今日は思っていたより早く目が覚めた。この枕に関しては半分眉唾物であった。篠澤さんに手渡されたこの平行世界移動枕。起き上がって枕を改めて確認しようとする。枕が無くなっている。確かに篠澤さんに手渡されて、寝るときにこの枕をつかったはず、、「夢、だったのでしょうか?」「美鈴、急に独り言?っていうか朝早いね、ようやく早起きする気になったの?」「ここ最近いつも私は早起きじゃないですか。」「そんなことないでしょ、じゃあ先行くね。あんまり私のプロデューサーにちょっかいかけないでよ。」「待ってくださいまりちゃん、今お茶を淹れますから、、行ってしまいましたね。」それよりも「私」のプロデューサー?いつのまにまりちゃんにプロデューサーができたのでしょうか?それよりも今日はプロデューサーの隣でお昼寝したい気分ですね。
事務所の扉をあけ放つといつもの場所にいつも通りの姿でプロデューサーが立っている。「おはようございます。プロデューサー。」「おはようございます。秦谷さん。こんなに早い時間に来るのは珍しいですね。月村さんに用事でも?」「違います。はぁ、最近は私も早起きじゃないですか。」「ため息をつかれましても、、月村さんはどうされましたか。今日は少し来るのが遅いようですが。」プロデューサーは私の方に一瞥すらせず話をする。「まりちゃんの事ばかりだと妬いちゃいますよ。」私は体を少しプロデューサーに寄せ、肩が触れるか触れないかのギリギリの距離に侵入する。プロデューサーが1メートルほど距離を離す。「あの、月村さんは、、」「プロデューサー、さっきからまりちゃんの事ばっかり気にしてるじゃありませんか。」「そりゃそうでしょう。俺は月村手毬のプロデューサーなのですから。」さっきからなんとなく違和感はあった。プロデューサーは体に触れる事すら一線を引くほどガードが堅い。その一方で私の事はよく見ていてくれる、けど今のプロデューサーは私を見ていない、、一瞬心のどこかである事がよぎる。平行世界移動枕が確かに機能して、私のプロデューサーがまりちゃんの物になった世界に移動した、、そんなはずは無い。私はプロデューサーの静止を振り切り教室を飛び出して、契約書類を見る。確かそこにはプロデュース契約に関する書類があったはず。棚を漁り幾らかの書類の束を取り出す。確かにそこにはプロデュース契約の書類があった。プロデューサーとまりちゃんのプロデュース契約書類が。プロデューサーの自室に合鍵で侵入してグッズやプロデュース関連の記録を見る。私達の成長の記録がそこにはあったはず。しかし出てくるのはまりちゃんに関するものばかりだ。本当にプロデューサーはまりちゃんのものなのかもしれない。とするとあの平行世界移動枕の効果は本物?、、いや、枕自体が無いのだ。そんなはずは。考え事をしているとドアが開く音が聞こえる。プロデューサーを問いただそう。そう思い玄関の方に振り返る。そうすると立っていたのまりちゃんであった。「なんでまりちゃんが、」「なんでって、私最近いつもプロデューサーの家で夕飯食べてるじゃん。」「そうでしたね。」「もしかして寂しかった?」「いえ、大丈夫です。ところでまりちゃんはプロデューサーの事をどのように思っていますか?」「いやプロデューサーの事が好きとかじゃないんだけど、、
1時間後
「でねでね、プロデューサーがサー、私の事好き過ぎてサー。もう、美鈴ちゃんと話聞いてる?」「、はい」「もっとプロデューサーと一緒に居たいな~」「、、、はい、そうですね。」「どうしたの?美鈴?」にっこりと笑い答える。「まりちゃんが幸せなのが嬉しいんです。」
私はプロデューサーが帰ってくるまでにその部屋を抜け出し、篠澤さんを見つけ出そうとする。多分篠澤さんならこの状況を何とかしてくれるかもしれない。しかし、「みつかりません、、、」花海さんやあさり先生に聞いてもそんな生徒はいないとの一点張りであった。もしかして、これは篠澤さんのいない世界線、それに伴って平行世界移動枕も無かったことになった?私は、私のプロデューサーがまりちゃんのプロデューサーである世界に来てしまったのだ。しかも平行世界移動枕が無ければ元の世界に帰ることもできない、、私はこの世界に閉じ込められたまま?自室に戻る。ベッドの中に入って丸くなる。まりちゃんはプロデューサーの物でプロデューサーはまりちゃんの物。その事実に悶々とする。「あぁ、私のプロデューサーはどこに行かれたのですか?」隣に手を伸ばせばいつもまりちゃんが寝ているのはずなのに空を切る。分かっている、分かっているのだ。目をつむれば眠気が来る。ゆったりとベッドに体が沈み込んでいく。
朝目覚めてもまりちゃんは戻ってきていないようだった。プロデューサーの自室に行ったきり、戻っていない。その事実が指し示す所を理解できない程、私も無知ではない。そんなことを考えながら急須に二人分のお湯を注いでいることに気が付いてふと手を止める。誰もいない二段ベッドの下段を見る。もともとまりちゃんが二段ベッドの上段が良いと言ったから下段を私が使っていた。けど、まりちゃんが天井に頭をぶつけてやっぱり下段が良いとごねだしたから私が上でまりちゃんが下になった。随分と懐かしく感じる。はたして私は二人分のお茶が飲めるのだろうか。飲んだとしてもトイレに行きたくなるのだろう。一人分のお茶を捨てて一人分のお茶だけを湯呑に注ぐ。仮にまりちゃんとプロデューサーが深い仲になっていたとしても私にはそれをとめることはできない。既にプロデューサーとまりちゃんは私のものではないのだ。私ってなんなの?ぐるぐると回る思考を打ちとめ、制服に着替える。そのまま学校に向かった。朝からぐるぐると考え事をしていたせいだろうか、用事もないのに事務所に来てしまっていた。中にはまりちゃんとプロデューサーの二人がいるだろう。仮に二人が親密そうにしていたら私はそれに耐えられるだろうか。それでも扉を開けたくなった。元気そうな2人の顔が見たくなった。一目見ればそれで充分だった。
「辞めるのですか?この学園を」扉に押し当てた手が止まる。「うん、ごめんね、今まで色々迷惑かけて。」「あなたには才能がある。このままアイドルを続けさせすれば、いつかトップアイドルにだって手が届きます。」「もう高3ですよ?私だってトップアイドルになれるって思ってたんですよ?私だって自分に才能があるって思ってた、だけど美鈴に負けて、それでも頑張ろうと思って、だけど咲季にもことねにも負けて、もう、私立ち直れない。今まで私の事を思ってくれていたはずのファンにさえ失望された気がして。」「負けたことを引きずってはいけません。」「わかってるよ、私が負けたことに動揺して、ただでさえ不安定なのにもっと不安定になって結局それで負けたことくらい」荷物が持ち上がる音が聞こえる。「ごめんなさいプロデューサー、けど、決めたことなの。」「わかりました、しかし、もう一度考え直していただけませんか?」「今までありがとね、プロデューサー。」少しだけ微笑んで、プロデューサーのとなりをすり抜けるようにして部屋を出る。私は部屋の外に出たまりちゃんと向き合う。「まりちゃん。」「なに?美鈴」「アイドルをやめてしまうのですか?」「うん」「たとえまりちゃんがトップアイドルになれなくても私がいっぱい甘やかしてあげます、なので」「美鈴、違うんだよ。私は甘えん坊で太ってた私を変えるためにアイドルを目指したんだよ。だから、美鈴を受け入れることはできない。」「まりちゃん、、、」「じゃあ、もう行くね。」私はまりちゃんの背中をただ見つめる事しかできなかった
月村視点
明日には実家に帰る。つまり一人で好き放題するには最高な日だ。しかも天気が良い、快晴だ。ホテルにチェックインを済ませて、荷物を置く。早速遊び場所を考える。映画館かな、ショッピング、ファミレスも良い、それともメイドカフェに喫茶店、、、私、あんまりこの町の事知らないや。プロデューサーとお出かけしたところばかりが思い浮かぶ。とりあえずカラオケ、化粧品と服を買うためにショッピング、ダンススタジオもいいかもしれない。でもやっぱり最初はカラオケかな。
「どうか正真正銘のこの思いがー」
一時間経過してカラオケボックスから出る。こんなに連続で歌ったのは久しぶりだ。ダンスは、、ちょっと体力無いかもしれない。ショッピングに行こう。乳液がそろそろ切れるし、ファンデーションも買わなきゃ。「ありがとうございましたー」私の買い物袋の中には幾らかの化粧品が入っている。日も暮れてきてホテルまでの道のりを歩きだした。すると漂うにおい。とんかつだ。「もう、いいよね。」引き込まれるように惣菜屋に入り、燦然と並ぶとんかつの中から特別分厚いのを選ぶ。そのままホテルに入り、部屋で食事を並べる。ごはんと味噌汁、とんかつだ。野菜は無い。「いただきます。」とんかつの中でも特別分厚く、脂身のある部位を選んで口に運ぶ。「うん」きっと私の目は凄く輝いているだろう。「はむ、はむ」勢いよく食べ進める。とんかつが少なくなるにつれ、いつしか目の輝きは雫となって頬をつたう。「私何やってるんだろう。」最後の一切れのとんかつを口に入れる。美鈴、燐羽、プロデューサー、この三人の中で一番強い態度をとっていたのは私だ。けど、一番弱いのも「私」だ。美鈴が私を甘やかすことを拒否しても私が私を甘やかしている。そんなのじゃ意味がない、、、止めようとしても止まらないしゃっくりのような泣き声が部屋に響く。若い一人のアイドルの夢が崩れる瞬間だった。
美鈴視点
「なんで、まりちゃんはこの学園を去ったのでしょうか?」「詳しい事は分かりかねます。しかし理由は考えられます。皆の期待に応えられなかったことです。一年の時、定期公演のライブで大成功を収め、後のNIAでもそれなりに成功、ハードルが上がりに上がりきっていたんです。そんなプレッシャーにへこたれる様なアイドルではありませんでした。しかし、HIFステージ上で転倒してしまったんです。」存在するはずのない記憶が私の脳内にあふれ出す。私とまりちゃんの決勝、極限まで高まったプレッシャー、マイクスタンドが倒れる強烈な残響音、お客さんの悲鳴、それ以前であれば優勝予想も、人気投票も私よりまりちゃんの方が優勢だった。たった一つのミスで全てが覆った。その年の一番星は私になった。私は必死にまりちゃんに謝った。まりちゃんは強気な顔で「次は勝から」と言い放った。だが、明らかにパフォーマンスに安定感が無くなった。舞台に立つたびにミスが続き、見守ってくれているはずの観客の顔が落胆に変わる様に見えてしまった。アイドルを辞める理由は十分すぎるほどだった。「私、今すぐ実家に帰ります。もしかしたらまりちゃんを説得できるかも」「いいえ、この件は俺がなんとかします。」「なら、せめて私もプロデュースしてください。なにかお手伝いできることあれば何でも言ってください。」「ええ、わかりました。」
次の日、目を覚まして二段ベッドの下段を見る。急須には一人分のお湯が注がれるのであった。
月村視点
翌朝、無駄に入り組んだ駅の構内を歩く。出張の時と比べれば衣装が無い分スーツケースは軽い。新幹線に乗り込んで席に着く。歩くのを辞めた私に比べて新幹線はどこまでも走りそうであった。いつしか京都の街並みが目に入り、電車に乗り換える。駅に着くと歩きで実家を目指す。実家に着き、食事をとり、自分の部屋のベッドで横になる。なんとなくテレビをつけるとテレビに映るのは十王元会長とそのライバルとして咲季とことねが意気込みを語っている。テレビを消して布団に潜り込む。もう、私には関係のない世界、けど、何もしないのは気が滅入る。何をしようか、電話が鳴る。プロデューサー?急いで電話に出る。「もしもしプロデューサー」「元気ですか?月村さん。」「プロデューサーどうしたんですか?」「アイドルを辞める時のどたどたで進路相談ができなかったので今からでもしようかと。」「必要ない、」「俺にはアルバイトすら続かず時間を食いつぶしていく月村さんの様子をありありと思い浮かべる事が出来ます。」「ひどい!私の事なんだと思ってるんですか!!」「日本において進路や資格は多くあります。ですが、高卒以上でなければ話になりません。」「若干丸め込まれてるような気がしますが、とりあえず高卒であればいいんですね?」「ええ、そうでないと話になりません。」「けど、今更高校に編入する気も、勉強する気も起きません。」「俺が勉強は教えます。それに日本には高卒認定という高校に通わず高卒の認定を受けられる制度があります。」「けど、もう私、、」「貴方を勝たせられなかった責任をここで取らせてください。」「甘えていいの?」「、、、甘えてくださって構いません。」「ふぅーーん。へぇーー。私に勉強教えさせてあげても良いけど。」「、、、じゃあ頑張っていきましょう。」天川市と京都、電話を用いた勉強が始まった。
「大化の改新をしたのは聖徳太子です。東条英機ではありません。」「難しいよ~」「基本的に現代文に登場する選択肢は言い切り表現といって絶対などの語句が含まれるものは不正解の可能性が高いです。」「わかんないよ~」「酸化は酸素となにかがつながることで還元はその逆です。」「わっかんないよ~」
一月後
私は目を覚ます。窓の外は暗く、時計の針は11時を指す。ぐっと背伸びをして辺りを見渡す。勉強中に寝落ちしてしまったようだ。ふと指を見る。中指にはペンだこが出来ている。「よく努力なさったのですね。」振り返るとプロデューサーが立っていた。「来てくれてたんですか?」「ここまで来るのには時間がかかりましたが、月村さんの頑張っている姿が見られたので良かったです。」「うん、ありがとう。」「今日は息抜きがてらこんな物を持ってきました。」プロデューサーはノートパソコンを差し出す。その画面には咲季のライブ映像が映し出される。「、、、」そのライブに思わず見入ってしまう。キラキラして、ドキドキして、引き込まれる。そっか、アイドルって楽しいんだ。「みんな!!今年の一番星、花海咲季よ!!私はやめたライバルの分までみんなを楽しませるから覚悟しなさい!!」私はそのライブ映像を止める。「ありがとう、久しぶりに楽しかったよ。でも、もう私はアイドルじゃない。」立ち上がってベッドに腰掛ける。「もう外も暗いけどプロデューサーはどこに泊まるんですか?」「車中泊のつもりで来ました。」「うちに泊まっていきなよ。体壊すよ?」「しかし、アイドルと一緒に泊まるというのは」「私はもうアイドルじゃないよ。」「うっ」「じゃあここに泊まってもらうから。」ベッドに入り、隣を軽くたたく。「なんで月村さんと同じベッドなんですか?」「別にいいんじゃないですか?」しぶしぶプロデューサーは私の隣で横になる。久しぶりの温かさに意識が沈んでいく。
気づけば朝になっていた。横にはプロデューサーが寝ている。その横顔を見ているとふと頭を撫でたくなる。「どうしましたか?」「起きているのなら言ってくださいよ。」「さっき起きました。」プロデューサーは時計を確認し、ベッドから起き上がる。「午前中には学園に戻ります。」「もうちょっとゆっくりしていけばいいのに。」「そういう訳にはいかないので。」「私のなでなでどうだった?」「、、、悪くなかったです。」私は少し得意げになる。プロデューサーはそのまま部屋を出て行った。今日も頑張って勉強をする。椅子の背もたれに手を掛け、立ち上がろうとする。電話が鳴る。「美鈴?」電話を手に取ると、電話の振動が手に伝わってくる。「もしもし」「まりちゃん?」「どうしたの美鈴、そんなに慌てて」「りんちゃんが、りんちゃんが」「りんはがどうしたの?」「りんちゃんが極月学園に転入してしまいました。」「えっ」「まりちゃん、帰ってきてください。一週間後にライブがあるのでそこに私と一緒に出て「ごめんね、いろいろ迷惑かけて、けどもう、私はアイドルじゃない。じゃあ、電話切るね。」「ちょっと待ってくださ」電話を切って机に向かい、教科書を開く。ペンを手に取りノートに文字を書こうとする。ペンの先が震えて、文字が歪んでいく、、「ごめん、みすず」
一週間後
この一週間は叱られることも怒られることも、褒められることもあった。「無事、合格点に届きましたね。」「うん」バツだらけだった解答用紙が今日、初めて花丸へと変わった。解答用紙を掲げるようにして持ち上げる。「初めて勉強を教えた時はどうなるかと思いましたが、ちゃんとできましたね。」「うん、ありがとう。」私は回答用紙を眺める。すると突然スマホが震える。名前の欄には見知ったかつての仲間。「かや、、りんは」急いでスマホを手に取る。「もしもし」「久しぶりね、手毬。」「急にどうしたの、りんは。」「私アイドルやめるわ。」「えっ」「明日のライブで最後よ。」「そんなの、認められない。」「あなただってアイドルやめてるじゃない。」「そうだけど、でも、燐羽がアイドルをやめるのは違う。」「相変わらずわがままね。じゃあ、こうしましょう。明日のライブはね、前半が美鈴、後半が私のライブなの。前半のライブに美鈴と一緒に出なさい。そこで私を納得させなさい。私にアイドルを続けたいと思わせなさい。」「私は、私は、トップアイドルになるって、周りに喚き散らして、周りに散々迷惑をかけておきながら、ただ一回負けただけで、それを引きずって、アイドルをやめるような、ただの半端者、そんな私がもう一度ステージに立つだなんて、そんなこと、許されない。」電話越しにガサゴソと何かを探す音が聞こえる。燐羽が何かを読み上げる。「まりちゃん、帰ってきてください。」「もう手毬さんのどたばたがないと生活がどこか物足りない。」「月村さんはクールだと思ってたけど意外とポンコツで可愛い、アイドルやめるのをやめて欲しい。」りんはが「はあ」とため息をつく。「あなたがアイドルやめてからこんな手紙が沢山届くの。確かにあなたは半端者かもしれない。けど、そんなわがままで、周囲に迷惑をかける半端者のあなたが人の心を動かし、ファンを作ったのよ。さっさと戻ってきなさい手毬、あなたがあなたのファンと向き合う時間よ。」私はただの半端者で、アイドルとしては未熟で、だけど誰かを魅了して、ファンになってもらって。私が半端者でもその思いは本物だ。だからきっと、私はそれに応えなければならない。「わかった、一日だけ、私はアイドルに戻る。」「じゃあね~」電話が切れる。「車を玄関まで回してきます」プロデューサーが駆け出す。現在時刻は夜の12時、明日のライブの開始時刻は午前十時、場所は初星学園野外ステージ。実際に披露する曲が送られてくる。新曲を残りの時間で仕上げろというのか、信頼されている。「車が用意できました。」イヤホンと鞄を掴み階段を下りる。玄関を飛び出て車に乗り込む。京都から東京までの長いドライブが始まる。スマホで歌詞を確認しながら音程、リズムをひたすら頭の中に入れていく。仮眠をして目覚めると日が昇り始めていた。一晩かけて聞き続けたその曲はもはや私の物になりかけている。カーナビを見る。そろそろ初星学園まで10㎞地点だ。時刻は5時、もうすぐ咲季が起きてランニングをしだす時間帯だ。車が信号に差し掛かる。急ブレーキの音につられて首を横に向ける。
猛スピードで車が横から突っ込んだ。衝撃で激しく揺さぶられる。運転席側に車が衝突したらしく、幸い助手席にいた私の体に痛みはない。“運転席側に車が衝突” 「プロデューサー!!」急いで横を確認する。プロデューサーは頭部を打ち付けたようで少量の出血が見られる。「ねえねえね、プロデューサー!起きて、返事して、なんとか言ってよプロデューサーァ」 プロデューサーの口がかすかに動く。プロデューサーが腕をさし出す。
「行ってください、未来のトップアイドル、月村、、てま、り、、」
「、、、わかりました、行きますよ、ただ、また元気な姿で私を支えてください、じゃないと、じゃないと、トップアイドルなんてなれませんからね!!!」私はその場から逃げるように走り出した。絶対に振り返らない。振り返ってたまるもんか。だって、今振り返ったら私は走れない、プロデューサーの願いをかなえることができない。あんなに傷ついたプロデューサーを見るとせめてずっと寄り添いたくなる。だから、振り返らず進む。
「はあはあ」ここまでずっと走ってきた。初星学園には近づいているものの、体力が尽きようとしている。受験勉強でまともに最近運動していないな。足が絡んで転ぶ。地面に突っ伏す。時間的には余裕がある。なのに私は走る必要もないのに走ってしまった。体力の管理もできないなんて昔に逆戻りじゃん。なにも成長していない。結局プロデューサーがいないと私は「あら、手毬じゃない。」「咲季?」「ことねちゃんもいるぞー」「なんで咲季とことねがこんなところに、って、そういえば。」「いつも私は5時にランニングしてるからよ。」「私は半ば強引に咲季に連れてこられた。まじめんどくせー。」「で、手毬。一応いろいろ話は聞いてるわよ。そんなところでへばってるつもりじゃないでしょうね。」「そんなこと、言われなくても。」急に咲季が私と肩を組んで私の身体を支える。「困ったときはお互い様よ。」反対側の肩をことねが支える。「しゃあねえから今回だけは、力貸してやるよ。」「多分、もう二度と言わないから。ありがとう。咲季、ことね。」「私も二度と手、貸してやんねえからな~~」初星学園までの道を歩き続ける。「もう、大丈夫かしら。」「うん、大丈夫。」学園の校門前まで到着した。「絶対ライブ、成功させなさい。」「成功しなかったらしょうちしねーかんなー。」2人の言葉を背に歩道から校門まで歩を進め、校門の前で立ち止まる。そしてその一歩を踏み出した。
初星学園 楽屋
「まりちゃん!」エントリーを済ませ、校舎にある楽屋に入る。「お待たせ、美鈴。」「ほんとに、まりちゃんは。ッ~~」「ほんとに、長く待たせちゃったね。美鈴も燐羽も、私のファンにも」
ライブが始まる。2人とも分かっていた。これが二人で歌う、最後のライブ。
美鈴視点
「まあ、及第点かしらね。ずいぶん長く休んでいた割にはできるじゃない。」「じゃあ、りんは。アイドル続ける?」「えぇ」「やった、美鈴」「まりちゃん、よかったですね。」「私プロデューサーのお見舞い行ってくる。」まりちゃんが駆けていく。「騒がしいのは行ったわよ、何か言いたいことでもあるんじゃないの?」「もとからりんちゃんはアイドルをやめる気はなかったんじゃないのですか?」「なんでそう思うのかしら。」「まりちゃんはアイドルになる以外、まともに幸せになれる未来が見えません。私達の目の届くところじゃないと。だからプロデューサーと協力して自分がアイドルをやめることを餌にまりちゃんをおびき寄せた。」「それは私を買いかぶりすぎだし、手毬の事を信じてなさすぎ。あの子は生意気だけど意外と強いのよ。それに、あのプロデューサーもいるしね。」「実は彼、私のプロデューサーでもあるんですよ、」「えっ、そうなの?」「まりちゃんが退学した後、誰のプロデュースもしないわけにもいかなかったので私とプロデュース契約を結んだんです。」「あとで手毬がうるさそうね。」「大丈夫ですよ、私のプロデュース契約は解除するつもりです。まりちゃんはそちらを望みますから。」
まりちゃんもプロデューサーも戻ってきた。そうである以上私は身を引かなければならない。2人がいるだけで私は満足なはずです。だけど「すこしだけ、いたずらしたくなりますね。」まりちゃんのプロデューサーが私のプロデューサーとして過ごしている日々が想起される。突如として私の中で何か黒い物がうごめく。まりちゃんがプロデューサーに近ずくのも、プロデューサーがまりちゃんに近ずくのも少しだけ、ほんの少しだけ妬いてしまうかもしれない。だけど、彼はもともとまりちゃんのプロデューサーなんだ。そんなことを思いながら廊下を歩く。すると、教室から会話が聞こえてくる。「制度上何ともならないんじゃ。」あさり先生と学園長?「プロデューサーくんは月村さんのプロデューサーに復帰することを望んでいます。」「だがの、そもそも、月村君を再入学させること自体に無理があったんじゃ、これ以上はわしの権限でもどうにもできん。」「つまり、プロデューサーくんは」「秦谷美鈴の専属プロデューサーとなる」
夜、寮の二人部屋
「でねでね、プロデューサーがサー、私の事好き過ぎてサー。もう、美鈴ちゃんと話聞いてる?」「、はい」「明日にはプロデューサーも退院か、、またレッスンとか頑張らなきゃな~」「、、、はい、そうですね。」「どうしたの?美鈴?」にっこりと笑い答える。「退院、楽しみですね」
手毬視点
プロデューサーが今日退院することになった。私はそわそわして病院の受付で右往左往してしまう。前髪をしきりに触り、寝ぐせの確認をする。久しぶりに会うんだから、喜んでくれるかな?今日からまた、アイドル活動頑張らなきゃ。「お久しぶりです。月村さん」「こちらこそ、お久しぶりです。プロデューサー。」2人で歩いて病院の外へ出る。「あっ、美鈴」「こんにちは、まりちゃん。退院おめでとうございます、プロデューサー」「ありがとうございます。秦谷さん。」「ところでプロデューサー、なぜ少しだけ眠そうなのでしょうか?」「いや、あの、復帰後の月村さんと秦谷さんのプロデュース計画を練っていまして、、怒っていますか?」「ええ、もちろんです。」「みすず?怖いよ?」「患者なら患者らしく大人しくしていてください。」「ていうか私と“美鈴”のプロデュース計画?はっ!まさか、浮気?」「違います。」「だったらなんで美鈴のプロデュース計画という単語が出てきたんですか?」「いや、月村さんが退学しても、なんとか単位は取得しなくちゃいけないので」
美鈴視点
私は、まりちゃんとプロデューサーの言い争いを見ている。おかしいのだ、私は確かにまりちゃんとプロデューサーの幸せを願っているはずで。「みすず?考え事?」「いえ、なんでもありません。」あぁ、私だけのプロデューサー、私だけのまりちゃん。私は悪い子なのでしょうか?
数日後
「なんで、プロデューサー?」「無理なんです。」「私頑張ったんですよ、一度は、アイドルの夢を諦めたかもしれない、だけど、だけど」「ごめんなさい。」まりちゃんとプロデューサーが泣きそうな顔をして話をしている。遂に2人はプロデュース契約が切れていることに気が付いたのだ。そして再契約が不可能であることを知ったのだ。
夜、寮2人部屋
「聞いてよ美鈴~プロデューサーがぁ。」「はいはい、まりちゃん。頭を撫でて差し上げますね。」半泣きのまりちゃんを抱きしめて、頭を撫でる。普段はツンツンしているまりちゃんがこんなに素直に甘えてくれるなんて、
夜、プロデューサーの部屋
「俺はプロデューサー失格です。」「はいはい慰めてさしあげますからね。」普段は体に一切触れさせてくれないプロデューサーが私の抱擁を受け入れてくれる。甘えてくださる。
私は今、幸せです。
「プロデューサーに謝りたい?」「うん」まりちゃんが自室で涙目になりながら私に相談する。「私のしたことはきっと間違っている。あれだけ私の進路を真剣に考え、それでもいざ私がアイドルに戻ろうとしたときには真剣に私に尽くしてくれようとした。なのにきつい事言っちゃて、ちゃんと仲直りしたいの。「ごめんなさい」ができたら「ありがとう」って言うの。」「それが良いと思いますよ」
事務所の中でプロデューサーを甘やかす。「どうしたんですかプロデューサー?」「月村さんにちゃんと謝ろうと思うんです。」「、、そうですか」私の腕の中のプロデューサーが涙目になりながら言う。そうですか、まりちゃんと仲直りされるんですね。すこし、寂しいかもしれません。「そうですか、応援しています。」「ありがとうございます。あなたに勇気を貰えました。慰めていただきありがとうございます。」違うのですよ。私はただあなたを独占したかっただけ。それらの言葉が口を突いて出ていきそうなのを抑える。「私はただあなたを甘やかしただけですよ。行ってきてください。まりちゃんが待っています。」プロデューサーが私を強く抱きしめる。「ありがとうございます。月村さんのもとに行ってきます。」
手毬視点
事務所の薄い扉を一つ隔ててへたり込む。美鈴、プロデューサー、そっか、二人は。 中で強く抱きしめあう2人に顔を背けるように壁にもたれかかる。「うっ、ああ、」流れる涙が口に入る。しょっぱい、な
プロデューサー視点
秦谷さんを抱きしめ終わり、気分を切り替える。「では行ってきます。」扉を開けて外に出る。すると聞こえるすすり泣くような声。視点を下に落とすと見知った顔。「月村さん?」その声に反応して駆け出していく。「待ってください。」走って逃げる月村さんを追いかける。走り始めてそう時間が経たないうちに月村さんは走りが鈍くなっていく。そのうち手の届く距離まで近づき、遂に捕まえる。「どうしたんですか、月村さん。」「離してください」「離しません。」「離して。」「なぜ泣いているのか教えてくれるまで離しません。」「プロデューサーは美鈴のことが好きなんでしょ?私があなたと美鈴の傍に居るのは辛すぎます。だから、せめて一人にしてください。私の大切な2人でいてください。私に二人を憎ませないでください、私に辛い思いをさせないでください。」「嫌です。俺はあなたが退学してもあなたの為に尽くすような人間ですよ。」「でも、」俺は秦谷さんを抱きしめた腕で月村さんを抱きしめる。「本当に悪い人ですね。」「俺と一緒にここを退学して事務所に入りませんか?そうすればまたあなたのプロデュースができます。」「本っ当に、悪い人なんですから、、、、」
美鈴視点
「結局私は両方失うのですね。」窓の外には手をつなぎ2人で歩いている二つの人影。どうせ、私の後押しが無ければ、慰めが無ければ、甘やかしがなければ、きっと、二人は再びあゆみだせなかったのでしょう?未だに彼の温もりが残る私の衣服を抱きしめる。自分で自分の身体を抱きしめる私の姿は誰かから見れば、きっと滑稽でしょう。だけど、しばらくこのままにさせてください。「っ…あ、っ……、ぅあ……!戻って、、来っ、、」一瞬でも2人の仲が裂けたことに喜びを感じた私にその言葉を言う資格は無い。結局私は私の事しか考えられていない。ふと目に着いたカッターナイフを持ち上げ首にかける。しかし、カッターナイフは手から零れ落ちて音を立てる。私はそんな勇気もないんですね。ただ、流れる涙に夕日が反射して煌めくだけだった。
あとがき
どうも、慢心ヒャッハーさんに認知されることを目標にしているかぜはぜです。
やはり二次創作での最大の難所はキャラクターを維持することですね。あくまで人様が作った作品を使わせていただいているので一次創作と違いキャラクターの内面外面、環境などをこちらが設定することは難しいです。そのため、キャラクターや世界観を維持しながらいかに思い通りにキャラクターを動かせるかが同人活動において重要な部分です。例えば花海咲季は非常に勝気な性格ですよね。もちろんただ勝気なわけではなく、その裏側には様々な内面があります。その内面をどう活かすか、非常に悩みどころでもあります。
リクエストでは「どのアイドルでも良いが、Pが自分のライバルを担当している世界に行く話が見てみたい」とのことでした。アイドルの選定としては咲季と祐芽は既に曇らせており、また星南とことねも最近ヤンデレもので既にやっていて、残りのアイドルで一定の解像度が出せるアイドルとして秦谷さんと月村さんを選びました。リクエストを受けたうえで描いた作品であるとはいえ、どこかで確実にリクエストを上回ろうという意識がありました。王道的展開とは違う、99人が嫌いでもたった一人の胸を揺さぶるような作品を目指しました。今回のSSで最大限意識した点は、最初は単なる月村復活劇の様に書いた点です。後半で一気に曇らせを押し込みました。私としては後半が本番で前半はそれに至るまでの過程程度に思っていました。その一方で前半が面白くなければ読まないので最低限の面白さを担保したつもりです。正直最後に秦谷さんに自〇させるか悩んだんですよね。やり過ぎだと思ったので自制しました。けど寸前で思いとどめるくらいならやってみようかな?ということでこのラストです。正直リクエストにこたえるのは大変でしたが、ままならないなりにも楽しかったです。