Ragnarok Online? 【アルカナ冒険譚】 作:Yu-Tokiwa
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酒場のギルドテーブル。
午後の暇な時間…というのも最近はやや珍しいか。この時間にアルカナのテーブルには3人ものメンバーがいた。
思い思い、くつろいでいたのはマルとスカ。そして、読書をしているのは前日に散々な目に逢ったマーシ。
そのテーブルに、「とある少女」はやって来た。
この酒場へは、はじめてなのだろう。メモ書きを片手に店内を見回し、そして目標が定まったのか、このアルカナのテーブルへとやって来たのだった。
緊張した面持ちでそこに立ち、そして意を決したように口を開き…
「エ、エリュナーテともうしますっ!」
これが最初の一言。
「?」
大きな声で元気は大変よろしい。しかしさしもの一同、目を丸くした。……とはいっても、スカの目はそれでも普段のマルのそれより細いのだが。
見れば、そこにいたのは騎士風のいでたちの少女。まだ若い、リタと同じくらいには見える。上にしても下にしても、十代中頃…と言っておけばおそらく間違いはない。
身に付けたままの軽鎧は、いまだ新品のような輝きを放つ。その姿が実に初々しい。なるほど、騎士に昇格してまだ間もない新人か、彼女は。
「き、今日から、こちらのメゾフォルテギルドでお世話になります! よろしくお願いしますっ!!」
「………………。」
マルとスカはいよいよ開いた口がふさがらなくなってきた。そのまましばらく時は経つ。それを見ていたエリュナーテと名乗った彼女は、さすがにやや不安げな表情になる。不安になって口を開いた。
「あ、あの……」
「ここはアルカナ。」
その声をさえぎるように、読んでいた本から目を上げることなくマーシが言う。次いで隣のテーブルを、すっと指差した。
「はい?」
「メゾのテーブルはとなり。」
目をしばたたかせる、エリュナーテと言う少女。その顔が見る間に赤くなったと思いきや……
「ごっ、ごめんなさい! 私てっきり…ああ、どーしましょう!」
見る間に今度は顔から血の気が引く。
そんな時…。
「わははははっ!!」
「!?」
隣のテーブル席。ちょうどマルの背後に背中を合わせるように座っていた若者が吹き出した。
「いいね新人さん! こりゃあ最初(ハナ)っからおいしいや。」
ヒョコっと、マルの肩越しにアルカナの輪に入った若者。
『Red Bear』のロゴが刺繍された帽子をかぶった彼は、少女に向かって『グッ!』と親指を立てた。
「……ああ、こいつクマート。お探しの『メゾフォルテ』の一員。」
「クラートだから!」
マーシの面倒くさそうな紹介にツッコミを入れた若者、クラート。彼は結果的に自己紹介することになっていた。
「ともあれようこそ! メゾフオルテはきみを歓迎するよ!」
気を取り直して、おそらくは通例となっている言葉をエリュに向かってかけた…のだが……。
「……どぉーも俺には、クラが個人的に歓迎してように聞こえるんだよな。」
「まあ、今…メゾの面子いないもんね。」
スカとマルの言葉に、彼はがっくりと肩を落とした。
「……おめーらのツッコミには愛がない……。」
運が悪いことに、現在メゾフォルテのメンバーはクラを除く全員が外出中である。
本来、新人である彼女を迎え入れる予定だったギルド長のエフナイトは、前日から風邪をこじらせ寝込んでいた。彼の従妹であるアキラも用事でここ数日首都プロンテラに滞在している。
そんなエフナイトの頼みもあって、クラは今の今までどこに行くことも出来ずギルドテーブルでヒマをもてあましていた。
まあ、元々ヒマそうにしていたので、ダルマのように服を着込んで酒場にやってきたエフナイトの目に止まり、用事を押し付けられたのだが……。
「ごめんねぇ、新人さんが来るって言うのに、うちのメンバー今日に限って忙しいみたいで……。」
「い、いいえ、そんな! 私のほうこそちょっと早く来ちゃったくらいで……」
クラの言葉に彼女は再び真っ赤になってパタパタと手をやった。
「だいたいさぁ、聞いておくれよ、アルカナの皆さま方よ。エフさんが新しいメンバーの選出ひとりでしてるんだよ? まあ女の子だってのはわかってたけど、それでもどんな子なのか全然聞いてないで、初めてここに来る新人さんをひとりで待ち続けてた俺ってば、えらいと思わない?」
「エロい?」
「ちげーよ。」
「ハイハイ、じゃあこっちにおいで。マーシお姉さんがなでなでしてあげよう。」
「……それは怖いので遠慮します。」
「ん。よろしい。」
クックックッ…と、笑って見せたマーシ。しかし、ややあってその視線をエリュナーテと言う少女に向けた。
「ま、がんばれ。初めてギルドに属すんだろうけど、一日も早くメンバーの信頼を得られるようにね。」
「あ、は、ハイ!」
突然の自分に向けられた言葉に、エリュは思わず姿勢を正す。
「………………。」
それを、どこか釈然としない表情で見ているマル。
先日アルカナにやってきたシィルに対しての態度と比べてどうか。
しかし、それも少し考えればわかること。マーシの性格ならば納得のいく答えが出る。
どうでもいいのだ、彼女にとっては。
所詮メゾフォルテは『隣のギルド』。いくら付き合いがあるとはいえ、彼女自身の生き死にに、直接かかわってくる存在ではない。
マルにとってマーシはやや年の離れた親戚だ。彼女は「はとこ」にあたる。家が近かったためか、わりと彼自身が幼いころからマーシは近くにいたし、彼女の少女時代をマル自身が幼いながらも目にしてきた。だから彼にはわかる。
マーシが大切にしているのは、間違いなく「自分自身」だ。
それだけに、自らに危害を及ぼすものには容赦がないし、自らを危険にさらしかねない状況には先手を打ってそれを退けようとする。そこに私情がはさまれるかどうかは別として、その辺の線引きは実にしっかりしている。
彼女自身が彼女自身の身を守れるうちはまだ良い。しかし、いかな大魔道士とはいえ残念ながら彼女ひとりで何とかならないときも稀にだが、たしかにある。そうなると彼女は、世界で一番大切にしている自分の身の安全を、ギルドのメンバーに委ねるしかない。委ねるギルドのメンバーは彼女の生命を守る最後の砦であり、いざそうなった場合にはなくてはならないものだ。
「利用している」と言われてしまえば実に聞こえが悪い。しかし、結果的には彼女自身の生き死ににアルカナのメンバーは直接関わってくるのだ。つまり、そういった緊急事態にもマーシは彼らに自らの生死を委ねられるのである。要するに信頼している。彼女が平時にも有事にもアルカナのメンバーを守るというのは、やや捻じ曲がっていなくもない気がするが、結局のところ信頼の証なのである。
今回のアルカナにおけるシィルの件は、まあギルドの方針だしこれまでも幾度となくあったことなので、マーシとしても「今回も我慢する」というスタンスなのかもしれない。実際のところ、彼女は数えるくらいしかシィルと顔をあわせていないし、言葉すらおそらくまともに交わしていない。
つまり、マーシはシィルをまだ信頼していない。
面と向かって嫌な顔をするより、まずは会わないという方が彼女にとっては好都合なのだろう。それはもちろんシィルにとっても同じはずだ。面と向かって嫌な顔をされるより、会わないほうが多少なりとも気も楽だろう。
まあ、そのせいでほかのギルド員が不要な気を使うというのはいささか理不尽でもあるが。
ただ一度、マーシが胸の内をマルに語ったことがある。半年ほど前のことだ。
以前、メゾフォルテにやってきた少女がいた。今回同様、エフナイトがスカウトして来た新人剣士。しかし、彼女の人生は、それからわずか一ヶ月ほどで終わってしまった。
フェイヨンで生まれ、イズルートに移転する直前のプロンテラの剣士ギルド(現在の騎士ギルド)で剣士になったと言う。
リタと気が合い、剣術の手ほどきを受けるなどしていた。リッケルバルト工房の両手剣に憧れ、リタが持つ【MOON-13】と【ブラッドチョッパー2】をいつも見せてもらっていた。
将来はクルセイダーになって戦いたいと言っていた。そんな彼女は、戦闘中に恐怖に駆られ、ギルドメンバーの制止を振り切り戦線を離脱しようとしたのだ。
あと数秒で、エフナイトの大魔法の詠唱が成立すると言うときにである。結果的にはあと数秒、彼女がその場に留まってさえいれば、命を落とさずに済んだのだ。
しかし、彼女はギルドのメンバーを信じることができなかった。仲間の声に恐怖が勝り、その足は動いてしまったのである。
即死だったそうだ。彼女が苦しまず、一瞬で死を迎えられたということは、ある意味不幸の中にあって幸運だったのかもしれない。
同盟ギルドのメンバーとして、アルカナのメンバーも後日執り行われた彼女の葬儀に参列していた。
もちろんマーシもだ。
その時である、彼女がマルにこんなことを漏らしたのは。
『もっと早く死ぬと思ってた。長く持ったほうだよ。』
さすがにマルもこれには眉をひそめた。顔見知りが死んだというのに彼女の言葉は完全にマルの理解の外にあった。
言葉を荒げるマルに対し、しかしマーシは別段怒るでもなく慌てるでもなく静かに続けた。
『いいか、私たちが日頃身をおいているのはこういう世界だ。勝ち負けにおいて安全なチェスのような道楽ではない。相手を斬れば相手は血を流し悲鳴を上げて死に、我々が刺されれば我々は血を流し悲鳴を上げ、地面に転がりそして死ぬ。そういう極限の状態の中で、私たちは自分が生き残るために仲間に助けをもらい、またその仲間を守るために魔法の杖を振るわねばならない。これが、どういう関係なのか。マール、あなたにもそのうちわかる。』
半年という時間は本来それほど長いものではない。
そう考える者が大半だ。
しかし、大魔道師と呼ばれるマーシに魔法の指導を受けつつ、付き従うようにしてすごしたこの半年は非常に長く感じるものだった。正直、その間にマル自身がどれほどのレベルアップを果たしたか、自分のことでありながら冷静に考えると自分で疑わしいほどの進化を遂げている。
半年は、決して短くはないのだ。少なくとも彼にとっては。
だから、今はマーシがあの時、言っていた言葉の意味がわかる。彼女が日ごろから口に出していた『信頼』とは、そういうことだったのだ。それが欠ければ、死んだ少女のようなことになる。
残念ながら、マーシからしてみればエフナイトはそれ怠り、少女から信頼を得るに足らなかった上司であり、亡くなった少女はその哀れな被害者ということなのだ。
「さぁて。昨日は散々な目にあったから、今日こそはぁ、ちょいと寝てこようかしらね。」
「お?」
マルの視線に気付いたか。マーシは読んでいた本にしおりも挟まずにぱたりと閉じると、静かに席を立ち、軽く皆に挨拶すると酒場の喧騒を横切り、居住スペースのある上階へと上がる階段のほうへと消えていった。
そんな彼女の行動を気に留めたのが、エリュナーテだ。少しばかり落ち着かなそうにしては、クラートの方にトコトコとやってきて、服の裾を引っ張った。
「ん?」
「あの……。」
「はいはい?」
「あの女の人…機嫌悪いですか?」
ギルドメンバーに挨拶しながら、今まさにテーブルを離れていかんとするマーシを見て、彼女は少しだけ恐れを抱いたか、声は小さく心なしか震えている。
「あー。機嫌悪かないよ。むしろいいくらいだ。」
「えっ?」
「あの人が、読書を中断してこっちの話題に乗っかってくれるなんて珍しいことだよ。」
「そ、そーですか……。」
そうは言われても、やはり不安は消えない。その表情は曇ったままだ。
「…………。」
どうにかしてやりたいが、恥ずかしながらそんなスキルがない。どうするべきか思案に暮れていると、そこにシィルとバニが戻ってきた。助け舟の登場だ。
「あ、おかえりー。」
「ただいまですよ~。」
いつもながら緊張感のない声と共に帰還。テーブルのほうにフラフラと戻ってきた。
ゴトリと槍をテーブルに立て掛けては、椅子を引き出して座ろうと…して、クラートの傍らに立つ少女に気付いた。
「おろ? はじめまして?」
「あ、はい! エリュナーテと申します。どうぞよろしくお願いいたします。…えっと…。」
「ああ、はじめまして。私はヴァントリーザ。そして彼女がシィル。」
自分の傍らに立つ少女の紹介もする。すると、シィルと呼ばれた…騎士だろうか? 彼女が軽く会釈した。
「えっと…、ヴァントリーザさんとシィルさんも、メゾフォルテの一員さんなんですか?」
「あ、いや。私たちは…お隣さんですねぇ。」
「そそ。うちのギルドのマスター。」
バニの言葉を、マルが補完した。
「あれ、そうでしたか。これは失礼いたしました。お隣さんですか~。どうぞよろしくお願いいたします。」
彼女はややあわただしく再度頭を下げた。
マルとスカが苦笑する。
これはまた、なんかややこしいのがとなりに来たぞと。そういいたげな表情だ。
「ところで…どこ行ってたのん?」
「え? ああ、お仕事ですよ~。」
マルが尋ねると、引き出した椅子にバニは座る。ついでに、今のところふたりしかいないメゾフォルテのクラートとエリュナーテにアルカナのテーブルの空いてる席を勧めて座らせた。
「クソオヤジの?」
「いいえ、今回は中央役所の警備部のお仕事です~。」
「うお! スゲェ、お役所仕事だ。」
意外な場所から流れて来た仕事に、マルは少しだけ驚いたような声をあげた。
「役所の仕事良いね! 面倒なんばっかだけど金になるのが良い!」
「なりませんよ。あいにく私がいるので、ほぼ奉仕活動です。」
「なんだってー!?」
やや憮然としてシィルがマルの夢を打ち砕きにかかる。
「さ、さすがは教会勤務。」
「どー『さすが』なんだよ。」
などと、珍しくもスカがツッコミを入れた。
「だって、華のお役所仕事じゃん? そこから仕事もらえるギルドってみんなの憧れじゃんよ。」
「あ!」
「?」
マルとクラートが声を上げた。
みんなの目が一斉に彼に向く。…と、彼はそれに驚いたように目をしばたたかせた。
「…………。」
一同、彼の言葉を待つ。一方の彼は……
「……や、なんでもない。また今度。」
「ダジャレじゃねぇだろうな。」
「ギクっ!」
スカの眼光に…と言っても、元々細いので光ってるかどうかも定かじゃないが、クラートはバツの悪そうな声を上げた。
「……ダジャレだな。決定。」
「あれだ。『教会の仕事は今日かい?』とか、『ほぼ奉仕です。ほう、しょうが(褒賞が)ない』とか、そんなところじゃん? クマートのダジャレスキルだと。」
「いい度胸だクマート。てめぇあとで裏口までこい。」
「勝手に決めんな、オメーら。あとクマートじゃねーから!」
ドンチャンと騒ぐ3人。
なんというか、怒りの持って行き場を失ったシィル。
いつものことながら事態の収拾をすでに諦め苦笑するバニ。
そして……。
「えっと……。」
毎日がこんなかんじだろうか。
そんなことを思ったエリュナーテ。
正直、ドキドキなのだ。実際に所属するギルドの雰囲気を知るまでは。
正確には自分が属すギルドではないが、隣のギルドの雰囲気は良い。そして、そのギルドとの友好関係も悪くはなさそうだ。
おそらくは「良いギルドと、良い関係を持ったギルド」なのだろう、彼女が所属することになったギルドは。
なんとなく、彼女は安心した。
【つづく】