Ragnarok Online? 【アルカナ冒険譚】 作:Yu-Tokiwa
― 7 ―
「マスタぁ~! なんかつめたいのー!」
やってきた少女は、開口一番そう言った。
ふたりともがよく知った声だ。
相手も先に店内にいた"客"の姿を見て、パッと表情を輝かせる。
「わ! レイだ~!」
「よぉ、リタ。」
その小柄な少女はギルド仲間、リタだった。
彼女は店内にいたヨダの姿を発見すると、デデデ…と、走ってくる。
「レイ、はっけーーーん!」
「お、おいおいおい!」
どぼっ!
「ぐぼらっ!!」
リタの銀色の頭が、ヨダの脇腹あたりにめり込んでいた。
走って来たそのままの勢いで頭から彼に飛びついたのだ。避けるわけにもいかず直撃を受け、なおかつその勢いで逆の脇腹をカウンターに強打。なんだかすごい声を出した。
「お、おおおぉぉ…!」
「ひひひ。」
悶絶するヨダ。一方のリタはそのヨダにしがみついてご満悦の様子。
「あ、あのな……?」
「あろ?」
やっとのことで、ヨダが声を搾り出した。それを聞いてリタもふと顔を上げた。
「おまえは俺を殺す気か。」
「あはは~。まさか~。」
「……………………。」
悪びれた様子もなく、彼女は答える。ヨダはため息をついて、自分にくっついたままのリタの脇腹のあたりに両手を伸ばした。
「おおお?」
そしてひょいと持ち上げる。彼女はヨダの体から手をはなし、脚をパタパタやった。
そのまま自分の隣の椅子にリタを下ろす。彼女はすとんと座って『すごーい。』と、手を叩いた。
「おまえら…」
それを見ていたマスターがため息混じりに声をかけた。
「?」
「別れてもお前らはホント仲いいな…。」
「え?」
ヨダが意外そうな声を上げた。まるで不意打ちを食ったかのように……。
「カップルが別れてまだ仲がいいとか、珍しいって言ったんだ。」
「珍しい? わぉ! レイ、私たち珍しいって!」
「そこ、喜ぶところか?」
「あろ?」
なぜか嬉しそうなリタを見て、ヨダはため息をついた。
マスターが不思議に思うのも無理はない。この2人、元は恋人付き合いをしていた。
端から見ればソレが今も続いているようにしか見えないのだが、この2人の関係はすでに終わりを迎えている。
どのようにして終わりを迎えたのかは定かではない。喧嘩別れでは当然ないし、今のこ
の2人の関係を見るに自然消滅というわけでもなさそうだ。しかし、ヨダとリタの双方が隠し立てすることなく『わかれた。』と明言している。
彼らを知る人々の誰もが、この奇妙な男女の関係を理解出来ずにいる。まるで七不思議のような扱いだ。
そもそも、この2人が付き合うということ自体が、あまり皆の頭にイメージできなかった。
ギルド内での扱いはさておき、大人びた雰囲気を持つヨダ。少々女好きというのが、周りから見た彼のイメージであり現在のポジション。
一方リタのほうは、一見すればギルドのマスコットキャラクターのにも見られるような存在。どちらかと言えば雰囲気も考えも幼い。
しかし、なんと不思議なこともあるもので、リタの方が年上なんだそうだ。
当然、そんな2人を見ればまわりはヨダとリタの歳がずっと離れてると思うのは当然。しかも、リタの方がずっと年下に見られる。
いつの間にかヨダは『ロリコン』などという、なんとも不名誉な称号を授かるまでに至った。
まあもっとも、ヨダをそう呼ぶと『私は子供じゃない』と、怒るのはリタなのではあるが…。
「ところで、リタは何しに?」
「ん。マスターにね。剣とナイフの研ぎ直しをお願いしてるんだ~。」
「は? マスターに?」
ニコニコしながら言うリタ。その言葉を受けてヨダは素っ頓狂な声を上げつつマスターを見た。
「……それって、鍛冶屋に頼むもんじゃね? 普通。」
ここは酒場であり、料理屋であり、情報屋だ。
そして、この店を取り仕切るマスターは鍛冶職人でなく料理人である。
「あろ。レイってば知らないの?」
「あ?」
「リッケルバルト工房の刃物って、武器屋とか鍛冶屋さんだと手入れ断られるよ?」
「なぬ!? そーなの!?」
「リッケルバルト工房の刃物は、元は料理用の包丁だからな。」
マスターが口を挟んだ。
「先代までは調理用の刃物を専門に作ってた。一生モノの料理包丁って言われて高値で取引されててな。実は親父から受け継いだこれも、リッケルバルトの作よ。」
……と、調理台の上に載った包丁の一本を手にして見せる。マスターが父から受け継い
だということは、少なくとも数十年前の品物だろうが、その大振りの刀身はいまだ白に近い銀。刃こぼれひとつなく見るからに凄まじい切れ味を想像させる。
「うちのひいじいさんが師匠からもらったっていうから、まあざっと100年以上は前のもんだろうな。」
「100年!!」
「ま、一生モノってのはそーいうこった。」
「やっぱり…高いの?」
ふと気になって訊ねてみる。…と、マスターがどこか得意げに口元を吊り上げた。
「ついこないだな、王立迎賓館の総料理長が、コイツ含め俺が持ってるリッケルバルト
の包丁を8本セットで譲ってくれって来たんだがよ。いくら持ってきたと思う?」
「8本セット…。一本10万として80万…。……100万くらいですか?」
正直、包丁の値段などは全くわからないのだが、日頃商店で見る包丁などはせいぜい数千から高くて一万二万程度か。一本10万という包丁なら高級品と呼んでもいいだろう。
しかし、マスターはなんでかリタのほうを見てニヤニヤし始めた。
「?」
不思議に思い、リタのほうを見てみると、これまたなんでかニヤニヤしている。
「な、なんだよ…ふたりして……。」
「レイ。100年前のオールドリッケルバルトだよ? 100万くらいじゃあ現行のでも、そこの果物ナイフくらいだよ。」
「なぬっ!?」
調理台の上に無造作に置かれている、最も小さい包丁を指さして彼女は笑った。
「5000万。」
「……へ?」
「うちのセットに総料理長がつけた値段だ。」
「ごっせんっまんっ!!??」
手にした包丁を指さして『これ一本が2000万ね。』…とか笑っている。もはやたかが包丁とか言ってられない。
「うっわー! 調理器具って怖い世界だ……。俺なんかだと『ただの古い包丁』としか見ないですもんね……。……って、まだ手元にあるってことは…売らなかったってことですか?」
「おうよ。売らねぇよ?」
「な、なんで!? 5000万でしょ!? ものすごい金額ですよ!? もっとするんですか!?」
「5000万でも1億でも、売る気はねーよ。なんたって、俺は親父からコイツらをただでもらったんだ。うちのおチビが将来料理人になったらくれてやるつもりさ。」
「!」
「うちの代々の料理人の魂って言うかな。そういうのがこもってるんだよ。これにゃ。金じゃねぇんだ。」
「ほへー……」
正直わからない世界だ。思わずそんなことを思っていた。
「それで、マスター出来た?」
「ああ、ナイフのほうは出来たぜ。剣の方はもーちょっと待っててくれ。途中で砥石が尽きたから取り寄せてるんだ。今もって来る。コレ飲んで待ってておくれ。」
「あい~。」
ニコニコと笑うリタ。マスターは彼女の前にオレンジジュースの入ったカップを置くと店の奥へと消えて行った。
「~♪」
カップを両手で持って口をつける。
こくっこくっ…と彼女は喉を鳴らし、それを喉へと落とす。
「………………。」
それをじっと見ているヨダ。
ついこのあいだまで恋人だった彼女。
あの時、明確な別れを選んだ瞬間、2人の関係は終わりを告げた。そして同じくその瞬間、また違った形での2人の関係が始まった。
「あのな…リタ……。」
そして、その関係ですら、もうすぐ終わってしまう。
「あよ?」
カップから唇を離し、ヨダのほうに顔を向ける。
「トキノとのことなんだけど……。」
切り出したのは、トキノという女性の話。
リタとの関係が終わり、そのあとで新たな関係をスタートさせた女性である。
「うんうん?」
リタはいつもと変わらない雰囲気で、声で、表情で、ヨダのほうを見た。
これまでずっと見てきた彼女の顔だ。彼女の表情だ。
「………………。」
ついこのあいだまで、あれほど愛しかったはずの彼女が…どうしたことか今はその魅力が彼の目には届かない。
それが男女の付き合いというものだといわれてしまえばそれまでだが、逆にそれが男女の付き合いというものなのだとしたら…恐ろしいことだ。きっと。
「俺たち…結婚することになった。」
だから、彼女が傷つくであろうこんなことも口にする事が出来た。
少しだけ声が震えた。下腹から力が抜けて行くような感覚。
はき出す息が僅かに震える。
だが言った。
「…………。」
「おおぉ~~!!」
「お?」
リタが場違いな声を上げた。思わずヨダは聞き返してしまう。
「結婚? わあ! レイ、とうとうトキちゃんと結婚かぁ!!」
「え、あ、ああ。」
パッと表情を輝かせるリタに、気圧されるように返事する。
予想外の反応だ。
あまりに予想外で、話を振っておきながら、自分が乗り遅れた感が漂う。一方のリタはヒト事とは思えない、すごいテンションではしゃいでいる。
「いつ!? いつ!?」
「え…あ、詳しい日取りはまだで…けど、一応今年中。」
「今年って…あと3ヶ月しかないよ! わああ! すごーい! レイ、結婚かぁ~! いいな~~!!」
リタは素直に喜んでいるように見えた。
それを見て、胸が痛んだ。
彼女の笑顔に決して救われない。むしろ、胸を締め付けられる。
もしあの時、あんな答えをふたりが出していなかったら、もしかしたら彼はリタと結婚していたのかもしれない。
恐らくしていただろう。
しかし、結果的に彼は彼女を選ばなかったし、彼女は彼を選ばなかった。
ふたりは別々の未来を選択した。
「…………。」
果たしてこれでよかったのだろうか。
尋ねてもどうせ彼女は良かったのだと答えるだけだ。
それに、それを聞く資格も彼にはない。
……だけど……。
「なあ、リタ……。」
「あい?」
「おまたせー」
「!」
切り出したヨダの言葉。ひとつだけ訊きたいこと。
しかしそれは店の奥から戻ってきたマスターの声にさえぎられた。いちどはヨダの顔を見たリタだったが、すぐにマスターのほうへと顔を向けた。
「わぉ! 久しぶりに戻ってきた~! 私の可愛い子たち!!」
戻ってきたのは二本の大型ナイフ。 刃渡りにある程度の大きさを持つ戦闘用ナイフ。高級品として知られるリッケルバルト工房のナイフだが、高価であってもその性能とデザインで人気は高い。
リッケルバルト工房は北方にある、上質な鉄鉱石の産出国のとある国に本拠を置く刃物を製造するメーカーのひとつ。
高い技術力で生み出されるその製品の一つ一つが高い性能を保持している。
彼女が手にしているのは、それらの中でも特に人気が高い【ブラッドチョッパー】シリーズ。
記念モデルとして企画され、最初期に試験的に製造された、【ZERO】と言うモデルである。
ひと目見てそれとわかる特異な刀身を持つブラッドチョッパーは、刀身の内側が刃に沿ってくりぬかれ、他のナイフでは見ることの出来ない美しいデザインと軽量化とを達成
している。見た目はやや重厚さにかけるイメージがあるが超硬質の合金を使用することで強度は問題ないレベルになっているという。
そののちブラッドチョッパーは右利き用の【1】と左利き用の【01】とがそれぞれ製品化された。
…が、ナイフとしてのブラッドチョッパーは高い性能を持ちながら、しかしここでその歴史を終えてしまう。とある殺人事件に使用されたという理由から、携帯が容易なナイフの製造を一時的に国が禁じたのだ。
のちに登場し、リタも愛用する【ブラッドチョッパー2】はナイフではなく、剣として登場した。
現在ではリッケルバルト工房製のナイフは数多くあるが、ブラッドチョッパーの名を冠したモデルはナイフとしては存在しない。
絶版となった現在では希少性が高く、中古品が高値で取引されているという。
そんなこんなで思った以上におそらくは希少性が高く高価であろうそれらナイフを、鞘から取り出してはしゃぐ彼女。
ナイフを見て女の子がする反応ではないような気もするが……。
なんだか可笑しい。それを見て、少しだけヨダは笑ってしまった。
どうやら、彼の取り越し苦労か。彼女はこんなにも元気である。
「おおおー! ピッカピカだー!」
「砥石1個の成果。」
「やっぱり硬いのん?」
「硬いねー。使いかけとはいえ砥石がナイフ二本でなくなるくらいだから。」
「ひえ~。」
リタが目を丸くした。
「……………?」
ふと、ヨダの頭に疑問が上った。
愛用のナイフと言うなら、これまで誰が手入れをしていたのだろう。ずっとマスター? いやいや、ここまでの話を聞く限りだとどうもそうではないらしい。
シュルルッ…バチンッ!
掌と指で器用にナイフを回し、鞘にしまう。
思いのほか大きな音がする。悔しいがちょっとカッコイイ。
「……へぇ?」
「あろ? なんね?」
「ん? あ、いや、えっと…扱いに慣れてるな~…って。」
「お?」
「リタってさ、剣使ってるイメージがあるから、ナイフ持ってる絵が意外と言うかなんというか…。」
「そ、そぉかぁ?」
不思議そうに首をかしげたリタ。彼女自身にはよくわからないらしい。
……とは言っても、彼女が普段使っている剣もブラッドチョッパー。
このナイフが大きくなったようなものだ。ずいぶんと好きなブランドなのだろう。
「………………。」
ブランドに惚れ込むと言えば女の子らしいのではあるが、それが刃物となれば話は別だ。しかも、料理好きの女の子が包丁にこだわるとか言うレベルでもない。純粋に戦闘用のナイフなのである、ブラッドチョッパーは。
「マスター。これおいくら?」
「あ~。まだ決めてないな剣が出来たときまとめていい。そのときまでに計算しとく。」
「あろ、いいのん? やったー。」
笑いながら席を立つ。
「なんだ、もう帰るのか?」
「いひひ~。ちょっとこのあと洗濯屋行って、コート取ってこないとなんだよね~。」
「刃物を砥ぎに出したり、洗濯屋に洗い物頼んだり、大変だな。」
「ちょっと今週忙しかったからね~。」
「そか。」
服のベルトに沿うようにナイフを固定する。
体が小さいだけにナイフが大きく感じる。
「んー? うん。」
位置を決めつつ後ろ手に悪戦苦闘する彼女の動きは見ていて可愛らしい。こういう時なぜかクルクル回ってしまうクセが彼女にはある。
やがて、取り付け位置の塩梅に満足したか、彼女の奇妙な立ち回りは終了した。
「んし! おっけー! そいじゃあ行くねん~。レイ、またあとでね~。マスターありがとう~!」
畳み掛けるように言ってはペコリと頭を下げる。
「あ、ああ。」
「おうよ。剣のほう、出来上がったら連絡入れるからな。もーちょっとまってておくれ。」
「あい~!」
ヒラヒラと手を振りながら、小柄な少女は店を出て行った。
「…………。」
「…………?」
「もったいねぇなぁ…。」
「ぐぼあっ!?」
マスターのつぶやきで、ヨダは『昼間から飲めるきわめて弱い酒』を噴き出していた。
【つづく】