか。」
「!」
リタが笑った。
笑って彼女を見た。
「そんな恩着せがましいことはしません。それに恩を返せてるとも思っていません。こんなのではまだまだ。」
目を閉じて小さくため息をついてそして……
「ただお荷物にならない事。私はそれを考えるたびにドキドキします。バニさんに負担をかけてないかとか。マーシさんの邪魔をしてないかとか。ネームさんに呆れられていないかとか。考えることはたくさんです。」
「でもアルカナの皆さんはリタさんの事をそんな風には……」
「ダメなんです。私が……私がそれじゃあだめなんです。自分が納得しないんです。やさしさに甘えてばかりじゃあ…ダメなんです……!」
「リタさん……」
少しだけ険しい表情で喋っている彼女。初めて見る顔だ。
日頃の彼女は…言ってしまえばアルカナギルドのマスコット的な存在かと、そう見えてしまっても仕方がない。小柄な少女のような彼女。そこかしこでよく寝る。ななうみやレイドに頭をぐりぐりやられる。バニやスカにすぐ抱き着く。乱闘があれば関係もないのにいきなり飛び込んでいって双方ボコボコにしてスッキリしたように笑う。時々怒るが怖くない。よく笑う。よく食べる。そしてまたよく笑う。
リタという女性は少女であり子供っぽくもあり、時々少年のようでもあり、……だけど違った。彼女は大人だった。それも凄く……危うい少女を残したままの大人だ。
しばらく目を閉じていたリタの表情がふっと和らぐ。
「ちょっぴり話し過ぎました。のぼせてしまったせいです。」
「えっ?」
ザザァ……。
「!!??」
リタが立ち上がった、湯が彼女の身体を滑り落ちていく。
背を向けたこの彼女の小柄な身体。その背中を見てシィルはギョッとする。
リタの背中。肩甲骨から下へ背骨の方にかけてに大きな傷跡。大人の掌より大きい。
「…………。じゃあお先に。」
手をひらひらと振って、彼女は湯船から出るとそのまま歩いて行ってしまった。何かを言おうとしたようだが、彼女は言わなかった。
湯気が彼女の姿を隠し……そして静かな空気が返ってきた。
「…………。」
シィルは固まっていた。
リタがこのギルドに置いてどんな立ち位置にいるのかを知りたかった、単純に。
そして彼女は知りたかったことを過去の経験談も交えて話してくれた。知らなければよかったとすら思う。これじゃあシィルなんて『お客さん』だ。まだまだダメだ。
アルカナは何かを求めてくるわけではない。だが確実に何かを見ている。
彼女はこのアルカナというギルドの、本質の一端を垣間見た気がした。ただ、それが『本質のどの部分の一端なのか。』
それをシィルが理解するのは、まだ少し先になりそうだ。
【つづく】